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人間達の抗い
80 蘇るシュロスタイン
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モーリスの縛めを解く為、冬也が神剣を手に取る。
豆腐でも切るかの様に、硬い鉄格子を易々と切る。そんな冬也の様子に、モーリスは目を見張る。次に冬也はマナを封じる特殊な枷を断ち切り、モーリスを完全に自由にした。
久しぶりの自由を手に入れたモーリスは、腕や足を動かす。満足に動かせないのは、わかっている。しかし今は動かせるだけで充分。モーリスは、少し笑みを深めた。そして、冬也に向かい頭を下げる。
「助かりました。私はモーリス。貴殿はペスカ殿のご同輩か?」
「ペスカの兄、冬也だ。よろしく」
「冬也殿の力はこの世の物では有るまい。凄まじい力だ」
冬也に頭を下げた後、モーリスはゆっくりと牢から出る。そしてペスカの前まで歩み寄ると、片膝をついて頭を下げた。
「ペスカ殿。誠にかたじけない。私はまたあなたに助けられた」
「モーリス、頭を上げなさい。あんたが生きていた。それがこの国の救いになる」
ペスカは治療の魔法をかける様に、空へ指示をした。やつれた身体が元に戻る事は無いが、体を動かすエネルギーを与える事は出来るはずだ。
モーリスの体を空の魔法が包む。優しい光が、モーリスを癒していく。
空がモーリスを癒している間、ペスカは空と翔一の紹介を始め、シュロスタイン王国を含む三国間の戦争と国の現状、帝国の現状、神の関与等を掻い摘んで伝える。概ね予想をしていたのか、然程モーリスに驚く様子は見えなかった。
一通りの治療が終わると、モーリスは立ち上がる。そしてストレッチをする様に、ゆっくりと各部の動き方を確認する。先程よりは、幾ばくか体が軽い。
「空殿、ありがとう。素晴らしい治癒術だ。それに、あなたの隠蔽を見破れるのは、そう多くはない。素晴らしい才能をお持ちの様だ」
空に対しても、モーリスは深々と頭を下げる。そして、再びペスカに体を向けて語りかけた。
「やはり神が関与してましたか。ライン皇帝の死と言い、大陸は予想以上に混乱状態に有るようですな」
「私は早い所、エルラフィア王国に帰りたいんだけどね」
「お気持ちはお察しします。それにしても、神二柱を倒されたのは流石ですな。だが、惜しい男を失くした」
モーリスの表情が少し曇る。その表情を見て、冬也がモーリスに問いかける。
「なぁ、あんたはシグルドを知っていたのか?」
「存じています。剣を交えた事も有る。類まれなる剣の才、柔軟な対応力。何よりも素晴らしいのは、彼の誠実さでしょう。力に溺れず精進を続ける、それは中々に難しい。彼の様な男に、未来を託したかった」
モーリスは思い出す様に、少し目を閉じて冬也に答えた。直ぐに目を開け、真剣な顔つきに戻る。
「ロメリア神にメイロード神でしたか。神の二柱が倒れたとは言え、未だ二柱が健在。厄介な事この上ないですな」
「まあね。だから、大陸の東側でもたついている場合じゃ無いんだよ」
「だとすれば、直ぐにこの現状を何とかせねばなりませんな。ペスカ殿、空殿、結界を張って下さい」
モーリスの言葉通りに、ペスカと空は自身の周囲に結界を張る。結界が張られたのを確認すると、モーリスは大きく深呼吸をし、体内にマナを循環させる。そして、一気にマナを解き放った。
モーリスから膨大なマナが解き放たれると、城に震度六程の揺れが起きる。その揺れは城に留まらず、王都を巻き込む。兵達は座り込み、戦へと歩きゆく住民達は、訳が分からずパニックに陥った。
揺れが収まると王都の様相は一変する。武器を抱える住民達はキョトンとした様子で、何故武器を持っているのかを不思議がり、武器を捨てそれぞれ自宅へ戻っていく。兵達は周囲の安全確認の為、城や王都を駆けずり始める。
王都全体を探知していた翔一は、驚きの声を上げた。
「凄い! 一気に清浄化した!」
「まだだ、翔一。城の中に澱みが有る!」
「冬也殿の仰る通りですな。さて、行きますか」
モーリスはゆっくりと歩き、地下区画を抜けて階段を上がる。階段を上りきった所で、兵士達がモーリスに気が付き、辺りは騒然となる。
洗脳をされていても、行動の指針は朧げに残っているのだろう。モーリスは、将軍職を剥奪され、地下に幽閉されている。それは周知の事実になっている。
兵士達は慌てふためき、モーリスを捕えようと集まる。そんな兵士達の様子に、モーリスは声を荒げた。
「貴様ら! 今がどの様な状況か、わかっておるのか! それでも、シュロスタインの兵士か! 国を守るのが役目であろう! 民を守るのが使命であろう! 今は一刻も早く戦争を止めねばならんのだ! 急げ! 貴様らは民の安全を確保せよ!」
モーリスの一喝により、動揺する兵達が整然とする。そして兵士達に、王都内の状況と住民達の安否確認を急がせた。モーリスは歩きながら、通りすがる兵や、官職の者達に指示を与えて行く。モーリスの厳粛な雰囲気が伝播する様に、城内の雰囲気が変化して行く。
大きな戸の前まで歩いた所で、モーリスは振り返った。
「この先には陛下がいらっしゃる。恐らく澱みの中心点が陛下です。皆様、私にお任せを」
「モーリス。大丈夫なんだね」
「ペスカ殿。痩せても枯れても、このモーリスは軍を預かる身。この身にかけて、事態を収拾致します」
モーリスはペスカの問いに雄々しく答えると、戸を開け放つ。謁見室では玉座にだらりと座った国王が、大声で喚き散らしていた。
「先ほどの、揺れは何だ! まだわからんのか、愚か者め! 戦況はどうなっている! 早く民共を出陣させぬか!」
謁見室内は悪意が渦巻き、暗く淀んだ空気に溢れている。国王は視点が定まっておらず、ぎらついた視線をあちこちに向けている。モーリスは、ペスカ達を入り口付近に立たせ、玉座へ近づいて行った。
「貴様、モーリス! 何故、牢から出て来た! 何をやっている、早くこ奴を捕らえよ!」
その声に側近達は殺気立ち、列挙してモーリスに襲い掛かる。モーリスは鋭い眼光で威圧し、側近達を怯ませた。
「えぇい、何をしている! こ奴は重罪人だ! この場で処刑せよ!」
その声に従い、側近達は剣を抜こうとする。しかし、モーリスは更に睨みを利かせて、威圧を重ねた。その視線に側近達は、震えあがり腰を抜かす。
「お静まり下さい、陛下!」
謁見室中に響き渡る大声で、モーリスが叫ぶ。その声に国王がたじろぐ。モーリスは歩みを止めず、玉座へ近づいていく。
「貴様! 誰に向かって言っておる! 来るな! これ以上来るで無い! 誰か、こ奴を止めよ!」
「静まれと言っている!」
どれだけ国王が喚いても、周囲の者達は怯えて動こうとしない。そして周囲を黙らせた眼光と静まれの一言が、国王の口を閉ざさせる。国王のぎらついていた視線は一変し、怯える様にモーリスから視線を外した。玉座の目の前まで歩み寄ったモーリスは、国王の頬を平手で叩く。謁見室内に、乾いた音が響き渡った。
「陛下、目をお覚まし下さい」
国王は玉座から滑る様に、崩れ落ちる。そのまま四つん這いになり、背を向けて逃げようとする。だがモーリスは、それを許さなかった。国王の襟首を掴み上げ、何度も平手打ちを見舞う。
「陛下、神に惑わされ何をなさっている! 今がどの様な状況に有るかご存知でしょう! 目を覚まされよ!」
その光景は、見ている者達に畏怖の念を感じさせる。平手を見舞う毎に、悪意が消え去っていく。やがて謁見室内から、悪意に満ちた感情が消え去り、整然とした雰囲気に変わっていった。
頬を赤く腫らした国王は、穏やかな表情でモーリスに話しかけた。
「降ろしてくれ、モーリス」
モーリスは国王の表情を変化を見ると、玉座に下ろし平伏した。国王は謁見室に響き渡る大声で言い放ち、モーリスに向かい頭を下げた。
「モーリス、其方の忠義見事であった! 其方のおかげで、儂は正気を取り戻した!」
神の洗脳を振りほどき、国王は完全に意識を取り戻した。しかし国王には、洗脳時の記憶がはっきりと残っている。自分が命令した事も何もかも。それ故に、戦争まで至った事への責任を感じた。
そして国王は瞬時に悟る。国王で有る自分を平手打ちしたのだ。モーリスの極刑は免れまい。だが三国間の戦争を収めるには、モーリスが必要だ。平伏するモーリスに対し、忠義を認め自らが頭を下げる事で、モーリスに罪が無い事を周囲に示した。
「陛下。此度の事」
「モーリス! これから忙しくなるぞ! 戦争を止めねばならぬ。これ以上犠牲者は出してはならんぞ!」
モーリスの言葉を遮る様に、国王は大声を発する。
「モーリス! 其方を将軍へ復帰させる。だが、その前に少し休んで、食事を取れ。誰か、モーリスに食事を摂らせよ!」
モーリスは、側近に連れられ謁見室を去る。そして王都全体を探知し続けていた翔一は、ようやくホッとした表情に変わった。
「もう、大丈夫そうだよ。危険な気配は消えうせた」
「そうだね。探知お疲れ、翔一君」
「あのおっさん、すっげぇな。張り手かましたの、国王だろ! かっこいいな!」
「ちょっと、お兄ちゃん。そんな事、大声で言わないで! せっかく国王陛下が、モーリスの不敬罪を無かった事にしたのに!」
「馬鹿だなペスカ! 悪い事したら謝るのは、当然だろ!」
入口付近で騒ぎ始めるペスカ達を見て、国王が笑い声を上げた。
「はっはははぁ、罪を犯したら頭を下げる。其方の言う通りだ! 誰がモーリスを責めようか! あの男は国の宝だ!」
国王はペスカ達を近くへ呼ぶ。
「モーリスを牢から出したのは、其方達であろう? 感謝する」
洗脳を受け、国を混乱へと導いた事への反省か。はたまた国王としての責務を果たせなかった事への自責の念か。国王は玉座から下り、ペスカ達に頭を下げた。
そもそも国王は、国を代表する者である。他国の王にでさえ、頭を下げてはならない。それは、臣下に下る事を意味しているのだから。己の配下に頭を下げるのは以ての外、唯の客人に対して頭を下げるのは論外であろう。
それでも、国王は深々と頭を下げた。そして、ペスカ達に請う。
「図々しいと思われるかも知れん。其方達は、色々精通していると見える。今、この大陸に何が起きているか教えてくれんか?」
客人とも呼べないだろう。侵入した得体の知れない者達に、謁見室からの退去を命じるどころか自ら声をかける。ましてや、そんな者達に教えを請おうと頭を下げる。そんな事が出来る国王が、世界にいったいどれだけいるのか。
国を治るには誠実足れと言わんばかりの態度に、ペスカはシュロスタイン王国の光明を見る。そしてペスカが代表して、委細の説明を行った。
「そうか。ではアーグニールやグラスキルスも、我が国と同様の状況かも知れんな」
「陛下。我々はこれから南下し、アーグニール王国へ向かいます。モーリス将軍同様に、ケーリア将軍が存命で有れば、起死回生の一手になるかも知れません」
「すまないな。いずれ我等も必ず力になる。せめて今は、其方達の援護をさせて欲しい。兵站は底を尽きておろう」
「ありがとうございます、陛下」
国王は側近達に、ペスカ達の兵站を整える様に命じる。そしてペスカ達は、車を取りに行く為に謁見室を離れた。車を城に乗り付ける頃には、兵站を積み込める準備が出来ている。
手分けして荷物を運んでいると、食事を終えたモーリスが姿を現した。急いで駆け付けたのだろう、すこし息が荒い様に見える。
「ペスカ殿。アーグニールへ向かわれるとか」
「うん。ケーリアが生きていれば、助けて来るよ」
「ケーリアの事です。殺しても死なんでしょう」
「信じてるの?」
「感です。ケーリアの事、よろしくお願いします」
「任せて! そっちは戦場を何とかしてよね!」
「はい。お任せ下さい」
モーリスは胸を拳で叩くと、ペスカの姿を深く瞳に焼き付けた。
モーリスの瞳には変わらず熱い炎が宿る。それは死への旅路とは違う、別の強い覚悟。師から託された国を守る。仲間と誓い合った、平和な世界を再び築く。何より敬愛するペスカと、再び相見えんと心に誓う。
ペスカは激励代わりに笑顔を深めて、モーリスに視線を送る。
何時、何処で邪神ロメリアが現れるかわからない。そんな不安は残る。だが、ペスカは知っている。かつての右腕が、どれ程の力を持っているかを。
簡単にやられない。簡単にやらせはしない。
両者の視線が交差する。再び生きて会おう。二人の瞳が熱く物語っていた。
ペスカ達は車に乗り込み、南へ向かい車を走らせる。向かうは、アーグニール王国。混迷を極める大陸に平和を取り戻すペスカ達の戦いは尚も続く。
豆腐でも切るかの様に、硬い鉄格子を易々と切る。そんな冬也の様子に、モーリスは目を見張る。次に冬也はマナを封じる特殊な枷を断ち切り、モーリスを完全に自由にした。
久しぶりの自由を手に入れたモーリスは、腕や足を動かす。満足に動かせないのは、わかっている。しかし今は動かせるだけで充分。モーリスは、少し笑みを深めた。そして、冬也に向かい頭を下げる。
「助かりました。私はモーリス。貴殿はペスカ殿のご同輩か?」
「ペスカの兄、冬也だ。よろしく」
「冬也殿の力はこの世の物では有るまい。凄まじい力だ」
冬也に頭を下げた後、モーリスはゆっくりと牢から出る。そしてペスカの前まで歩み寄ると、片膝をついて頭を下げた。
「ペスカ殿。誠にかたじけない。私はまたあなたに助けられた」
「モーリス、頭を上げなさい。あんたが生きていた。それがこの国の救いになる」
ペスカは治療の魔法をかける様に、空へ指示をした。やつれた身体が元に戻る事は無いが、体を動かすエネルギーを与える事は出来るはずだ。
モーリスの体を空の魔法が包む。優しい光が、モーリスを癒していく。
空がモーリスを癒している間、ペスカは空と翔一の紹介を始め、シュロスタイン王国を含む三国間の戦争と国の現状、帝国の現状、神の関与等を掻い摘んで伝える。概ね予想をしていたのか、然程モーリスに驚く様子は見えなかった。
一通りの治療が終わると、モーリスは立ち上がる。そしてストレッチをする様に、ゆっくりと各部の動き方を確認する。先程よりは、幾ばくか体が軽い。
「空殿、ありがとう。素晴らしい治癒術だ。それに、あなたの隠蔽を見破れるのは、そう多くはない。素晴らしい才能をお持ちの様だ」
空に対しても、モーリスは深々と頭を下げる。そして、再びペスカに体を向けて語りかけた。
「やはり神が関与してましたか。ライン皇帝の死と言い、大陸は予想以上に混乱状態に有るようですな」
「私は早い所、エルラフィア王国に帰りたいんだけどね」
「お気持ちはお察しします。それにしても、神二柱を倒されたのは流石ですな。だが、惜しい男を失くした」
モーリスの表情が少し曇る。その表情を見て、冬也がモーリスに問いかける。
「なぁ、あんたはシグルドを知っていたのか?」
「存じています。剣を交えた事も有る。類まれなる剣の才、柔軟な対応力。何よりも素晴らしいのは、彼の誠実さでしょう。力に溺れず精進を続ける、それは中々に難しい。彼の様な男に、未来を託したかった」
モーリスは思い出す様に、少し目を閉じて冬也に答えた。直ぐに目を開け、真剣な顔つきに戻る。
「ロメリア神にメイロード神でしたか。神の二柱が倒れたとは言え、未だ二柱が健在。厄介な事この上ないですな」
「まあね。だから、大陸の東側でもたついている場合じゃ無いんだよ」
「だとすれば、直ぐにこの現状を何とかせねばなりませんな。ペスカ殿、空殿、結界を張って下さい」
モーリスの言葉通りに、ペスカと空は自身の周囲に結界を張る。結界が張られたのを確認すると、モーリスは大きく深呼吸をし、体内にマナを循環させる。そして、一気にマナを解き放った。
モーリスから膨大なマナが解き放たれると、城に震度六程の揺れが起きる。その揺れは城に留まらず、王都を巻き込む。兵達は座り込み、戦へと歩きゆく住民達は、訳が分からずパニックに陥った。
揺れが収まると王都の様相は一変する。武器を抱える住民達はキョトンとした様子で、何故武器を持っているのかを不思議がり、武器を捨てそれぞれ自宅へ戻っていく。兵達は周囲の安全確認の為、城や王都を駆けずり始める。
王都全体を探知していた翔一は、驚きの声を上げた。
「凄い! 一気に清浄化した!」
「まだだ、翔一。城の中に澱みが有る!」
「冬也殿の仰る通りですな。さて、行きますか」
モーリスはゆっくりと歩き、地下区画を抜けて階段を上がる。階段を上りきった所で、兵士達がモーリスに気が付き、辺りは騒然となる。
洗脳をされていても、行動の指針は朧げに残っているのだろう。モーリスは、将軍職を剥奪され、地下に幽閉されている。それは周知の事実になっている。
兵士達は慌てふためき、モーリスを捕えようと集まる。そんな兵士達の様子に、モーリスは声を荒げた。
「貴様ら! 今がどの様な状況か、わかっておるのか! それでも、シュロスタインの兵士か! 国を守るのが役目であろう! 民を守るのが使命であろう! 今は一刻も早く戦争を止めねばならんのだ! 急げ! 貴様らは民の安全を確保せよ!」
モーリスの一喝により、動揺する兵達が整然とする。そして兵士達に、王都内の状況と住民達の安否確認を急がせた。モーリスは歩きながら、通りすがる兵や、官職の者達に指示を与えて行く。モーリスの厳粛な雰囲気が伝播する様に、城内の雰囲気が変化して行く。
大きな戸の前まで歩いた所で、モーリスは振り返った。
「この先には陛下がいらっしゃる。恐らく澱みの中心点が陛下です。皆様、私にお任せを」
「モーリス。大丈夫なんだね」
「ペスカ殿。痩せても枯れても、このモーリスは軍を預かる身。この身にかけて、事態を収拾致します」
モーリスはペスカの問いに雄々しく答えると、戸を開け放つ。謁見室では玉座にだらりと座った国王が、大声で喚き散らしていた。
「先ほどの、揺れは何だ! まだわからんのか、愚か者め! 戦況はどうなっている! 早く民共を出陣させぬか!」
謁見室内は悪意が渦巻き、暗く淀んだ空気に溢れている。国王は視点が定まっておらず、ぎらついた視線をあちこちに向けている。モーリスは、ペスカ達を入り口付近に立たせ、玉座へ近づいて行った。
「貴様、モーリス! 何故、牢から出て来た! 何をやっている、早くこ奴を捕らえよ!」
その声に側近達は殺気立ち、列挙してモーリスに襲い掛かる。モーリスは鋭い眼光で威圧し、側近達を怯ませた。
「えぇい、何をしている! こ奴は重罪人だ! この場で処刑せよ!」
その声に従い、側近達は剣を抜こうとする。しかし、モーリスは更に睨みを利かせて、威圧を重ねた。その視線に側近達は、震えあがり腰を抜かす。
「お静まり下さい、陛下!」
謁見室中に響き渡る大声で、モーリスが叫ぶ。その声に国王がたじろぐ。モーリスは歩みを止めず、玉座へ近づいていく。
「貴様! 誰に向かって言っておる! 来るな! これ以上来るで無い! 誰か、こ奴を止めよ!」
「静まれと言っている!」
どれだけ国王が喚いても、周囲の者達は怯えて動こうとしない。そして周囲を黙らせた眼光と静まれの一言が、国王の口を閉ざさせる。国王のぎらついていた視線は一変し、怯える様にモーリスから視線を外した。玉座の目の前まで歩み寄ったモーリスは、国王の頬を平手で叩く。謁見室内に、乾いた音が響き渡った。
「陛下、目をお覚まし下さい」
国王は玉座から滑る様に、崩れ落ちる。そのまま四つん這いになり、背を向けて逃げようとする。だがモーリスは、それを許さなかった。国王の襟首を掴み上げ、何度も平手打ちを見舞う。
「陛下、神に惑わされ何をなさっている! 今がどの様な状況に有るかご存知でしょう! 目を覚まされよ!」
その光景は、見ている者達に畏怖の念を感じさせる。平手を見舞う毎に、悪意が消え去っていく。やがて謁見室内から、悪意に満ちた感情が消え去り、整然とした雰囲気に変わっていった。
頬を赤く腫らした国王は、穏やかな表情でモーリスに話しかけた。
「降ろしてくれ、モーリス」
モーリスは国王の表情を変化を見ると、玉座に下ろし平伏した。国王は謁見室に響き渡る大声で言い放ち、モーリスに向かい頭を下げた。
「モーリス、其方の忠義見事であった! 其方のおかげで、儂は正気を取り戻した!」
神の洗脳を振りほどき、国王は完全に意識を取り戻した。しかし国王には、洗脳時の記憶がはっきりと残っている。自分が命令した事も何もかも。それ故に、戦争まで至った事への責任を感じた。
そして国王は瞬時に悟る。国王で有る自分を平手打ちしたのだ。モーリスの極刑は免れまい。だが三国間の戦争を収めるには、モーリスが必要だ。平伏するモーリスに対し、忠義を認め自らが頭を下げる事で、モーリスに罪が無い事を周囲に示した。
「陛下。此度の事」
「モーリス! これから忙しくなるぞ! 戦争を止めねばならぬ。これ以上犠牲者は出してはならんぞ!」
モーリスの言葉を遮る様に、国王は大声を発する。
「モーリス! 其方を将軍へ復帰させる。だが、その前に少し休んで、食事を取れ。誰か、モーリスに食事を摂らせよ!」
モーリスは、側近に連れられ謁見室を去る。そして王都全体を探知し続けていた翔一は、ようやくホッとした表情に変わった。
「もう、大丈夫そうだよ。危険な気配は消えうせた」
「そうだね。探知お疲れ、翔一君」
「あのおっさん、すっげぇな。張り手かましたの、国王だろ! かっこいいな!」
「ちょっと、お兄ちゃん。そんな事、大声で言わないで! せっかく国王陛下が、モーリスの不敬罪を無かった事にしたのに!」
「馬鹿だなペスカ! 悪い事したら謝るのは、当然だろ!」
入口付近で騒ぎ始めるペスカ達を見て、国王が笑い声を上げた。
「はっはははぁ、罪を犯したら頭を下げる。其方の言う通りだ! 誰がモーリスを責めようか! あの男は国の宝だ!」
国王はペスカ達を近くへ呼ぶ。
「モーリスを牢から出したのは、其方達であろう? 感謝する」
洗脳を受け、国を混乱へと導いた事への反省か。はたまた国王としての責務を果たせなかった事への自責の念か。国王は玉座から下り、ペスカ達に頭を下げた。
そもそも国王は、国を代表する者である。他国の王にでさえ、頭を下げてはならない。それは、臣下に下る事を意味しているのだから。己の配下に頭を下げるのは以ての外、唯の客人に対して頭を下げるのは論外であろう。
それでも、国王は深々と頭を下げた。そして、ペスカ達に請う。
「図々しいと思われるかも知れん。其方達は、色々精通していると見える。今、この大陸に何が起きているか教えてくれんか?」
客人とも呼べないだろう。侵入した得体の知れない者達に、謁見室からの退去を命じるどころか自ら声をかける。ましてや、そんな者達に教えを請おうと頭を下げる。そんな事が出来る国王が、世界にいったいどれだけいるのか。
国を治るには誠実足れと言わんばかりの態度に、ペスカはシュロスタイン王国の光明を見る。そしてペスカが代表して、委細の説明を行った。
「そうか。ではアーグニールやグラスキルスも、我が国と同様の状況かも知れんな」
「陛下。我々はこれから南下し、アーグニール王国へ向かいます。モーリス将軍同様に、ケーリア将軍が存命で有れば、起死回生の一手になるかも知れません」
「すまないな。いずれ我等も必ず力になる。せめて今は、其方達の援護をさせて欲しい。兵站は底を尽きておろう」
「ありがとうございます、陛下」
国王は側近達に、ペスカ達の兵站を整える様に命じる。そしてペスカ達は、車を取りに行く為に謁見室を離れた。車を城に乗り付ける頃には、兵站を積み込める準備が出来ている。
手分けして荷物を運んでいると、食事を終えたモーリスが姿を現した。急いで駆け付けたのだろう、すこし息が荒い様に見える。
「ペスカ殿。アーグニールへ向かわれるとか」
「うん。ケーリアが生きていれば、助けて来るよ」
「ケーリアの事です。殺しても死なんでしょう」
「信じてるの?」
「感です。ケーリアの事、よろしくお願いします」
「任せて! そっちは戦場を何とかしてよね!」
「はい。お任せ下さい」
モーリスは胸を拳で叩くと、ペスカの姿を深く瞳に焼き付けた。
モーリスの瞳には変わらず熱い炎が宿る。それは死への旅路とは違う、別の強い覚悟。師から託された国を守る。仲間と誓い合った、平和な世界を再び築く。何より敬愛するペスカと、再び相見えんと心に誓う。
ペスカは激励代わりに笑顔を深めて、モーリスに視線を送る。
何時、何処で邪神ロメリアが現れるかわからない。そんな不安は残る。だが、ペスカは知っている。かつての右腕が、どれ程の力を持っているかを。
簡単にやられない。簡単にやらせはしない。
両者の視線が交差する。再び生きて会おう。二人の瞳が熱く物語っていた。
ペスカ達は車に乗り込み、南へ向かい車を走らせる。向かうは、アーグニール王国。混迷を極める大陸に平和を取り戻すペスカ達の戦いは尚も続く。
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※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。
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毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
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公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
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拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
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地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。
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高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。
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