妹と歩く、異世界探訪記

東郷 珠

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人間達の抗い

84 魔道大国メルドマリューネの侵攻

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 クラウスから聞かされた予想以上に絶望的な状況。シルビアの頭は真っ白になり、暫くなにも考えられなかった。
 
 シルビアは自分の頬に伝わる物を感じる。
 私は泣いているのか? 守りたいものは、何時だってこの手の中から零れ落ちていく。あの時だってそうだ。吐血し倒れるペスカ様を、私は癒す事が出来なかった。
 だから神の啓示を受け、ペスカ様の転生を聞かされた時は嬉しかった。敬愛するペスカ様を守れる事が誇らしかった。

 だが、どうしてこうも残酷にも零れ落ちる。日本に残って、ペスカ様をお守りしたかった。帝都でペスカ様に着いて行けば、ペスカ様をお守り出来た。ペスカ様のいない世界を守ると誓った矢先に、帝国が壊れていく、世界が崩壊していく。
 どうして・・・。

「・・ビア、・ルビア! ・・・いるのか? シルビア!」

 クラウスの言葉に我に返るシルビア。

「泣いている暇が有れば、陛下へ報告しろ! 役目を果たせシルビア!」

 クラウスの言葉で我に返ったシルビアは涙を拭い、通信機で王都に連絡を入れる。シルビアから齎された情報は、エルラフィア王都を震撼させる。

「直ぐにカルーア領軍を向かわせる。シルビア、其方達は必ず生きて戻れ! 必ずだ、いいな!」

 エルラフィア王の命に、残る力を奮い立たせるシルビア。クラウス達は、力尽きた様に倒れ伏せる。国境門の向こうでは、扉を破ろうとしているのか、ガンガンと音を立てている。

 シルビアは境界門に結界を張り、門を破られない様に強化する。カルーア領の騎馬中隊が境界門に辿り着いたのは五日後。その間、シルビアは休む事なく結界を張り続け、死者達の侵入を防ぎ続けた。
 
 カルーア領軍と合流した時には、マナを限界を超えて使ったシルビアは、直ぐに意識混濁し倒れ、危篤状態に陥った。依然目を覚ます様子の無いクラウス達を含め、帰還中の荷馬車で緊急治療が行われる。
 国境を越えた所で、クラウス達が意識を取り戻す。しかし危篤状態を抜け出しても、シルビアは未だ昏睡状態を抜け出していない。シルビアが意識を取り戻すのは、王都へ到着後に本格的な治療を受けた後だった。 

 混迷を極めるラフィスフィア大陸の騒乱は、まだ終わらない。
 シルビアからの連絡後すぐに、ミレーディア伯爵からの使いが訪れる。小国二つの壊滅した王都周辺を探査していたミレーディア領軍が、メルドマリューネ王国に襲撃され、そのまま戦争状態に陥ったのだ。

 出兵前に、ミレーディア伯爵は軍を二つに分けた。
 元ミケルディア約三千と、自軍の千五百を足した約四千五百の軍を、伯爵自らが率いて旧ミケルディアの調査に。ショールケール約五千と、自軍の千五百を足した約六千五百の兵を副官に任せて、旧ショールケールの調査に向かった。

 旧ミケルディア王都周辺の調査中に、メルドマリューネ軍と対峙した。
 交渉を行おうと軍を停止させた際に、一方的な魔法の攻撃を受ける。慌てて結界を張り、攻撃を防ごうとしたミレーディア領軍であったが、メルドマリューネ軍はおおよそ一万を超えている。

 結界は直ぐに破られ撤退を開始する。後詰の部隊を失いながらも、ミレーディア領に戻る。ショールケールに向かわせた部隊も同様に、ミレーディア領に撤退した。全軍の約半数を失いながらの撤退戦であった。

 ミレーディア領軍は直ぐに国境門を封鎖し、迎撃態勢を図る。メルドマリューネ軍の総勢は約二万、圧倒的な戦力差である。しかし、メルドマリューネ軍はエルラフィア王国領内には、直ぐに攻め入る事は無かった。半分の兵を国境門辺りに残して、小国二国へ撤退していった。

「メルドマリューネは何を考えておる! それで、何か調査で分かった事は有るのか?」
「調査中に襲われた為、ほぼ何も判明しておりません」
「馬鹿者! それでは無駄に兵を死なせただけでは無いか! ミレーディア卿に伝えよ。こちらからは、手を出すな。国境は絶対に死守せよ!」
「はっ!」

 報告を聞いたエルラフィア王は、苛立って声を荒げた。帝国壊滅の知らせ。失った軍隊。クラウス、シリウス等の有能な部下は何とか生きているものの、シグルドを始め近衛隊は生死不明。なによりも死者が生者を喰らう等、聞いた事が無い。
 これが、我が国に及べば大惨事だ。メルドマリューネ王国と戦争をしている場合では無い。

「くそっ! ロメリアめ! そこまでするのか!」

 エルラフィア王は、先手を取られ後手に回る感覚に、恐怖を覚えていた。大陸全土で、似た様な事が起こっていると考えれば、身震いがしてくる。
 このまま大陸中の人間が、消滅してしまうのでは無いか。エルラフィア王は、その考えを打ち消す様に頭を振り、己を鼓舞する。

「いいか! 敵は神! しかし、我らが相手にするのは、同じ人間だ! かつてモンスターを相手に、我らは生き残ったのだ! 必ず勝利すると信じよ!」

 その言葉は、臣下だけを鼓舞した言葉ではないのだろう。そしてエルラフィア王は、言葉を続ける。

「至急、南部三国へ援軍を要請せよ! それ以外の国境は全て封鎖だ! 国境沿いに軍を集結。守りを固めるのだ! 急げ!」

 エルラフィア王の言葉は、王城中に響き渡るかの様な大きな声だった。王城内が忙しなく動き出す。
 終らない戦いに足を踏み入れ、泥沼に呑み込まれる恐怖。城内の誰もが、その恐怖をひしひしと感じていた。

 ☆ ☆ ☆

 混迷を極める大陸の様子を見て、嘲笑う二人の影が有った。暗闇で囲われた陰鬱な空間に寄り添う男女。その体は漆黒に彩られ、その声は悍ましく響く。

「上手くいっている様だな」
「愛しき君、エルラフィアは、直ぐに滅ぼしてしまわないのですか?」
「あぁ。戦争が起きるかもと言う不安が、我が力となる。南は今の所あれで良い」
「中央はもう、人間が住める地帯では無いでしょう。あの地域の浄化にフィアーナが時間をかければ、他が手薄になります。あれを他に広げないのですか?」
「クソガキ共の動き次第だな。東にはモンスターを放っておいた。モンスターが時間稼ぎにならなければ、東にむけて死者の軍団を向けよう」
「全ては、愛しき君が力を取り戻す為の時間稼ぎ」
「そうだ。そしてあのクソガキ共を殺し、この大陸をタールカールの様な荒野にしてくれる」

 二人の悍ましい笑い声はいつまでも続いた。酷く歪んだ笑みが暗闇に浮かぶ。大陸の滅亡を図る。二人の試みは順調に運んでいる。それは人類の滅亡を意味している。抵抗する人類の戦いは、未だ只中にあった。
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