妹と歩く、異世界探訪記

東郷 珠

文字の大きさ
上 下
409 / 415
二つの世界、それぞれの未来

406 冬也と翔一

しおりを挟む
 ある日の朝、冬也が早朝訓練を終えた時の事である。珍しく、冬也と翔一が口論をしていた。

 今、東郷邸で寝泊まりしているのは、ロイスマリアからの訪問者と、外務大臣令で訪れた翔一、エリーだけである。
 特別補佐局を立ち上げたばかりの遼太郎は忙しく、事務所近くのホテルで寝泊まりをしている為、自宅に帰宅する事は無い。
 保護目的で、滞在させていた空は、命を狙われる危険が無くなった為、とっくに自宅へ帰り、以前の生活に戻っている。

 そして、いつまでも冬也達が日本に滞在する訳ではない。やり残した事を片付けたら、ロイスマリアに戻る。永遠の別れではない。だが、直ぐに会える環境では無くなる。
 その時、空はどうするのか? 冬也は、空をどう思っているのか?
 それを翔一が問いかけ、冬也と口論に発展した。

「確かにお節介だとは思うよ」
「だったら黙ってろ、翔一。お前が口を挟む事じゃねぇんだ」
「そんな言い方は、無いんじゃないか? お前だって、空ちゃんの気持ちはわかってんだろ?」
「俺は、一度告げてる。気持ちには答えられないってよ」
「でも、空ちゃんは諦めてないだろ?」
「だから、それがお節介だって、言ってんだ! いいか翔一。あの子は、お前と違って、自分で道を切り開ける子だ。誰かに寄り添わなきゃ、生きてけない子じゃねぇ。あの子の強さを、お前だって知ってんだろ!」
「わかってるさ。僕なんかより、遥かに逞しい。だからと言って、挫けない訳じゃないだろ?」
「何にもわかってねぇよ、翔一。俺が今、あの子に止めを刺したらどうなる? 単に振っただけじゃ、諦めない逞しい子に、地獄に落とす様な一言を言ったら、どうなる?」
「お前の方こそ、わかってないだろ? あの逞しい子が、そんな事で夢や希望を打ち砕かれるとでも、思ってんのか? 馬鹿にでもしてんのか?」
「いい加減にしろよ翔一! お前は、空ちゃんを引き合いに出してるだけだろ! 寂しいなら、そう言えよ! 俺が居なくなるのが、そんなに不安かよ! いつまで、俺に引っ付いてやがる! そろそろ、独り立ちしやがれ!」
「なっ! ふざけんな!」 

 両者が声を荒げて、睨みあう事など、これまで一度もなかったのだ。ペスカでさえ見た事が無い。
 冬也は翔一に向かって、辛辣な言葉を投げかける。翔一にとって耳に痛い言葉でも、オブラートに包む事なく吐き出す。
 翔一は、そんな冬也に対し、怒りを露にする。

 家中に響き渡る声に引き寄せられ、次第に皆が集まってくる。
 ブルは、心配そうな瞳で両者を見つめる。アルキエルは、冬也に食って掛かる翔一を、面白そうに見ている。クラウスやレイピア達は、敢えて口を噤み、傍観を決め込んでいる。
 それは、呆れ顔のペスカもであった。
 
「なぁ、翔一。別に俺は、空ちゃんの事が嫌いじゃねぇんだ。だけど、それ以上ではねぇ」
「もし、空ちゃんが諦めずに頑張って、ロイスマリアに行く事になって。それでも気持ちが届くことが無いと知ったら?」
「馬鹿かお前。そんな事は、本人が一番自覚してんだろ!」

 空の告白現場に居合わせていない翔一には、衝撃的な言葉だったのであろう。
 翔一は、口をだらしなく開け、呆けている。
 自分の行為は、お節介に過ぎなかった。そう思えば情けなくもなるだろう。言葉が出ないのも当然だ。同時にそれは、翔一に現実を突きつける。

 冬也の言う通りだ。他人の心配する振りをして、自分を守ろうとしてた。不安を隠そうと、空に自分を重ねて、独りよがりな言い掛かりをした。全部、言い訳だ。情けない、情けない。
 努力してきたつもりだった。でも全ては、冬也が居たからなし得た事だ。高尾の戦いは、特にだ。
 冬也が傍に居たから、安心する事が出来た。駄目で元々だと、割り切る事が出来た。そうでなければ、あんな恐ろしい相手に突っ込んで行く事なんて、自分には出来ない。

「あのさ、翔一君」
「待てペスカ。これに関しては、お前が話すとややこしくなる」

 怒りで真っ赤になっていた翔一の顔は、一変して青に染まる。 
 そんな翔一を見て、堪りかねたのか、ペスカが口を開く。しかし、直ぐにそれを冬也は制して、語り始めた。

「翔一。俺は神になった。望んでなった訳じゃねぇ、最初から神になるべくして生まれて来た。わかるか? 人間の一生はみじけぇ、エルフはその何十倍はなげぇ、神の命は尽きない。目的もなく生き続ける事の辛さは、そこにいるレイピアとソニアがよく知ってる」

 冬也の言葉に、翔一はレイピア達を見やる。翔一の視線を感じたレイピアとソニアは、冬也に同意する様に、深くうなずいて見せた。

「アルキエルは、元々神だ。スールとミューモは、神と同じく永遠の命を持って生まれた。だがな、共通してるのは、使命を持ってるって事だ。ブルは、その使命に目覚めた」
「だから、永遠に生きる事が退屈じゃないと?」
「いや、そうじゃねぇよ。永遠に繰り返される毎日を、ひたすら同じ事して、お前は飽きねぇのか?」 
「そりゃ飽きるよ」
「俺なら、三日で飽きる」
「それは、早すぎ!」

 人生を全うする。言葉で語るのは簡単だが、実践するのは簡単な事ではない。
 飽食の時代と言われ、望めば何でも手に入るとしても、夢や希望は手に入らない。色々な選択肢が増えた半面、選択できない事もあるだろう。
 しかし、やりたい事がわからずに、怠惰に過ごすのは、生活に余裕がなければ出来はしない。

 例えば、両親に寄生して引き籠る。
 そこに至るには、様々な要因が有っただろう。しかし、何も生み出さない時を過ごす事は、侵しがたい貴重な時間と言えるだろうか。
 いずれ両親がこの世を去り、全てを失った時に、初めて振り返る。自分には生活能力が無いと。生き抜く力さえも無いのだと。

 病気が要因で、社会から離脱せざるを得ない者がいる。大きな障害を負っても尚、抗い続けようとする者がいる。
 努力を続ける事が、絶対に必要なのではない。今は、立ち止まっていようが、模索し続ける事が重要なのだ。

 言い訳なら、幾らでも出来る。誰かのせいにする事だって簡単だ。だが、それでは自身が幸せにはならない。誰かに頼ろうが、救いを求めようが、逃避する事なく抗い続けるなら、道は必ず開かれる。

 そう、人生は甘くない。飽食の時代であっても、それは変わらない。
 傍観者で有り続ける事は出来ない。必ず、自らの足で立たなければならない。

「あのな。俺の生まれた目的は、とうに果たされた。これからは、新しい目標を見つけなきゃならねぇ。まぁ今の所は、タールカールの復興が有るからな。それが終わったら、次の目標だ。わかるか? やりてぇ事、やらなきゃならねぇ事、人生を掛けてでも全うすべき事、人生を掛けてでもやり通したい事。そんなもん、幾らあっても構わねぇ。なければ、見つけりゃいい。それだけの話だ。一つに固執する事はねぇんだよ! だから、あの子がどんな選択をしようが、俺は応援する。ただそれだけだ、糞馬鹿野郎!」

 与えられた事を全うするだけ、それの何が悪い。与えられなければ、何も出来ないなら、誰かに役目を与えて貰えばいい。
 自分で道を切り開く者が、偉いのではない。役割を果たせた者が偉いのだ。

 もし、やりたい事があるなら、全力でやればいい。もし、やりたい事が見つからなければ、見つかるまで与えられた役割を果たせばいい。
 自ら選び取った役割、与えられた役割、そのどちらでも全力で全う出来たなら、その先に未来が有る。

「翔一。俺を最強の神って呼ぶ奴がいる。でも、俺は最強でもなんでもねぇ。ペスカがいなきゃ、出来ねぇ事が沢山ある。アルキエルやブル、それにスールやミューモに力を借りなきゃ出来ねぇ事は沢山ある。俺は馬鹿で無能なんだ。みんなに力を借りなきゃ、生きていけねぇ。ドラグスメリアで頑張ったのは、俺じゃねぇ、魔獣達だ。アルドメラクを消滅させたのは、世界中のみんなだ。あの時の俺は、アルキエルと喧嘩しただけだ」

 他者の力を借りなければ、誰もが生きていけない。
 独りで生きているなんて、勘違いも甚だしい。例え、無人島で生活していようと、魚を採り、雨水を啜る。外部から、エネルギーを取り入れなくて成立する生物など、存在しないのだ。

 頼っていい。だからこそ、助けられた事を忘れてはいけない。
 感謝を忘れる事が無ければ、横暴にはならないだろう。己を顧みる事が出来るなら、他者を慈しむ事も出来るだろう。手を差し伸べられた分、他者に手を差し伸べる事が出来るだろう。
 それを理解した上で、自らの足で立てばいい。

「翔一、お前は頑張った。俺と比べて、自分を否定しなくていい。色んな事を言い訳にして、不安を隠さなくていい。弱くても、お前はお前だ。他人を思いやれる優しさが、お前の長所だ。だけど、それに甘えちゃ駄目だ。もう、俺が居なくても、お前は独りで立てるはずだ。それでも不安なら、誰かを引き合いに出さずに、正面からぶつかって来い。おれは幾らでも付き合ってやる」
「悪かった。確かに、お前の言う通りだ」
「いいんだ翔一。お前が、珍しく俺に喧嘩を売って来やがった。それが少し嬉しいぜ。まぁ、そんな事を偉そうに言える程、俺は立派じゃねぇけどな」
「そんな事はないよ、冬也。お前の頭は決して悪くない」
「意味わかんねぇ事、言うんじゃねぇよ。俺は馬鹿な糞野郎だし、その根本は変わらねぇよ。だからお袋は、俺じゃなくて、ペスカを神の長に決めた」
「へっ? ちょっと待って、何それお兄ちゃん」

 両者から怒声が発せられる事が無くなり、決着を見せようとしていたその時である。冬也の言葉に混じった不穏な一言を、ペスカは聞き逃さなかった。

「神の長ってどういう事? ねぇ、お兄ちゃん」
「あぁ、そう言えば、ペスカには黙っとけって言われたんだな」
「はぁ? ブル、誰に言われたの?」
「フィアーナなんだな」
「あのロリババア、好き勝手して!」
「そうやって怒るから、黙っとけって言ったんだろ? 神も世代交代ってやつだ、大人しく引き受けとけや」
「そんな事言うなら、あんたがやりなさいよ、アルキエル!」
「俺がやって良いなら、あの世界をぶっ壊して、戦乱の世に変えてやる。それでも良いのか?」
「思ってもねぇ事を言うんじゃねぇよ、アルキエル。ペスカ、お前も少し大人しくしろ!」

 途端に慌ただしくなった周囲を、冬也が一喝する。そして、直ぐに冬也は笑顔を浮かべて言い放った。

「みんな、朝飯の時間だ」

 確かに人生は戦いの連続だ。喜びの数倍は、苦しみが有る。
 しかし、悲観する事はない。周りを見渡せば、手を差し伸べてくれる者が居るはずだ。

 夢や希望がない? それなら、一歩を踏み出してみればいい。
 きっと、今とは違う何かが見えるはずだから。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

神様に与えられたのは≪ゴミ≫スキル。家の恥だと勘当されたけど、ゴミなら何でも再生出来て自由に使えて……ゴミ扱いされてた古代兵器に懐かれました

向原 行人
ファンタジー
 僕、カーティスは由緒正しき賢者の家系に生まれたんだけど、十六歳のスキル授与の儀で授かったスキルは、まさかのゴミスキルだった。  実の父から家の恥だと言われて勘当され、行く当ても無く、着いた先はゴミだらけの古代遺跡。  そこで打ち捨てられていたゴミが話し掛けてきて、自分は古代兵器で、助けて欲しいと言ってきた。  なるほど。僕が得たのはゴミと意思疎通が出来るスキルなんだ……って、嬉しくないっ!  そんな事を思いながらも、話し込んでしまったし、連れて行ってあげる事に。  だけど、僕はただゴミに協力しているだけなのに、どこかの国の騎士に襲われたり、変な魔法使いに絡まれたり、僕を家から追い出した父や弟が現れたり。  どうして皆、ゴミが欲しいの!? ……って、あれ? いつの間にかゴミスキルが成長して、ゴミの修理が出来る様になっていた。  一先ず、いつも一緒に居るゴミを修理してあげたら、見知らぬ銀髪美少女が居て……って、どういう事!? え、こっちが本当の姿なの!? ……とりあえず服を着てっ!  僕を命の恩人だって言うのはさておき、ご奉仕するっていうのはどういう事……え!? ちょっと待って! それくらい自分で出来るからっ!  それから、銀髪美少女の元仲間だという古代兵器と呼ばれる美少女たちに狙われ、返り討ちにして、可哀想だから修理してあげたら……僕についてくるって!?  待って! 僕に奉仕する順番でケンカするとか、訳が分かんないよっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

捨て子の僕が公爵家の跡取り⁉~喋る聖剣とモフモフに助けられて波乱の人生を生きてます~

伽羅
ファンタジー
 物心がついた頃から孤児院で育った僕は高熱を出して寝込んだ後で自分が転生者だと思い出した。そして10歳の時に孤児院で火事に遭遇する。もう駄目だ! と思った時に助けてくれたのは、不思議な聖剣だった。その聖剣が言うにはどうやら僕は公爵家の跡取りらしい。孤児院を逃げ出した僕は聖剣とモフモフに助けられながら生家を目指す。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

元勇者パーティーの雑用係だけど、実は最強だった〜無能と罵られ追放されたので、真の実力を隠してスローライフします〜

一ノ瀬 彩音
ファンタジー
元勇者パーティーで雑用係をしていたが、追放されてしまった。 しかし彼は本当は最強でしかも、真の実力を隠していた! 今は辺境の小さな村でひっそりと暮らしている。 そうしていると……? ※第3回HJ小説大賞一次通過作品です!

処理中です...