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それぞれの決着
117 魔法使いの戦い その3
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魔法、剣技の両方に勝る兄クロノスが、弟クラウスを圧倒する。しかし、クラウスも負けてはいない.
事前に準備した二つの対抗策で、逆転の糸口を見出す。
クロノスの魔法を使い辛くし、筋力の低下を起こさせ、クラウスは反撃に移る。
更にクラウスは、最後の対抗策を見せた。
グラスキルス王国の、南部鉱山のみでしか採掘出来ない、とても貴重な鉱石であるキルス鋼。この鉱石の特徴は、ラフィス石と真逆で、マナを全く寄せ付けない。
クラウスは、粉末上にしたキルス鋼を振りまいた。
言わばこれは、対魔法用のチャフ。ただでさえ精度を落としているクロノスの魔法は、空中で乱反射し十全の力を発揮しない。
例え広範囲の魔法を放っても、瞬歩で素早く動くクラウスには、全く届かなかった。
幾度も無造作に放つ魔法で、クロノスのマナは大幅に消費していき、枯渇寸前となる。そして筋力の低下は、クロノスの首をじわじわと締め付ける。
クラウスの動きについていけず、簡単に背後を取らせる様になる。
クラウスは、クロノスの背後を取り、剣で斬り付ける。クロノスの背中は、大きく切り裂かれ、大量の血を流した。
「うぁああ! ぐああああ~!」
強烈な痛みが、クロノスの全身を貫く。マナの枯渇と痛みは、奇跡は起こす鍵となる。邪神の洗脳から、クロノスが解放される。
判然としない意識の中、クロノスは眼前にいる男を見据える。そして、懸命に言葉を紡ぎ出した。
「ぐぅぅ。お前、クラウスか? 何故ここにいる? 俺は何をして」
朦朧とする記憶を必死に辿って、クロノスは現状の把握を試みる。何が起きている、何故クラウスがここにいる、何故クラウスと戦っている、この背中の痛みは何だ。
「兄貴、ロメリアの洗脳が解けたか?」
「洗脳? お前は何を言っている」
クラウスの持つ血に濡れた剣、そして自分の背の痛み。それが一つの答えだろう。薄っすらとした記憶を辿り、幾つかのピースを組み合わせれば、パズルは完成する。
クロノスは全てを悟った。
「そうか、クラウス。お前は私の首を取りに来たのか?」
「違う、兄貴。私は、裁きを下しに来たのだ」
「裁きだと? 生意気な事を言う様になったな」
「知らないとは言わせない。大陸中の都市を攻撃して、住民の大量虐殺をした事を。ミケルディアやショールケールの王都を破壊したのも、兄貴の命令であろう」
「そうだ。俺が命令をした事だ。大量破壊兵器も、ロメリアから知恵を借り、住民に作らせた物だ」
「何故だ! 何故そんな事をした!」
「さてな、理由はわからん」
「いつから洗脳されていた?」
「それもわからん」
クラウスは、苦虫を嚙み潰したような表情になり、思う様に言葉が出なかった。
伝えたい言葉は沢山あった。届けたい想いは、海水よりも多かった。ここが、殺し合いの場でさえなければ・・・。
それは、クラウスに取って望まない展開だった。出来れば洗脳されたまま、別人と成り果てた兄と相対していたかった。洗脳が解かれ、自我を取り戻した兄に対し、万感の想いがあふれ出る。
クラウスは剣を持つ手をダランと下ろし、動く事が出来なくなっていた。
そんなクラウスを、クロノスはじっと見つめていた。
邪神ロメリアに、半ば意識操作をされていたとは言え、数えればきりが無い程の罪を犯した。
小国のミケルディアやショールケールの王都を破壊した。邪神ロメリアから伝えれた知識を元に開発した兵器で、多くの都市を破壊した。
どれだけの人間を殺したのだろう。どこまでが自分の意志で行った事なのか、全く判然としない。しかし、決して許される事ではない。操られたとて、実行したのは自分である。
記憶が蘇る毎に、クロノスは自身の罪を実感していった。
「クラウス、一つだけ教えてくれ。我が民達はどうなった?」
「住民は全員モンスター化した。兵士達は今も戦い続けている。救えた命は、ほんの一握りだ」
「そうか。私は、間違えたのだな」
これまで長い間、邪神と繋がって来たのだ。外に意識を向ければ、様子など手に取る様にわかる。長い時をかけて作り上げた国は、元の形を有していない。
神の恩恵が届かぬ地を、緑豊かにしたのは、決して自分一人の力ではない。自分を慕う者達の、血の滲む努力が有ったからこそ成し得たのだ。
何代にも渡り、彼らは自分を慕い尽くしてくれた。メルドマリューネの豊かさは、彼らの努力が結実した証である。
その緑は、見る影もない。彼らの努力は、簡単に踏みにじられた。
人間の奥底には、邪悪が潜んでいる。しかし、それ以上に可能性が有る。悩む自分を支えてくれたのも、彼らだった。
「クロノス様。もし我ら人間の事でお悩みなら、我らの自我を消して欲しい。我らの祖先は、あなたに救われた。そして今もあなたに守られている。我らは、あなたの足枷とはなりたくない」
彼らは語った。法に基づいて罪を裁く、その裏でクロノスがどれだけ嘆いていたか。どれだけ苦しんでいたか。欲に塗れる一部の人間の蛮行で、大恩の有るクロノスが傷つくのは許されない。
そんな事が横行する位なら、国民すべてから意志を奪って欲しい。そして、国を動かす為の機械にして欲しい。
自分達の意志を奪え、そんな事が言える人間がいるのか。そんな事が言える人間なら、寧ろ意志を奪ってはならないのだ。しかし彼らは譲らなかった。
自分がそうであっても、子孫が同じだとは限らない。教育と環境で、人間の思想は形成されていく。
メルドマリューネが、完全な世界であるから問題なのだ。豊か過ぎるから、努力を止めていくのだ。努力をしなくても生きていけるから堕落するのだ。
教育が完璧でも、国のシステムが完璧でも、人間が真っ当に生きる保証はない。
そしてクロノスは、国民達から意志を奪った。そして、自分の思い通りに動く木偶とした。彼らの想いを受けて、クロノスはメルドマリューネの豊かさを維持し続けて来た。
全て、国民一人一人が創り上げた、平和な世界なのだ。そんな平和は、こんな形で終わるのか。
クロノスは天を見上げて、今にも零れだしそうな涙を堪えた。
いつから自分は、他国の人間を滅ぼそうと思っていたのか。
いつから自分は、恨みに呑まれてしまったのか?
いつから自分は、道を間違えてしまったのか?
悔恨の念は尽きる事が無い。
全ての想いを心の中に秘め、クロノスは重々しく最後の言葉を紡ぐ。
「終わりにしよう、クラウス」
クロノスは枯渇寸前のマナを振り絞ろうとする。しかし、コントロールが上手く出来ず、満足に魔法を放てない。剣を抜こうとするが筋力は失われ、鉛の重さに耐えきれず取りこぼす。
だが、クロノスは命の火を灯し、体内にマナを漲らせる。もう動かないはずの足を動かし、握れないはずの剣を握る。闘志は極限に高まり、空中に撒かれた粉末上にしたキルス鋼を吹き飛ばす。
そこには、かつての誇り高い兄の姿があった。眩いばかりに、魂は輝きを増す兄の姿へ応える様に、クラウスは全身のマナを剣に纏わせる。
クロノスは、全てのマナを剣に込めて、ただ振り下ろす。クラウスは、振り下ろされた剣を叩き割る様に剣を振るう。
一太刀で勝負は決する。クロノスは、頭から胴にかけて大きく切り裂かれた。
「兄貴・・・」
クラウスは確かに見ていた。斬られた瞬間、クロノスは笑っていた。誇り高き兄の最後に、クラウスの涙は止まらない。
クロノスの死と共に、魔道大国メルドマリューネの野望は潰えた。
三百年をかけて国を作り上げ、国民を守り続けた兄。兄の大きな背中を追い、また兄の過ちを正そうと奮闘した弟。後の世に悪の権化として語られる、クロノス・メルドマリューネの誇り高き最後は、弟のクラウスだけが知る。
そして戦いは、渦に消えた邪神ロメリアとペスカ達に移る。世界を命運をかけて、ペスカと冬也は戦う。最終局面は、兄弟の戦いの裏で既に始まっていた。
事前に準備した二つの対抗策で、逆転の糸口を見出す。
クロノスの魔法を使い辛くし、筋力の低下を起こさせ、クラウスは反撃に移る。
更にクラウスは、最後の対抗策を見せた。
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クラウスは、粉末上にしたキルス鋼を振りまいた。
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例え広範囲の魔法を放っても、瞬歩で素早く動くクラウスには、全く届かなかった。
幾度も無造作に放つ魔法で、クロノスのマナは大幅に消費していき、枯渇寸前となる。そして筋力の低下は、クロノスの首をじわじわと締め付ける。
クラウスの動きについていけず、簡単に背後を取らせる様になる。
クラウスは、クロノスの背後を取り、剣で斬り付ける。クロノスの背中は、大きく切り裂かれ、大量の血を流した。
「うぁああ! ぐああああ~!」
強烈な痛みが、クロノスの全身を貫く。マナの枯渇と痛みは、奇跡は起こす鍵となる。邪神の洗脳から、クロノスが解放される。
判然としない意識の中、クロノスは眼前にいる男を見据える。そして、懸命に言葉を紡ぎ出した。
「ぐぅぅ。お前、クラウスか? 何故ここにいる? 俺は何をして」
朦朧とする記憶を必死に辿って、クロノスは現状の把握を試みる。何が起きている、何故クラウスがここにいる、何故クラウスと戦っている、この背中の痛みは何だ。
「兄貴、ロメリアの洗脳が解けたか?」
「洗脳? お前は何を言っている」
クラウスの持つ血に濡れた剣、そして自分の背の痛み。それが一つの答えだろう。薄っすらとした記憶を辿り、幾つかのピースを組み合わせれば、パズルは完成する。
クロノスは全てを悟った。
「そうか、クラウス。お前は私の首を取りに来たのか?」
「違う、兄貴。私は、裁きを下しに来たのだ」
「裁きだと? 生意気な事を言う様になったな」
「知らないとは言わせない。大陸中の都市を攻撃して、住民の大量虐殺をした事を。ミケルディアやショールケールの王都を破壊したのも、兄貴の命令であろう」
「そうだ。俺が命令をした事だ。大量破壊兵器も、ロメリアから知恵を借り、住民に作らせた物だ」
「何故だ! 何故そんな事をした!」
「さてな、理由はわからん」
「いつから洗脳されていた?」
「それもわからん」
クラウスは、苦虫を嚙み潰したような表情になり、思う様に言葉が出なかった。
伝えたい言葉は沢山あった。届けたい想いは、海水よりも多かった。ここが、殺し合いの場でさえなければ・・・。
それは、クラウスに取って望まない展開だった。出来れば洗脳されたまま、別人と成り果てた兄と相対していたかった。洗脳が解かれ、自我を取り戻した兄に対し、万感の想いがあふれ出る。
クラウスは剣を持つ手をダランと下ろし、動く事が出来なくなっていた。
そんなクラウスを、クロノスはじっと見つめていた。
邪神ロメリアに、半ば意識操作をされていたとは言え、数えればきりが無い程の罪を犯した。
小国のミケルディアやショールケールの王都を破壊した。邪神ロメリアから伝えれた知識を元に開発した兵器で、多くの都市を破壊した。
どれだけの人間を殺したのだろう。どこまでが自分の意志で行った事なのか、全く判然としない。しかし、決して許される事ではない。操られたとて、実行したのは自分である。
記憶が蘇る毎に、クロノスは自身の罪を実感していった。
「クラウス、一つだけ教えてくれ。我が民達はどうなった?」
「住民は全員モンスター化した。兵士達は今も戦い続けている。救えた命は、ほんの一握りだ」
「そうか。私は、間違えたのだな」
