79 / 415
人間達の抗い
78 ペスカとモーリスの出会い
しおりを挟む
モーリスがペスカを始めて見た時は、不戦協定の会場だった。
光り輝くブロンド、すらりと伸びた手足、美しくも凛とした表情。モーリスの視線は、ペスカに釘付けになっていた。
不戦協定の会場には、大陸各国の重鎮が集められている。会場は、大陸随一の国土を持つライン帝国の王宮である。
大陸各国が呼び集められたのは、只のは不戦協定だけでは無い。同時に大陸各国で増え続けるモンスターの対策局が設置される。
モーリスは国王の護衛と兼任し、モンスター対策局のメンバーとして参加していた。参加国には、アーグニール王国やグラスキルス王国も列席している。
「モーリスじゃねぇ~か。何見つめてんだ?」
背後から声を掛けられ、振り返るモーリスの瞳に映ったのは、戦場で友情を育んだ友の姿だった。久しぶりの再会にもかかわらず、つい最近会った様な軽い口ぶりに、モーリスは思わず狼狽する。
「さ、サムウェルか? な、何を言っている。俺は何も」
「隠すなって、誰見てたんだよ、女か? お堅いモーリス将軍のお眼鏡に叶うのは、どんな美女だよ」
「ば、馬鹿。よせ!」
狼狽しているモーリスは、サムウェルの前でうっかり視線をペスカに向けてしまう。
「あ~。あの人は止めとけ。俺達じゃ釣り合いがとれねぇよ」
「さ、サムウェル。あの人が誰だか知ってるのか?」
「エルラフィア王国のペスカ・メイザー殿だ。才女ってだけじゃねぇぜ。モンスター対策局の局長になられるお人だ。これがまた滅茶苦茶強い!」
モーリスは目を皿の様にして、サムウェルの両肩を掴み揺さぶりながら、問い詰めた。
「何でお前が、そこまで知っているんだ!」
「おい、揺らすなモーリス。昨日だよ、昨日。彼女に試合を申し込んで、ボコボコにされたんだ!」
「お前程の男がか? 信じられん!」
「信じないなら、お前も試合を申し込めよ!」
「馬鹿を言うな!」
「お近づきになりたいんだろ? ほら、行ってこいよ!」
モーリスの背中をサムウェルがぐいぐいと押す。モーリスは更に狼狽した。
「お、おい。止めろ、押すな、サムウェル」
茶化しているのか、にやけた顔のサムウェル。そして背後から、声が聞こえる。
「騒がしいと思ったら、貴様だったか、サムウェル」
「お~! ケーリアじゃねぇか!」
「相変わらず、貴様は軽い男だ」
「聞いてくれよ、ケーリア。モーリスがあそこのご婦人にご執心なんだよ!」
「馬鹿、よせ! ケーリア、戯言に耳を貸すな!」
ケーリアは苦笑いを浮かべて、モーリスに向き合う。
「モーリス、久しぶりだ。妙な再開になったな!」
「同感だ。全部この馬鹿のせいだ!」
ケーリアは苦笑いのまま軽く頷いた。
ここは各国の首脳が集まる重要な場所である。パーティー会場ではないのだ。子供の様にはしゃいでいい訳がない。そもそも、国王の護衛を兼任している立場なら、尚更であろう。
しかしモーリスは、サムウェルを諫める気にはなれなかった。予想外の状況では有るが、自分達が夢にまで見た不戦協定が結ばれる。モーリスとて、心が弾まぬ訳が無い。互いに国は違えども、戦場で誓った約束は今でも覚えている。それ故、軽薄なサムウェルの態度を戒めなかった。
モンスターの被害は深刻になる一方である。しかし今だけはその事を忘れて、友と語り合いたい気分になっていた。これから頼もしい友と肩を並べて戦える喜びに、モーリスは浸っていた。
その想いはケーリアも同様である。各国の代表が集まる場だけに、騒ぐサムウェルに苦言を呈したものの、諫めるつもりは無かった。
ここがもし酒場であれば、自分も同様に騒いでいたかも知れない。そう思うとケーリアの顔には、自然と笑みが浮かんだ。
「御三方、騒がしいですね。場を弁えた方がよろしいかと思いますよ」
モーリス達が再開を喜んでいる場に、鈴の様に澄んだ声が聞こえる。モーリスが振り返ると、そこには先ほど自分が見惚れていた女性の姿が有った。
「またですか、サムウェル将軍。お怪我はもうよろしいのですか?」
「これは、メイザー殿。丁度あなたにご挨拶しようと、思っていたんですよ」
