妹と歩く、異世界探訪記

東郷 珠

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人間達の抗い

96 疾風迅雷

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 刻一刻と移る現状。事態は深刻の一途を辿る。ライン帝国が壊滅、その帝国に侵攻していたクライアス王国、メイレア王国、ラリュレル王国の三国はほぼ壊滅。帝国を中心に、ラフィスフィア大陸中央部から死者が、東へと雪崩れ込んでいく。

 シュロスタイン王国、アーグニール王国におけるペスカ達の役割は終わった。
  今はグラスキルス王国へ急ぐ、一人死地へ赴いた馬鹿な男を救うために。

  百八十キロは超えるだろうスピードに、案内係が着いて行けない。止む無く案内係を車に乗せ、ペスカは車を猛スピードで走らせる。

 未だアーグニール王国から、モンスターが消えた訳では無い。魔攻砲やライフルで、問答無用に弾き飛ばし、ペスカ達は進んだ。

 一心不乱に車を操作するペスカ、魔攻砲とライフルでモンスターを迎撃する空と翔一。その中、冬也は魔石を量産していた。あっと言う間に数百キロを走破し、アーグニール王国を抜け、グラスキルス王国へ入る。

 グラスキルスに入った頃、作業を終えた冬也と案内係と運転を交代したペスカが休憩を始める。

「ペスカ。サムウェルって人は、どんな奴だ?」
「う~ん、頭の良いチャラ男。変なこだわりを持った馬鹿」
「そんな奴がつえぇのか?」
「強いよ。魔法が無ければ、世界最強だろうね。性格はともかく、この世界にまだ必要な人材だよ」
「そっか、助けなきゃな」
「う、うん。でも別に会いたいとは思わないね」
「なんだよ、昔馴染みなんだろ」
「そうだけど。あんまり好きじゃないんだよ」

 ペスカは、ふと昔を思い出した。

 サムウェルの第一印象は、ペスカにとって最悪だった。
 ペスカが生前の頃、ライン帝国で行われる不戦協定に向かう道中で、サムウェルに待ち伏せされ戦いを申し込まれた。彼はヘラヘラと笑いながら戦いを挑んで来た。
 情勢を理解していないのだろうか。馬鹿なのか。

 だがサムウェルは、今まで会った者とは明らかに違った。
 既にペスカは魔法工学の第一人者と名を馳せていた。弟子にと擦り寄って来る者、力試しと挑戦してくる者は少なくない。

 しかしサムウェルは、妙な雰囲気を持っていた。達人の気配、ただの棒を持っているだけで、もの凄い威圧感を放っている。それにも関わらず、本気で勝負を挑んでいない。
 ペスカがモンスター対策局の局長となる事を知っていて、単に試しに来たのか、張り付いた笑顔で挑発し反応を観察している。

 これだけの腕を持っていて、何を考えているのだこの男は。力を誇示したい訳でも、のし上がりたい訳でも無いだろう。ただ、私を試したいのとも違う気がする。
 時折サムウェルから感じる、世界を俯瞰して見ている様な、達観した様な姿にペスカは苛立ちを感じた。

 ペスカはサムウェルが気に食わなかった。全てを悟った気でいるなら、世界の広さを教えてやる。
 ペスカはサムウェルに長棒を使わせる事無く、魔法で行動を封じた後に殴り飛ばした。殴り飛ばした直後に立てなくなる程、魔法を体に叩き込んだ。

 生前のペスカに武術の心得は無い。ただ、魔法で速度を上げたり、肉体を強化しただけ。しかし、圧倒的な力の差を見せつけた。
 僅か数秒で、サムウェルは成す術なく傷だらけになった。

「どなたか存じ上げませんが、随分と狭い世界の中で生きて来られたのですね。これに懲りたら、挑発を止める事です。その薄ら笑いが、とても気に障ります。どうか、私の目の前から消えて下さい」
「悪かった。でもその前に、あんたの名前教えてくんねぇか?」
「淑女に名前を聞くのですか? 紹介者もおらず、誰とも知らない男に名乗る者がいるとでも?」
「悪い、俺はサムウェル。グラスキルス王国で将軍をやってる。お詫びに食事でもどうかな?」
「その必要を感じません。ではさようなら」
「おい! 行っちまうのか? 連れねぇ事、言わねぇでよ。な、良いだろ?」
「既に私の事はご存知なのでしょう? 私から情報が得られると考えてるのですか? 浅はかですねサムウェル将軍」

 やがて、モンスター対策局で部下となったサムウェルを、ペスカは事あるごとに叱りつけた。
 女性と一夜を共にし、翌朝の会議にサムウェルが遅刻した時は、「規律違反を犯すなら、情報の一つくらい持ってきなさいよ。馬鹿じゃないの」と叱りつけた。

 長棒でモンスターを撃退している時には、「棒切れだけで、何が出来るっていうの? ちゃんとマナを使え! 戦いも碌に出来ないのあんた!」と罵った。

 単独でモンスターの集団に突っ込んでいった時には、「あんたの頭脳は、何の為に有るの? ちゃんと活かせ! 仲間を使え! 何手も先を読め! あらゆる可能性を模索しろ!」と叱責した。

 ペスカは感じていた。
 サムウェルは天才故に、本領を発揮する機会が無い事を。だからこそ惜しいと思った。その力が正しく使われれば、世界に取って大きな力となる。今のまま、中途半端な存在では、いずれその才能は埋もれてしまう。

 ペスカは、サムウェルが誰よりも平和を愛し、求めている事を知っている。誰も傷つけたく無い。だから、その分の傷は自分が背負う。それは、歪んだ考えだと解からせたかった。故に叱咤しつつも、サムウェルを重用した。
 そしてサムウェルの頭脳はモンスター対策局で、遺憾なく発揮された。

 生前のペスカは、自分の命が長くないと判っていた。世界の安定には、ライン帝国という大きな存在だけでは不足。だからこそ、後を託す者が欲しかった。

 義弟のシリウス。自分を師と仰ぎ、メルドマリューネからやって来たクラウス。シュロスタインの豪傑モーリス。アーグニールの剛剣ケーリア。そして、グラスキルスの天才サムウェル。
 各地で指導者になり得る器となる者を、ペスカは育てた。

「せっかく育てたんだから、死んで欲しく無いんだよね」
「はぁ? なんか言ったか?」
「いや。何でも無いよ、お兄ちゃん。急がないとね」
「あぁ」

 グラスキルス王国に到着した後、ペスカは街道沿いの各町をスクリーンに映し出す。モンスターの発生や、住民達に異常が起きていないのを確認すると、王都へ向かわず国境へ急ぐ事にした。
 王都近くで案内係を車から降ろすと、ペスカは冬也が作った魔石を渡す。

「グラスキルス全部の都市で、結界を張る事! 残りの分はエルラフィアの分だから、間諜部隊が先行して届けてね。必ず全部の都市で結界を張るんだよ。後、エルラフィアとの回線を急いで繋いでね」
「承知致しました、ペスカ様」

 案内係は、冬也の作った五百個近い魔石を担いで走り去る。再びペスカ達は、車を走らせる。国境まで後少し。
 今出来る手は打ったつもりだ。しかし、あまりにも時間が足りない。急く思いを堪えて、ペスカは全員に告げる。

「ここからは、本当の正念場だよ! 覚悟は良い?」
「当たり前だ、ペスカ!」
「大丈夫だよ、ペスカちゃん」
「僕も、大丈夫だ」
「じゃあ、行くよ! ゾンビ軍団殲滅のついでに、馬鹿を助けるよ!」
「任せろ!」
「うん、ペスカちゃん」
「僕も僕のやれることやらなきゃね」 

 今、まさに死闘を繰り広げているサムウェルの下に、心強い援軍が到着しようとしていた。
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