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神の戦争と巻き込まれる世界
65 譲れない想い
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シグルドは、引き連れた一人の部下に向かって命令する。道中の町々で、外出禁止を伝える様に。
道々馬を変える為に訪れた町では、町長達に帝都へ避難する様に伝える。二日目以降に訪れた村々には、厳重に戸を閉め、外に出ない様に触れ回る。
昼夜問わず、早掛けして三日目の昼にようやく、侵攻中の軍隊を見つける事が出来た。軍隊の数はざっと見渡すと、およそ一万位だろうか。侵攻中の軍を見つけたシグルドは、残りの二隊に連絡を入れる。二隊から共に、侵攻中の軍隊を発見との報告を受ける。
シグルドは、自分の指示が有るまで、穏便に停戦交渉を進める様に命じる。そして馬を降り、連絡役の一人を残して、侵攻中の軍隊に近づいた。
「私は、エルラフィア王国近衛隊隊長シグルド! 其方らの行為は、不可侵条約を破るものだ。即刻、侵攻を中止しせよ!」
シグルドが大声で叫ぶと、軍は動きを止める。暫くすると、一人の恰幅の良い男が前に出て来る。
「エルラフィア王国が何用だ! 我等の邪魔をすると、エルラフィアとて、ただでは済まさんぞ!」
「軍の責任者を出したまえ! 私は停戦の交渉に来たのだ!」
恰幅の良い男は、大声で威嚇する。それに対し、シグルドが言い返す。しかし男は、小馬鹿にする様な薄ら笑いをした。
「馬鹿か貴様は、弱ったこの帝国を攻める好機に、止まる訳が無いだろ」
「良いから責任者を出したまえ!」
「隊長は俺様だよ!」
「いいやそこの君、そこに隠れている君だ。出てきたまえ」
シグルドが軍の一部を指刺すと、異様に目つきの鋭い兵士が現れる。
「私に何か?」
兵士は目つきの鋭さとは裏腹に、薄ら笑いながらシグルドに近寄って来た。ケタケタと薄ら笑い近寄る兵士に、シグルドは身構えながら問いかける。
「君、人では無いね」
「何故、そう思うのです?」
「以前、見た事が有るんだ。君と同じく、人間の皮を被った化け物をね」
「ほぅ。それをどこで見たんです?」
「帝国でだ!」
シグルドが言い終わる瞬間に、兵士から魔法が放たれる。シグルドは素早く剣を抜き、魔法を叩き切る。そして返す刀で、兵士を袈裟懸けに斬り払った。
兵士は倒れる。しかし次の瞬間、斬られて分断されている肩を、ぶら下げる様に立ち上がる
「良く見抜いた。しかし結果は変わらんよ。今なら見逃してやろう。どうだ?」
兵士は血を飛び散らせながら、薄ら笑いを続けている。
「駄目だ。君をここから先に通す訳にはいかない。勿論そこの軍もね」
シグルドはマナを体内に漲らせて、街道を塞ぐ様に立つ。
「生意気な人間だ。ロメリアと遊んだ位で調子に乗るなよ」
兵士が呟くと、斬られた肩口が光り始める。そして兵士の体は弾け飛び、中から禍々しい光を帯びた男が姿を現した。男が手で合図をすると、一瞬で一万の兵士が虚ろな目に変わる。そして、シグルドに向かい、一斉に攻撃を開始した。
「お前を攻撃するのは、同じ人間だ。どうする?」
「くそっ! ロメリアといい君といい、神はどうしてこうも理不尽なのだ!」
甘かったと言えば、確かにそうなのだろう。相手が邪神ロメリアと同様の事をしてくるのなら、それに対抗する手段を用意するべきだったのだ。ペスカの様に。
だが、シグルドは覚えている。ペスカが使ったマナキャンセラーの術式を。そして、剣にマナを集めた。
シグルドは飛んでくる魔法を次々と払いのけ、立ち塞がる兵達を斬り捨てながら、男に向かって進む。シグルドに飛びかかる兵達は、一瞬にして斬り捨てられて倒れ伏す。数分の間に数百兵士を昏倒させる。
鬼神。この戦いを見た者は、そう言うかも知れない。筆舌に尽くし難い強さ、シグルドはまさにそれだった。魔法も剣も槍も弓も、何もかも通じない。焦れた男が一歩踏み出したその時である。襲い来る兵達をすり抜けたシグルドは、俊足の剣で男を斬り捨てた。
グァ~と叫び声を上げる男に、シグルドは二撃目を加えようする。しかし男から放たれた光を浴びて、吹き飛ばされる。
「調子に乗るな人間! 我を傷つけた事、万死に値すると思え!」
「そろそろ、名を教えて欲しいんだけどね」
怒り狂い神気を高める男に向かい、まるでペスカの様にシグルドは軽口を叩く。
「我が名は混沌の神グレイラス。貴様が最後に聞く名だ!」
「お決まりな言葉だね、それを言った奴は、大抵死ぬんだよ」
シグルドは、神グレイラスを更に挑発する。
神グレイラスは、身に纏う禍々しい光を剣に変える。剣を掲げると、周りの兵士からマナを吸収し始める。倒れている兵士は、見る間にやせ細っていく。
そして放たれる光の斬撃。シグルドは、剣に纏わせたマナを使い、光の斬撃を弾き飛ばす。
神グレイラスの攻撃は終わらない。次々と兵士からマナを吸収し、光の斬撃を放つ。シグルドに倒された兵達は、尽く干からびて死に至った。そして、残りの兵達の中からも倒れる兵士が続出する。
身を傷付けられた事で怒り、冷静さを欠いたのだろう。神グレイラスは、単調な光の斬撃を繰り返す。しかしシグルドは、尽く光の斬撃を弾き飛ばした。
仲間が倒れても、兵士達はシグルドを襲う事を止めない。このままでは、兵士達が神グレイラスの餌食になってしまう。襲い来る兵士をすり抜けて、シグルドは神グレイラスに迫る。
しかし神グレイラスは、兵士諸共消し飛ばす勢いで、光の斬撃を放つ。放たれた光の斬撃は、何百の兵を巻き込み、地を抉りながら進む。
広範囲の攻撃を放ち、神グレイラスはシグルドを殺したと、確信したのだろう。だが、そこに隙が生じた。
シグルドは神グレイラスの後方から姿を現し、背中を深く抉る様に切り裂く。神グレイラスが叫び声を上げ、膝を突いた。間髪入れずに、シグルドは剣を振り下ろす。止めを刺さなければ、戦いは終わらない。悲しい犠牲もなくならない。
だが、シグルドの剣は、神グレイラスには届かなかった。
シグルドでさえも、気がつかなかった。神グレイラスとの間に割って入り、シグルドの剣を止めた光を纏う男がいた。男はシグルドの剣を、素手で掴んでいる。そして、剣ごとシグルドを投げ捨てた。
「おいおい、グレイラス。てめぇ、人間如きにやられてんじゃねぇよ。情けねぇな」
鷹揚な態度で、男は神グレイラスに吐き捨てる。
「くっ、アルキエル。何しに来た」
背の痛みに耐える様に、神グレイラスが男に答えた。
「おい、助けに来てやったんだろうが。何しに来たはねぇだろ」
「余計なお世話だ。戦いの神が顔を出す所では無い」
「馬鹿かてめぇは。ここは戦場だろ、俺がいなきゃ始まらねぇよ!」
シグルドが神と対峙するのは、これで二度目である。現れた男が神である事は、直ぐにわかった。しかし、神が増えようと、自分のやる事は変わらない。シグルドは闘気を漲らせて、神二柱の前に立ちはだかった。
その様子を見て、戦いの神アルキエルはニヤリと笑う。
「ははぁ、良いなお前! 面白れぇ、俺とやるか!」
挑戦的な眼差しでシグルドを見やった後、アルキエルの神気が膨れ上がる。その瞬間、シグルドの肌は粟立つ。そして咄嗟に神アルキエルと距離を取った。
そして瞬時に大声で叫ぶ。通信役として待機させている隊員に伝わる様に。
「停戦交渉は中止だ! 急いで帝都へ戻れ! お前もだ! 早くしろ!」
「そりゃ、ちっとばかり遅せぇな! それは俺が来る前に、やっておくべきだったな。まぁそれでも結果は、同じだったろうがな。軍隊を止めていた奴等は、俺が全員ぶっ殺して来たぜ」
「なっ・・・」
「隊長、通信が繋がりません!」
「お前だけでも良い、逃げて伝えろ! 全て神の策略だ!」
シグルドの怒声に押される様に、通信役が走りだす。その後ろを神グレイラスが追う。
「待て!」
神グレイラスを追いかけようとしたシグルドが、背後から蹴られて吹き飛ばされる。そして神グレイラスが放った光の斬撃が通信役を襲い、胴を真っ二つに切り分けた。通信役は残る命を削り、這いずりながら魔道具に向かい、一言呟くと事切れた。
シグルドは蹴られた衝撃で、利き腕の右肩が外れていた。だが、ここで二柱の神を止めないと、帝国は滅亡する。シグルドは、外れた右肩を無理やり戻して立ち上がる。
「おいおい、まだ立つのか? 面白れぇな。こいつの相手は俺がする。グレイラス、お前は自分のやる事やって来い!」
神グレイラスが頷いて、残った軍隊を帝国へ向けて進軍させる。
「待て!」
シグルドの言葉は、空しく響く。走り出そうとするシグルドの前には、既に神アルキエルが回り込んでいた。
「相手を間違えんじゃねぇよ。あんなちっぽけな軍隊じゃなくて、俺が相手になってやるよ」
「どうやら、君を倒さないと進めない訳か」
「そうだぜ、戦おうぜぇ! 殺し合いだぁ! 楽しませてくれよぉ!」
神アルキエルの言葉を、最後まで聞く必要は無い。シグルドは俊足で姿を消し、背後に回り込み剣を振るう。神アルキエルは振り向く事すらせず、容易に手で受け止め、シグルドを剣ごと投げ捨てる。
投げ捨てられたシグルドは、空中で体勢を立て直すと、呪文を唱えながら着地した。
「貫け、神殺しの槍! ロンギヌス!」
上空に大きな槍が現れ、目もくらむ様な速さで神アルキエルに突き進む。しかし、神アルキエルが手を払う様に振ると、槍は空中で霧散する。
「くそっ、ペスカ様の魔法でも通じないのか!」
「通じねぇのは、てめぇのマナが足りねぇからだぁ! チンケなマナで放った魔法が、俺に通じるか馬鹿野郎! ったく、拍子抜けもいいとこだぜ」
再び俊足で姿を消すシグルドだが、次は神アルキエルに背後を取られる。
「それは何度も見たぜ。おっせぇな、お前!」
背後を取られたシグルドは、神アルキエルに左腕を掴まれる。掴んだ左腕を神アルキエルは、シグルドの体ごと振り回す。シグルドの体は勢い余って吹き飛ばされた。
「おい、腕取れちまったよ。もう少し頑丈にくっつけとけよ」
シグルドの肩から、血しぶきが飛び散る。だがシグルドは悲鳴を上げず、魔法で簡単な止血だけすると、剣を持って立ち上がった。
シグルドの目からは、闘志が消えていない。それどころか、全身で闘気を漲らせている。
ここで立ち止まる位なら、死んだ方がましだ。ここで死ぬくらいなら、一太刀でも浴びせなければ、戦場に来た意味がない。
守ると決めた。だから守り抜く。奴を倒せるなら、腕の一本位は惜しくない。この命さえも、惜しくはない。奴を倒して、軍の侵攻を止める! 絶対に、止めて見せる!
英雄ペスカなら、どんな窮地に陥ろうとも、勝てる策を見つける。
冬也なら、どんな窮地も強引に跳ね除けて、チャンスに変える。
二人の雄姿を見て来たのだ。
自分も負けない!
「良い闘気だ。人間でここまでやれる奴は、久しぶりだ。お前、名前は?」
「エルラフィア王国近衛隊隊長、シグルド」
神アルキエルの表情は変わっていた。薄ら笑いから真剣なものへ。そして目は爛々と輝き、更に神気が高まっていく。神が本気になったのだ。本当の戦いは、これからだ。
シグルドは、マナを極限まで高めて、もう一度呪文を唱える。
「大地母神フィアーナ。我が身に力を貸し与えよ! 神を滅ぼせ、トールハンマー!」
シグルドのマナが更に膨れ上がり、手には輝くウォーハンマーが現れる。シグルドはウォーハンマーを渾身の力で振るう。神アルキエルは、片手で受け止めようとするが、その勢いを止める事は出来ない。
神アルキエルは両手を交差し、ウォーハンマーを受け止める。だが、それでもウォーハンマーの勢いは止めきれずに、後方に押される。神アルキエルは、体勢を崩しながらも後方に飛び、勢いを逃した。
両手を交差した事で、両脇に隙が出来る。また、神アルキエルは体勢を崩している。ここでシグルドに、ほんの僅かな勝機が見えた。シグルドは振りかぶると、横薙ぎにウォーハンマーを振るう。
しかし、片手でしかシグルドは、ウォーハンマーを振れない。勢いをつけるなら。どうしても、深く振りかぶらなければならない。それは、敵に背中を見せるという事になる。
もし、シグルドが片腕を失っていなかったら、勝負の行方はどうなっていたかわからない。恐らくここが、勝敗の分水嶺であったのだろう。
神アルキエルは、シグルドの隙を見逃さなかった。神アルキエルは剣を現出させる。そしてシグルドが、横薙ぎに振るう瞬間を目掛けて切り捨てた。シグルドの右肩から先は失われ、大量の血しぶきが上がる。
大量の血が失われ、シグルドの意識は朦朧としている。立ち上がる事は、不可能である。ましてや、戦う事など出来るはずが無い。
しかし、シグルドは尚も立ち上がった。
両手を失おうと、どれだけ血を流そうと、神アルキエルの前に立ち塞がる。シグルドは諦めない、どんな困難も乗り越えるペスカと冬也の様に。二度と奪わせないと誓った己の魂にかけて。国を守れと命じたペスカに応える為に。
負けない、負けない! その想いは魂を強く輝かせる。
「貫け、貫け、貫けぇ~! 神殺しの槍ぃ~!」
シグルドは、限界を超えてマナを使い、魔法を放つ。輝く槍が何本も現れ、神アルキエルに向かう。神アルキエルは、剣で槍を次々と撃ち落として行くが、一本だけ撃ち落とせずに肩口を切り裂いた。神アルキエルの肩に、初めての傷が残る。
だが次の瞬間、シグルドの胴と首が離れていた。
「面白かったぜ、シグルド」
首だけにもかかわらず、シグルドの口はパクパクと動き、涙を流していた。音の無い声を神アルキエルだけが、しっかりと聞いていた。
「お許しください、ペ、ス、カ、さ」
享年二十二歳、シグルド最後の言葉だった。後の世に名を残す事が無い、神との戦いが終わる。壮絶に散った魂の輝きは、神のみぞ知る。
そしてシグルドの想いは叶う事無く、周辺三国は降伏した無抵抗の住民達を、蹂躙しながら進軍する。そして現在、帝都を三国の軍隊が囲む。
エルラフィアからの援軍により多少戦力を持ち直した帝国だが、三国相手に戦力差は乏しく、籠城を余儀なくされていた。
尚もラフィスフィア大陸の混乱は続く。その日、エルラフィア王国に訪れたのは、北の小国二つが一夜にして滅んだとの報告だった。
道々馬を変える為に訪れた町では、町長達に帝都へ避難する様に伝える。二日目以降に訪れた村々には、厳重に戸を閉め、外に出ない様に触れ回る。
昼夜問わず、早掛けして三日目の昼にようやく、侵攻中の軍隊を見つける事が出来た。軍隊の数はざっと見渡すと、およそ一万位だろうか。侵攻中の軍を見つけたシグルドは、残りの二隊に連絡を入れる。二隊から共に、侵攻中の軍隊を発見との報告を受ける。
シグルドは、自分の指示が有るまで、穏便に停戦交渉を進める様に命じる。そして馬を降り、連絡役の一人を残して、侵攻中の軍隊に近づいた。
「私は、エルラフィア王国近衛隊隊長シグルド! 其方らの行為は、不可侵条約を破るものだ。即刻、侵攻を中止しせよ!」
シグルドが大声で叫ぶと、軍は動きを止める。暫くすると、一人の恰幅の良い男が前に出て来る。
「エルラフィア王国が何用だ! 我等の邪魔をすると、エルラフィアとて、ただでは済まさんぞ!」
「軍の責任者を出したまえ! 私は停戦の交渉に来たのだ!」
恰幅の良い男は、大声で威嚇する。それに対し、シグルドが言い返す。しかし男は、小馬鹿にする様な薄ら笑いをした。
「馬鹿か貴様は、弱ったこの帝国を攻める好機に、止まる訳が無いだろ」
「良いから責任者を出したまえ!」
「隊長は俺様だよ!」
「いいやそこの君、そこに隠れている君だ。出てきたまえ」
シグルドが軍の一部を指刺すと、異様に目つきの鋭い兵士が現れる。
「私に何か?」
兵士は目つきの鋭さとは裏腹に、薄ら笑いながらシグルドに近寄って来た。ケタケタと薄ら笑い近寄る兵士に、シグルドは身構えながら問いかける。
「君、人では無いね」
「何故、そう思うのです?」
「以前、見た事が有るんだ。君と同じく、人間の皮を被った化け物をね」
「ほぅ。それをどこで見たんです?」
「帝国でだ!」
シグルドが言い終わる瞬間に、兵士から魔法が放たれる。シグルドは素早く剣を抜き、魔法を叩き切る。そして返す刀で、兵士を袈裟懸けに斬り払った。
兵士は倒れる。しかし次の瞬間、斬られて分断されている肩を、ぶら下げる様に立ち上がる
「良く見抜いた。しかし結果は変わらんよ。今なら見逃してやろう。どうだ?」
兵士は血を飛び散らせながら、薄ら笑いを続けている。
「駄目だ。君をここから先に通す訳にはいかない。勿論そこの軍もね」
シグルドはマナを体内に漲らせて、街道を塞ぐ様に立つ。
「生意気な人間だ。ロメリアと遊んだ位で調子に乗るなよ」
兵士が呟くと、斬られた肩口が光り始める。そして兵士の体は弾け飛び、中から禍々しい光を帯びた男が姿を現した。男が手で合図をすると、一瞬で一万の兵士が虚ろな目に変わる。そして、シグルドに向かい、一斉に攻撃を開始した。
「お前を攻撃するのは、同じ人間だ。どうする?」
「くそっ! ロメリアといい君といい、神はどうしてこうも理不尽なのだ!」
甘かったと言えば、確かにそうなのだろう。相手が邪神ロメリアと同様の事をしてくるのなら、それに対抗する手段を用意するべきだったのだ。ペスカの様に。
だが、シグルドは覚えている。ペスカが使ったマナキャンセラーの術式を。そして、剣にマナを集めた。
シグルドは飛んでくる魔法を次々と払いのけ、立ち塞がる兵達を斬り捨てながら、男に向かって進む。シグルドに飛びかかる兵達は、一瞬にして斬り捨てられて倒れ伏す。数分の間に数百兵士を昏倒させる。
鬼神。この戦いを見た者は、そう言うかも知れない。筆舌に尽くし難い強さ、シグルドはまさにそれだった。魔法も剣も槍も弓も、何もかも通じない。焦れた男が一歩踏み出したその時である。襲い来る兵達をすり抜けたシグルドは、俊足の剣で男を斬り捨てた。
グァ~と叫び声を上げる男に、シグルドは二撃目を加えようする。しかし男から放たれた光を浴びて、吹き飛ばされる。
「調子に乗るな人間! 我を傷つけた事、万死に値すると思え!」
「そろそろ、名を教えて欲しいんだけどね」
怒り狂い神気を高める男に向かい、まるでペスカの様にシグルドは軽口を叩く。
「我が名は混沌の神グレイラス。貴様が最後に聞く名だ!」
「お決まりな言葉だね、それを言った奴は、大抵死ぬんだよ」
シグルドは、神グレイラスを更に挑発する。
神グレイラスは、身に纏う禍々しい光を剣に変える。剣を掲げると、周りの兵士からマナを吸収し始める。倒れている兵士は、見る間にやせ細っていく。
そして放たれる光の斬撃。シグルドは、剣に纏わせたマナを使い、光の斬撃を弾き飛ばす。
神グレイラスの攻撃は終わらない。次々と兵士からマナを吸収し、光の斬撃を放つ。シグルドに倒された兵達は、尽く干からびて死に至った。そして、残りの兵達の中からも倒れる兵士が続出する。
身を傷付けられた事で怒り、冷静さを欠いたのだろう。神グレイラスは、単調な光の斬撃を繰り返す。しかしシグルドは、尽く光の斬撃を弾き飛ばした。
仲間が倒れても、兵士達はシグルドを襲う事を止めない。このままでは、兵士達が神グレイラスの餌食になってしまう。襲い来る兵士をすり抜けて、シグルドは神グレイラスに迫る。
しかし神グレイラスは、兵士諸共消し飛ばす勢いで、光の斬撃を放つ。放たれた光の斬撃は、何百の兵を巻き込み、地を抉りながら進む。
広範囲の攻撃を放ち、神グレイラスはシグルドを殺したと、確信したのだろう。だが、そこに隙が生じた。
シグルドは神グレイラスの後方から姿を現し、背中を深く抉る様に切り裂く。神グレイラスが叫び声を上げ、膝を突いた。間髪入れずに、シグルドは剣を振り下ろす。止めを刺さなければ、戦いは終わらない。悲しい犠牲もなくならない。
だが、シグルドの剣は、神グレイラスには届かなかった。
シグルドでさえも、気がつかなかった。神グレイラスとの間に割って入り、シグルドの剣を止めた光を纏う男がいた。男はシグルドの剣を、素手で掴んでいる。そして、剣ごとシグルドを投げ捨てた。
「おいおい、グレイラス。てめぇ、人間如きにやられてんじゃねぇよ。情けねぇな」
鷹揚な態度で、男は神グレイラスに吐き捨てる。
「くっ、アルキエル。何しに来た」
背の痛みに耐える様に、神グレイラスが男に答えた。
「おい、助けに来てやったんだろうが。何しに来たはねぇだろ」
「余計なお世話だ。戦いの神が顔を出す所では無い」
「馬鹿かてめぇは。ここは戦場だろ、俺がいなきゃ始まらねぇよ!」
シグルドが神と対峙するのは、これで二度目である。現れた男が神である事は、直ぐにわかった。しかし、神が増えようと、自分のやる事は変わらない。シグルドは闘気を漲らせて、神二柱の前に立ちはだかった。
その様子を見て、戦いの神アルキエルはニヤリと笑う。
「ははぁ、良いなお前! 面白れぇ、俺とやるか!」
挑戦的な眼差しでシグルドを見やった後、アルキエルの神気が膨れ上がる。その瞬間、シグルドの肌は粟立つ。そして咄嗟に神アルキエルと距離を取った。
そして瞬時に大声で叫ぶ。通信役として待機させている隊員に伝わる様に。
「停戦交渉は中止だ! 急いで帝都へ戻れ! お前もだ! 早くしろ!」
「そりゃ、ちっとばかり遅せぇな! それは俺が来る前に、やっておくべきだったな。まぁそれでも結果は、同じだったろうがな。軍隊を止めていた奴等は、俺が全員ぶっ殺して来たぜ」
「なっ・・・」
「隊長、通信が繋がりません!」
「お前だけでも良い、逃げて伝えろ! 全て神の策略だ!」
シグルドの怒声に押される様に、通信役が走りだす。その後ろを神グレイラスが追う。
「待て!」
神グレイラスを追いかけようとしたシグルドが、背後から蹴られて吹き飛ばされる。そして神グレイラスが放った光の斬撃が通信役を襲い、胴を真っ二つに切り分けた。通信役は残る命を削り、這いずりながら魔道具に向かい、一言呟くと事切れた。
シグルドは蹴られた衝撃で、利き腕の右肩が外れていた。だが、ここで二柱の神を止めないと、帝国は滅亡する。シグルドは、外れた右肩を無理やり戻して立ち上がる。
「おいおい、まだ立つのか? 面白れぇな。こいつの相手は俺がする。グレイラス、お前は自分のやる事やって来い!」
神グレイラスが頷いて、残った軍隊を帝国へ向けて進軍させる。
「待て!」
シグルドの言葉は、空しく響く。走り出そうとするシグルドの前には、既に神アルキエルが回り込んでいた。
「相手を間違えんじゃねぇよ。あんなちっぽけな軍隊じゃなくて、俺が相手になってやるよ」
「どうやら、君を倒さないと進めない訳か」
「そうだぜ、戦おうぜぇ! 殺し合いだぁ! 楽しませてくれよぉ!」
神アルキエルの言葉を、最後まで聞く必要は無い。シグルドは俊足で姿を消し、背後に回り込み剣を振るう。神アルキエルは振り向く事すらせず、容易に手で受け止め、シグルドを剣ごと投げ捨てる。
投げ捨てられたシグルドは、空中で体勢を立て直すと、呪文を唱えながら着地した。
「貫け、神殺しの槍! ロンギヌス!」
上空に大きな槍が現れ、目もくらむ様な速さで神アルキエルに突き進む。しかし、神アルキエルが手を払う様に振ると、槍は空中で霧散する。
「くそっ、ペスカ様の魔法でも通じないのか!」
「通じねぇのは、てめぇのマナが足りねぇからだぁ! チンケなマナで放った魔法が、俺に通じるか馬鹿野郎! ったく、拍子抜けもいいとこだぜ」
再び俊足で姿を消すシグルドだが、次は神アルキエルに背後を取られる。
「それは何度も見たぜ。おっせぇな、お前!」
背後を取られたシグルドは、神アルキエルに左腕を掴まれる。掴んだ左腕を神アルキエルは、シグルドの体ごと振り回す。シグルドの体は勢い余って吹き飛ばされた。
「おい、腕取れちまったよ。もう少し頑丈にくっつけとけよ」
シグルドの肩から、血しぶきが飛び散る。だがシグルドは悲鳴を上げず、魔法で簡単な止血だけすると、剣を持って立ち上がった。
シグルドの目からは、闘志が消えていない。それどころか、全身で闘気を漲らせている。
ここで立ち止まる位なら、死んだ方がましだ。ここで死ぬくらいなら、一太刀でも浴びせなければ、戦場に来た意味がない。
守ると決めた。だから守り抜く。奴を倒せるなら、腕の一本位は惜しくない。この命さえも、惜しくはない。奴を倒して、軍の侵攻を止める! 絶対に、止めて見せる!
英雄ペスカなら、どんな窮地に陥ろうとも、勝てる策を見つける。
冬也なら、どんな窮地も強引に跳ね除けて、チャンスに変える。
二人の雄姿を見て来たのだ。
自分も負けない!
「良い闘気だ。人間でここまでやれる奴は、久しぶりだ。お前、名前は?」
「エルラフィア王国近衛隊隊長、シグルド」
神アルキエルの表情は変わっていた。薄ら笑いから真剣なものへ。そして目は爛々と輝き、更に神気が高まっていく。神が本気になったのだ。本当の戦いは、これからだ。
シグルドは、マナを極限まで高めて、もう一度呪文を唱える。
「大地母神フィアーナ。我が身に力を貸し与えよ! 神を滅ぼせ、トールハンマー!」
シグルドのマナが更に膨れ上がり、手には輝くウォーハンマーが現れる。シグルドはウォーハンマーを渾身の力で振るう。神アルキエルは、片手で受け止めようとするが、その勢いを止める事は出来ない。
神アルキエルは両手を交差し、ウォーハンマーを受け止める。だが、それでもウォーハンマーの勢いは止めきれずに、後方に押される。神アルキエルは、体勢を崩しながらも後方に飛び、勢いを逃した。
両手を交差した事で、両脇に隙が出来る。また、神アルキエルは体勢を崩している。ここでシグルドに、ほんの僅かな勝機が見えた。シグルドは振りかぶると、横薙ぎにウォーハンマーを振るう。
しかし、片手でしかシグルドは、ウォーハンマーを振れない。勢いをつけるなら。どうしても、深く振りかぶらなければならない。それは、敵に背中を見せるという事になる。
もし、シグルドが片腕を失っていなかったら、勝負の行方はどうなっていたかわからない。恐らくここが、勝敗の分水嶺であったのだろう。
神アルキエルは、シグルドの隙を見逃さなかった。神アルキエルは剣を現出させる。そしてシグルドが、横薙ぎに振るう瞬間を目掛けて切り捨てた。シグルドの右肩から先は失われ、大量の血しぶきが上がる。
大量の血が失われ、シグルドの意識は朦朧としている。立ち上がる事は、不可能である。ましてや、戦う事など出来るはずが無い。
しかし、シグルドは尚も立ち上がった。
両手を失おうと、どれだけ血を流そうと、神アルキエルの前に立ち塞がる。シグルドは諦めない、どんな困難も乗り越えるペスカと冬也の様に。二度と奪わせないと誓った己の魂にかけて。国を守れと命じたペスカに応える為に。
負けない、負けない! その想いは魂を強く輝かせる。
「貫け、貫け、貫けぇ~! 神殺しの槍ぃ~!」
シグルドは、限界を超えてマナを使い、魔法を放つ。輝く槍が何本も現れ、神アルキエルに向かう。神アルキエルは、剣で槍を次々と撃ち落として行くが、一本だけ撃ち落とせずに肩口を切り裂いた。神アルキエルの肩に、初めての傷が残る。
だが次の瞬間、シグルドの胴と首が離れていた。
「面白かったぜ、シグルド」
首だけにもかかわらず、シグルドの口はパクパクと動き、涙を流していた。音の無い声を神アルキエルだけが、しっかりと聞いていた。
「お許しください、ペ、ス、カ、さ」
享年二十二歳、シグルド最後の言葉だった。後の世に名を残す事が無い、神との戦いが終わる。壮絶に散った魂の輝きは、神のみぞ知る。
そしてシグルドの想いは叶う事無く、周辺三国は降伏した無抵抗の住民達を、蹂躙しながら進軍する。そして現在、帝都を三国の軍隊が囲む。
エルラフィアからの援軍により多少戦力を持ち直した帝国だが、三国相手に戦力差は乏しく、籠城を余儀なくされていた。
尚もラフィスフィア大陸の混乱は続く。その日、エルラフィア王国に訪れたのは、北の小国二つが一夜にして滅んだとの報告だった。
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