サムウェルが仰々しくペスカにお辞儀をすると、モーリスの脇腹を肘でつつく。モーリスは、ただボーっと、ペスカに見惚れて佇んでいた。その様子を見て、サムウェルは肩を竦める。
「メイザー殿。お初にお目にかかります。アーグニール王国のケーリアと申します。お見知りおきを」
「こちらこそよろしくお願いします、ケーリア将軍。エルラフィア王国のペスカです。これから、対策局の仲間となる身、私の事はペスカで構いません」
軽くお辞儀をするペスカの姿を、モーリスは見つめている。美しい。なんて美しいのだ。この御方は女神ではないか。モーリスの鼓動は高鳴る。戦場とは違う高揚感に満ちていた。
ケーリアと挨拶を交わすと、ペスカはモーリスに向き合う。モーリスの鼓動は更に高まった。
「そちらは、シュロスタイン王国のモーリス将軍ですね。ペスカと申します。お見知りおきを」
「も、も、も、も、モーリスともうしゅます。よろしきゅお願いもうしあげましゅ」
「モーリス将軍。ご緊張されてらっしゃるのですか? 力をお抜き下さい」
片手で口を塞ぎフフフと笑うペスカに、モーリスは真っ赤になって俯いた。そしてサムウェルは、大声を出して笑った。
「は~っははっは。お、お前、噛んでやがる。は~っはは。あの豪傑モーリスが、緊張して噛んでやがるぜ~」
「サムウェル、笑うな。仕方なかろう。この様な美女の前では」
「サムウェル将軍。これ以上騒ぐなら、叩き出しますよ。ケーリア将軍、軽口はほどほどに」
ペスカが軽くサムウェルを睨んだ後、三人に軽く礼をし立ち去る。モーリスは、その光景をただぼーっと見つめていた。
やがて不戦協定の調印が終わり、モンスター対策局の会議に移る。ペスカ主動で会議は進み、神ロメリア、ロメリア教徒、マナ増加剤の事を知らされる。
「我々の目的は、マナ増加剤の撲滅と、ロメリア教徒の殲滅です。いくらモンスターを倒しても、元凶を断たねば、徒労に終わります。では、具体的な作戦内容に移ります」
神の関与。当初は耳を疑う内容だった。信仰心のないモーリスにとって、神の存在は疑わしいものであった。故に説明を聞いても、ピンと来ない。
マナ増加剤が作られた経緯、ロメリア教徒と神ロメリアの関係を聞かされても尚、ただの狂信的な一部の人間が起こした出来事としか、捉えていなかった。
しかし真実は、そこにない。それをモーリスが知るのは、ペスカと共に作戦行動を行ってからであろう。
そしてペスカと行動する毎に思い知らされていく。自分の矮小さと、世界の広さを。
モーリスは驚愕した。そしてペスカを知れば知る程、モーリスはその魅力に惚れ込んだ。
何という女性だろう。腕力で勝る相手だが、勝負をしたら勝てる気がしない。
自分を圧倒的に凌駕する戦闘能力。革新的な技術とそれを再現する知性。類まれなる魔法の才能と、生み出す兵器の数々。ペスカがもたらす全てが新鮮で、驚きに満ちている。
これほどの人が、この世界にはいたのか。モーリスは、嬉しかった。ペスカの下で戦える事を心から喜んだ。この御方は、この大陸を真に平和に導いてくれる存在だ。
最初こそペスカの外見に一目惚れした。しかし、直ぐに崇拝に近い感情へ変わっていった。
一人の女性として、軍を率いる者として、敬愛して止まなかった。
やがてペスカの指揮の下、対策局はモンスターやロメリア教徒を圧倒していく。そしてロメリア教本部の襲撃にも成功する。本部陥落と共に、ロメリア教徒とモンスターの発生は、次第に勢力を弱めていく。ロメリア教徒の残党は鳴りを潜め、モンスターの発生が沈静化した頃、対策局は解散となった。
対策局への貢献により、ペスカの名は大陸各地に広がる。大賢者ペスカ、英雄ペスカ、呼び名は様々だが、ペスカを褒め称える言葉を聞くと、モーリスは誇らしさでいっぱいになっていた。俺は彼女の下で戦っていた。それがモーリスの誇りだった。
しかし、モーリスは知っていた。近くで補佐をしていたからこそ、知っていた事実である。ロメリア教本部の襲撃に成功した頃から、ペスカは吐血する事が多くなっていた。
「ペスカ殿。お体、何処かお悪いのでは? 休まれては如何か?」
「モーリス、ありがと。でも大丈夫。これはドルクを止められなかった私の罪。倒れてらんないよ」
「しかし、ペスカ殿!」
「あんたこそ、三日も寝てないんだから、少しは休みなさい! 命令よ、モーリス!」
「はっ!」
吐血を続けているにも係わらず、ペスカは作戦行動中、常に前線で指揮を執り続けた。対策局が解散されて間もなく、ペスカ死去の知らせがモーリスの元に届く。
モーリスは泣いた。泣いて泣き喚いた。師であるヒューラーが亡くなった日よりも、喪失感は深かった。
それ以来、あの時ペスカを止めていれば、自分がペスカの代わりになり得る器だったらと。モーリスが後悔しない日は無かった。
そして、ペスカの代わりにこの世界に平穏を、そう心に誓い職務を全うしてきた。
そして今、モーリスは捕らえられ、牢に繋がれている。満足な食事が与えられず、頬がこけ筋肉が衰えている。それでもその瞳に宿る意志は、熱く燃え盛っている。英雄ペスカが残した、その意思を継ぐ者は、このシュロスタイン王国にも存在していた。
「まだだ。ペスカ殿は諦めなかった。どんな苦境も乗り越えて来た。俺が此処でくたばる訳にはいかんのだ!」
モーリスの心には、ペスカの残した戦う意志が強く残されている。そして救いの手は、モーリスのすぐ傍まで訪れようとしている。
シュロスタイン王国を救う、最後の一手が打たれようとしていた。
光り輝くブロンド、すらりと伸びた手足、美しくも凛とした表情。モーリスの視線は、ペスカに釘付けになっていた。
不戦協定の会場には、大陸各国の重鎮が集められている。会場は、大陸随一の国土を持つライン帝国の王宮である。
大陸各国が呼び集められたのは、只のは不戦協定だけでは無い。同時に大陸各国で増え続けるモンスターの対策局が設置される。
モーリスは国王の護衛と兼任し、モンスター対策局のメンバーとして参加していた。参加国には、アーグニール王国やグラスキルス王国も列席している。
「モーリスじゃねぇ~か。何見つめてんだ?」
背後から声を掛けられ、振り返るモーリスの瞳に映ったのは、戦場で友情を育んだ友の姿だった。久しぶりの再会にもかかわらず、つい最近会った様な軽い口ぶりに、モーリスは思わず狼狽する。
「さ、サムウェルか? な、何を言っている。俺は何も」
「隠すなって、誰見てたんだよ、女か? お堅いモーリス将軍のお眼鏡に叶うのは、どんな美女だよ」
「ば、馬鹿。よせ!」
狼狽しているモーリスは、サムウェルの前でうっかり視線をペスカに向けてしまう。
「あ~。あの人は止めとけ。俺達じゃ釣り合いがとれねぇよ」
「さ、サムウェル。あの人が誰だか知ってるのか?」
「エルラフィア王国のペスカ・メイザー殿だ。才女ってだけじゃねぇぜ。モンスター対策局の局長になられるお人だ。これがまた滅茶苦茶強い!」
モーリスは目を皿の様にして、サムウェルの両肩を掴み揺さぶりながら、問い詰めた。
「何でお前が、そこまで知っているんだ!」
「おい、揺らすなモーリス。昨日だよ、昨日。彼女に試合を申し込んで、ボコボコにされたんだ!」
「お前程の男がか? 信じられん!」
「信じないなら、お前も試合を申し込めよ!」
「馬鹿を言うな!」
「お近づきになりたいんだろ? ほら、行ってこいよ!」
モーリスの背中をサムウェルがぐいぐいと押す。モーリスは更に狼狽した。
「お、おい。止めろ、押すな、サムウェル」
茶化しているのか、にやけた顔のサムウェル。そして背後から、声が聞こえる。
「騒がしいと思ったら、貴様だったか、サムウェル」
「お~! ケーリアじゃねぇか!」
「相変わらず、貴様は軽い男だ」
「聞いてくれよ、ケーリア。モーリスがあそこのご婦人にご執心なんだよ!」
「馬鹿、よせ! ケーリア、戯言に耳を貸すな!」
ケーリアは苦笑いを浮かべて、モーリスに向き合う。
「モーリス、久しぶりだ。妙な再開になったな!」
「同感だ。全部この馬鹿のせいだ!」
ケーリアは苦笑いのまま軽く頷いた。
ここは各国の首脳が集まる重要な場所である。パーティー会場ではないのだ。子供の様にはしゃいでいい訳がない。そもそも、国王の護衛を兼任している立場なら、尚更であろう。
しかしモーリスは、サムウェルを諫める気にはなれなかった。予想外の状況では有るが、自分達が夢にまで見た不戦協定が結ばれる。モーリスとて、心が弾まぬ訳が無い。互いに国は違えども、戦場で誓った約束は今でも覚えている。それ故、軽薄なサムウェルの態度を戒めなかった。
モンスターの被害は深刻になる一方である。しかし今だけはその事を忘れて、友と語り合いたい気分になっていた。これから頼もしい友と肩を並べて戦える喜びに、モーリスは浸っていた。
その想いはケーリアも同様である。各国の代表が集まる場だけに、騒ぐサムウェルに苦言を呈したものの、諫めるつもりは無かった。
ここがもし酒場であれば、自分も同様に騒いでいたかも知れない。そう思うとケーリアの顔には、自然と笑みが浮かんだ。
「御三方、騒がしいですね。場を弁えた方がよろしいかと思いますよ」
モーリス達が再開を喜んでいる場に、鈴の様に澄んだ声が聞こえる。モーリスが振り返ると、そこには先ほど自分が見惚れていた女性の姿が有った。
「またですか、サムウェル将軍。お怪我はもうよろしいのですか?」
「これは、メイザー殿。丁度あなたにご挨拶しようと、思っていたんですよ」
サムウェルが仰々しくペスカにお辞儀をすると、モーリスの脇腹を肘でつつく。モーリスは、ただボーっと、ペスカに見惚れて佇んでいた。その様子を見て、サムウェルは肩を竦める。
「メイザー殿。お初にお目にかかります。アーグニール王国のケーリアと申します。お見知りおきを」
「こちらこそよろしくお願いします、ケーリア将軍。エルラフィア王国のペスカです。これから、対策局の仲間となる身、私の事はペスカで構いません」
軽くお辞儀をするペスカの姿を、モーリスは見つめている。美しい。なんて美しいのだ。この御方は女神ではないか。モーリスの鼓動は高鳴る。戦場とは違う高揚感に満ちていた。
ケーリアと挨拶を交わすと、ペスカはモーリスに向き合う。モーリスの鼓動は更に高まった。
「そちらは、シュロスタイン王国のモーリス将軍ですね。ペスカと申します。お見知りおきを」
「も、も、も、も、モーリスともうしゅます。よろしきゅお願いもうしあげましゅ」
「モーリス将軍。ご緊張されてらっしゃるのですか? 力をお抜き下さい」
片手で口を塞ぎフフフと笑うペスカに、モーリスは真っ赤になって俯いた。そしてサムウェルは、大声を出して笑った。
「は~っははっは。お、お前、噛んでやがる。は~っはは。あの豪傑モーリスが、緊張して噛んでやがるぜ~」
「サムウェル、笑うな。仕方なかろう。この様な美女の前では」
「サムウェル将軍。これ以上騒ぐなら、叩き出しますよ。ケーリア将軍、軽口はほどほどに」
ペスカが軽くサムウェルを睨んだ後、三人に軽く礼をし立ち去る。モーリスは、その光景をただぼーっと見つめていた。
やがて不戦協定の調印が終わり、モンスター対策局の会議に移る。ペスカ主動で会議は進み、神ロメリア、ロメリア教徒、マナ増加剤の事を知らされる。
「我々の目的は、マナ増加剤の撲滅と、ロメリア教徒の殲滅です。いくらモンスターを倒しても、元凶を断たねば、徒労に終わります。では、具体的な作戦内容に移ります」
神の関与。当初は耳を疑う内容だった。信仰心のないモーリスにとって、神の存在は疑わしいものであった。故に説明を聞いても、ピンと来ない。
マナ増加剤が作られた経緯、ロメリア教徒と神ロメリアの関係を聞かされても尚、ただの狂信的な一部の人間が起こした出来事としか、捉えていなかった。
しかし真実は、そこにない。それをモーリスが知るのは、ペスカと共に作戦行動を行ってからであろう。
そしてペスカと行動する毎に思い知らされていく。自分の矮小さと、世界の広さを。
モーリスは驚愕した。そしてペスカを知れば知る程、モーリスはその魅力に惚れ込んだ。
何という女性だろう。腕力で勝る相手だが、勝負をしたら勝てる気がしない。
自分を圧倒的に凌駕する戦闘能力。革新的な技術とそれを再現する知性。類まれなる魔法の才能と、生み出す兵器の数々。ペスカがもたらす全てが新鮮で、驚きに満ちている。
