妹と歩く、異世界探訪記

東郷 珠

文字の大きさ
上 下
385 / 415
混乱の東京

382 邪神ロメリア ~誤った選択肢~

しおりを挟む
 銃弾に倒れた母親に縋り付き、泣きじゃくる子供がいる。
 そんな幼い子供でさえも、簡単に踏みつけていく。
 妻を守る為に盾となった夫は、無数の銃弾を浴びた。
 愛する夫を目の前で失った妻は、悲痛のあまり割れたガラスで喉を突いた。
 老いた母を背負って歩く男性は、無惨に頭を撃ち抜かれた。
 男性の背で運ばれていた母は、既に息を引き取っていた。
 飢えで死んだ幼子を抱える母が、たった一発の銃弾で命を失う。

 逃げ惑う人を、無感情な爆撃機が追い回す。
 巨大な旅客機を、戦闘機が弄ぶ。
 民間人詰め込んだコンテナの船体に、機雷が大きな穴を開ける。
 鋼鉄の箱は巨大な砲弾を打ち合う。
 飛来するミサイルは、都市の姿を変える。
 禁じられた爆弾は、自然を破壊し尽くす。

 加速度的に戦火は広がる。
 人が死んでいく。
 文明が破壊されていく。
 自然が消えていく。
  
 邪悪な企みを、阻止しようと試みた者達がいた。
 彼らの思いは、無慈悲に踏み潰された。

 法の下、正義を順守しようとする者達がいる。
 彼らは世界を敵に回しても、全てを救おうと戦っている。

 しかし無情にも、悪意は星を包む。
 そして、全てが死を迎える終末の時が訪れる。
 それは誰も止められない。
 例え神だとしても、例え世界を救った英雄だとしても。

 ☆ ☆ ☆ 

「クラウスさん。空ちゃんの結界を手伝ってくれ。それと悪いがブル。みんなを守る様に結界を張ってくれ」
「冬也殿、お任せ下さい」
「直ぐに行くんだな」

 空が結界を張ろうと、一歩を踏み出した時、冬也は大声でクラウスとブルに声をかけた。直ぐに理解を示したブルは、皆を守る様に結界を張る。そしてクラウスは空の結界を補助した。

 そして、冬也は指示を続ける。本来それは、ペスカの役目であろう。しかし、この場にペスカはいない。
 代わりのリーダーならば、遼太郎が適任だ。その遼太郎も、瘴気が集まり続ける深山の対処に、命を賭けて臨もうと集中している。
 また、冬也の指示は的確であった。危機に際し、いつになく頭脳が冴えわたっていたのかもしれない。

「アルキエル、準備はいいな!」
「あたりめぇだ、冬也」
「レイピア、ソニア、ゼル、お前らはみんなを守りながら、俺とアルキエルの補助をしてくれ」
「畏まりました、冬也様」
「仰せのままに、冬也様」
「必ずお役に立ちます、冬也様」

 そして、冬也は皆に告げる。

「これから親父がやろうとしている事は、かなり危険なんだ。だから、みんなはブルの後ろにいてくれ。後は、俺達に任せろ」

 冬也の言葉は尤もである。これまでの戦いを目の当たりにし、目の前に渦巻く瘴気を感じ、首を横に振る者はいるはずが無い。
 警察チームは元より、陰陽士達、特霊局の面々も顔を青ざめさせ、ガタガタと足を震わせている。この場に居合わせて、気絶しないだけ優秀なのだ。

 この場でまともに行動出来るのは、神以外であれば、恐怖を乗り越えた者だけ。かつて、空と翔一が勇気を持って立ち向かった時の様に。だが、それを皆に求める方が間違っている。怖くて当然なのだから。
 だから冬也は、皆に退避する事を指示した。しかし、それを容易に受け入れられない者もいた。
 
「冬也君。それは認められない。危険なら尚更だ。我々は免職覚悟でここにいる。だが我々がやれることは、せいぜい米兵や自衛隊員を捕縛する事だ。我々も戦える、山中さんが作ってくれたのは、そういう武器なんだろ? 新宿で見た沈静効果が、ここで通用しないとは思えないんだが」

 頭が良く勇敢で、行動力が有る。そして仲間の為、他人の為に力を振るえる。そんな人間だから、多くの警察官が佐藤を支持してきた。
 それは例え謹慎処分を受けても、それは変わらない。同様に謹慎処分を受けた者達も、佐藤を信じてついてきた。
 そして佐藤は、相手側の兵士を捕縛する際に、的確な指示を仲間達に飛ばしていた。そのおかげで、迅速な捕縛が出来た。
 
 佐藤が優秀なのは、今更言うまでもない事だ。その仲間達も。
 怖いのだろう。数多の修羅場を潜った佐藤をして、足を震わせる。それでも佐藤は、声が上擦りそうになりながらも必死に堪え、冷静を保ち言葉を紡ぐ。

「佐藤さん。必要なのは、誇りじゃねぇんだ、力なんだよ。俺達は神だ。親父は神と同じ力を持ってる。俺達と同じ位の力が無ければ、役に立たねぇ」
「佐藤、わりぃが冬也の言う通りだ。大人しく言う事を聞いて、守られちゃくれねぇか?」
「東郷さん。申し訳ないが、引けません。我々は、いや、この国は東郷遼太郎を失う訳にはいかない! あなたが、どれだけの危険を侵そうとしているのか、それ位は私にだってわかりますよ。我々は免職になっても、心は警察官だ! 警察官は、市民を守る為に在る! だから、守らせろよ! 東郷遼太郎!」

 佐藤の言葉は、遼太郎の心を大きく震わせた。
 それもそうだろう。佐藤とは長い付き合いだ。能力者対策局が出来る前から、難事件を共に解決して来た。戦友と呼んでも過言ではない。
 その佐藤から、投げかけられた言葉に、心を動かされない訳がない。

 だが事が事だけに、その要求を呑む訳にはいかない。佐藤の行為は蛮勇に過ぎない。知らないのだ、どれだけ危険な事をしようとしているかを。
 時間が無い、直ぐに逃がさなければならない。ちゃんと、わからせなければならない。

 そして遼太郎は口を開く。しかし言葉が出ない。まるで心が拒否しているかの様に。
 そんな遼太郎の葛藤を見透かしたかの様に、冬也が両者の間に入ろうとする。しかし、その冬也を片腕で制したのは、アルキエルであった。
 
「良い覚悟じゃねぇか佐藤。わかってると思うが、冬也の言う事を聞けねぇなら、てめぇらみんなここで死ぬぜ! だがよ、そんなつまんねぇ事は、言うまでもねぇんだよな? 糞みじけぇ人生とやらより、大切なもんが有るって事だろ? なら仕方ねぇよなぁ。てめぇらの魂魄は、まとめて俺が回収してやる。そんで、まともな場所に生まれ変わらせてやる。佐藤、その時は問答無用で、てめぇは俺の弟子だ!」

 アルキエルの言葉で、冬也は口を噤んだ。納得した訳ではない、眉を顰めた表情からも、容易に推測出来るだろう。
 しかし、冬也は両者の気持ちを汲んだ。

 そして遼太郎の心は、温かいもので充ちていた。親友達が、ここまで言ってくれたのだ。その言葉は、遼太郎に勇気を与える。
 その勇気は、不可能を可能にする力となる。

 遼太郎が行おうとしているのは、単純な事である。深山の中に有る災厄の種子を取り出す、それだけだ。
 しかしそれは、がん手術の様に簡単ではない。否、がんの手術が簡単だと言っているのではない。それを遥かに凌駕する程、難しいのだ。

 がん細胞が、全身に転移しているから、手術が不可能。これは、そんなレベルではない。
 災厄の種子は、深山の魂魄と融合している。完全に混ざり合った物を、分離させようと言うのだ。それは道具すら使わず、コーヒーに混ざった砂糖とミルクを取り出せと言っている様なものだ。

 しかも分離させるのは、今にも花を咲かせ様ようとしている災厄の種子。空が深山を結界で囲ってなければ、瞬く間に邪気が周囲に拡散し、日本全土を死者の国へ変える。
 そんなものを、深山から取り出すのだ。二柱の神が、撤退勧告するのは当然の事であろう。

 はっきりと断言しよう。
 空が封じている間に、深山共々災厄の種子を消滅させる。それが一番安全に、解決する可能性が高い。
 しかし、冬也と遼太郎を始め、誰もそれを口にしない。

 皆、知っているのだ。温厚な深山が何故、犯罪を犯してまで、騒動を起こしたのか。その原因を。
 決して褒められる事ではない。ここまで問題が大きくなった原因は、深山に有るのだから。だが、そうならざるを得なかった事情も理解出来る。

 だから、深山を犠牲にしようとは、誰も思わない。過ちは法の下で裁くべきだから。命を犠牲に成り立つ平和など、有ってはならないから。
 例えそれが、過ちであったとしても。誰もを危険に晒す行為だとしても。

 遼太郎は周囲を見渡す。
 空が膨大な汗を流して、結界を維持している。クラウスが、必死の形相で空のサポートをする。その周囲を警察チームが囲み、揃って美咲の作った銃を構えている。
 雄二は全身に炎を纏い、いつでも戦える準備を整えている。エリーは集中力を高め、全力のサイコキネシスを発動させようとしている。
 林は世界の状況を、冷静に皆へ伝えている。陰陽師達は祝詞を唱えて、深山に集まる悪意を少しでも散らそうとしている。美咲は、陰陽師達を囲む様に、透明なシールドを作り出す。
 安西は仲間達を冷静に見つめて、適宜指示を送っている。

 ブルの結界は、邪気から皆を守る。アルキエルは大剣を取り出して、いつでも飛び出せる様な姿勢を取っている。レイピア、ソニア、ゼルがそれぞれ剣を構え、万事に対応しようと、感覚を研ぎ澄ませている。
 そして冬也は、大地に神気を流し、神域を維持する。
 
 ここまでの道のりは、決して楽なものではなかった。救援が無ければ、遼太郎でさえ命を落としていたかもしれない。
 それでも皆が戦う意思を示す。抗う覚悟を示す。それは何物にも代え難い、至宝であろう。
  
 そして遼太郎は深山に近づくと、残り僅かの神気を高めて、体にそっと手を触れる。
 道を間違えた英雄を救う為、遼太郎の命を賭けた戦いが始まる。
 皆の想いを背に受けて、皆の勇気を力にかえて。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

称号は神を土下座させた男。

春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」 「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」 「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」 これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。 主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。 ※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。 ※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。 ※無断転載は厳に禁じます

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

処理中です...