妹と歩く、異世界探訪記

東郷 珠

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混乱の東京

389 邪神ロメリア ~ペスカの戦い~

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 ペスカの手で悪夢を見せられ、ミストルティンのメンバーは、尽く心を壊した。そしてペスカは、その内の一人に命じて、世界各国の首脳と国連事務総長に連絡を繋げるように命じた。それと同時に、下部組織全ての解散を命じる。
 
 既にミストルティンのメンバーは、自我が崩壊している。そして神の意志に逆らえるはずが無い。円卓に備え付けられた機械を操作し、ミストルティンのメンバーは連絡を取り始める。

 しかし現状は、世界中が戦争状態になっている。直ぐに各国の首脳が、応答できるはずが無い。
 連絡が繋がるまでの間、ミストルティンのメンバーから記憶を読み取ったペスカは、拠点を探りはじめた。
 
 目的の一つは、彼らを生き長らえさせた装置の破壊。
 人間が転生を行わずに、生き長らえる事は歪なのだ。そんな事をすれば、魂魄に多大なダメージを与える事になる。場合によっては、修復不可能な程に。
 
 魂魄にも強度が有る。
 そして、本能の赴くままに生きる生物では無く、意志を持ち自ら行動を決めなければならない人間は、生きる事自体が過酷な修行である。
 生前の行い如何で、魂魄がより強くなる者も居れば、逆に魂魄をすり減らす者も居る。
 
 魂魄をすり減らし、転生が叶わぬ者は、修復の為に一定の場所へと安置させられる。それが、冥界や地獄、又は天国と言われる様な場所である。
 魂魄が弱っているが、転生は可能な者は、意志を必要としない生物へと転生させられる。例えば、虫や動物等がそれにあたる。

 いずれにせよ生を全うした後、大地の記憶に触れて過去を清算しなければ、魂魄の持つ強度を超える量の経験を蓄積し続ける。
 その結果は、どうなるか? 風船が破裂するのと同様、魂魄は崩壊する。

 ミストルティンのメンバーは、一様に魂魄に甚大なダメージを負っている。無理に装置を使っても、身体を入れ替えられるのは、精々一回や二回が限度であろう。
 それ以上は、身体の入れ替えに失敗し、魂魄は消滅する。ミストルティンのメンバーの魂魄を修復させるなら、現時点が限界なのだ。

 戦争で多くの人間が死んでも、彼らは間違いなく生まれ変われる。だが、ミストルティンのメンバーは、別である。罪を犯した事は、消滅していい理由にならない。故に、この様な装置は、存在してはならない。

 ミストルティンは、現代科学を遥かに超える、高度な文明の遺産を保有している。破壊すべき装置は、他にも存在している。
 例えば、数多の人間に強烈な暗示をかけて操る装置。ミストルティンが崩壊しても、こんな物を残せば悪用される。

 そして、もう一つ破壊しなければならないのは、とある兵器。この兵器が有ったから、悪夢の様な計画に着手したとも言えよう。
 それは、多次元生命体、若しくは精神体へ、直接ダメージを与える兵器である。
 
「三島のおじさんも、案外馬鹿だよね。こんな物で、今の糞ロメを倒せる訳が無いのにね。こんな兵器を信じて、戦争を起こして、犠牲者を増やして。戦争復興なんて、簡単じゃないんだよ。わかってないんだね、働く側の苦労をさぁ。結局は技術なんて、使う側の良識が問われるよね。まぁこの世界に、良識の有る人が居る事を願うよ」
 
 怒りと失望が入り交じった様な、心境なのだろう。声色に少し怒りを滲ませながら、ペスカは独り言ちる。そして施設内を探索し、不要と思える物を次々に破壊していった。

 そして、円卓の有る部屋に入ろうとドアを開けると、中からは激しい怒声が聞こえる。各国の首脳達との通信が繋がったのだろう。
 有る者は糾弾し、また有る者はそれに同調する。反論する者の声にも、強い怒りが籠る。ただ一つ言えるのは、誰も論理的ではない。戦争中なのだ、感情的になるのも仕方があるまい。たが、余りに稚拙な罵り合いでは、話しは到底進まない。
 目的が達成できる訳が無い。

