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揺れる王国
37 ライン帝国の終焉
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シグルドから齎された報告は、皆を震撼させる物だった。戦争を起こしていた北の小国が、突如として戦争を終わらせ連合を結成した後、エルラフィア王国へと進軍を開始した。既に国境を突破され、隣接する幾つかの領地は連携し抵抗を試みた。しかし、奮闘虚しく多くの都市を蹂躙される。北の小国連合軍は、現在も王都へ向け進行中だと言う。
「ペスカ様。現在、ルクスフィア卿とメイザー卿を中心に、各領地から軍を集結させて抵抗を行っておりますが、圧倒的に戦力が足りません。如何せんロメリア教残党騒動で、どの領地も割ける兵力が無いのが現状です。王都はドラゴンの襲来が続いており、近衛と王都守備隊で何とか凌いでおります。王都軍も割ける兵力が有りません」
シグルドが青い顔をしながら、捲し立てる。いつも冷静なシグルドが、焦っているのだ。当たり前だろう、幾つもの難問が立て続けに沸いて来るのだから。しかも、守るべき国には自分がいないとなれば、不安にも駆られるだろう。心強い仲間がいたとしてもだ。
これはマジシャンが使う、視線誘導に引っかかったの同じであろう。
国内で起きる数々の難問、そこに最大の脅威と成り得る帝国の異変が起きる。自然と焦点は、帝国へと向けられる。そして背後を突く様に、次の手を仕掛けて来たのだ。厄介極まりない。
最大の脅威と思っていた帝国の異変が、ようやく鎮静の兆しを見せている。その矢先となれば、溜息すら出て来ない。
「良くここまで、色々仕掛けて来るもんだね」
「エルラフィア王国を、徹底的に滅ぼすつもりなのか? ペスカ、早く戻ろう!」
「待ってお兄ちゃん。先ずは、ライン帝国の状況確認だよ。ライン帝国が安全と決まった訳じゃないでしょ。このまま帰って、ライン帝国に後ろから攻められたら、エルラフィアは終わるよ」
「冬也。確かに、ペスカ様の仰る通りだ。それにエルラフィア王国とライン帝国の両方が倒れたら、ラフィスフィア大陸全土に戦乱が広がる可能性が有る」
動じる冬也を落ち着かせる為に吐いたシグルドの言葉は、自分にも言い聞かせた言葉なのだろう。そしてペスカは、皆に指示を出し始めた。
「シルビア、メルフィー、セムス、各隊を何時でも出発出来る様に準備させといて」
「かしこまりました」
ペスカの指示にシグルドが問いかける。
「帝国に援軍の交渉は宜しいのですか?」
「内乱でボロボロになった帝国に兵を出せって? 私達が戻った方が戦力になるよ。シグルドは王都に連絡。マルス所長に繋ぐ様に手配して」
「承知しました」
シグルドがトラックに駆けて行くと、冬也がペスカに話しかけた。
「良いのかペスカ? お前の事だから、何か考えが有るんだと思うけど」
「取り敢えず、直ぐに戻れる準備をするよ。お兄ちゃんも手伝ってね」
「おう! 何でもやるぞ!」
冬也の返事にペスカは笑みを浮かべる。王都との連絡が繋がり、ペスカとマルスが魔工通信で打ち合わせを行う。打ち合わせが済むと、ペスカは待機してた場所のすぐ近く、無人の平野に向かい冬也を連れて歩き出した。
そしてペスカは冬也に向かい合うと、静かに話しかける。
「これからお兄ちゃんは、私をぎゅーってしてね」
「こんな時に何言ってんだよ!」
「誤解だよお兄ちゃん。転移用のゲートを開くから、私にマナを注ぐ様にぎゅーってするの」
「それじゃあ、抱き着かなくても良いんじゃねぇか?」
「駄目だよ。ぎゅーってしないと私のやる気、ゴホン! マナがちゃんと伝わらないでしょ」
冬也は首を傾げながらも、ペスカを後ろから抱きしめて、マナを注ぐ事に集中する。ペスカは満面の笑みを浮かべて呪文を唱えた。
「大地母神フィアーナよ、御身の力を我に貸し与えたまえ。時空をつなぐ扉を御身の膝元に。ゲート開放!」
ペスカの詠唱に合わせて、無人の平野が光を帯びる。そして魔法陣が浮き上がって来る。半径十メートルはある巨大な魔法陣は、淡い神秘的な光を灯していた。
「成功したよ。ありがとう、お兄ちゃん」
「なあ、抱き着く必要あったのか?」
「当たり前じゃない。私のマナは温存しておきたかったし、お兄ちゃんは馬鹿容量のマナが有るんだから、少しくらい減っても問題ないでしょ。それに頑張ったご褒美くらい、くれても良いじゃない。何でもするって言ったくせにさ、ばか」
冬也が釈然としない様子でペスカに問うが、ペスカは頬を赤く染めながら冬也に言い返す。ペスカの言葉は終わりに近づく毎に声が小さくなり、最後の方は冬也の耳に届かなかった。
転移と言っても、双方に扉がなければ、どこに飛ばされるかわからない。ペスカは気を取り直して、シグルドに王都の様子を確認させる。魔工通信で、王都でもゲートが開いた事は、直ぐに確認出来た。
「王都側のゲートは、マルス所長が上手くやってくれた様ですね」
「流石所長だね。まぁ所長は、暫くは立つ事もやっとだろうけど」
「ところでペスカ様。このゲートとは、どの位の時間持つのでしょう?」
「魔法の効果って事? それなら、お兄ちゃんのマナを利用したから、半日、いや一日は余裕だと思うよ。詳しいゲートの使用方法は、シルビアに聞いて。あの子は空間魔法に詳しいからね」
カルーア領軍を含めた遠征隊が出立準備を始め、俄かに騒がしくなる。そんな時、帝国兵が一人駆け寄って来る。
「陛下がお呼びになっておいでです。至急王宮へお越し下さい」
どの国でも通常ならば、国王やそれに類する者への謁見許可は、かなりの時間がかかる。ただ緊急事態故か、帝国側が招いてくれた。帝国の内情を確認するまたとない機会に、ペスカとシグルドは目を合わせて頷いた。
「城へは私とお兄ちゃん、シグルドで行く。シルビアは戦車、セムスはトラックで待機。メルフィーはカルーア領軍を率いて待機。いざとなったら、ゲートを潜って自力で帰りなさい」
「お待ちください、ペスカ様。それは」
「駄目だよ、シルビア。ゲートはあなたの専門なんだから。任せたよ」
「しかし、ペスカ様」
「そうです、ペスカ様」
「言う事を聞きなさい! あなた達は、エルラフィアの戦力。王国の為に力を尽くしなさい」
「かしこまりました」
シルビアは、嫌な予感がしていた。このままペスカに会えなくなるのではないかと。だから主命に背いても、ペスカを止めようとした。
セムスやメルフィーも同様である。このまま、すんなりと事が終わるとは考えられない。帝国にはまだ何かが有る。そんな予感がしていた。
だがペスカの答えは、国を守れ、であった。
跪き頭を下げる三人に、ペスカは笑顔で答える。大丈夫、安心しろと、その笑顔は言っている。ならば自分達に与えられた役目を果たそう。そして三人は、出発の準備を進めた。
そしてペスカを含めた三人は、兵士の案内で王宮へと向かう。
外出禁止令が出ていたのだろう、帝都は人々の行き交いが少なく閑散としていた。忙しなく走り回るのは兵士だけ。そして残されているのは、戦争の爪痕である。
所々に崩れた城壁。そして城壁近くで倒れ、二度と起き上がる事の無い兵士。慌ただしく兵が行き交いしたのだろう、かつて街を彩っていた花々は、踏み荒らされていた。
帝都の人々は、どんな思いで避難をしていただろう。恐怖に打ち震えていたに違いない。戦争時の破壊音は、強烈に心を侵食する。内乱が治まり、外出禁止令が解除されても、直ぐにいつもの生活へ戻るのは、難しいだろう。
多くの兵が死に、生き残った兵も致命傷に近く、医療棟らしき施設は混雑を極めている。帝国全土で、家族を失い悲しむ者が出るはずなのだ。
帝国に住む者達が笑顔を浮かべる日は、来るのだろうか。どれ位の時間、辛い思いをすれば気持ちは安らかになるのか。そんな事すら考えさせられる。
ただ、それが戦争なのだ。望んだ事では無くても、それが戦争の末路なのだ。
帝都は虚しさを湛えている。ただ、真の悪意は音を立てずに、侵食を続けている。それはペスカにすら、気が付かない。神の御業であった。
王宮に辿り着き、直ぐに謁見室に案内される。そして謁見室の前では、ペスカに待機を告げた将軍とトールが揃って、ペスカ達を待っていた。
「お待ちしていましたペスカ殿。さあこちらへ」
将軍の後にトール続き、ペスカ達は謁見室に入る。謁見室には皇帝だけで無く、皇后を始め年若い皇女や皇太子までもが、顔を揃えている。そして数多くの大臣が、壇下に整列していた。
謁見室の中央まで歩みを進めると、将軍とトールは跪き頭を下げる。続くペスカ達も、同様に頭を下げる。そして直ぐに皇帝から声がかかった。
「皆、面をあげよ。其方が伝説の英雄、ペスカ・メイザー殿か。此度の援軍痛み入る」
「勿体ないお言葉でございます」
「伝説の英雄を見たいと皆が詰め掛けた。許して欲しい」
ペスカが恭しく頭を下げる。続いて、皇帝から将軍やトールに声がかかる。
「ドーマン・クレイ将軍、及びトール・ワイブ大佐の両名、此度の奮迅、誠に大儀であった」
皇帝の言葉に、謁見室内が安堵と喜びが混ざった様な雰囲気に包まれる。
「此度は戦勝の宴とはいかぬ。せめて褒美を与えよう。トール・ワイブ大佐、前へ」
トールは首を傾げながら将軍を見やる。
当たり前だ、内乱を治めたのはペスカであり、自分達はそれに協力しただけなのだ。褒美を貰う訳にはいくまい。それにどれだけの兵が苦しんでいるのか、知らないはずがあるまい。褒美なら、戦いの中で死んでいった者、著しい傷を負い生死を彷徨っている者達に与えるべきだろう。これは、誰もが望まぬ戦いだったのだから。
自分は褒美を貰うべきではない。仮に自分がそれに値したとしても、将軍を差し置いて、自分が先というのは余りに不自然だ。しかし将軍は、トールの意図を察したのか、皇帝への配慮か、先に行けと首を縦に振る。
そしてトールは、疑問を感じながらも玉座の近くへと進んだ。
「近こう寄れ。それでは褒美が渡せぬ」
トールが皇帝が座る壇上前まで近づくと、皇帝は壇上から降りて来る。皇帝はトールを立たせると、満面の笑みを浮かべてトールに近づく。大佐という立場では、皇帝の顔を見る事自体が稀である。トールは緊張した面持ちで直立する。
ゆっくりとトールの目の前まで近づいた時、皇帝の手刀がトールの身体を刺し貫いた。
「がっ、へ、陛下、な何を....」
口から血を吐きながら、必死で呟くトール。
「トール!」
「陛下! 何をなさる!」
ペスカを始め、謁見室に居た全員が驚愕する。
直ぐに顔を青ざめさせた将軍が、皇帝を止めようと慌てて駆け寄った。将軍が近くまで迫ると、皇帝はトールの体から手刀を抜いて振り上げる。勢いをつけて手刀を振り下ろし、将軍の首を刎ね飛ばした。
謁見室は騒めき、真っ青な顔で震えた大臣達が皇帝に詰め寄ろうとする。皇族達は怯えて謁見室から逃げようと動き出す。
しかし全員が、一瞬の間に首を落とされる。謁見室の床は、真っ赤な血で染められた。
シグルドは驚きの余り、呼吸をするのも忘れている。冬也は怒りに満ち溢れ、ペスカに抑えつけられていた。
