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人間達の抗い
90 潜む影と発動する罠
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空を独りで廊下に残し、ペスカを連れて部屋に入った冬也。部屋に入るなり、ペスカに問いただした。
「何で空ちゃんを、あんなに挑発したんだ! 何考えてんだ!」
「ちょっと面倒だから、そろそろ一人消えて貰おうかなって」
「まさかお前! 空ちゃんをこんな所に、残して行く気か?」
「違うよ! 変な勘違いしないで」
「じゃあ、どういうつもりなんだよ!」
「お兄ちゃんは、結界にありったけの神気を注いで、強化して来てよ。後は私に任せて!」
ペスカは笑みを深めて、冬也に抱き着いた。しかし冬也はペスカの思惑を、いまいち理解が出来ない。仏頂面でペスカを引き剥がすと、冬也は部屋を出る。そして扉の外では、未だポツンと佇む空の姿があった。
空を想っての言葉だろう。しかし強めの言葉に、空は少したじろぐ。
「何してんだ空ちゃん! 休めって言ったろ! 早く部屋に戻ってろ!」
「あ、あの冬也さん、私」
「ペスカの頼み事で急いでるんだけど、何だ?」
「ペスカちゃんの?」
「どうした空ちゃん?」
「いえ、いいです・・・」
走り去る冬也の後ろ姿を見つめて、空は寂し気に呟いた。
「冬也さんの馬鹿! 冬也さんの馬鹿! ペスカちゃんばっかり!」
空の中に渦巻く嫉妬の情念。溜め込んだ想いが、戦いのストレスにより爆発した。
そんな情念を操る者にとっては、恰好の餌になるだろう。一部始終を陰から覗いていた影は、舌なめずりをして下卑た笑い声を上げる。
「これを待っていたのよ。人間とは、何て愚かな生き物なのでしょう」
「メイロード、何をするか知らんが、無茶はするな」
「愛しき君、お任せあれ。今宵我等の下僕を、増やしてご覧に入れましょう」
鷹揚に語ると、女神メイロードは姿を消す。暗く淀んだ空間に、独り残された邪神ロメリアは、深く息を吐いた。
「あの女もこれまでか。役に立ったが仕方ない。それより思ったより早く、供給がまた一つ途切れたな。仕方ない帝国にいる死者の軍団を東に向けよう。三日もあれば中央周辺は、死者の軍団で埋め尽くせるはずだ。待っていろ、クソガキ共。もうすぐだ」
☆ ☆ ☆
王都各所に配置してある魔石に神気を注いで、結界を強化する。その為、冬也は王都中を走り回っていた。その間ペスカは、ケーリアの下に赴き、軽い打ち合わせを行う。ペスカの話を聞いたケーリアは、王の下へ行く。
ドタバタと騒がしい王城の中で、空は独りベッドに蹲っていた。
なんで、いつもペスカちゃんばっかり。ペスカちゃんさえ、いなければ。空は思考の渦に呑み込まれていく。
やがて日が暮れる。そして夕食の場に、空は顔を出さなかった。気にかける翔一に、手を出すなとペスカは言う。
翔一は、いたたまれない空気を感じ、そそくさと逃げ出す様に、部屋へと戻っていった。
そして、誰もが眠りにつく夜更けに、事態は進行した。
城内は物音一つもせず、静まり返っている。衛兵の影すら見えない。そして城の中に、一つの影が現れた。影は静かに移動し、空の休む部屋へと入っていく。影は静かに眠る空の枕元で、囁き始めた。
愛しい男をこの手にしたく無いのか? 邪魔な小娘を排除すれば、あの男が手に入るのだぞ。
奪ってしまえ、あの男はお前の物だ。殺してしまえ、あの娘から男を取り返せ。さあ奪え、さあ殺せ、愛をその手に掴め。
何も躊躇う事は無い。何もお前を止めはしない。お前の好意は正しいのだ。お前の好意があの男に届かないのは、あの娘が悪いのだ。
奪え、殺せ、掴め、その愛は、お前の手にこそ相応しい。
その魂を、真っ黒に染め上げようとする、誘惑の囁き。嫉妬の女神メイロードは、空の魂を引きずり込もうと、囁き続ける。