これほどの人が、この世界にはいたのか。モーリスは、嬉しかった。ペスカの下で戦える事を心から喜んだ。この御方は、この大陸を真に平和に導いてくれる存在だ。
最初こそペスカの外見に一目惚れした。しかし、直ぐに崇拝に近い感情へ変わっていった。
一人の女性として、軍を率いる者として、敬愛して止まなかった。
やがてペスカの指揮の下、対策局はモンスターやロメリア教徒を圧倒していく。そしてロメリア教本部の襲撃にも成功する。本部陥落と共に、ロメリア教徒とモンスターの発生は、次第に勢力を弱めていく。ロメリア教徒の残党は鳴りを潜め、モンスターの発生が沈静化した頃、対策局は解散となった。
対策局への貢献により、ペスカの名は大陸各地に広がる。大賢者ペスカ、英雄ペスカ、呼び名は様々だが、ペスカを褒め称える言葉を聞くと、モーリスは誇らしさでいっぱいになっていた。俺は彼女の下で戦っていた。それがモーリスの誇りだった。
しかし、モーリスは知っていた。近くで補佐をしていたからこそ、知っていた事実である。ロメリア教本部の襲撃に成功した頃から、ペスカは吐血する事が多くなっていた。
「ペスカ殿。お体、何処かお悪いのでは? 休まれては如何か?」
「モーリス、ありがと。でも大丈夫。これはドルクを止められなかった私の罪。倒れてらんないよ」
「しかし、ペスカ殿!」
「あんたこそ、三日も寝てないんだから、少しは休みなさい! 命令よ、モーリス!」
「はっ!」
吐血を続けているにも係わらず、ペスカは作戦行動中、常に前線で指揮を執り続けた。対策局が解散されて間もなく、ペスカ死去の知らせがモーリスの元に届く。
モーリスは泣いた。泣いて泣き喚いた。師であるヒューラーが亡くなった日よりも、喪失感は深かった。
それ以来、あの時ペスカを止めていれば、自分がペスカの代わりになり得る器だったらと。モーリスが後悔しない日は無かった。
そして、ペスカの代わりにこの世界に平穏を、そう心に誓い職務を全うしてきた。
そして今、モーリスは捕らえられ、牢に繋がれている。満足な食事が与えられず、頬がこけ筋肉が衰えている。それでもその瞳に宿る意志は、熱く燃え盛っている。英雄ペスカが残した、その意思を継ぐ者は、このシュロスタイン王国にも存在していた。
「まだだ。ペスカ殿は諦めなかった。どんな苦境も乗り越えて来た。俺が此処でくたばる訳にはいかんのだ!」
モーリスの心には、ペスカの残した戦う意志が強く残されている。そして救いの手は、モーリスのすぐ傍まで訪れようとしている。
シュロスタイン王国を救う、最後の一手が打たれようとしていた。
0
お気に入りに追加
361
あなたにおすすめの小説
奪い取るより奪った後のほうが大変だけど、大丈夫なのかしら
キョウキョウ
恋愛
公爵子息のアルフレッドは、侯爵令嬢である私(エヴリーヌ)を呼び出して婚約破棄を言い渡した。
しかも、すぐに私の妹であるドゥニーズを新たな婚約者として迎え入れる。
妹は、私から婚約相手を奪い取った。
いつものように、妹のドゥニーズは姉である私の持っているものを欲しがってのことだろう。
流石に、婚約者まで奪い取ってくるとは予想外たったけれど。
そういう事情があることを、アルフレッドにちゃんと説明したい。
それなのに私の忠告を疑って、聞き流した。
彼は、後悔することになるだろう。
そして妹も、私から婚約者を奪い取った後始末に追われることになる。
2人は、大丈夫なのかしら。
平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした
カレイ
恋愛
「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」
それが両親の口癖でした。
ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。
ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。
ですから私決めました!
王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。
「お姉様の赤ちゃん、私にちょうだい?」
サイコちゃん
恋愛
実家に妊娠を知らせた途端、妹からお腹の子をくれと言われた。姉であるイヴェットは自分の持ち物や恋人をいつも妹に奪われてきた。しかし赤ん坊をくれというのはあまりに酷過ぎる。そのことを夫に相談すると、彼は「良かったね! 家族ぐるみで育ててもらえるんだね!」と言い放った。妹と両親が異常であることを伝えても、夫は理解を示してくれない。やがて夫婦は離婚してイヴェットはひとり苦境へ立ち向かうことになったが、“医術と魔術の天才”である治療人アランが彼女に味方して――
「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう
天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。
侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。
その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。
ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
妹の事が好きだと冗談を言った王太子殿下。妹は王太子殿下が欲しいと言っていたし、本当に冗談なの?
田太 優
恋愛
婚約者である王太子殿下から妹のことが好きだったと言われ、婚約破棄を告げられた。
受け入れた私に焦ったのか、王太子殿下は冗談だと言った。
妹は昔から王太子殿下の婚約者になりたいと望んでいた。
今でもまだその気持ちがあるようだし、王太子殿下の言葉を信じていいのだろうか。
…そもそも冗談でも言って良いことと悪いことがある。
だから私は婚約破棄を受け入れた。
それなのに必死になる王太子殿下。
【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜
himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。
えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。
ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ!
★恋愛ランキング入りしました!
読んでくれた皆様ありがとうございます。
連載希望のコメントをいただきましたので、
連載に向け準備中です。
*他サイトでも公開中
日間総合ランキング2位に入りました!
【完結】実家に捨てられた私は侯爵邸に拾われ、使用人としてのんびりとスローライフを満喫しています〜なお、実家はどんどん崩壊しているようです〜
よどら文鳥
恋愛
フィアラの父は、再婚してから新たな妻と子供だけの生活を望んでいたため、フィアラは邪魔者だった。
フィアラは毎日毎日、家事だけではなく父の仕事までも強制的にやらされる毎日である。
だがフィアラが十四歳になったとある日、長く奴隷生活を続けていたデジョレーン子爵邸から抹消される運命になる。
侯爵がフィアラを除名したうえで専属使用人として雇いたいという申し出があったからだ。
金銭面で余裕のないデジョレーン子爵にとってはこのうえない案件であったため、フィアラはゴミのように捨てられた。
父の発言では『侯爵一家は非常に悪名高く、さらに過酷な日々になるだろう』と宣言していたため、フィアラは不安なまま侯爵邸へ向かう。
だが侯爵邸で待っていたのは過酷な毎日ではなくむしろ……。
いっぽう、フィアラのいなくなった子爵邸では大金が入ってきて全員が大喜び。
さっそくこの大金を手にして新たな使用人を雇う。
お金にも困らずのびのびとした生活ができるかと思っていたのだが、現実は……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる