妹と歩く、異世界探訪記

東郷 珠

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メイザー卿の受難

19 メイザー領都陥落

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 シリウスからの緊急連絡を受け、ペスカと冬也は、シリウスの部下と共に、軍用馬車の飛ばしていた。伝えられた領都陥落。思いもよらない出来事に、一行は動揺を禁じ得なかった。

 領都シュメールは、メイザー領中央の平野部に存在する。領の運営に重要な中枢機関が集中する為、周囲は堅牢な城壁に囲まれている。多くの魔法道具の生産工場が立ち並ぶ、メイザー領経済を支える重要拠点でも有る。
 領都には、約五万人の人が暮らしている。領都がモンスターによって占拠されたら、多くの領民が被害に合うだけでなく、大きな経済的損失を被る。

 一行は、昼夜を問わず馬車を走らせ、一日半でリュートに到着すると、ただちに兵舎に向かった。慌ただしく兵舎へ入ると、ペスカは大声を張り上げた。

「シリウス! シリウス居る? 何が有ったの?」
「姉上申し訳ありません。突然モンスターの軍勢が、領都に押寄せ占拠されました。私が留守にしている隙を、奴らは狙って来たのでしょう」
「予兆は無かったの? 領軍はどうしてる?」
「叔父上から緊急連絡を受け、直ぐに軍を領都へ出発させました。しかし、シュメールの手前でモンスターの大群に待ち伏せに会い、現在交戦中です」
「領民達の避難状況は?」
「叔父上からの連絡では、九割ほどの領民が避難を終え、王都方面へ向かっているとの事です。しかし、多数重傷者が出た模様です」
「そんな! 犠牲者が・・・。それで、残りの人達は?」
「詳細は不明ですが、守備隊と衛生兵が数名、重傷者と共に工場で立て籠もっていると、報告を受けております」

 避難が全て完了していない。その言葉に冬也が反応を示した。

「おい! 怪我人が逃げ遅れてるなら、早く助けねぇ~と」
「わかってるよ。お兄ちゃん」
「今回の作戦で、領軍の七割を集めています。リュート近辺のモンスター増殖は、領都侵攻のおとりかも知れません」
「不味いわね。領都侵攻が目的なら狙いは」
「兵器工場でしょうな」

 見知らぬ住民達の安否に心を配り、気が急く冬也の耳に、不穏な言葉が入って来る。

「兵器工場? 何だよそれ、ペスカ」
「落ち着いてお兄ちゃん。前に話したでしょ。王都に兵器工場があるって。シュメールにも有るんだよ」

 声を荒げる冬也を、ペスカが諫めようとする。時間が惜しいシリウスは、説明を続ける。

「王都に援軍を要請しておりますが、王都からは馬でも十日はかかります」
「リュートからなら五日で済むか。リュートに残ってる兵力は?」
「ロイド隊が百と私の部下が二十です。ロイド隊をリュートの防衛から外す事は出来ません」
「仕方ない。シリウスは自分の部下を連れて、私と一緒に領軍と合流するよ! 絶対にシュメールの人達を助けるからね!」
「承知しました。直ちに準備致します」

 シリウスが準備を整えている間、ペスカはじっとシュメールが有る、北西方面を睨み付けていた。

「落ち着けペスカ。まだ間に合うんだろ?」
「お兄ちゃん・・・。でも、未だ五千人近くの人が、命の危険に晒されてる」
「助けよう。兄ちゃんが着いてる。それにペスカは凄い子だ。大丈夫」

 冬也はペスカの頭を撫でて、落ち着かせようとしていた。それと共に、冬也は深く深呼吸をする。焦ってはいけない。窮地に立たされた時ほど、冷静に状況を見極めろ。父から叩き込まれた教えを、冬也は思い出していた。
 
 ややあって、シリウスから声が掛かる。

「お待たせ致しました姉上。行きましょう」

 ペスカを含め僅か十数名の援軍が、リュートを出発した。

 ☆ ☆ ☆

「皆落ち着け、この壁はそう簡単に壊れはしない」
「隊長、非常食の配給終わりました。もう、残りは有りません」
「隊長、いくらここが頑丈でも、これでは時間の問題です。応戦しましょう」
「馬鹿野郎! まともに戦えるのは十人もいねぇ~んだぞ! お前らは衛生兵を手伝ってこい!」
「「はっ!」」

 工場内は騒然としいた。場外からは、モンスターの叫び声が絶え間なく続いている。工場の壁を破らんと、まるで地鳴りの様にモンスターの体当たりが続いている。グァングァンと響く毎に、人々の悲鳴が上がった。

 万が一の為に、工場は広く作られている。そのおかげで、五千人もの避難者が収容出来た。ただその多くは老人や子供である。そして、モンスターの襲撃で負傷した、五百人近くの重軽傷者が所狭しとひしめき合っている。
 その中でまともに動けるのは、百名足らずの工場の従業員達と数名の守備隊、それに五名衛生兵である。

 元々工場は、重要な機械がある為、かなり頑丈に出来ている。そう簡単には、モンスターに壊される事はない。そう伝えられ、それを信じるしか無くても、激しい襲撃は避難民達の不安を募らせる。
 そして、五千人を賄う非常食は、意図も容易く底を尽きる。

 人々の悲鳴と共に、怪我人のうめき声が続いてる。不安は瞬く間に伝播していく。住民達は、恐怖に震え、死を覚悟する者さえ現れ始めていた。

「いてぇ。いてぇよ」
「うぅぅ。死にたくねぇ」
「もうだめだ。つまらない人生だったな」

 非常時の陰鬱な雰囲気こそが、状況を悪化させていく。止めようもない恐怖は心を壊していく。鳴り止まないモンスターの襲来音。それに加えて空腹、閉鎖的で窮屈な空間。全てが避難民達の精神を著しく蝕んでいく。

 しかし、一部の者は負けていなかった。五名の衛生兵と従業員達は、昼夜を問わず治療に当たっている。傷を負っていない者は、衛生兵を手伝い重傷者の治療を行う。老人は子供を抱きしめる。一人一人が、言葉をかけ合い、互いに励まし合う。

「諦めるな! 助かるんだ! 俺が助けて見せる!」
「くそ、マナが足りねぇ。治療魔法の効きが悪い」
「マナが無くても絞り出せ! 助けは必ず来る! ここが踏ん張り所だ!」
「おばあちゃん、私達どうなるの?」
「大丈夫、きっと領主様が助けて下さる」

 老人たちは知っている。かつての大惨事を。そんな時には必ず、救世主が現れた事も。

「大丈夫だ。いま領主様の軍が、向かっている。必ず助けは来る! それまで耐えろ! 皆で必ず生き残るんだ!」

 隊長らしき男が、声を張り上げて皆を鼓舞する。しかし、ガンガンと激しく壁を叩く音は鳴り止まず、住民達の不安を拭いきる事は出来ない。それでも領主が向かっているという連絡は、避難民にとって一縷の光明となる。いずれ助けが来る、それまで何とか凌ごう。住民達は、襲い来る恐怖と戦っていた。

 そして応戦の機会を待つかの様に、一部の工場関係者は、兵器の点検と使用準備を行っていた。

「使えそうな兵器の点検急げ、直ぐに使う時が来るぞ」
「そっちの準備が終わったら、こっち手伝え」

 誰もが、いつ倒れても不思議で無いほど衰弱していた。しかし、誰もが助かる事を、諦めていなかった。そして、その希望は訪れようとしていた。
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