152 / 415
ゴブリンの逆襲
151 次は魔法を覚えよう
しおりを挟む
「冬也、冬也。これ! これは、必要なやつなんだな?」
「あぁ、多分な。俺も見ただけじゃわかんねぇんだ」
「冬也は詳しくないんだな。もっと勉強するべきなんだな。山さんに教えて貰うといいんだな」
「そうだな。せっかくだから、お前も一緒に習おうぜ」
「嬉しいんだな。でも、おでは賢いから、冬也よりいっぱい覚えるんだな」
「ははっ、確かにな。お前は賢いよ、ブル」
ブルは、道具も使わず手で鉱山を掘り進める。そして鉱石を発見した時は、とても嬉しそうに破顔して冬也に見せつける。それは子供が宝物を、親に見せつける様子に似ていた。
ブルの巨体であれば、砂遊びと大差は無いのだろうか。ブルは疲れた様子を見せない。寧ろ、楽しそうに顔で遊んでいる。
また、嬉々として冬也に話しかける仕草を見ると、構ってくれる事が嬉しくて仕方ない様子も伝わって来る。
「山さん。これは何だ?」
「あぁ、お前さんが必要だと言っていた、魔鉱石だ」
「これが魔鉱石? 俺が知ってるのとは、違うぞ!」
「お前さんが知ってるのは、製錬された後の物だろう? 使うなら、その作業もしなければならん」
「山さん。魔鉱石は、何に使うんだな?」
「ブルよ。この鉱石は、人間の世界ではラフィス石と呼ばれておる。マナが溜め込める性質を持つから、人間達はこの石に魔法を封じ込めて使っておる」
「便利なんだな」
「あぁ。だけど、このままで役に立たない。不純物が混ざっておるからな。それに、この石は高温で溶ける性質が有る。解けた鉱石は、空気に触れると霧状になるから、製錬する際には注意が必要なんじゃ」
「難しそうなんだな」
「製錬作業は、俺がやる。前に鉄やガラスでやったから慣れてる。任せとけブル」
「おぉ。冬也は、やっぱり凄いんだな」
ブルは、楽しそうに鉱山を掘り進める。そして、次々と様々な鉱石が掘り出される。新しい鉱石を見つける度に、ブルは冬也と共に山の神の講義を受ける。
そして冬也は鉱石を選別しつつ、魔法を使って融解し不純物を取り除く。また、冬也は木々から太い幹などを貰い、大人が数人は入れる程の大きな木桶を幾つか作る。
日が暮れる頃には、ブルは鉄鉱石が採れる程に、深く鉱山を掘り進めていた。ブルの尽力で、想定よりはるかに速く作業が進み、その日の作業は終了とした。
一番働いたのはブルであろう。そして豪快に、腹の音を立てていたのも、ブルであった。
冬也が作業を終了させたのは、日が暮れただけが理由ではない。ブルの腹音が、余りにもうるさいので、食事の時間にしないと可哀想だと思ったからでもある。
「お腹が減ったんだな」
「あぁ、飯にしようブル。今日は助かったぜ。明日もよろしくな」
「良いんだな。今日は楽しかったんだな」
「必要な量が採れたら、他にも手伝って貰う事があるんだけど、良いか?」
「何でも言うと良いんだな」
「頼りにしてるぜ、ブル」
夕食代わりの果物を食べつつ、冬也とブルは談笑する。会話をする両者の表情は、とても柔らかい。
純粋だからこそ、ブルは冬也の暖かい神気を感じ取り、直ぐに懐いたのだろう。ぶっきらぼうで横柄な態度を取るが、冬也は面倒見がいい。
対格差は余りにも異なる。しかし山の神にはこの二名が、兄弟の様に見えていた。恐らく、この出会いは運命なのだろう。そんな予感を覚える程に。
☆ ☆ ☆
一方、ゴブリンの集落では、その日の訓練を終えてヘトヘトになったゴブリン達が、広場に揃って夕食を取っていた。
数は少ないが、自らの手で獲った獲物が含まれる。ゴブリン達にとって、生きた獲物を獲った事は、今までに無い経験であり、小さな達成感を得ていた。
同時に力不足もゴブリン達は感じていた。
いつかは与えられるのではなく、自らの力で充分な食料を獲りたい。