 そしてペスカは、ミストルティンメンバーの身体を使い、声を張り上げた。

「止めぬか! 馬鹿者共が! 何の為に、貴様らを集めたと思っている。我々の時間と、貴様らの時間、価値が同じだと思っているのか!」

 ペスカは、読み取った記憶を頼りに、ミストルティンのメンバーが言いそうなセリフを口にした。
 世界を支配して来た者を前に、口を挟む者は居ない。そしてペスカは、首脳達を前に強い口調で、言葉を続けた。

「我らは、貴様らに戦争を起こす様に仕向けた。だが、もう潮時だ。貴様らは、どれだけ殺せば気が済む。無慈悲にもほどがある!」

 ただこの言葉は、首脳達の怒りを掻き立てる結果となる。

「馬鹿な事を仰る! 戦争をしろと命じたのは、あなた方だ! 我々は、血の涙を流して、それに従った。それを今更、無慈悲だと! ふざけた事を仰るなら、こちらにも覚悟があるぞ!」
「イギリス首相。貴様に、フランスを侵略せよと命じたか? していないだろ! 血の涙? 嬉々として国土を拡大を狙ったのは、貴様ではないのか?」
「そんな事は無い! 全てはあなた方の計略だ! 我々は従っただけだ!」
「本当にそれだけか? 欲が無かったと言えるのか? 言えまい! この愚か者!」

 戦争の口火を切ったイギリス、その首相を激しい口調で黙らせる。

「あなた方は仰った。これは崇高な目的なのだと。地球を守る為なのだと。もう、目的を果たしたと仰るのか? 自分の手は汚さずに! 多くの民を犠牲にして、何を成し遂げた? 説明を頂きたい!」
「貴様は、中国の首相だったな。貴様ら東アジアの国々は、日本を敵対視し続けて来たな。それに何の意味が有る。外に敵を作って、愛国心を高めようとでも思ったか? いつまで先の戦争を引き摺っている。いつまで日本から金を騙し取る。金の亡者共め、その汚い口を閉じるがよい!」

 糾弾しようと声を荒げた中国の首相を、強い口調で罵る。睨め付ける様な視線は、中国首相に対してだけではない、朝鮮二国の首脳にも突き刺さる。

「戦争を放棄した我が国に、侵略の意志は無い。それにも関わらず、我が国は、一方的に攻撃を受けた。我が国は、内部に抱える問題に対処しただけだ。それが何の罪に問われるのでしょう? 何故、我が国は宣戦布告を受けなければならない!」
「貴様は、日本の首相か。わからぬのか? まぁわかるまいな。あっちに尻尾を振り、こっちに尻尾を振り。貴様らはいったい、何処の飼い犬なのだ?」
「何を仰る、無礼ではないか!」
「主体性の無い、愚か者よ。わからぬなら、教えてやる。貴様らは都合の良い様に、様々な事を隠蔽してきただろう。そして己の都合が悪くなれば、金を渡して終わりだ。それで、誰が納得する? 金で遺恨が拭えるのか? 金をばら撒いて、誰も彼もに良い顔をする。所詮、貴様らは綺麗事を並べ立てつつも、国益を優先する偽善者だ。だから国内に問題を抱えるのだ。トラブルの原因は、己が身に有る。少しは己が身を省みよ、愚か者よ!」

 今の世で、無償の奉仕を行う国は存在しない。寧ろ、そんな事を行う国は、国益を無視する愚かな国と言えよう。確かに金銭で解決出来る問題は有る。それでも真摯に向き合わければ、根本的な問題解決にはならない。
 平和を掲げる一方で、軍備を強化する。強要されれば断る事が出来ない。八方美人の様に、誰にもでも良い顔をすれば、やがて信用を無くすだろう。
 先と同様に強い口調で罵り、日本の首相を黙らせた。

「我が国は、世界の警察だ。大陸側からの攻撃に際して、同盟国を救う。それのどこがおかしい。ありとあらゆる国が、我が国に宣戦布告した。寧ろ、それについてお聞かせ頂きたい」
「アメリカ大統領。貴国が、我々に反旗を翻そうとしていたのは、知っている。だが、我々の誘いに乗り、仲間を裏切ったのは、貴国ではないのか? 世界の警察が聞いて呆れる。東アジアの利権に釣られた、欲深な愚か者よ! そうやって、正義を掲げる振りをして、どれだけの利権を得て来た? 隠せるとでもおもっていたか? 世界中の誰もが、貴国が正義ではない事を知っておる」

 嘲笑する様な言い回しで、アメリア大統領の正当性を打ち砕く。

「我が国は、最後まで反対した。貴様らの悪辣なやり方で、戦わざるを得なかった。これだけの事をしておいて、何を今更言っている。これが、貴様らの目論見ではないのか? ふざけるな、ミストルティン! これでは深山が浮かばれない! 深山の部下が浮かばれない! 高みに座ってないで降りて来い! 今すぐ、俺が殺してやる!」
「では聞くが、貴国は何故ドイツや、貴国から独立した国々に侵略した? 戦わざるを得なかったと言ったな? それはアメリカの裏切りか? 深山とやらの、意志を引き継ぐなら、貴国だけでもこの戦争に反対すれば良かっただろう? 結局は、我々の命に従い、他国を侵略したのだ。罪の無い民を殺しまわったのだ。同罪であろう、愚か者が!」

 ミストルティンメンバーの身体を使っているとはいえ、いつになく激しい口調で、ペスカは首脳達を糾弾していく。それには理由がある。

 ミストルティンに命じられたから、仕方なく戦争を起こす。この絶対は、有ってはならない。
 戦争を肯定する訳ではない。だが命じられて戦うのに、何の意義が有る。戦う兵士は、何の為に戦えばいい。
 戦争に敗北した国の、一部の首謀者は詰め腹を切らされる。何処が戦争裁判だ。一方的な裁判に本当の価値など有るのか?
 敗北した国は疲弊する、そして他国の食い物になる。その反発で起きた、二回目の大戦ではないのか?
 例えミストルティンの命だとて、善悪の判断も出来ない様なら、本当の意味で支配からの脱却は出来ない。

 戦争が絶えないのは、何故か。それには幾つもの理由が有るだろう。
 人種問題、宗教問題等様々だ。しかし一番は、知らないからではないのか?
 相手が攻めて来るかもしれない、相手に国を乗っ取られるかもしれない。だから、防御を固める。しかしそれは、本当に防御を固めるだけで終わっているのか? 侵攻する意志は無いのか?
 何を持って軍備を増強する。何の理由で他国を攻撃する。
 そんな状況で、国民が納得しなければ、国という体裁は成り立つのか? それこそ無くなってしまった方がましだ。
 手を取り合うには、知る事から始めなければならない。理解し合う努力をしなければならない。誰もが怖いのだ。だからといって、威圧的な態度を取るのは大間違いだ。
 
 個人間で、人種や言語を超えて、友人になる例は多く有る。友好都市と呼ばれ、遠く離れた都市間が繋がる例もある。
 それを、国が出来ないはずは無かろう。目先の利益だけを見ているから、出来ないだけだ。

 多くの死者を出したこの大戦は、後の世に大きな影を落とす可能性が有る。操られたとはいえ、遺恨は残るだろう。やるせない想いは、何処にぶつければいいのだろう。
 それでも、前に進む為には、世界中の人々が手を取り合う必要がある。

 一つ一つ、ゆっくりと静かに、誰もが理解出来る様に語る。それは、ミストルティンメンバーの身体を借りた言葉では無くペスカの言葉、凛と響く少女の声そのものに変わっていた。
 
 今は何が必要なのか、どうすれば平和になるのか、何が間違いだったのか、貧困を無くすにはどうすればいいのか。
 支配される事に依存していた国は、少なくないだろう。自ら考えるより、命令に従った方が楽なのだから。それは、過ちを犯した時の言い訳にもなる。責任は、自分にないと。
 それを続ければ、過ちは何度も繰り返す。立ちはだかる壁を、乗り越える事は出来ない。

 世の中に絶対の方法など存在しない。そうでなければ、平等を目指した国が内部から崩壊はしない。
 それでも現存する手段で、模索するしかない。新たな世界を目指す為に。

 説得には、長い時間を要する。その間、仲間達に邪神ロメリアと対峙して貰う事になる。それでも、世界に充満する悪意を取り払わなければ、一連の騒動に幕は下りない。
 同時にペスカは信じていた。空なら、深山の能力を消滅させ、邪神ロメリアと洗脳された人々の繋がりを断ち切る。
 レイピア、ソニア、ゼル、クラウス、彼らの力は皆を助ける。ブルは、佐藤ら民間人を守ってくれる。アルキエルは絶対に負けない。
 そして、冬也が居れば、邪気が世界を汚染する事は無い。

 少しずつではあるが、激しく糾弾され肩を落としていた首脳達が、ペスカの語りかけに耳を傾け始める。少しずつではあるが、ペスカに同調する者が現れる。
 そしてペスカの言葉に頷く者が増え、拍手が起こり始めた時、ペスカはミストルティンの壊滅を知らせ、自らの姿を現した。そしてこれまでの経緯を説明する。

「ま、まさか。本当に? いや、信じられん」
「全て事実です。挨拶が遅れましたが、私の名前は東郷ペスカ。異世界ロイスマリアで、神の末席に連なるものです」
「神? そんなものが? じゃあ、今まで話していた事は本当に?」
「私がこの場で嘘を言って、何になります? それとも私が神の力を示さないと、理解出来ませんか? 私の話しは、今起きている事と合致するはず」
「あ、ああ。確かにな」
「私は、神の力で命じる事はしたくありません。皆さんを意のままに操る事は、造作もありません。ですが、それをして何の解決になるのでしょうか? 例え、ミストルティンが原因であっても、実際に戦争を起こしたのは皆さんです。皆さんが悔い改めなくては、先に進む事は出来ません。そしてミストルティンが崩壊した今、下部組織の全てが解散となります。制約から解き放たれて、自由になる。その代わりに、自ら判断し行動しなければなりません。わかりますか? 新たな基準は、皆さんが作り上げなくてはならないのです」

 ペスカの言葉は、予想以上に重い。
 先の大戦以降、国際連合を作り、首脳達が会議をする機会を作った。国連以外にも、様々な組織が存在する。しかしそれらは、国の利益をかけた戦いの場になっている。
 国益だけを重視していけない。手を取り合わなければいけない。誰もが納得する基準を、作らなくてはならない。それがどれ程の重圧か。

「先程、皆さんから大きな拍手を頂きました。それは皆さんが、この大戦を悔いる証拠でしょう。ですから今から一時間後に、これから私が言う事を、一言も漏らさずに世界へ伝えて下さい。中には皆さんにとって受け入れ難いものも有るでしょう。ですが、席を立つ事は許しません。通信を勝手に切る事は出来ないとお思い下さい。わかりますか? これは皆さんに対して私が行う、唯一の強制です」

 しかし、席を立とうとする者は、誰一人として居なかった。
 誰もが戦争を、早く終わらせたいと思っていたのだろう。確かに、ペスカの言葉の中には、納得が出来ないものも有った。
 しかし戦争を終わらせた後、復興を考えた時、荒廃した世界をどうやって立て直す。それを考えれば、手を取り合うのは、必然とも言えよう。
 
 ペスカの言葉は通訳の魔法で、全ての国の言語に変換されて伝わっている。この通信に参加した首脳達は、一語一句漏らさずに書き留める。
 そして、誰が言った訳でもなく、この場で停戦協定を結ぶ話に至った。

 悪夢は終わりを告げようとしている。そして、世界は新たなスタートを切る。
 それは今を生きる、人間達の手に委ねられた。
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