眠る空は、唸り声を立て始める。
「殺せ、殺せ、ペスカを殺せ」
そうだ。殺せ。殺すのだ。お前の愛が正しい事を証明するのだ。
女神メイロードの囁きは続き、空の呻く様な声は、段々と大きくなっていく。
「殺せ、邪魔なペスカを殺せ」
邪魔であろう。憎かろう。ならば、殺せ。娘を殺せ。お前ならやれる。お前は正しい。
「殺せ、殺せ、うぁ~、殺せ~!」
空が目を開け立ち上がる。虚ろな目をした空は、ゆらゆらと体を揺らしながら、ベッドから降り部屋を出ようと歩き出す。
そして朝の騒動の際、翔一に取ってこさせた、ライフルを手にした。空はライフルを抱えて、マナを込める。ゆっくりと、歩きながら入り口に近づく。
女神メイロードは、ほくそ笑んだ。憎き小娘に一泡吹かせてやれると、笑っていた。女神メイロードの中には、仲間の手で傷を負うペスカの姿が浮かんでいたのだろう。
こんなもので、簡単に殺せるクソガキ共ではない。生意気な小娘に、半神のガキは特に力をつけている厄介な存在だ。
それに黒髪の小娘は、直ぐに我に返るだろう。だがそれでいい。黒髪の小娘が我に返った時、仲間を傷付けた事に深く後悔する。
嫉妬と後悔の狭間で苦しむ黒髪の小娘を、完全な洗脳状態にするのは造作もない。後は黒髪の小娘を使って、奴らを攻撃を続ければいい。
仲間に手は出せないだろう。そこに油断が生じる。それにクソガキ共は、怒り狂うはずだ。その怒りは愛しき君への力となる。
女神メイロードが夢想に耽っている、その瞬間だった。空がライフルを撃つ。そして放たれた光弾は真っ直ぐに進み、女神メイロードの腹に大きな風穴を開けた。
「ぐぅあぁああ、何をする貴様ぁ~!」
「何をするって、あんたの言い付け通りに殺すのよ」
「何を言っている! 貴様ぁ、何者だぁ!」
「失礼ね。私の顔を見忘れたの? 東京では世話になったね、メイロード!」
女神メイロードは、動揺を隠せなかった。
狙いは黒髪の小娘、憎きクソガキの仲間である。目の前に居るのは、黒髪の小娘で間違い無い。何故だ、あれだけの嫉妬心が有りながら、洗脳にかからない。何故だ、精神耐性でも有るのか?
違う。問題はそこじゃ無い。精神耐性があろうとも、あれだけの嫉妬を、我が操れないはずが無い。何故だ。何故だ。
困惑する女神メイロードの目には、黒髪の小娘がニヤニヤと笑う姿が映る。
憎らしい笑みだ。神たる我を嘲笑うか?
愚か者には死を!
異界の都市を一瞬で崩壊させた何倍もの神気で、大陸東を全て破壊してやる!
女神メイロードの怒りは頂点に達し、神気を解き放とうとする。しかし、神気を開放する事が出来ない。それどころか、神気を纏う事すら出来ない。
「何をした、小娘!」
「結界だよ。お兄ちゃん特製のね。あんた等は、混血ってバカにするけど、戦の神を両断したお兄ちゃんの神気を舐めんなよ!」
「何を言っている小娘! 何を言っているのだ!」
「馬鹿だね。あんたは、罠に引っ掛かったんだよ。こんなにあっさりと、引っ掛かるとは思わなかったよ。チョロ過ぎだよ! 本当に、馬鹿!」
女神メイロードの目に映る娘は、徐に黒髪を取る。すると中から金の髪が現れる。娘が指を鳴らすと、姿が変わっていく。
「貴様ぁ! いつだ! いつ入れ替わった!」
「馬鹿だね、見落としたの? 朝食の後だよ。肩を掴んだ瞬間に、魔法が発動する様、仕掛けてたんだよ」
「ならば、あの嫉妬の渦は何だ?」
「精神魔法の一種でね。自己暗示みたいな物だよ」
ペスカは、ライフルで女神メイロードの右肩を撃ち抜く。女神メイロードは、大きな悲鳴を上げる。しかし、この部屋自体に消音の結界が張られており、音が外に漏れる事は無い。
「そもそもね、空ちゃんは、あれでかなり根性の座った子だから。あれしきの事で私に嫉妬する位なら、堂々と私に挑戦して来るよ」
ペスカは、更に女神メイロードの左肩を撃ち抜く。
「考えが甘いんだよ、メイロード。人を誑かすだけで、あんた自身は何を成したの?」