歯噛みをする思いを感じながら、ゴブリン達は食事をする。過酷な訓練を乗り越える中で、ゴブリン達は与えられた現状を享受せず、自ら掴み取る事を重要視する様に思考を変えていった。
食事が終わると、ゴブリン達はズマを中心に反省会を始める。
どうすれば、訓練を乗り越え強くなれる。何が足りない、なぜ獲物を逃した。次は、どう工夫すれば良い。
直ぐに強くなるとは思っていない。だが、少しでも目標に近づいていたい。
日々の反省会は、エレナに言われる事なく、ズマが言い出し始めた事であった。反省会には、いつもエレナが立ち会っている。だが、今日の反省会には、ペスカも立ち会っていた。
中央の広間に集まるゴブリン達に向かって、ペスカは語り始める。
「はっきり言うよ。これ以上やっても、直ぐには強くなれない。私達人間が、ドラゴンと力比べをしても、腕力だけじゃ絶対に敵わないのと同じ。それは種族の差なんだよ。種族の限界を超えられないとは言わないよ。でも直ぐに出来る事じゃない。凄く長い時間をかけて修行して、やっと超えられるんだ。直ぐには、強くなれないよ」
ペスカの言葉は、これ以上も無い位に辛らつであった。
ゴブリンは所詮ゴブリン。エレナから受けた特訓が無駄とは言わない。でも、その壁を超えるには、長い時間が必要になる。そう、一朝一夕で成し遂げられる事ではない。それを理解しているから、心に響くのだろう。
力不足は、いつも感じている。
走れば、教官であるエレナに、ついていけない。戦闘では、掠る事すら許されない。体力面でも、いつも先にダウンするのは、ゴブリン達である。
だが、今更なのだ。知っている、力不足を理解している、だから必要な事を模索しているのだ。
ペスカの言葉がどれだけ辛らつであろうと、ゴブリン達は俯かない。
事実を正確に受け止め、次に進むための糧とする。成長を始めたゴブリン達は、あらゆる事を吸収している。
だからこそ、ペスカは手を差し伸べるべきだと感じていた。一歩先に進みたい、彼らがそう思うなら尚更なのだ。
エレナの行っているのは、基礎訓練に過ぎない。それで多少強くなったとしても、戦いの場では役に立たない。
それならば、本当の戦いを見せてやればいい。か弱い人の子が、身体能力に優れたキャットピープルに勝つ所を。
「本気かニャ?」
「当たり前でしょ! それとも、エレナは出来ないの?」
「放出系と回復系は苦手ニャ。でも肉体の強化は得意ニャ。馬鹿にしちゃ駄目ニャ」
「それが出来れば充分よ」
「ペスカは、甘く見過ぎニャ。これでも私は、キャトロールで最強ニャ」
「本気でやらないと、怪我するよ」
「それは、こっちの台詞ニャ!」
ペスカは半身を傾ける様に、右手と右足を前に出して構える。対してエレナは構えず、リラックスする様に、体を上下に揺らしている。
開始の合図は無く、互いのタイミングで勝負が始まる。
エレナが僅かにジャンプをし着地した瞬間に、突き出した拳はペスカの眼前にあった。ペスカは動揺する事無く左手で突きを捌くと、右の拳でエレナの鳩尾を打ち抜いた。
一瞬の攻防は、ゴブリン達には見えていない。しかし、痛みで顔を歪めるエレナの姿だけは、しっかりと捉える事が出来た。
エレナは直ぐに距離を取り、攻撃姿勢を取る。だが間髪入れずに、ペスカの回し蹴りがエレナの左側頭部に迫る。
エレナは両手で蹴りをガードする。しかし、蹴りの勢いを殺す事は出来ずに、やや後方に飛ばされる。そして飛ばされた際に、エレナのガードが少し緩む。
ペスカは更に回転して、エレナに蹴りを打ち込む。狙うのは、防御が緩んだ胴。ペスカの蹴りは、エレナの左わき腹を軋ませる。
エレナは大きく飛ばされて、ゴロゴロと転がった。
直ぐに立ち上がるエレナの眼前には、ペスカの拳が有る。ペスカの勝利である。しかし、ズマは一連の攻防が不思議でならなかった。
