妹と歩く、異世界探訪記

東郷 珠

文字の大きさ
上 下
134 / 415
それぞれの選択

133 クラウスの誤算

しおりを挟む
「馬鹿じゃないの、クラウス! 翔一君は、この世界の人間じゃないんだよ。勝手に巻き込んで良いと思ってんの?」
「ですが、ペスカ様」
「あんたが兄貴を追って、アンドロケインから来たのとは、訳が違うんだよ。わかる? 日本に、両親がいるんだよ」
「あの年齢なら、この世界では一人前です」
「そういう問題じゃないって言ってんの! 強制させるな! 自分で選択させなよ! あんたは、選んでこの大陸に来たんでしょ! それと同じだよ!」

 これは翔一が、王立魔法研究所に連れて行かれる、前日の事である。
 兵の訓練施設で、翔一の姿を見せられたクラウスは、トールを連れてペスカの下を訪れていた。クラウスからすれば、近衛隊の隊長となるのは大出世であり、ペスカは賛成すると思いこんでいた。
 だが、それが間違いの始まりだった。賛成して貰えるどころか、滾々とペスカに説教されていた。

 大の大人が、滾々と説教される事は、滅多にあるまい。クラウスとトールは、床に正座をさせられて、逃げ出したい気持ちでいっぱいになっていた。

「自分達の都合で、巻き込むな! 私が訓練をさせたのは、近衛に入れる為じゃないんだよ。選択は、翔一君にさせるからね。翔一君が断っても、ちゃんと陛下に言うんだよ。それとこの話は、お兄ちゃんには内緒にしときな。命が惜しかったらね」
「冬也様に、内緒とは何故ですか?」
「空ちゃんと翔一君を、日本に帰すって言ってるのは、お兄ちゃんなんだよ。二人の事をちゃんと考えて、お兄ちゃんはそう言ってるの。親友に面倒が降りかかる様なら、あんたボコボコにされるよ」

 初めて冬也と手合わせをした時の事を、クラウスは思い出した。魔法の使用を自ら禁じたとはいえ、完全な敗北だった。今は、更に強くなっている。
 神と渡り合える冬也が自分に怒りを向けたら、全力を尽くしても勝てる気がしない。クラウスは思わず、身震いをした。

「あのね。そもそも、近衛を再編する事自体が間違ってるんだよ。先にすべき事がいっぱいあるでしょ!」
「ペスカ殿。お言葉ですが、王都を守る警備兵は必要です」
「それは、あんたがやる事でしょ、トール! 近衛が必要なら、あんたがやりなよ!」
「それは充分承知しております」
「それなら何で、翔一君の名前が出てくんのよ。端から諦めてるのと一緒じゃない! 馬鹿じゃ無いの! 翔一君は、訓練で弱音吐いたの? あんたみたいに投げ出したの? 頭を張ってるあんたが、その調子じゃこの国の防衛もお終いだよ」

 ペスカの言葉に、ぐうの音も出ないトールは、肩を落とす。更にペスカはトールに向かい、説教を続けた。

「自信が無いなら、モーリスを呼んであげるよ。あいつが軍事顧問になれば、少しは変わるでしょ。それでも良いの? 帝国を失って、新たな居場所も失うんだよ! それがあんたの目指す所なの? どうなのよ、トール!」
「良いわけがありません。もう、私はこの国に命を預けた身。この国の為に、身を尽くす所存です」
「だったらトール、あんたが近衛隊の隊長をやりな。人に任せるな!」
「はい」

 トールは、少し俯きながら頷いた。続いて、ペスカはクラウスに視線を向ける。
 生まれ変わったとて、目の前の少女は己の師である。時に叱咤されながらも、多くの事を学んだ。
 いつもは明るく振舞う師の説教が、どれだけ恐ろしいかを知っているだけに、クラウスは怯えた。

「あんたは、優先順位を理解してるの? 国民の半分を失って、難民を大量に抱えて、未だに大量の被害者が療養所で、治療を待ってるんだよ。空ちゃんが何をしてるか知ってるよね。領地の再編どころか、国を安定させなきゃ、国民は不安になるだけなんだよ。人員不足の今、国を将来を背負って立つあんたが、フラフラしてたら、エルラフィアは終わるよ。あんたは、兄貴の二の舞になりたいの?」
「いえ、その様な事は」
「だったら、近衛の再編なんて、無駄な事を認めちゃ駄目でしょ。あんたは、陛下を諫める立場なんだよ。ちゃんと、役目を果たさないなら、伯爵なんて返上しちゃいな!」

 クラウスとて、それは十二分に理解をしていた。領地の確認や、王都での雑務に追われ、近衛隊再編の話しを聞いた時には、既に決定事項になっていた。

 ペスカの言葉は、クラウスの胸を深く突き刺す。
 ペスカの諫めろは、間違った決定なら、例え国王の厳命であっても覆せと言っているのだ。それは、国王のみならず、大臣や貴族連中すらにも、好き勝手はさせるなと言っているのだ。

 理路整然と間違いを指摘し、正しい筋道を示す。それが臣下の役割である。双方の意見も正しいならば、議論の場に戻さなければならない。議論をした上で、より良い選択をすればいい。
 もし仮に、一切聞き届けられないならば、そこには恣意的要素が含まれるはずだ。それは私利私欲に走るのと同義であり論外である。

 言い訳も出来ない程に、クラウスは己の未熟を改めて感じていた。
 
 辛辣な言葉が、次々とペスカの口から放たれる。反論すれば、倍になって返って来る。クラウスとトールは、ペスカの説教が永遠と続くと思える程に、長く感じていた。
 久しぶりのペスカの説教に、トールと共にクラウスは意気消沈していた。

 ペスカは、次第にヒートアップしていった。
 研究所の職員に使いを出し、シリウスとシルビアが呼びつけられる。彼らもまた、ペスカの研究室内で正座をさせられ、一緒に説教を受ける事になる。

 危険予測が出来て無い。領地経営が甘い。国民の為に、何が必要なのかちゃんと考えろ。帝国で敗北した原因は何だ。メルドマリューネの警戒が、不足し過ぎだ。

 様々な事を取り上げて、ペスカの説教は続く。このままでは、国王まで連れて来いと言われかねない。それだけペスカの勢いは、止まらなかった。
 
 ペスカの説教は、深夜にも及んだ。
 どれも耳を塞ぎたくなる言葉であった。だからこそ、皆の心を深く抉る。
 
 戦争が終わり復興を始めた今だからこそ、しっかりと省みる事が必要だと、ペスカは語りたかった。そして皆も、その意図は理解していた。
 
 叱るのと、怒るのは全く意味が違う。間違いは叱るべきである。そして叱咤とは、その中に有る励ましにこそ、大きな意味を持つ。
 ペスカは長い時間をかけて、彼らを叱り、また励ました。そして最初こそ意気消沈していた目に、炎が宿り始める。
 
 各人の表情を見渡して、ペスカは締めくくる様に、言葉を続けた。

「トール。あんたは軍を仕切れる位になりなさい」
「はい」
 
 トールは、力強い声を出して頷いた。

「シルビア、あんたは領都に戻りなさい。数年間、あんたが領主代行ね。メイザー領の代理統治も出来るよね」
「はい、お任せください」

 シルビアの瞳は、爛々と輝き、燃え盛る火が見えるようだった。

「シリウス。あんたは、残った領主達を集めなさい。現状の問題確認と、優先事項を王都と各領で、摺合せするの。それと、クラウスの仕事は、あんたが引き継ぎなさい」
「わかりました、姉上」

 シリウスは、既に様々な業務を抱えている。
 領主としての業務を軽くする代わりに、各領主と王の意思を繋ぐ役割を、ペスカに命じられた。さらには、クラウスが行っている様々な雑務も、シリウスが行う事となった。
 圧し掛かる業務は、一領主が抱える容量を遥かに超えている。しかし、シリウスは首を横には振らなかった。何故なら、育てて来た優秀な部下がいるから。

 最後にペスカは、クラウスに視線を向ける。

「クラウス。あんたは、日本に留学する事。大学に入って、色々学んできなさい」
「へっ?」
「何、素っ頓狂な声だしてんのよ! 返事は?」
「はい。ですが、ペスカ様」
「フィアーナ様には、お兄ちゃん経由でお願いしとく。空ちゃん達が日本に帰る時に、一緒に日本に行きなさい」

 予想外の言葉に、クラウスは言葉に詰まる。

「あんたは、もっと色々な事を知った方が良い。それが、この国や世界の未来に役立つ。何年かかるかわからないけど、しっかり学んで戻って来なさい。良いわね」
「・・・・・わかりました」

 クラウスは、混乱していたが、やや時間を置いて頷いた。こうして、クラウスは日本に行く事となる。
 ペスカが下した命令は、翌朝には国王に伝わる。国王は、英雄ペスカの指示との事で、反対をしなかった。
 
 ただでさえ忙しいクラウスは、翌朝から更に忙しくなった。シリウスやシルビアに引き継ぎをする一方で、シルビアから日本語を教わった。
 
 元々エルフという種族で、人間よりも知能の高いクラウスは、日本へ渡る事で様々な事を知る。
 文化、思想、歴史、技術、そして戦争。
 学ぶ毎に、疑問が生じる。クラウスは、最適解を求めて学び続ける。それが将来、このロイスマリアという世界を変える。

 これは実の兄をその手で断罪した一人のエルフが、兄の想いを継ぐ為に平和を求めて戦いつづけた、始まりの物語である。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

神様に与えられたのは≪ゴミ≫スキル。家の恥だと勘当されたけど、ゴミなら何でも再生出来て自由に使えて……ゴミ扱いされてた古代兵器に懐かれました

向原 行人
ファンタジー
 僕、カーティスは由緒正しき賢者の家系に生まれたんだけど、十六歳のスキル授与の儀で授かったスキルは、まさかのゴミスキルだった。  実の父から家の恥だと言われて勘当され、行く当ても無く、着いた先はゴミだらけの古代遺跡。  そこで打ち捨てられていたゴミが話し掛けてきて、自分は古代兵器で、助けて欲しいと言ってきた。  なるほど。僕が得たのはゴミと意思疎通が出来るスキルなんだ……って、嬉しくないっ!  そんな事を思いながらも、話し込んでしまったし、連れて行ってあげる事に。  だけど、僕はただゴミに協力しているだけなのに、どこかの国の騎士に襲われたり、変な魔法使いに絡まれたり、僕を家から追い出した父や弟が現れたり。  どうして皆、ゴミが欲しいの!? ……って、あれ? いつの間にかゴミスキルが成長して、ゴミの修理が出来る様になっていた。  一先ず、いつも一緒に居るゴミを修理してあげたら、見知らぬ銀髪美少女が居て……って、どういう事!? え、こっちが本当の姿なの!? ……とりあえず服を着てっ!  僕を命の恩人だって言うのはさておき、ご奉仕するっていうのはどういう事……え!? ちょっと待って! それくらい自分で出来るからっ!  それから、銀髪美少女の元仲間だという古代兵器と呼ばれる美少女たちに狙われ、返り討ちにして、可哀想だから修理してあげたら……僕についてくるって!?  待って! 僕に奉仕する順番でケンカするとか、訳が分かんないよっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

元勇者パーティーの雑用係だけど、実は最強だった〜無能と罵られ追放されたので、真の実力を隠してスローライフします〜

一ノ瀬 彩音
ファンタジー
元勇者パーティーで雑用係をしていたが、追放されてしまった。 しかし彼は本当は最強でしかも、真の実力を隠していた! 今は辺境の小さな村でひっそりと暮らしている。 そうしていると……? ※第3回HJ小説大賞一次通過作品です!

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

捨て子の僕が公爵家の跡取り⁉~喋る聖剣とモフモフに助けられて波乱の人生を生きてます~

伽羅
ファンタジー
 物心がついた頃から孤児院で育った僕は高熱を出して寝込んだ後で自分が転生者だと思い出した。そして10歳の時に孤児院で火事に遭遇する。もう駄目だ! と思った時に助けてくれたのは、不思議な聖剣だった。その聖剣が言うにはどうやら僕は公爵家の跡取りらしい。孤児院を逃げ出した僕は聖剣とモフモフに助けられながら生家を目指す。

処理中です...