「満足? 楽しい? 人で遊んで楽しいの? ねぇ、邪神ロメリア様」
シグルドが、目を大きくしペスカを見つめると、皇帝が高笑いを始めた。
「ア~ハッハハ! 楽しいよ。せっかく君が遊びに来てくれたんだ。サービスしないとね」
「てめぇが邪神か! 何て事しやがる!」
「あれぇ? それは怒っているのかい? それならさぁ、もっと怒ってくれないと、全然楽しくないよ」
「お兄ちゃん、挑発に乗っちゃ駄目だよ」
「あぁ、大丈夫だ。お前のおかげで、もう冷静だ」
邪神は、顔を歪めてペスカ達に言い放つ。
「楽しませておくれよ! さぁ! そっちの子供の方が、遊びがいが有りそうだね!」
邪神が目線を向けると、シグルドは体を震わせながら剣を抜いた。
「良いね。その怒り、その怯え、堪らないよ! せっかくだからもう一つサービスで教えてあげよう。ここに集めたのは、ライン帝国の皇族一同と国の重鎮全員だよ!」
シグルドの顔が更に青く染まる、しかしペスカは動じずに、邪神に問いかけた。
「皇帝陛下は、どうしたの?」
「勿論殺したさ。随分と抵抗されたけどね。流石、賢帝と言われるだけあって、なかなか手ごわかったよ」
皇帝の体から光が溢れ、皇帝の体を四方へ飛び散らせる。光が溢れた中には、大きな翼を背に生やした少年の姿があった。
「ライン帝国の終焉だ。さぁ遊ぼう!」
長い帝国の歴史に幕が下りる。それは、邪悪な神の手によって行われた。
「ペスカ様。現在、ルクスフィア卿とメイザー卿を中心に、各領地から軍を集結させて抵抗を行っておりますが、圧倒的に戦力が足りません。如何せんロメリア教残党騒動で、どの領地も割ける兵力が無いのが現状です。王都はドラゴンの襲来が続いており、近衛と王都守備隊で何とか凌いでおります。王都軍も割ける兵力が有りません」
シグルドが青い顔をしながら、捲し立てる。いつも冷静なシグルドが、焦っているのだ。当たり前だろう、幾つもの難問が立て続けに沸いて来るのだから。しかも、守るべき国には自分がいないとなれば、不安にも駆られるだろう。心強い仲間がいたとしてもだ。
これはマジシャンが使う、視線誘導に引っかかったの同じであろう。
国内で起きる数々の難問、そこに最大の脅威と成り得る帝国の異変が起きる。自然と焦点は、帝国へと向けられる。そして背後を突く様に、次の手を仕掛けて来たのだ。厄介極まりない。
最大の脅威と思っていた帝国の異変が、ようやく鎮静の兆しを見せている。その矢先となれば、溜息すら出て来ない。
「良くここまで、色々仕掛けて来るもんだね」
「エルラフィア王国を、徹底的に滅ぼすつもりなのか? ペスカ、早く戻ろう!」
「待ってお兄ちゃん。先ずは、ライン帝国の状況確認だよ。ライン帝国が安全と決まった訳じゃないでしょ。このまま帰って、ライン帝国に後ろから攻められたら、エルラフィアは終わるよ」
「冬也。確かに、ペスカ様の仰る通りだ。それにエルラフィア王国とライン帝国の両方が倒れたら、ラフィスフィア大陸全土に戦乱が広がる可能性が有る」
動じる冬也を落ち着かせる為に吐いたシグルドの言葉は、自分にも言い聞かせた言葉なのだろう。そしてペスカは、皆に指示を出し始めた。
「シルビア、メルフィー、セムス、各隊を何時でも出発出来る様に準備させといて」
「かしこまりました」
ペスカの指示にシグルドが問いかける。
「帝国に援軍の交渉は宜しいのですか?」
「内乱でボロボロになった帝国に兵を出せって? 私達が戻った方が戦力になるよ。シグルドは王都に連絡。マルス所長に繋ぐ様に手配して」
「承知しました」
シグルドがトラックに駆けて行くと、冬也がペスカに話しかけた。
「良いのかペスカ? お前の事だから、何か考えが有るんだと思うけど」
「取り敢えず、直ぐに戻れる準備をするよ。お兄ちゃんも手伝ってね」
「おう! 何でもやるぞ!」
冬也の返事にペスカは笑みを浮かべる。王都との連絡が繋がり、ペスカとマルスが魔工通信で打ち合わせを行う。打ち合わせが済むと、ペスカは待機してた場所のすぐ近く、無人の平野に向かい冬也を連れて歩き出した。
そしてペスカは冬也に向かい合うと、静かに話しかける。
「これからお兄ちゃんは、私をぎゅーってしてね」
「こんな時に何言ってんだよ!」
「誤解だよお兄ちゃん。転移用のゲートを開くから、私にマナを注ぐ様にぎゅーってするの」
「それじゃあ、抱き着かなくても良いんじゃねぇか?」
「駄目だよ。ぎゅーってしないと私のやる気、ゴホン! マナがちゃんと伝わらないでしょ」
冬也は首を傾げながらも、ペスカを後ろから抱きしめて、マナを注ぐ事に集中する。ペスカは満面の笑みを浮かべて呪文を唱えた。
「大地母神フィアーナよ、御身の力を我に貸し与えたまえ。時空をつなぐ扉を御身の膝元に。ゲート開放!」
ペスカの詠唱に合わせて、無人の平野が光を帯びる。そして魔法陣が浮き上がって来る。半径十メートルはある巨大な魔法陣は、淡い神秘的な光を灯していた。
「成功したよ。ありがとう、お兄ちゃん」
「なあ、抱き着く必要あったのか?」
「当たり前じゃない。私のマナは温存しておきたかったし、お兄ちゃんは馬鹿容量のマナが有るんだから、少しくらい減っても問題ないでしょ。それに頑張ったご褒美くらい、くれても良いじゃない。何でもするって言ったくせにさ、ばか」
冬也が釈然としない様子でペスカに問うが、ペスカは頬を赤く染めながら冬也に言い返す。ペスカの言葉は終わりに近づく毎に声が小さくなり、最後の方は冬也の耳に届かなかった。
転移と言っても、双方に扉がなければ、どこに飛ばされるかわからない。ペスカは気を取り直して、シグルドに王都の様子を確認させる。魔工通信で、王都でもゲートが開いた事は、直ぐに確認出来た。
「王都側のゲートは、マルス所長が上手くやってくれた様ですね」
「流石所長だね。まぁ所長は、暫くは立つ事もやっとだろうけど」
「ところでペスカ様。このゲートとは、どの位の時間持つのでしょう?」
「魔法の効果って事? それなら、お兄ちゃんのマナを利用したから、半日、いや一日は余裕だと思うよ。詳しいゲートの使用方法は、シルビアに聞いて。あの子は空間魔法に詳しいからね」
カルーア領軍を含めた遠征隊が出立準備を始め、俄かに騒がしくなる。そんな時、帝国兵が一人駆け寄って来る。
「陛下がお呼びになっておいでです。至急王宮へお越し下さい」
どの国でも通常ならば、国王やそれに類する者への謁見許可は、かなりの時間がかかる。ただ緊急事態故か、帝国側が招いてくれた。帝国の内情を確認するまたとない機会に、ペスカとシグルドは目を合わせて頷いた。
「城へは私とお兄ちゃん、シグルドで行く。シルビアは戦車、セムスはトラックで待機。メルフィーはカルーア領軍を率いて待機。いざとなったら、ゲートを潜って自力で帰りなさい」
「お待ちください、ペスカ様。それは」
「駄目だよ、シルビア。ゲートはあなたの専門なんだから。任せたよ」
「しかし、ペスカ様」
「そうです、ペスカ様」
「言う事を聞きなさい! あなた達は、エルラフィアの戦力。王国の為に力を尽くしなさい」
「かしこまりました」
シルビアは、嫌な予感がしていた。このままペスカに会えなくなるのではないかと。だから主命に背いても、ペスカを止めようとした。
セムスやメルフィーも同様である。このまま、すんなりと事が終わるとは考えられない。帝国にはまだ何かが有る。そんな予感がしていた。
だがペスカの答えは、国を守れ、であった。
跪き頭を下げる三人に、ペスカは笑顔で答える。大丈夫、安心しろと、その笑顔は言っている。ならば自分達に与えられた役目を果たそう。そして三人は、出発の準備を進めた。
そしてペスカを含めた三人は、兵士の案内で王宮へと向かう。
外出禁止令が出ていたのだろう、帝都は人々の行き交いが少なく閑散としていた。忙しなく走り回るのは兵士だけ。そして残されているのは、戦争の爪痕である。
所々に崩れた城壁。そして城壁近くで倒れ、二度と起き上がる事の無い兵士。慌ただしく兵が行き交いしたのだろう、かつて街を彩っていた花々は、踏み荒らされていた。
帝都の人々は、どんな思いで避難をしていただろう。恐怖に打ち震えていたに違いない。戦争時の破壊音は、強烈に心を侵食する。内乱が治まり、外出禁止令が解除されても、直ぐにいつもの生活へ戻るのは、難しいだろう。
多くの兵が死に、生き残った兵も致命傷に近く、医療棟らしき施設は混雑を極めている。帝国全土で、家族を失い悲しむ者が出るはずなのだ。
帝国に住む者達が笑顔を浮かべる日は、来るのだろうか。どれ位の時間、辛い思いをすれば気持ちは安らかになるのか。そんな事すら考えさせられる。
ただ、それが戦争なのだ。望んだ事では無くても、それが戦争の末路なのだ。
帝都は虚しさを湛えている。ただ、真の悪意は音を立てずに、侵食を続けている。それはペスカにすら、気が付かない。神の御業であった。
王宮に辿り着き、直ぐに謁見室に案内される。そして謁見室の前では、ペスカに待機を告げた将軍とトールが揃って、ペスカ達を待っていた。
「お待ちしていましたペスカ殿。さあこちらへ」
将軍の後にトール続き、ペスカ達は謁見室に入る。謁見室には皇帝だけで無く、皇后を始め年若い皇女や皇太子までもが、顔を揃えている。そして数多くの大臣が、壇下に整列していた。
謁見室の中央まで歩みを進めると、将軍とトールは跪き頭を下げる。続くペスカ達も、同様に頭を下げる。そして直ぐに皇帝から声がかかった。
「皆、面をあげよ。其方が伝説の英雄、ペスカ・メイザー殿か。此度の援軍痛み入る」
「勿体ないお言葉でございます」
「伝説の英雄を見たいと皆が詰め掛けた。許して欲しい」
ペスカが恭しく頭を下げる。続いて、皇帝から将軍やトールに声がかかる。
「ドーマン・クレイ将軍、及びトール・ワイブ大佐の両名、此度の奮迅、誠に大儀であった」
皇帝の言葉に、謁見室内が安堵と喜びが混ざった様な雰囲気に包まれる。
「此度は戦勝の宴とはいかぬ。せめて褒美を与えよう。トール・ワイブ大佐、前へ」
トールは首を傾げながら将軍を見やる。
当たり前だ、内乱を治めたのはペスカであり、自分達はそれに協力しただけなのだ。褒美を貰う訳にはいくまい。それにどれだけの兵が苦しんでいるのか、知らないはずがあるまい。褒美なら、戦いの中で死んでいった者、著しい傷を負い生死を彷徨っている者達に与えるべきだろう。これは、誰もが望まぬ戦いだったのだから。
自分は褒美を貰うべきではない。仮に自分がそれに値したとしても、将軍を差し置いて、自分が先というのは余りに不自然だ。しかし将軍は、トールの意図を察したのか、皇帝への配慮か、先に行けと首を縦に振る。
そしてトールは、疑問を感じながらも玉座の近くへと進んだ。
「近こう寄れ。それでは褒美が渡せぬ」
トールが皇帝が座る壇上前まで近づくと、皇帝は壇上から降りて来る。皇帝はトールを立たせると、満面の笑みを浮かべてトールに近づく。大佐という立場では、皇帝の顔を見る事自体が稀である。トールは緊張した面持ちで直立する。
ゆっくりとトールの目の前まで近づいた時、皇帝の手刀がトールの身体を刺し貫いた。
「がっ、へ、陛下、な何を....」
口から血を吐きながら、必死で呟くトール。
「トール!」
「陛下! 何をなさる!」
ペスカを始め、謁見室に居た全員が驚愕する。
直ぐに顔を青ざめさせた将軍が、皇帝を止めようと慌てて駆け寄った。将軍が近くまで迫ると、皇帝はトールの体から手刀を抜いて振り上げる。勢いをつけて手刀を振り下ろし、将軍の首を刎ね飛ばした。
謁見室は騒めき、真っ青な顔で震えた大臣達が皇帝に詰め寄ろうとする。皇族達は怯えて謁見室から逃げようと動き出す。
しかし全員が、一瞬の間に首を落とされる。謁見室の床は、真っ赤な血で染められた。
シグルドは驚きの余り、呼吸をするのも忘れている。冬也は怒りに満ち溢れ、ペスカに抑えつけられていた。
「満足? 楽しい? 人で遊んで楽しいの? ねぇ、邪神ロメリア様」
シグルドが、目を大きくしペスカを見つめると、皇帝が高笑いを始めた。
「ア~ハッハハ! 楽しいよ。せっかく君が遊びに来てくれたんだ。サービスしないとね」
「てめぇが邪神か! 何て事しやがる!」
「あれぇ? それは怒っているのかい? それならさぁ、もっと怒ってくれないと、全然楽しくないよ」
「お兄ちゃん、挑発に乗っちゃ駄目だよ」
「あぁ、大丈夫だ。お前のおかげで、もう冷静だ」
邪神は、顔を歪めてペスカ達に言い放つ。
「楽しませておくれよ! さぁ! そっちの子供の方が、遊びがいが有りそうだね!」
邪神が目線を向けると、シグルドは体を震わせながら剣を抜いた。
「良いね。その怒り、その怯え、堪らないよ! せっかくだからもう一つサービスで教えてあげよう。ここに集めたのは、ライン帝国の皇族一同と国の重鎮全員だよ!」
シグルドの顔が更に青く染まる、しかしペスカは動じずに、邪神に問いかけた。
「皇帝陛下は、どうしたの?」
「勿論殺したさ。随分と抵抗されたけどね。流石、賢帝と言われるだけあって、なかなか手ごわかったよ」
皇帝の体から光が溢れ、皇帝の体を四方へ飛び散らせる。光が溢れた中には、大きな翼を背に生やした少年の姿があった。
「ライン帝国の終焉だ。さぁ遊ぼう!」
長い帝国の歴史に幕が下りる。それは、邪悪な神の手によって行われた。
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異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!
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若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。
ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。
そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。
視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。
二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。
*カクヨムでも先行更新しております。
いきなり異世界って理不尽だ!
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三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
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