なぜそんなに早く動けるのか。それは、人間とキャットピープルだけに許された技術なのか。ゴブリンには不可能なのか。
考え込む様にし、ズマは眉間に皺を寄せる。その様子を見ていたペスカは、徐に口を開いた。
「ズマ、これは魔法なんだよ」
「魔法ですか?」
「私とエレナは、身体強化って魔法を使ったの。だから、あんなに早く動けたの。あんた達ゴブリンも、出来る様になるよ」
「本当ですか、ペスカ殿」
「嘘は言ってないよ。だってエレナは、常時マナで肉体の強化してるよ。多分、当たり前になって気が付いてないだろうけど」
「そう言われれば、確かにニャ」
「だから私達は、種族の限界を遥かに超えて、飛んだり跳ねたりしてるの」
「そんな絡繰りがあったとは。ぜひ、我らにもお教えください」
「まぁ、最初はマナのコントロールからだね。それから治療魔法を覚えて貰うよ。治療魔法はエレナも一緒に修行しなよ。後々役に立つと思うからさ」
ペスカは本来、近接戦闘を得意としていない。ゴブリンを治療している所を見て、エレナは漠然とそう理解していた。それにも関わらず、圧倒された。理由はわかっている、マナの差だ。ペスカの場合は、既に神気と化しているのだが。
エレナもまた、己の未熟を理解した。上には上がいるのだと。そしてこの一戦が、エレナにとって転機となる。
そもそもペスカは、ゴブリン達を対トロール戦で使い捨てにする気は毛頭ない。この大陸でも通用する、立派な戦力に育てようと考えていた。
それには自立する事は勿論、戦いの技術だけでも足りない。ゴブリンを始め多くの魔獣達は、傷付いても薬草を患部に貼り、自然治癒を待つ程度の医療技術しか無い。それでは幾ら鍛え上げても、戦いの中で朽ち天寿を全うする事は無い。
彼らに必要な魔法は、治療魔法だとペスカは考えていた。
治療魔法は、かつて空が体現した様に、身体構造を知っていれば効能が増す。ただ魔法自体が、あくまでもマナのコントロールが充分であって、始めて出来る技術である。
ペスカは、手始めにマナのコントロールを、ゴブリン達に慣れさせようと考えた。
それが、肉体強化の魔法。
マナを使う際には、全身にマナを行き渡らせると、高い効果を発揮する。手足などの末端に、マナを漲らせる事は、マナがコントロール出来ている証でもある。
そして肉体強化の魔法を使えば、個々の限界を遥かに超える能力を、使用することができる。これは戦いにおいて、大きなアドバンテージになり得る。
ただしエレナの様に、マナのコントロールは出来るが、身体強化以外の魔法を苦手とする者は少なくない。マナのコントロール修行で、適性を見極め。治療魔法を教えるのが、ペスカの考えた第二ステップであった。
「関わったんだもん。絶対に無駄死にはさせないよ。勿論、エレナもね」
だが、ペスカは忘れていた。エレナの耳は、猫と同程度に聴覚が鋭い。ペスカの想いを聞いたエレナは、笑みを深めた。
「さて、明日からは新たな訓練だ。私も参加する限り、貴様らが逃げ出す事は許さん」
「勿論です教官。我々は、絶対に引かない! やり遂げて見せます!」
やる気は充分。しかし、何から手を付けていいかわからない。
魔法やマナなどの言葉自体を、始めて聞いたズマ。そしてエレナは天才肌なのだろう。マナのコントロールは、誰かに教わった訳ではなく、感覚的に行っている。
流石のエレナも、ズマには教えてやる事は出来ない。両者は揃ってペスカを見る。
ペスカは、少し溜息をつく。わかっていた事だ、自分が教えるしかない事は。そしてゴブリン達に、細い腕と同サイズの枝を持たせる。
「ズマ。これを折ってみて」
ズマはありったけの力を込めるが、全く折れる気配は無い。
ペスカはズマの手に触れると、身体に流れるマナを外部から操作する。ズマの体内に流れるマナは、ペスカの操作で両手に集中していく。
「ズマ。何か力が流れる感覚わかる?」
「はい、ペスカ殿。何か不思議な力が、両手に集まっています」
「なら良し。その力を手に馴染ませる様にして」
「わかりました。こうですかな」
ズマは、両手に集中したマナが、手と一体となる様に意識する。
「いいね。なら、もう一度枝を折ってみて」
ズマは力を込める。次は驚くほどあっさりと、枝が折れた。ズマは驚愕の表情を露にし、他のゴブリン達もポカンと口を開けていた。
「な、なんですか。これは、なにが起こったんですか?」
「これが、肉体強化だよ。これが上手く出来る様になれば、直ぐに強くなれるよ」
「す、素晴らしい。こんな方法があるなんて!」
「力の流れる感覚を覚えておいてね。後は慣れだからね」
「わかりました」
ズマは、ペスカにして貰った事を思い出し、体内でマナを流動さる事を意識し始める。その後ペスカは、他のゴブリン達にも、マナが体内に流れる感覚を体験させた。
「これから毎日、朝と晩には、この訓練をするからね」
ゴブリン達は、揃って掛け声を上げる。
過酷な訓練による、ゴブリンの意識改革は終了した。
戦士となったゴブリン達は、肉体強化の魔法を使えば、直ぐに戦う技術も覚えるだろう。
大陸最弱の種族は、生まれ変わろうとしている。やがてこの最弱の種族が、大陸を救う一助になる事は、今はまだ誰も知らない。
「あぁ、多分な。俺も見ただけじゃわかんねぇんだ」
「冬也は詳しくないんだな。もっと勉強するべきなんだな。山さんに教えて貰うといいんだな」
「そうだな。せっかくだから、お前も一緒に習おうぜ」
「嬉しいんだな。でも、おでは賢いから、冬也よりいっぱい覚えるんだな」
「ははっ、確かにな。お前は賢いよ、ブル」
ブルは、道具も使わず手で鉱山を掘り進める。そして鉱石を発見した時は、とても嬉しそうに破顔して冬也に見せつける。それは子供が宝物を、親に見せつける様子に似ていた。
ブルの巨体であれば、砂遊びと大差は無いのだろうか。ブルは疲れた様子を見せない。寧ろ、楽しそうに顔で遊んでいる。
また、嬉々として冬也に話しかける仕草を見ると、構ってくれる事が嬉しくて仕方ない様子も伝わって来る。
「山さん。これは何だ?」
「あぁ、お前さんが必要だと言っていた、魔鉱石だ」
「これが魔鉱石? 俺が知ってるのとは、違うぞ!」
「お前さんが知ってるのは、製錬された後の物だろう? 使うなら、その作業もしなければならん」
「山さん。魔鉱石は、何に使うんだな?」
「ブルよ。この鉱石は、人間の世界ではラフィス石と呼ばれておる。マナが溜め込める性質を持つから、人間達はこの石に魔法を封じ込めて使っておる」
「便利なんだな」
「あぁ。だけど、このままで役に立たない。不純物が混ざっておるからな。それに、この石は高温で溶ける性質が有る。解けた鉱石は、空気に触れると霧状になるから、製錬する際には注意が必要なんじゃ」
「難しそうなんだな」
「製錬作業は、俺がやる。前に鉄やガラスでやったから慣れてる。任せとけブル」
「おぉ。冬也は、やっぱり凄いんだな」
ブルは、楽しそうに鉱山を掘り進める。そして、次々と様々な鉱石が掘り出される。新しい鉱石を見つける度に、ブルは冬也と共に山の神の講義を受ける。
そして冬也は鉱石を選別しつつ、魔法を使って融解し不純物を取り除く。また、冬也は木々から太い幹などを貰い、大人が数人は入れる程の大きな木桶を幾つか作る。
日が暮れる頃には、ブルは鉄鉱石が採れる程に、深く鉱山を掘り進めていた。ブルの尽力で、想定よりはるかに速く作業が進み、その日の作業は終了とした。
一番働いたのはブルであろう。そして豪快に、腹の音を立てていたのも、ブルであった。
冬也が作業を終了させたのは、日が暮れただけが理由ではない。ブルの腹音が、余りにもうるさいので、食事の時間にしないと可哀想だと思ったからでもある。
