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二つの世界、それぞれの未来
406 冬也と翔一
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ある日の朝、冬也が早朝訓練を終えた時の事である。珍しく、冬也と翔一が口論をしていた。
今、東郷邸で寝泊まりしているのは、ロイスマリアからの訪問者と、外務大臣令で訪れた翔一、エリーだけである。
特別補佐局を立ち上げたばかりの遼太郎は忙しく、事務所近くのホテルで寝泊まりをしている為、自宅に帰宅する事は無い。
保護目的で、滞在させていた空は、命を狙われる危険が無くなった為、とっくに自宅へ帰り、以前の生活に戻っている。
そして、いつまでも冬也達が日本に滞在する訳ではない。やり残した事を片付けたら、ロイスマリアに戻る。永遠の別れではない。だが、直ぐに会える環境では無くなる。
その時、空はどうするのか? 冬也は、空をどう思っているのか?
それを翔一が問いかけ、冬也と口論に発展した。
「確かにお節介だとは思うよ」
「だったら黙ってろ、翔一。お前が口を挟む事じゃねぇんだ」
「そんな言い方は、無いんじゃないか? お前だって、空ちゃんの気持ちはわかってんだろ?」
「俺は、一度告げてる。気持ちには答えられないってよ」
「でも、空ちゃんは諦めてないだろ?」
「だから、それがお節介だって、言ってんだ! いいか翔一。あの子は、お前と違って、自分で道を切り開ける子だ。誰かに寄り添わなきゃ、生きてけない子じゃねぇ。あの子の強さを、お前だって知ってんだろ!」
「わかってるさ。僕なんかより、遥かに逞しい。だからと言って、挫けない訳じゃないだろ?」
「何にもわかってねぇよ、翔一。俺が今、あの子に止めを刺したらどうなる? 単に振っただけじゃ、諦めない逞しい子に、地獄に落とす様な一言を言ったら、どうなる?」
「お前の方こそ、わかってないだろ? あの逞しい子が、そんな事で夢や希望を打ち砕かれるとでも、思ってんのか? 馬鹿にでもしてんのか?」
「いい加減にしろよ翔一! お前は、空ちゃんを引き合いに出してるだけだろ! 寂しいなら、そう言えよ! 俺が居なくなるのが、そんなに不安かよ! いつまで、俺に引っ付いてやがる! そろそろ、独り立ちしやがれ!」
「なっ! ふざけんな!」
両者が声を荒げて、睨みあう事など、これまで一度もなかったのだ。ペスカでさえ見た事が無い。
冬也は翔一に向かって、辛辣な言葉を投げかける。翔一にとって耳に痛い言葉でも、オブラートに包む事なく吐き出す。
翔一は、そんな冬也に対し、怒りを露にする。
家中に響き渡る声に引き寄せられ、次第に皆が集まってくる。
ブルは、心配そうな瞳で両者を見つめる。アルキエルは、冬也に食って掛かる翔一を、面白そうに見ている。クラウスやレイピア達は、敢えて口を噤み、傍観を決め込んでいる。
それは、呆れ顔のペスカもであった。
「なぁ、翔一。別に俺は、空ちゃんの事が嫌いじゃねぇんだ。だけど、それ以上ではねぇ」
「もし、空ちゃんが諦めずに頑張って、ロイスマリアに行く事になって。それでも気持ちが届くことが無いと知ったら?」
「馬鹿かお前。そんな事は、本人が一番自覚してんだろ!」
空の告白現場に居合わせていない翔一には、衝撃的な言葉だったのであろう。
翔一は、口をだらしなく開け、呆けている。
自分の行為は、お節介に過ぎなかった。そう思えば情けなくもなるだろう。言葉が出ないのも当然だ。同時にそれは、翔一に現実を突きつける。
冬也の言う通りだ。他人の心配する振りをして、自分を守ろうとしてた。不安を隠そうと、空に自分を重ねて、独りよがりな言い掛かりをした。全部、言い訳だ。情けない、情けない。
努力してきたつもりだった。でも全ては、冬也が居たからなし得た事だ。高尾の戦いは、特にだ。
冬也が傍に居たから、安心する事が出来た。駄目で元々だと、割り切る事が出来た。そうでなければ、あんな恐ろしい相手に突っ込んで行く事なんて、自分には出来ない。
「あのさ、翔一君」
「待てペスカ。これに関しては、お前が話すとややこしくなる」
怒りで真っ赤になっていた翔一の顔は、一変して青に染まる。
そんな翔一を見て、堪りかねたのか、ペスカが口を開く。しかし、直ぐにそれを冬也は制して、語り始めた。
「翔一。俺は神になった。望んでなった訳じゃねぇ、最初から神になるべくして生まれて来た。わかるか? 人間の一生はみじけぇ、エルフはその何十倍はなげぇ、神の命は尽きない。目的もなく生き続ける事の辛さは、そこにいるレイピアとソニアがよく知ってる」
冬也の言葉に、翔一はレイピア達を見やる。翔一の視線を感じたレイピアとソニアは、冬也に同意する様に、深くうなずいて見せた。
「アルキエルは、元々神だ。スールとミューモは、神と同じく永遠の命を持って生まれた。だがな、共通してるのは、使命を持ってるって事だ。ブルは、その使命に目覚めた」
「だから、永遠に生きる事が退屈じゃないと?」
「いや、そうじゃねぇよ。永遠に繰り返される毎日を、ひたすら同じ事して、お前は飽きねぇのか?」
「そりゃ飽きるよ」
「俺なら、三日で飽きる」
「それは、早すぎ!」
人生を全うする。言葉で語るのは簡単だが、実践するのは簡単な事ではない。
飽食の時代と言われ、望めば何でも手に入るとしても、夢や希望は手に入らない。色々な選択肢が増えた半面、選択できない事もあるだろう。
しかし、やりたい事がわからずに、怠惰に過ごすのは、生活に余裕がなければ出来はしない。
例えば、両親に寄生して引き籠る。
そこに至るには、様々な要因が有っただろう。しかし、何も生み出さない時を過ごす事は、侵しがたい貴重な時間と言えるだろうか。
いずれ両親がこの世を去り、全てを失った時に、初めて振り返る。自分には生活能力が無いと。生き抜く力さえも無いのだと。
病気が要因で、社会から離脱せざるを得ない者がいる。大きな障害を負っても尚、抗い続けようとする者がいる。
努力を続ける事が、絶対に必要なのではない。今は、立ち止まっていようが、模索し続ける事が重要なのだ。
言い訳なら、幾らでも出来る。誰かのせいにする事だって簡単だ。だが、それでは自身が幸せにはならない。誰かに頼ろうが、救いを求めようが、逃避する事なく抗い続けるなら、道は必ず開かれる。
そう、人生は甘くない。飽食の時代であっても、それは変わらない。
傍観者で有り続ける事は出来ない。必ず、自らの足で立たなければならない。
「あのな。俺の生まれた目的は、とうに果たされた。これからは、新しい目標を見つけなきゃならねぇ。まぁ今の所は、タールカールの復興が有るからな。それが終わったら、次の目標だ。わかるか? やりてぇ事、やらなきゃならねぇ事、人生を掛けてでも全うすべき事、人生を掛けてでもやり通したい事。そんなもん、幾らあっても構わねぇ。なければ、見つけりゃいい。それだけの話だ。一つに固執する事はねぇんだよ! だから、あの子がどんな選択をしようが、俺は応援する。ただそれだけだ、糞馬鹿野郎!」
与えられた事を全うするだけ、それの何が悪い。与えられなければ、何も出来ないなら、誰かに役目を与えて貰えばいい。
自分で道を切り開く者が、偉いのではない。役割を果たせた者が偉いのだ。
もし、やりたい事があるなら、全力でやればいい。もし、やりたい事が見つからなければ、見つかるまで与えられた役割を果たせばいい。
自ら選び取った役割、与えられた役割、そのどちらでも全力で全う出来たなら、その先に未来が有る。
「翔一。俺を最強の神って呼ぶ奴がいる。でも、俺は最強でもなんでもねぇ。ペスカがいなきゃ、出来ねぇ事が沢山ある。アルキエルやブル、それにスールやミューモに力を借りなきゃ出来ねぇ事は沢山ある。俺は馬鹿で無能なんだ。みんなに力を借りなきゃ、生きていけねぇ。ドラグスメリアで頑張ったのは、俺じゃねぇ、魔獣達だ。アルドメラクを消滅させたのは、世界中のみんなだ。あの時の俺は、アルキエルと喧嘩しただけだ」
他者の力を借りなければ、誰もが生きていけない。
独りで生きているなんて、勘違いも甚だしい。例え、無人島で生活していようと、魚を採り、雨水を啜る。外部から、エネルギーを取り入れなくて成立する生物など、存在しないのだ。
頼っていい。だからこそ、助けられた事を忘れてはいけない。
感謝を忘れる事が無ければ、横暴にはならないだろう。己を顧みる事が出来るなら、他者を慈しむ事も出来るだろう。手を差し伸べられた分、他者に手を差し伸べる事が出来るだろう。
それを理解した上で、自らの足で立てばいい。
「翔一、お前は頑張った。俺と比べて、自分を否定しなくていい。色んな事を言い訳にして、不安を隠さなくていい。弱くても、お前はお前だ。他人を思いやれる優しさが、お前の長所だ。だけど、それに甘えちゃ駄目だ。もう、俺が居なくても、お前は独りで立てるはずだ。それでも不安なら、誰かを引き合いに出さずに、正面からぶつかって来い。おれは幾らでも付き合ってやる」
「悪かった。確かに、お前の言う通りだ」
「いいんだ翔一。お前が、珍しく俺に喧嘩を売って来やがった。それが少し嬉しいぜ。まぁ、そんな事を偉そうに言える程、俺は立派じゃねぇけどな」
「そんな事はないよ、冬也。お前の頭は決して悪くない」
「意味わかんねぇ事、言うんじゃねぇよ。俺は馬鹿な糞野郎だし、その根本は変わらねぇよ。だからお袋は、俺じゃなくて、ペスカを神の長に決めた」
「へっ? ちょっと待って、何それお兄ちゃん」
両者から怒声が発せられる事が無くなり、決着を見せようとしていたその時である。冬也の言葉に混じった不穏な一言を、ペスカは聞き逃さなかった。
「神の長ってどういう事? ねぇ、お兄ちゃん」
「あぁ、そう言えば、ペスカには黙っとけって言われたんだな」
「はぁ? ブル、誰に言われたの?」
「フィアーナなんだな」
「あのロリババア、好き勝手して!」
「そうやって怒るから、黙っとけって言ったんだろ? 神も世代交代ってやつだ、大人しく引き受けとけや」
「そんな事言うなら、あんたがやりなさいよ、アルキエル!」
「俺がやって良いなら、あの世界をぶっ壊して、戦乱の世に変えてやる。それでも良いのか?」
「思ってもねぇ事を言うんじゃねぇよ、アルキエル。ペスカ、お前も少し大人しくしろ!」
途端に慌ただしくなった周囲を、冬也が一喝する。そして、直ぐに冬也は笑顔を浮かべて言い放った。
「みんな、朝飯の時間だ」
確かに人生は戦いの連続だ。喜びの数倍は、苦しみが有る。
しかし、悲観する事はない。周りを見渡せば、手を差し伸べてくれる者が居るはずだ。
夢や希望がない? それなら、一歩を踏み出してみればいい。
きっと、今とは違う何かが見えるはずだから。
今、東郷邸で寝泊まりしているのは、ロイスマリアからの訪問者と、外務大臣令で訪れた翔一、エリーだけである。
特別補佐局を立ち上げたばかりの遼太郎は忙しく、事務所近くのホテルで寝泊まりをしている為、自宅に帰宅する事は無い。
保護目的で、滞在させていた空は、命を狙われる危険が無くなった為、とっくに自宅へ帰り、以前の生活に戻っている。
そして、いつまでも冬也達が日本に滞在する訳ではない。やり残した事を片付けたら、ロイスマリアに戻る。永遠の別れではない。だが、直ぐに会える環境では無くなる。
その時、空はどうするのか? 冬也は、空をどう思っているのか?
それを翔一が問いかけ、冬也と口論に発展した。
「確かにお節介だとは思うよ」
「だったら黙ってろ、翔一。お前が口を挟む事じゃねぇんだ」
「そんな言い方は、無いんじゃないか? お前だって、空ちゃんの気持ちはわかってんだろ?」
「俺は、一度告げてる。気持ちには答えられないってよ」
「でも、空ちゃんは諦めてないだろ?」
「だから、それがお節介だって、言ってんだ! いいか翔一。あの子は、お前と違って、自分で道を切り開ける子だ。誰かに寄り添わなきゃ、生きてけない子じゃねぇ。あの子の強さを、お前だって知ってんだろ!」
「わかってるさ。僕なんかより、遥かに逞しい。だからと言って、挫けない訳じゃないだろ?」
「何にもわかってねぇよ、翔一。俺が今、あの子に止めを刺したらどうなる? 単に振っただけじゃ、諦めない逞しい子に、地獄に落とす様な一言を言ったら、どうなる?」
「お前の方こそ、わかってないだろ? あの逞しい子が、そんな事で夢や希望を打ち砕かれるとでも、思ってんのか? 馬鹿にでもしてんのか?」
「いい加減にしろよ翔一! お前は、空ちゃんを引き合いに出してるだけだろ! 寂しいなら、そう言えよ! 俺が居なくなるのが、そんなに不安かよ! いつまで、俺に引っ付いてやがる! そろそろ、独り立ちしやがれ!」
「なっ! ふざけんな!」
両者が声を荒げて、睨みあう事など、これまで一度もなかったのだ。ペスカでさえ見た事が無い。
冬也は翔一に向かって、辛辣な言葉を投げかける。翔一にとって耳に痛い言葉でも、オブラートに包む事なく吐き出す。
翔一は、そんな冬也に対し、怒りを露にする。
家中に響き渡る声に引き寄せられ、次第に皆が集まってくる。
ブルは、心配そうな瞳で両者を見つめる。アルキエルは、冬也に食って掛かる翔一を、面白そうに見ている。クラウスやレイピア達は、敢えて口を噤み、傍観を決め込んでいる。
それは、呆れ顔のペスカもであった。
「なぁ、翔一。別に俺は、空ちゃんの事が嫌いじゃねぇんだ。だけど、それ以上ではねぇ」
「もし、空ちゃんが諦めずに頑張って、ロイスマリアに行く事になって。それでも気持ちが届くことが無いと知ったら?」
「馬鹿かお前。そんな事は、本人が一番自覚してんだろ!」
空の告白現場に居合わせていない翔一には、衝撃的な言葉だったのであろう。
翔一は、口をだらしなく開け、呆けている。
自分の行為は、お節介に過ぎなかった。そう思えば情けなくもなるだろう。言葉が出ないのも当然だ。同時にそれは、翔一に現実を突きつける。
冬也の言う通りだ。他人の心配する振りをして、自分を守ろうとしてた。不安を隠そうと、空に自分を重ねて、独りよがりな言い掛かりをした。全部、言い訳だ。情けない、情けない。
努力してきたつもりだった。でも全ては、冬也が居たからなし得た事だ。高尾の戦いは、特にだ。
冬也が傍に居たから、安心する事が出来た。駄目で元々だと、割り切る事が出来た。そうでなければ、あんな恐ろしい相手に突っ込んで行く事なんて、自分には出来ない。
「あのさ、翔一君」
「待てペスカ。これに関しては、お前が話すとややこしくなる」
怒りで真っ赤になっていた翔一の顔は、一変して青に染まる。
そんな翔一を見て、堪りかねたのか、ペスカが口を開く。しかし、直ぐにそれを冬也は制して、語り始めた。
「翔一。俺は神になった。望んでなった訳じゃねぇ、最初から神になるべくして生まれて来た。わかるか? 人間の一生はみじけぇ、エルフはその何十倍はなげぇ、神の命は尽きない。目的もなく生き続ける事の辛さは、そこにいるレイピアとソニアがよく知ってる」
冬也の言葉に、翔一はレイピア達を見やる。翔一の視線を感じたレイピアとソニアは、冬也に同意する様に、深くうなずいて見せた。
「アルキエルは、元々神だ。スールとミューモは、神と同じく永遠の命を持って生まれた。だがな、共通してるのは、使命を持ってるって事だ。ブルは、その使命に目覚めた」
「だから、永遠に生きる事が退屈じゃないと?」
「いや、そうじゃねぇよ。永遠に繰り返される毎日を、ひたすら同じ事して、お前は飽きねぇのか?」
「そりゃ飽きるよ」
「俺なら、三日で飽きる」
「それは、早すぎ!」
人生を全うする。言葉で語るのは簡単だが、実践するのは簡単な事ではない。
飽食の時代と言われ、望めば何でも手に入るとしても、夢や希望は手に入らない。色々な選択肢が増えた半面、選択できない事もあるだろう。
しかし、やりたい事がわからずに、怠惰に過ごすのは、生活に余裕がなければ出来はしない。
例えば、両親に寄生して引き籠る。
そこに至るには、様々な要因が有っただろう。しかし、何も生み出さない時を過ごす事は、侵しがたい貴重な時間と言えるだろうか。
いずれ両親がこの世を去り、全てを失った時に、初めて振り返る。自分には生活能力が無いと。生き抜く力さえも無いのだと。
病気が要因で、社会から離脱せざるを得ない者がいる。大きな障害を負っても尚、抗い続けようとする者がいる。
努力を続ける事が、絶対に必要なのではない。今は、立ち止まっていようが、模索し続ける事が重要なのだ。
言い訳なら、幾らでも出来る。誰かのせいにする事だって簡単だ。だが、それでは自身が幸せにはならない。誰かに頼ろうが、救いを求めようが、逃避する事なく抗い続けるなら、道は必ず開かれる。
そう、人生は甘くない。飽食の時代であっても、それは変わらない。
傍観者で有り続ける事は出来ない。必ず、自らの足で立たなければならない。
「あのな。俺の生まれた目的は、とうに果たされた。これからは、新しい目標を見つけなきゃならねぇ。まぁ今の所は、タールカールの復興が有るからな。それが終わったら、次の目標だ。わかるか? やりてぇ事、やらなきゃならねぇ事、人生を掛けてでも全うすべき事、人生を掛けてでもやり通したい事。そんなもん、幾らあっても構わねぇ。なければ、見つけりゃいい。それだけの話だ。一つに固執する事はねぇんだよ! だから、あの子がどんな選択をしようが、俺は応援する。ただそれだけだ、糞馬鹿野郎!」
与えられた事を全うするだけ、それの何が悪い。与えられなければ、何も出来ないなら、誰かに役目を与えて貰えばいい。
自分で道を切り開く者が、偉いのではない。役割を果たせた者が偉いのだ。
もし、やりたい事があるなら、全力でやればいい。もし、やりたい事が見つからなければ、見つかるまで与えられた役割を果たせばいい。
自ら選び取った役割、与えられた役割、そのどちらでも全力で全う出来たなら、その先に未来が有る。
「翔一。俺を最強の神って呼ぶ奴がいる。でも、俺は最強でもなんでもねぇ。ペスカがいなきゃ、出来ねぇ事が沢山ある。アルキエルやブル、それにスールやミューモに力を借りなきゃ出来ねぇ事は沢山ある。俺は馬鹿で無能なんだ。みんなに力を借りなきゃ、生きていけねぇ。ドラグスメリアで頑張ったのは、俺じゃねぇ、魔獣達だ。アルドメラクを消滅させたのは、世界中のみんなだ。あの時の俺は、アルキエルと喧嘩しただけだ」
他者の力を借りなければ、誰もが生きていけない。
独りで生きているなんて、勘違いも甚だしい。例え、無人島で生活していようと、魚を採り、雨水を啜る。外部から、エネルギーを取り入れなくて成立する生物など、存在しないのだ。
頼っていい。だからこそ、助けられた事を忘れてはいけない。
感謝を忘れる事が無ければ、横暴にはならないだろう。己を顧みる事が出来るなら、他者を慈しむ事も出来るだろう。手を差し伸べられた分、他者に手を差し伸べる事が出来るだろう。
それを理解した上で、自らの足で立てばいい。
「翔一、お前は頑張った。俺と比べて、自分を否定しなくていい。色んな事を言い訳にして、不安を隠さなくていい。弱くても、お前はお前だ。他人を思いやれる優しさが、お前の長所だ。だけど、それに甘えちゃ駄目だ。もう、俺が居なくても、お前は独りで立てるはずだ。それでも不安なら、誰かを引き合いに出さずに、正面からぶつかって来い。おれは幾らでも付き合ってやる」
「悪かった。確かに、お前の言う通りだ」
「いいんだ翔一。お前が、珍しく俺に喧嘩を売って来やがった。それが少し嬉しいぜ。まぁ、そんな事を偉そうに言える程、俺は立派じゃねぇけどな」
「そんな事はないよ、冬也。お前の頭は決して悪くない」
「意味わかんねぇ事、言うんじゃねぇよ。俺は馬鹿な糞野郎だし、その根本は変わらねぇよ。だからお袋は、俺じゃなくて、ペスカを神の長に決めた」
「へっ? ちょっと待って、何それお兄ちゃん」
両者から怒声が発せられる事が無くなり、決着を見せようとしていたその時である。冬也の言葉に混じった不穏な一言を、ペスカは聞き逃さなかった。
「神の長ってどういう事? ねぇ、お兄ちゃん」
「あぁ、そう言えば、ペスカには黙っとけって言われたんだな」
「はぁ? ブル、誰に言われたの?」
「フィアーナなんだな」
「あのロリババア、好き勝手して!」
「そうやって怒るから、黙っとけって言ったんだろ? 神も世代交代ってやつだ、大人しく引き受けとけや」
「そんな事言うなら、あんたがやりなさいよ、アルキエル!」
「俺がやって良いなら、あの世界をぶっ壊して、戦乱の世に変えてやる。それでも良いのか?」
「思ってもねぇ事を言うんじゃねぇよ、アルキエル。ペスカ、お前も少し大人しくしろ!」
途端に慌ただしくなった周囲を、冬也が一喝する。そして、直ぐに冬也は笑顔を浮かべて言い放った。
「みんな、朝飯の時間だ」
確かに人生は戦いの連続だ。喜びの数倍は、苦しみが有る。
しかし、悲観する事はない。周りを見渡せば、手を差し伸べてくれる者が居るはずだ。
夢や希望がない? それなら、一歩を踏み出してみればいい。
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