妹と歩く、異世界探訪記

東郷 珠

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人間達の抗い

78 ペスカとモーリスの出会い

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 モーリスがペスカを始めて見た時は、不戦協定の会場だった。
 光り輝くブロンド、すらりと伸びた手足、美しくも凛とした表情。モーリスの視線は、ペスカに釘付けになっていた。

 不戦協定の会場には、大陸各国の重鎮が集められている。会場は、大陸随一の国土を持つライン帝国の王宮である。
 大陸各国が呼び集められたのは、只のは不戦協定だけでは無い。同時に大陸各国で増え続けるモンスターの対策局が設置される。
 モーリスは国王の護衛と兼任し、モンスター対策局のメンバーとして参加していた。参加国には、アーグニール王国やグラスキルス王国も列席している。

「モーリスじゃねぇ~か。何見つめてんだ?」

 背後から声を掛けられ、振り返るモーリスの瞳に映ったのは、戦場で友情を育んだ友の姿だった。久しぶりの再会にもかかわらず、つい最近会った様な軽い口ぶりに、モーリスは思わず狼狽する。

「さ、サムウェルか? な、何を言っている。俺は何も」
「隠すなって、誰見てたんだよ、女か? お堅いモーリス将軍のお眼鏡に叶うのは、どんな美女だよ」
「ば、馬鹿。よせ!」
 
 狼狽しているモーリスは、サムウェルの前でうっかり視線をペスカに向けてしまう。

「あ~。あの人は止めとけ。俺達じゃ釣り合いがとれねぇよ」
「さ、サムウェル。あの人が誰だか知ってるのか?」
「エルラフィア王国のペスカ・メイザー殿だ。才女ってだけじゃねぇぜ。モンスター対策局の局長になられるお人だ。これがまた滅茶苦茶強い!」

 モーリスは目を皿の様にして、サムウェルの両肩を掴み揺さぶりながら、問い詰めた。

「何でお前が、そこまで知っているんだ!」
「おい、揺らすなモーリス。昨日だよ、昨日。彼女に試合を申し込んで、ボコボコにされたんだ!」
「お前程の男がか? 信じられん!」
「信じないなら、お前も試合を申し込めよ!」
「馬鹿を言うな!」
「お近づきになりたいんだろ? ほら、行ってこいよ!」
 
 モーリスの背中をサムウェルがぐいぐいと押す。モーリスは更に狼狽した。

「お、おい。止めろ、押すな、サムウェル」

 茶化しているのか、にやけた顔のサムウェル。そして背後から、声が聞こえる。

「騒がしいと思ったら、貴様だったか、サムウェル」
「お~! ケーリアじゃねぇか!」
「相変わらず、貴様は軽い男だ」
「聞いてくれよ、ケーリア。モーリスがあそこのご婦人にご執心なんだよ!」
「馬鹿、よせ! ケーリア、戯言に耳を貸すな!」

 ケーリアは苦笑いを浮かべて、モーリスに向き合う。

「モーリス、久しぶりだ。妙な再開になったな!」
「同感だ。全部この馬鹿のせいだ!」

 ケーリアは苦笑いのまま軽く頷いた。
 ここは各国の首脳が集まる重要な場所である。パーティー会場ではないのだ。子供の様にはしゃいでいい訳がない。そもそも、国王の護衛を兼任している立場なら、尚更であろう。

 しかしモーリスは、サムウェルを諫める気にはなれなかった。予想外の状況では有るが、自分達が夢にまで見た不戦協定が結ばれる。モーリスとて、心が弾まぬ訳が無い。互いに国は違えども、戦場で誓った約束は今でも覚えている。それ故、軽薄なサムウェルの態度を戒めなかった。

 モンスターの被害は深刻になる一方である。しかし今だけはその事を忘れて、友と語り合いたい気分になっていた。これから頼もしい友と肩を並べて戦える喜びに、モーリスは浸っていた。
 その想いはケーリアも同様である。各国の代表が集まる場だけに、騒ぐサムウェルに苦言を呈したものの、諫めるつもりは無かった。
 ここがもし酒場であれば、自分も同様に騒いでいたかも知れない。そう思うとケーリアの顔には、自然と笑みが浮かんだ。

「御三方、騒がしいですね。場を弁えた方がよろしいかと思いますよ」

 モーリス達が再開を喜んでいる場に、鈴の様に澄んだ声が聞こえる。モーリスが振り返ると、そこには先ほど自分が見惚れていた女性の姿が有った。

「またですか、サムウェル将軍。お怪我はもうよろしいのですか?」
「これは、メイザー殿。丁度あなたにご挨拶しようと、思っていたんですよ」

 サムウェルが仰々しくペスカにお辞儀をすると、モーリスの脇腹を肘でつつく。モーリスは、ただボーっと、ペスカに見惚れて佇んでいた。その様子を見て、サムウェルは肩を竦める。
   
「メイザー殿。お初にお目にかかります。アーグニール王国のケーリアと申します。お見知りおきを」
「こちらこそよろしくお願いします、ケーリア将軍。エルラフィア王国のペスカです。これから、対策局の仲間となる身、私の事はペスカで構いません」
  
 軽くお辞儀をするペスカの姿を、モーリスは見つめている。美しい。なんて美しいのだ。この御方は女神ではないか。モーリスの鼓動は高鳴る。戦場とは違う高揚感に満ちていた。
 ケーリアと挨拶を交わすと、ペスカはモーリスに向き合う。モーリスの鼓動は更に高まった。

「そちらは、シュロスタイン王国のモーリス将軍ですね。ペスカと申します。お見知りおきを」
「も、も、も、も、モーリスともうしゅます。よろしきゅお願いもうしあげましゅ」
「モーリス将軍。ご緊張されてらっしゃるのですか? 力をお抜き下さい」
 
 片手で口を塞ぎフフフと笑うペスカに、モーリスは真っ赤になって俯いた。そしてサムウェルは、大声を出して笑った。

「は~っははっは。お、お前、噛んでやがる。は~っはは。あの豪傑モーリスが、緊張して噛んでやがるぜ~」
「サムウェル、笑うな。仕方なかろう。この様な美女の前では」
「サムウェル将軍。これ以上騒ぐなら、叩き出しますよ。ケーリア将軍、軽口はほどほどに」

 ペスカが軽くサムウェルを睨んだ後、三人に軽く礼をし立ち去る。モーリスは、その光景をただぼーっと見つめていた。
 
 やがて不戦協定の調印が終わり、モンスター対策局の会議に移る。ペスカ主動で会議は進み、神ロメリア、ロメリア教徒、マナ増加剤の事を知らされる。

「我々の目的は、マナ増加剤の撲滅と、ロメリア教徒の殲滅です。いくらモンスターを倒しても、元凶を断たねば、徒労に終わります。では、具体的な作戦内容に移ります」

 神の関与。当初は耳を疑う内容だった。信仰心のないモーリスにとって、神の存在は疑わしいものであった。故に説明を聞いても、ピンと来ない。
 マナ増加剤が作られた経緯、ロメリア教徒と神ロメリアの関係を聞かされても尚、ただの狂信的な一部の人間が起こした出来事としか、捉えていなかった。
 しかし真実は、そこにない。それをモーリスが知るのは、ペスカと共に作戦行動を行ってからであろう。
 そしてペスカと行動する毎に思い知らされていく。自分の矮小さと、世界の広さを。

 モーリスは驚愕した。そしてペスカを知れば知る程、モーリスはその魅力に惚れ込んだ。

 何という女性だろう。腕力で勝る相手だが、勝負をしたら勝てる気がしない。
 自分を圧倒的に凌駕する戦闘能力。革新的な技術とそれを再現する知性。類まれなる魔法の才能と、生み出す兵器の数々。ペスカがもたらす全てが新鮮で、驚きに満ちている。

 これほどの人が、この世界にはいたのか。モーリスは、嬉しかった。ペスカの下で戦える事を心から喜んだ。この御方は、この大陸を真に平和に導いてくれる存在だ。
 最初こそペスカの外見に一目惚れした。しかし、直ぐに崇拝に近い感情へ変わっていった。
 一人の女性として、軍を率いる者として、敬愛して止まなかった。

 やがてペスカの指揮の下、対策局はモンスターやロメリア教徒を圧倒していく。そしてロメリア教本部の襲撃にも成功する。本部陥落と共に、ロメリア教徒とモンスターの発生は、次第に勢力を弱めていく。ロメリア教徒の残党は鳴りを潜め、モンスターの発生が沈静化した頃、対策局は解散となった。

 対策局への貢献により、ペスカの名は大陸各地に広がる。大賢者ペスカ、英雄ペスカ、呼び名は様々だが、ペスカを褒め称える言葉を聞くと、モーリスは誇らしさでいっぱいになっていた。俺は彼女の下で戦っていた。それがモーリスの誇りだった。

 しかし、モーリスは知っていた。近くで補佐をしていたからこそ、知っていた事実である。ロメリア教本部の襲撃に成功した頃から、ペスカは吐血する事が多くなっていた。

「ペスカ殿。お体、何処かお悪いのでは? 休まれては如何か?」
「モーリス、ありがと。でも大丈夫。これはドルクを止められなかった私の罪。倒れてらんないよ」
「しかし、ペスカ殿!」
「あんたこそ、三日も寝てないんだから、少しは休みなさい! 命令よ、モーリス!」
「はっ!」

 吐血を続けているにも係わらず、ペスカは作戦行動中、常に前線で指揮を執り続けた。対策局が解散されて間もなく、ペスカ死去の知らせがモーリスの元に届く。
 モーリスは泣いた。泣いて泣き喚いた。師であるヒューラーが亡くなった日よりも、喪失感は深かった。

 それ以来、あの時ペスカを止めていれば、自分がペスカの代わりになり得る器だったらと。モーリスが後悔しない日は無かった。
 そして、ペスカの代わりにこの世界に平穏を、そう心に誓い職務を全うしてきた。

 そして今、モーリスは捕らえられ、牢に繋がれている。満足な食事が与えられず、頬がこけ筋肉が衰えている。それでもその瞳に宿る意志は、熱く燃え盛っている。英雄ペスカが残した、その意思を継ぐ者は、このシュロスタイン王国にも存在していた。

「まだだ。ペスカ殿は諦めなかった。どんな苦境も乗り越えて来た。俺が此処でくたばる訳にはいかんのだ!」

 モーリスの心には、ペスカの残した戦う意志が強く残されている。そして救いの手は、モーリスのすぐ傍まで訪れようとしている。
 シュロスタイン王国を救う、最後の一手が打たれようとしていた。
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