「お腹が減ったんだな」
「あぁ、飯にしようブル。今日は助かったぜ。明日もよろしくな」
「良いんだな。今日は楽しかったんだな」
「必要な量が採れたら、他にも手伝って貰う事があるんだけど、良いか?」
「何でも言うと良いんだな」
「頼りにしてるぜ、ブル」
夕食代わりの果物を食べつつ、冬也とブルは談笑する。会話をする両者の表情は、とても柔らかい。
純粋だからこそ、ブルは冬也の暖かい神気を感じ取り、直ぐに懐いたのだろう。ぶっきらぼうで横柄な態度を取るが、冬也は面倒見がいい。
対格差は余りにも異なる。しかし山の神にはこの二名が、兄弟の様に見えていた。恐らく、この出会いは運命なのだろう。そんな予感を覚える程に。
☆ ☆ ☆
一方、ゴブリンの集落では、その日の訓練を終えてヘトヘトになったゴブリン達が、広場に揃って夕食を取っていた。
数は少ないが、自らの手で獲った獲物が含まれる。ゴブリン達にとって、生きた獲物を獲った事は、今までに無い経験であり、小さな達成感を得ていた。
同時に力不足もゴブリン達は感じていた。
いつかは与えられるのではなく、自らの力で充分な食料を獲りたい。
歯噛みをする思いを感じながら、ゴブリン達は食事をする。過酷な訓練を乗り越える中で、ゴブリン達は与えられた現状を享受せず、自ら掴み取る事を重要視する様に思考を変えていった。
食事が終わると、ゴブリン達はズマを中心に反省会を始める。
どうすれば、訓練を乗り越え強くなれる。何が足りない、なぜ獲物を逃した。次は、どう工夫すれば良い。
直ぐに強くなるとは思っていない。だが、少しでも目標に近づいていたい。
日々の反省会は、エレナに言われる事なく、ズマが言い出し始めた事であった。反省会には、いつもエレナが立ち会っている。だが、今日の反省会には、ペスカも立ち会っていた。
中央の広間に集まるゴブリン達に向かって、ペスカは語り始める。
「はっきり言うよ。これ以上やっても、直ぐには強くなれない。私達人間が、ドラゴンと力比べをしても、腕力だけじゃ絶対に敵わないのと同じ。それは種族の差なんだよ。種族の限界を超えられないとは言わないよ。でも直ぐに出来る事じゃない。凄く長い時間をかけて修行して、やっと超えられるんだ。直ぐには、強くなれないよ」
ペスカの言葉は、これ以上も無い位に辛らつであった。
ゴブリンは所詮ゴブリン。エレナから受けた特訓が無駄とは言わない。でも、その壁を超えるには、長い時間が必要になる。そう、一朝一夕で成し遂げられる事ではない。それを理解しているから、心に響くのだろう。
力不足は、いつも感じている。
走れば、教官であるエレナに、ついていけない。戦闘では、掠る事すら許されない。体力面でも、いつも先にダウンするのは、ゴブリン達である。
だが、今更なのだ。知っている、力不足を理解している、だから必要な事を模索しているのだ。
ペスカの言葉がどれだけ辛らつであろうと、ゴブリン達は俯かない。
事実を正確に受け止め、次に進むための糧とする。成長を始めたゴブリン達は、あらゆる事を吸収している。
だからこそ、ペスカは手を差し伸べるべきだと感じていた。一歩先に進みたい、彼らがそう思うなら尚更なのだ。
エレナの行っているのは、基礎訓練に過ぎない。それで多少強くなったとしても、戦いの場では役に立たない。
それならば、本当の戦いを見せてやればいい。か弱い人の子が、身体能力に優れたキャットピープルに勝つ所を。
「本気かニャ?」
「当たり前でしょ! それとも、エレナは出来ないの?」
「放出系と回復系は苦手ニャ。でも肉体の強化は得意ニャ。馬鹿にしちゃ駄目ニャ」
「それが出来れば充分よ」
「ペスカは、甘く見過ぎニャ。これでも私は、キャトロールで最強ニャ」
「本気でやらないと、怪我するよ」
「それは、こっちの台詞ニャ!」