これまで長い間、邪神と繋がって来たのだ。外に意識を向ければ、様子など手に取る様にわかる。長い時をかけて作り上げた国は、元の形を有していない。
神の恩恵が届かぬ地を、緑豊かにしたのは、決して自分一人の力ではない。自分を慕う者達の、血の滲む努力が有ったからこそ成し得たのだ。
何代にも渡り、彼らは自分を慕い尽くしてくれた。メルドマリューネの豊かさは、彼らの努力が結実した証である。
その緑は、見る影もない。彼らの努力は、簡単に踏みにじられた。
人間の奥底には、邪悪が潜んでいる。しかし、それ以上に可能性が有る。悩む自分を支えてくれたのも、彼らだった。
「クロノス様。もし我ら人間の事でお悩みなら、我らの自我を消して欲しい。我らの祖先は、あなたに救われた。そして今もあなたに守られている。我らは、あなたの足枷とはなりたくない」
彼らは語った。法に基づいて罪を裁く、その裏でクロノスがどれだけ嘆いていたか。どれだけ苦しんでいたか。欲に塗れる一部の人間の蛮行で、大恩の有るクロノスが傷つくのは許されない。
そんな事が横行する位なら、国民すべてから意志を奪って欲しい。そして、国を動かす為の機械にして欲しい。
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自分がそうであっても、子孫が同じだとは限らない。教育と環境で、人間の思想は形成されていく。
メルドマリューネが、完全な世界であるから問題なのだ。豊か過ぎるから、努力を止めていくのだ。努力をしなくても生きていけるから堕落するのだ。
教育が完璧でも、国のシステムが完璧でも、人間が真っ当に生きる保証はない。
そしてクロノスは、国民達から意志を奪った。そして、自分の思い通りに動く木偶とした。彼らの想いを受けて、クロノスはメルドマリューネの豊かさを維持し続けて来た。
全て、国民一人一人が創り上げた、平和な世界なのだ。そんな平和は、こんな形で終わるのか。
クロノスは天を見上げて、今にも零れだしそうな涙を堪えた。
いつから自分は、他国の人間を滅ぼそうと思っていたのか。
いつから自分は、恨みに呑まれてしまったのか?
いつから自分は、道を間違えてしまったのか?
悔恨の念は尽きる事が無い。
全ての想いを心の中に秘め、クロノスは重々しく最後の言葉を紡ぐ。
「終わりにしよう、クラウス」
クロノスは枯渇寸前のマナを振り絞ろうとする。しかし、コントロールが上手く出来ず、満足に魔法を放てない。剣を抜こうとするが筋力は失われ、鉛の重さに耐えきれず取りこぼす。
だが、クロノスは命の火を灯し、体内にマナを漲らせる。もう動かないはずの足を動かし、握れないはずの剣を握る。闘志は極限に高まり、空中に撒かれた粉末上にしたキルス鋼を吹き飛ばす。
そこには、かつての誇り高い兄の姿があった。眩いばかりに、魂は輝きを増す兄の姿へ応える様に、クラウスは全身のマナを剣に纏わせる。
クロノスは、全てのマナを剣に込めて、ただ振り下ろす。クラウスは、振り下ろされた剣を叩き割る様に剣を振るう。
一太刀で勝負は決する。クロノスは、頭から胴にかけて大きく切り裂かれた。
「兄貴・・・」
クラウスは確かに見ていた。斬られた瞬間、クロノスは笑っていた。誇り高き兄の最後に、クラウスの涙は止まらない。
クロノスの死と共に、魔道大国メルドマリューネの野望は潰えた。
三百年をかけて国を作り上げ、国民を守り続けた兄。兄の大きな背中を追い、また兄の過ちを正そうと奮闘した弟。後の世に悪の権化として語られる、クロノス・メルドマリューネの誇り高き最後は、弟のクラウスだけが知る。
そして戦いは、渦に消えた邪神ロメリアとペスカ達に移る。世界を命運をかけて、ペスカと冬也は戦う。最終局面は、兄弟の戦いの裏で既に始まっていた。
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