ペスカは、次に左足を撃ち抜く。
「神気が使えないあんたは、嫉妬に狂った只のオバサン。もうそろそろ、逝っときな!」
ペスカは、女神メイロードの頭を撃ち抜く。頭を撃ち抜かれた女神メイロードは、ピクピクと蠢いている。
「復活は出来ないでしょ? 当然だよ。お兄ちゃんの神気の中だよ。さあ終わりだよ、メイロード。さようなら」
最後にペスカは、女神メイロードの体全体を撃ち抜く。女神メイロードの体は、燃えて燐光が発せられると、最後は小さな球になった。
球を手に取ると、ペスカは独り言ちる。
「これが、神格だって言ってたね。多分、お兄ちゃんでも壊せる気がするけど」
「それをされては、困るんですよ。私の仕事だからね。一先ずご苦労様と言っておきましょう」
声に反応したペスカが振り向くと、そこには女神セリュシオネの姿があった。ペスカは叫び声を堪えて、女神セリュシオネに問いかける。
「セリュシオネ様、いつからいたんです?」
「あれが、結界に神気を注いでいる辺りからです」
「それで、今までこっそりと見ていたんですか? 助けてくれても良かったのでは?」
「まぁ念の為ですけどね。私も逃走防止用に、結界を強化しておいたんですよ。メイロードは一撃が凄まじい。彼女を搦め手で封じたのは、お手柄ですね」
「セリュシオネ様、誤魔化すのが下手ですね。心配だったって、素直に言えば良いのに。お兄ちゃんを嗾けますよ」
「止めなさい! 私はあれが嫌いなんです。あれと話すと、馬鹿がうつりそうですから」
ペスカはクスリと笑うと、話しを続けた。
「セリュシオネ様、せっかく来て下さったんですから、情報下さい」
「そう言われても、大した情報は有りませんよ。あぁ、フィアーナがあなた達を探しに、地上へ降りました。いずれ会うでしょう。それと、帝国付近には注意なさい。歩く死者で溢れています」
「歩く死者? ゾンビですか?」
「ゾンビが何かは、知りませんが。死体を弄ぶ、ロメリアの常套手法です」
女神セリュシオネが、早く女神メイロードの神格を渡せとばかりに、手を差し出す。そしてペスカは、女神メイロードの神格を渡すと頭を下げた。
「セリュシオネ様、ご助力ありがとうございました」
「感謝は必要ありません。私は私の為にやったまで。用が無ければ、私は行きます。くれぐれも注意なさい」
女神セリュシオネは消えていき、ペスカは崩れる様に座り込んだ。
ペスカに取って、これは一世一代の賭けだった。
仲間割れに見せかけて、隙を作る。それは冬也に恋慕する空が、一番適任だった。だが、空を囮にする訳にはいかない。王都へ向かう途中、空と打ち合わせし作戦を立案した。入れ替わるタイミングも、二人で図った。
それでも相手は神。容易に引っ掛かるとは限らない。
たとえ罠に嵌っても、冬也の神気が女神メイロードの神気を、上回っていなければ失敗に終わる。結果として、嫉妬の神メイロードの力を無効化出来たのは、僥倖であろう。女神セリュシオネの補助も大きかった。
倒す事が出来たのは、奇跡に近い。
念の為、城から全員退去させていた。失敗すれば、被害は大きかった。正に綱渡りの作戦である。だがペスカは、綱渡りをしてでも、敵の戦力を削いでおきたかった。
ロメリアだけで手一杯なのだ。更に一柱の神を、相手には出来ない。しかもその一柱は、大陸全土を破壊しかねない、嫉妬の神メイロードである。暴走する前に、抑えて起きたい。
流石のペスカも、冷や汗が止まらなかった。ほっとしてベッドに倒れ込む。
入れ替わった事に気が付かず、目が覚めた時に冬也が驚くかも知れない。何故、隣で空が寝ているのだと。
一世一代の賭けは、最大の成果を上げた。
しかし今は眠りたい。そしてペスカは、直ぐに眠りに落ちた。
「何で空ちゃんを、あんなに挑発したんだ! 何考えてんだ!」
「ちょっと面倒だから、そろそろ一人消えて貰おうかなって」
「まさかお前! 空ちゃんをこんな所に、残して行く気か?」
「違うよ! 変な勘違いしないで」
「じゃあ、どういうつもりなんだよ!」
「お兄ちゃんは、結界にありったけの神気を注いで、強化して来てよ。後は私に任せて!」
ペスカは笑みを深めて、冬也に抱き着いた。しかし冬也はペスカの思惑を、いまいち理解が出来ない。仏頂面でペスカを引き剥がすと、冬也は部屋を出る。そして扉の外では、未だポツンと佇む空の姿があった。
空を想っての言葉だろう。しかし強めの言葉に、空は少したじろぐ。
「何してんだ空ちゃん! 休めって言ったろ! 早く部屋に戻ってろ!」
「あ、あの冬也さん、私」
「ペスカの頼み事で急いでるんだけど、何だ?」
「ペスカちゃんの?」
「どうした空ちゃん?」
「いえ、いいです・・・」
走り去る冬也の後ろ姿を見つめて、空は寂し気に呟いた。
「冬也さんの馬鹿! 冬也さんの馬鹿! ペスカちゃんばっかり!」
空の中に渦巻く嫉妬の情念。溜め込んだ想いが、戦いのストレスにより爆発した。
そんな情念を操る者にとっては、恰好の餌になるだろう。一部始終を陰から覗いていた影は、舌なめずりをして下卑た笑い声を上げる。
「これを待っていたのよ。人間とは、何て愚かな生き物なのでしょう」
「メイロード、何をするか知らんが、無茶はするな」
「愛しき君、お任せあれ。今宵我等の下僕を、増やしてご覧に入れましょう」
鷹揚に語ると、女神メイロードは姿を消す。暗く淀んだ空間に、独り残された邪神ロメリアは、深く息を吐いた。
「あの女もこれまでか。役に立ったが仕方ない。それより思ったより早く、供給がまた一つ途切れたな。仕方ない帝国にいる死者の軍団を東に向けよう。三日もあれば中央周辺は、死者の軍団で埋め尽くせるはずだ。待っていろ、クソガキ共。もうすぐだ」
☆ ☆ ☆
王都各所に配置してある魔石に神気を注いで、結界を強化する。その為、冬也は王都中を走り回っていた。その間ペスカは、ケーリアの下に赴き、軽い打ち合わせを行う。ペスカの話を聞いたケーリアは、王の下へ行く。
ドタバタと騒がしい王城の中で、空は独りベッドに蹲っていた。
なんで、いつもペスカちゃんばっかり。ペスカちゃんさえ、いなければ。空は思考の渦に呑み込まれていく。
やがて日が暮れる。そして夕食の場に、空は顔を出さなかった。気にかける翔一に、手を出すなとペスカは言う。
翔一は、いたたまれない空気を感じ、そそくさと逃げ出す様に、部屋へと戻っていった。
そして、誰もが眠りにつく夜更けに、事態は進行した。
城内は物音一つもせず、静まり返っている。衛兵の影すら見えない。そして城の中に、一つの影が現れた。影は静かに移動し、空の休む部屋へと入っていく。影は静かに眠る空の枕元で、囁き始めた。
愛しい男をこの手にしたく無いのか? 邪魔な小娘を排除すれば、あの男が手に入るのだぞ。
奪ってしまえ、あの男はお前の物だ。殺してしまえ、あの娘から男を取り返せ。さあ奪え、さあ殺せ、愛をその手に掴め。
何も躊躇う事は無い。何もお前を止めはしない。お前の好意は正しいのだ。お前の好意があの男に届かないのは、あの娘が悪いのだ。
奪え、殺せ、掴め、その愛は、お前の手にこそ相応しい。
その魂を、真っ黒に染め上げようとする、誘惑の囁き。嫉妬の女神メイロードは、空の魂を引きずり込もうと、囁き続ける。
眠る空は、唸り声を立て始める。
「殺せ、殺せ、ペスカを殺せ」
そうだ。殺せ。殺すのだ。お前の愛が正しい事を証明するのだ。
女神メイロードの囁きは続き、空の呻く様な声は、段々と大きくなっていく。
「殺せ、邪魔なペスカを殺せ」
邪魔であろう。憎かろう。ならば、殺せ。娘を殺せ。お前ならやれる。お前は正しい。
「殺せ、殺せ、うぁ~、殺せ~!」
空が目を開け立ち上がる。虚ろな目をした空は、ゆらゆらと体を揺らしながら、ベッドから降り部屋を出ようと歩き出す。
そして朝の騒動の際、翔一に取ってこさせた、ライフルを手にした。空はライフルを抱えて、マナを込める。ゆっくりと、歩きながら入り口に近づく。
女神メイロードは、ほくそ笑んだ。憎き小娘に一泡吹かせてやれると、笑っていた。女神メイロードの中には、仲間の手で傷を負うペスカの姿が浮かんでいたのだろう。
こんなもので、簡単に殺せるクソガキ共ではない。生意気な小娘に、半神のガキは特に力をつけている厄介な存在だ。
それに黒髪の小娘は、直ぐに我に返るだろう。だがそれでいい。黒髪の小娘が我に返った時、仲間を傷付けた事に深く後悔する。
嫉妬と後悔の狭間で苦しむ黒髪の小娘を、完全な洗脳状態にするのは造作もない。後は黒髪の小娘を使って、奴らを攻撃を続ければいい。
仲間に手は出せないだろう。そこに油断が生じる。それにクソガキ共は、怒り狂うはずだ。その怒りは愛しき君への力となる。
女神メイロードが夢想に耽っている、その瞬間だった。空がライフルを撃つ。そして放たれた光弾は真っ直ぐに進み、女神メイロードの腹に大きな風穴を開けた。
「ぐぅあぁああ、何をする貴様ぁ~!」
「何をするって、あんたの言い付け通りに殺すのよ」
「何を言っている! 貴様ぁ、何者だぁ!」
「失礼ね。私の顔を見忘れたの? 東京では世話になったね、メイロード!」
女神メイロードは、動揺を隠せなかった。
狙いは黒髪の小娘、憎きクソガキの仲間である。目の前に居るのは、黒髪の小娘で間違い無い。何故だ、あれだけの嫉妬心が有りながら、洗脳にかからない。何故だ、精神耐性でも有るのか?
違う。問題はそこじゃ無い。精神耐性があろうとも、あれだけの嫉妬を、我が操れないはずが無い。何故だ。何故だ。
困惑する女神メイロードの目には、黒髪の小娘がニヤニヤと笑う姿が映る。
憎らしい笑みだ。神たる我を嘲笑うか?
愚か者には死を!
異界の都市を一瞬で崩壊させた何倍もの神気で、大陸東を全て破壊してやる!
女神メイロードの怒りは頂点に達し、神気を解き放とうとする。しかし、神気を開放する事が出来ない。それどころか、神気を纏う事すら出来ない。
「何をした、小娘!」
「結界だよ。お兄ちゃん特製のね。あんた等は、混血ってバカにするけど、戦の神を両断したお兄ちゃんの神気を舐めんなよ!」
「何を言っている小娘! 何を言っているのだ!」
「馬鹿だね。あんたは、罠に引っ掛かったんだよ。こんなにあっさりと、引っ掛かるとは思わなかったよ。チョロ過ぎだよ! 本当に、馬鹿!」
女神メイロードの目に映る娘は、徐に黒髪を取る。すると中から金の髪が現れる。娘が指を鳴らすと、姿が変わっていく。
「貴様ぁ! いつだ! いつ入れ替わった!」
「馬鹿だね、見落としたの? 朝食の後だよ。肩を掴んだ瞬間に、魔法が発動する様、仕掛けてたんだよ」
「ならば、あの嫉妬の渦は何だ?」
「精神魔法の一種でね。自己暗示みたいな物だよ」
ペスカは、ライフルで女神メイロードの右肩を撃ち抜く。女神メイロードは、大きな悲鳴を上げる。しかし、この部屋自体に消音の結界が張られており、音が外に漏れる事は無い。
「そもそもね、空ちゃんは、あれでかなり根性の座った子だから。あれしきの事で私に嫉妬する位なら、堂々と私に挑戦して来るよ」
ペスカは、更に女神メイロードの左肩を撃ち抜く。
「考えが甘いんだよ、メイロード。人を誑かすだけで、あんた自身は何を成したの?」
ペスカは、次に左足を撃ち抜く。
「神気が使えないあんたは、嫉妬に狂った只のオバサン。もうそろそろ、逝っときな!」
ペスカは、女神メイロードの頭を撃ち抜く。頭を撃ち抜かれた女神メイロードは、ピクピクと蠢いている。
「復活は出来ないでしょ? 当然だよ。お兄ちゃんの神気の中だよ。さあ終わりだよ、メイロード。さようなら」
最後にペスカは、女神メイロードの体全体を撃ち抜く。女神メイロードの体は、燃えて燐光が発せられると、最後は小さな球になった。
球を手に取ると、ペスカは独り言ちる。
「これが、神格だって言ってたね。多分、お兄ちゃんでも壊せる気がするけど」
「それをされては、困るんですよ。私の仕事だからね。一先ずご苦労様と言っておきましょう」
声に反応したペスカが振り向くと、そこには女神セリュシオネの姿があった。ペスカは叫び声を堪えて、女神セリュシオネに問いかける。
「セリュシオネ様、いつからいたんです?」
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「それで、今までこっそりと見ていたんですか? 助けてくれても良かったのでは?」
「まぁ念の為ですけどね。私も逃走防止用に、結界を強化しておいたんですよ。メイロードは一撃が凄まじい。彼女を搦め手で封じたのは、お手柄ですね」
「セリュシオネ様、誤魔化すのが下手ですね。心配だったって、素直に言えば良いのに。お兄ちゃんを嗾けますよ」
「止めなさい! 私はあれが嫌いなんです。あれと話すと、馬鹿がうつりそうですから」
ペスカはクスリと笑うと、話しを続けた。
「セリュシオネ様、せっかく来て下さったんですから、情報下さい」
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「歩く死者? ゾンビですか?」
「ゾンビが何かは、知りませんが。死体を弄ぶ、ロメリアの常套手法です」
女神セリュシオネが、早く女神メイロードの神格を渡せとばかりに、手を差し出す。そしてペスカは、女神メイロードの神格を渡すと頭を下げた。
「セリュシオネ様、ご助力ありがとうございました」
「感謝は必要ありません。私は私の為にやったまで。用が無ければ、私は行きます。くれぐれも注意なさい」
女神セリュシオネは消えていき、ペスカは崩れる様に座り込んだ。
ペスカに取って、これは一世一代の賭けだった。
仲間割れに見せかけて、隙を作る。それは冬也に恋慕する空が、一番適任だった。だが、空を囮にする訳にはいかない。王都へ向かう途中、空と打ち合わせし作戦を立案した。入れ替わるタイミングも、二人で図った。
それでも相手は神。容易に引っ掛かるとは限らない。
たとえ罠に嵌っても、冬也の神気が女神メイロードの神気を、上回っていなければ失敗に終わる。結果として、嫉妬の神メイロードの力を無効化出来たのは、僥倖であろう。女神セリュシオネの補助も大きかった。
倒す事が出来たのは、奇跡に近い。
念の為、城から全員退去させていた。失敗すれば、被害は大きかった。正に綱渡りの作戦である。だがペスカは、綱渡りをしてでも、敵の戦力を削いでおきたかった。
ロメリアだけで手一杯なのだ。更に一柱の神を、相手には出来ない。しかもその一柱は、大陸全土を破壊しかねない、嫉妬の神メイロードである。暴走する前に、抑えて起きたい。
流石のペスカも、冷や汗が止まらなかった。ほっとしてベッドに倒れ込む。
入れ替わった事に気が付かず、目が覚めた時に冬也が驚くかも知れない。何故、隣で空が寝ているのだと。
一世一代の賭けは、最大の成果を上げた。
しかし今は眠りたい。そしてペスカは、直ぐに眠りに落ちた。
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彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。
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彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。
これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。
※カクヨムにも投稿しています
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