ペスカは半身を傾ける様に、右手と右足を前に出して構える。対してエレナは構えず、リラックスする様に、体を上下に揺らしている。
開始の合図は無く、互いのタイミングで勝負が始まる。
エレナが僅かにジャンプをし着地した瞬間に、突き出した拳はペスカの眼前にあった。ペスカは動揺する事無く左手で突きを捌くと、右の拳でエレナの鳩尾を打ち抜いた。
一瞬の攻防は、ゴブリン達には見えていない。しかし、痛みで顔を歪めるエレナの姿だけは、しっかりと捉える事が出来た。
エレナは直ぐに距離を取り、攻撃姿勢を取る。だが間髪入れずに、ペスカの回し蹴りがエレナの左側頭部に迫る。
エレナは両手で蹴りをガードする。しかし、蹴りの勢いを殺す事は出来ずに、やや後方に飛ばされる。そして飛ばされた際に、エレナのガードが少し緩む。
ペスカは更に回転して、エレナに蹴りを打ち込む。狙うのは、防御が緩んだ胴。ペスカの蹴りは、エレナの左わき腹を軋ませる。
エレナは大きく飛ばされて、ゴロゴロと転がった。
直ぐに立ち上がるエレナの眼前には、ペスカの拳が有る。ペスカの勝利である。しかし、ズマは一連の攻防が不思議でならなかった。
なぜそんなに早く動けるのか。それは、人間とキャットピープルだけに許された技術なのか。ゴブリンには不可能なのか。
考え込む様にし、ズマは眉間に皺を寄せる。その様子を見ていたペスカは、徐に口を開いた。
「ズマ、これは魔法なんだよ」
「魔法ですか?」
「私とエレナは、身体強化って魔法を使ったの。だから、あんなに早く動けたの。あんた達ゴブリンも、出来る様になるよ」
「本当ですか、ペスカ殿」
「嘘は言ってないよ。だってエレナは、常時マナで肉体の強化してるよ。多分、当たり前になって気が付いてないだろうけど」
「そう言われれば、確かにニャ」
「だから私達は、種族の限界を遥かに超えて、飛んだり跳ねたりしてるの」
「そんな絡繰りがあったとは。ぜひ、我らにもお教えください」
「まぁ、最初はマナのコントロールからだね。それから治療魔法を覚えて貰うよ。治療魔法はエレナも一緒に修行しなよ。後々役に立つと思うからさ」
ペスカは本来、近接戦闘を得意としていない。ゴブリンを治療している所を見て、エレナは漠然とそう理解していた。それにも関わらず、圧倒された。理由はわかっている、マナの差だ。ペスカの場合は、既に神気と化しているのだが。
エレナもまた、己の未熟を理解した。上には上がいるのだと。そしてこの一戦が、エレナにとって転機となる。
そもそもペスカは、ゴブリン達を対トロール戦で使い捨てにする気は毛頭ない。この大陸でも通用する、立派な戦力に育てようと考えていた。
それには自立する事は勿論、戦いの技術だけでも足りない。ゴブリンを始め多くの魔獣達は、傷付いても薬草を患部に貼り、自然治癒を待つ程度の医療技術しか無い。それでは幾ら鍛え上げても、戦いの中で朽ち天寿を全うする事は無い。
彼らに必要な魔法は、治療魔法だとペスカは考えていた。
治療魔法は、かつて空が体現した様に、身体構造を知っていれば効能が増す。ただ魔法自体が、あくまでもマナのコントロールが充分であって、始めて出来る技術である。
ペスカは、手始めにマナのコントロールを、ゴブリン達に慣れさせようと考えた。
それが、肉体強化の魔法。
マナを使う際には、全身にマナを行き渡らせると、高い効果を発揮する。手足などの末端に、マナを漲らせる事は、マナがコントロール出来ている証でもある。
そして肉体強化の魔法を使えば、個々の限界を遥かに超える能力を、使用することができる。これは戦いにおいて、大きなアドバンテージになり得る。
ただしエレナの様に、マナのコントロールは出来るが、身体強化以外の魔法を苦手とする者は少なくない。マナのコントロール修行で、適性を見極め。治療魔法を教えるのが、ペスカの考えた第二ステップであった。
「関わったんだもん。絶対に無駄死にはさせないよ。勿論、エレナもね」
だが、ペスカは忘れていた。エレナの耳は、猫と同程度に聴覚が鋭い。ペスカの想いを聞いたエレナは、笑みを深めた。
「さて、明日からは新たな訓練だ。私も参加する限り、貴様らが逃げ出す事は許さん」
「勿論です教官。我々は、絶対に引かない! やり遂げて見せます!」
やる気は充分。しかし、何から手を付けていいかわからない。
魔法やマナなどの言葉自体を、始めて聞いたズマ。そしてエレナは天才肌なのだろう。マナのコントロールは、誰かに教わった訳ではなく、感覚的に行っている。
流石のエレナも、ズマには教えてやる事は出来ない。両者は揃ってペスカを見る。
ペスカは、少し溜息をつく。わかっていた事だ、自分が教えるしかない事は。そしてゴブリン達に、細い腕と同サイズの枝を持たせる。
「ズマ。これを折ってみて」
ズマはありったけの力を込めるが、全く折れる気配は無い。
ペスカはズマの手に触れると、身体に流れるマナを外部から操作する。ズマの体内に流れるマナは、ペスカの操作で両手に集中していく。
「ズマ。何か力が流れる感覚わかる?」
「はい、ペスカ殿。何か不思議な力が、両手に集まっています」
「なら良し。その力を手に馴染ませる様にして」
「わかりました。こうですかな」
ズマは、両手に集中したマナが、手と一体となる様に意識する。
「いいね。なら、もう一度枝を折ってみて」
ズマは力を込める。次は驚くほどあっさりと、枝が折れた。ズマは驚愕の表情を露にし、他のゴブリン達もポカンと口を開けていた。
「な、なんですか。これは、なにが起こったんですか?」
「これが、肉体強化だよ。これが上手く出来る様になれば、直ぐに強くなれるよ」
「す、素晴らしい。こんな方法があるなんて!」
「力の流れる感覚を覚えておいてね。後は慣れだからね」
「わかりました」
ズマは、ペスカにして貰った事を思い出し、体内でマナを流動さる事を意識し始める。その後ペスカは、他のゴブリン達にも、マナが体内に流れる感覚を体験させた。
「これから毎日、朝と晩には、この訓練をするからね」
ゴブリン達は、揃って掛け声を上げる。
過酷な訓練による、ゴブリンの意識改革は終了した。
戦士となったゴブリン達は、肉体強化の魔法を使えば、直ぐに戦う技術も覚えるだろう。
大陸最弱の種族は、生まれ変わろうとしている。やがてこの最弱の種族が、大陸を救う一助になる事は、今はまだ誰も知らない。
0
お気に入りに追加
360
あなたにおすすめの小説
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?
称号は神を土下座させた男。
春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」
「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」
「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」
これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。
主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。
※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。
※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。
※無断転載は厳に禁じます
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる