妹と歩く、異世界探訪記

東郷 珠

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人間達の抗い

73 ラフィスフィア大陸へ

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「行くぞ~!」
「おぉ~!」

 お決まりの掛け声であろうが、四人の心は一つになる。
 空と翔一からすれば、見た事のない大陸、ラフィスフィア。この大陸が危機に陥っているのは、疑いようもない。
 それはシグルドの死が語っている。戦火が広がらない様、シグルドは独りで二柱の神に立ち向かった。そのシグルドが死んだ今、帝国はどうなっている。エルラフィア王国は? それ以外の国々は?
 考えれば考える程、不安が過るだけ。しかしペスカと冬也は、シグルドとの邂逅で、気持ちを新たにした。

 勇者が命を賭けて守ろうとした大陸を、必ず救って見せる。

 勇者シグルドが、身命を賭して守り抜いた意地。それは、ペスカ達に大きな勇気を与えた。彼の分まで、この世界を守る。その想いは、自然と空や翔一にも伝播していく。四人の瞳には、今までより強い意思が宿っていた。

 世に知られる事の無い、勇者シグルド最後の戦いは、ペスカよって英雄譚として語られる。しかしそれは、別のお話し。
 そしてペスカ達四人は、キャンピングカーに乗りこもうと歩き出す。そんな矢先に、女神ラアルフィーネから声がかかった。

「ちょっと、あなた達! どこに行くのよ!」
「ラアルフィーネさん。何言ってんだよ。ラフィスフィア大陸に行くに決まってんだろ」
「どうやって?」
「どうやってって、どうするんだペスカ?」
「もぅ。お兄ちゃん。色々台無し! キャンピングカーを水陸両用にして、海を渡るんだよ!」
「すっげ~な。ペスカ! ロマンだな!」

 冬也は目を輝かせて、ペスカを見る。しかしペスカの言葉に驚いた空と翔一が、待ったをかけた。
 
「いやいや、ペスカちゃん。始めて聞いたよ、そんな事!」
「そうだよ。流石にファンタジーが過ぎるね。冬也もそう思うだろ?」
「思わねぇよ! かっこよくねぇか? 車が海を走るんだぞ! 乗ってみてぇよな?」

 騒めき始めた四人を諫める様に、女神セリュシオネ咳払いをする。そしてゆっくりと話し始めた。

「あのね君達。私が何の為に、時間を割いてここに来たか。わかって無いのかい?」

 その言葉に、ペスカ達は四人揃って首を傾げる。それを見た女神セリュシオネは、更に深い溜息をついて説明を続けた。

「はぁ~、君達は揃いも揃って! 私は忙しいんだよ。分かるかい? 今のラフィスフィア大陸では、多くの人間が死んでいる。転生が滞る位にね! 転生が滞るとどうなるかは、当然知っているよね? まさか知らないのかい?」

 ペスカは知っているだろうが、空や翔一はこの世界の常識を知るまい。ましてや冬也においては、論外であろう。四人の反応を見ると、溜息交じりに女神セリュシオネは説明を始める。

 マナは惑星のありとあらゆる物に宿る。マナは、循環し続ける事で惑星を潤し続ける。
 例えば、草を食べた動物が、草が持つマナを吸収する。動物が死に土に還る事で、マナも大地に還る。こうして、マナは循環している。循環を止め、一か所に停滞したマナが飽和状態となれば、暴走し生物をモンスター化させる。
 モンスターの増殖は、マナの淀みを増長させ、いずれ惑星を朽ちさせる。

 ただマナの循環に関して、より効率の良い方法が有る。それは意志ある生物による、意図的なマナの循環である。
 野菜や動物に蓄えられたマナを人間が吸収し、マナを放出する事で自然に還る。マナを吸収する事は動物でも出来る。しかし放出する事は、意思や理性を持った人間や亜人、一部の魔物しか行えない。それが魔法であり、理性の無い動物には行えない、数少ないマナ放出の手法である。

 よって多数の人間が死に、転生が滞る事は、マナの淀みを増長させる要因となる。ひいては惑星自体の寿命を減らす事に繋がりかねない。

「それはセリュシオネさんが、頑張って仕事しろって事じゃねぇのか?」
「馬鹿なのかい君は! 戦時の混乱中で子作りに励む人間が、どれだけいると思うんだい?」
「多いのか? 良い事じゃねぇか!」
「逆だ! 馬鹿者!」

 いくら生と死を司る女神であっても、人間が子を産み育まなければ、魂魄を転生させようがない。明日死ぬかも知れない。そんな時に、生殖行為をするだろうか。
 女神セリュシオネは、苛ついているのだろう。かなり早口で捲し立てる様に、一連の説明をする。しかし、冬也は一向に理解を示さない。

 この時、薄っすらと女神セリュシオネは感じていた。この男とは、馬が合わないと。
 神アルキエルは、身勝手な行為が目立つが、理知的な面もあった。だから、利用し続けた。この男は、神アルキエルを倒した。半神ながらに、腕は立つのだろう。だが間違いなく利用価値は無い。なぜなら、この男は命令を理解しない。

 女神セリュシオネの苛つきは、概ね冬也に向けられいたのかもしれない。対する冬也も、苛つきを覚えていたのは間違いない。
 
「まどろっこしいんだよ、セリュシオネさん。結局何が言いてぇんだよ!」
「ラフィスフィア大陸の戦争を、止めて来いって言ってるんですよ!」
「はぁ? 馬鹿じゃねぇのか? それを止めに行こうって所を、引き留めたのはあんた等だろうが!」
「あぁ~もう! 君は本当にフィアーナの子供なのかい?」
「馬鹿野郎! 知るかそんな事!」

 女神セリュシオネは、苛立ちを露わにする。そして冬也も。口喧嘩に発展しかける、両者の言い合い。それに割って入ったのは、ペスカであった。

「ハイハイ、お兄ちゃん。深呼吸して落ち着く! 多分だけど、連れってってくれるんじゃない?」
「何処へだよ!」
「もう、お兄ちゃん! この話の流れだと行く場所は、ラフィスフィア大陸しか無いでしょ!」
「それなら、はっきりそう言えよ! セリュシオネさんの説明は難しいんだよ!」

 女神セリュシオネは、冬也を見やると深い溜息をついた。そして徐に口を開く。
 
「まぁ。私も少し思う所があってね。当初はアルキエルを使って、混沌勢が隠れた場所を突き止めようとしたんです。しかし、戦狂いのアルキエルは役立たずな上に、貴重な人材を殺して行く」
「そりゃあ、あんたが悪い。セリュシオネさん」
「お兄ちゃん。少し黙ろうね」

 冬也の言葉に、女神セリュシオネは眉を顰める。しかし冬也と口論しても、無駄な事は理解したのだろう。女神セリュシオネは、冬也を無視して言葉を続けた。

「未だ見つからないメイロード達を、神々が探している間に、君達は大陸各地の混乱を収めて欲しいんですよ」
「そろそろ結論を言え! わっかんねぇよ!」
「君と話をしていると、私に馬鹿がうつりそうだ。あぁフィアーナ、可哀そうに」
「んだと、コラ! 喧嘩売ってんのか、あぁ?」

 再び口喧嘩になりかける所に、今度は女神ラアルフィーネが止めに入った。

「冬也君、落ち着いて。落ち着かないとチューするわよ」
「うわぁ。あんたは近寄んな。ドキドキする」
「もう可愛い。私はあなた達をラフィスフィア大陸に送る様に、フィアーナに頼まれてるの。ゲートを開いて送ってあげる」
「やったね! お兄ちゃん」

 ペスカは冬也を守る様に抱きつき、女神ラアルフィーネを見やる。そんなペスカの行動を、女神ラアルフィーネは微笑ましそうにフフっと笑う。そして女神セリュシオネに、視線を送り合図する。
 女神二柱が向かい合うと、神々しい光が放たれて、ラフィスフィア大陸へのゲートが開かれる。
 
「準備は良いですか? 早くゲートを潜って下さい」

 急かす女神セリュシオネに、ペスカは異議を唱えた。

「そう言われても、色々補給しないと。食料とか色々」
「それはゲートを開く前に、言って欲しいですけどね」
「いやいや、こっちの段取り無視して先にゲートを開いたのは、セリュシオネ様ですからね。せっかちさんですか?」
「あぁ、何て面倒な子供達だ。ラアルフィーネ、手を貸してあげて下さい」
「はいはい。抜かりは無いわよ」

 女神ラアルフィーネが笑みを浮かべると、補給物資を乗せた荷車が勝手にゴロゴロと近づいて来るのが見えた。よく見ると小さい幼稚園児が、荷車を引いている様にも見える。

「お兄ちゃん。あれ、ウィル君じゃない?」
「そうだな、ウィルだ。お~いウィル~!」

 荷車を引く少年に向かい、ペスカと冬也は手を振る。神ウィルラスはムッとした表情で、荷車を引いて近づいてきた。

「お前達! 敬意を払えと、何度言ったらわかるんじゃ!」
「久しぶりウィル君。相変わらずちっちゃいね~」
「止めよ小娘! 抱えるで無い!」
「ウィル。元気だったか? 身長伸びねぇな」
「馬鹿者! 坊主、撫でるで無い!」
 
 ひとしきり神ウィルラスで遊んだペスカと冬也は、女神セリュシオネからのお叱りを受ける。

「君達ね。遊んでないで、早く準備を整えなよ!」
「そうじゃ、馬鹿者共! せっかく土地神の儂が、土地を離れて持ってきてやったんじゃ。感謝して、積み込むが良い」

 採掘の神ウィルラスが持って来た物は、食料や鉱石から金銭に至るまで多岐に渡る。ペスカ達は手分けして、キャンピングカーに積み込んだ。
 
「準備が済んだら、早くゲートを潜りなよ。私は忙しいから失礼する」

 女神セリュシオネは、ペスカ達に言い放つと消えうせる。荷物を積み終わり、出発準備を整えたペスカ達は、女神ラアルフィーネと神ウィルラスに頭を下げた。

「ありがとうございます、女神ラアルフィーネ。それにウィル君」
「けどよ。そこに寝てる亜人達はどうすんだ?」
「後の事は私に任せてあなた達は、早くゲートを潜りなさい」
「では、お願いします。ラアルフィーネ様。行こお兄ちゃん」
「おう!」

 女神達に手を振り、ペスカ達はキャンピングカーに乗り込む。そして、キャンピングカーを動かして、ゲートを潜る。
 しかし潜った先に見える光景は、見た事が無い風景である。先の見えぬ戦乱の台地に、ペスカ達は降り立った。
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