妹と歩く、異世界探訪記

東郷 珠

文字の大きさ
上 下
352 / 415
混乱の東京

349 サイバーコントロール ~謎のアプリ~

しおりを挟む
「これから、君達のスマホにSMSを送るから、それに従ってアプリをダウンロードしてくれたまえ」
 
 三島は周囲を見渡すと、柔らかな口調で言い放った。
 三島と親しい、若しくは特霊局の職員であれば、三島が各人の連絡先を知っていてもおかしくはない。しかしアルキエルが持っているスマートフォンは、佐藤から支給された物である。

 ただしクラウスは、三島と面識がない。更に言えば、美咲は拉致された時に、スマートフォンを壊されており、自宅の鍵も奪われている。現在は、普段着さえも持っておらず、体格の近い空の服を借りている状態である。
 周囲を見渡し察したのか、三島は説明を続けた。
 
「あぁ、佐藤君から支給されているスマホの番号は、知っているから安心したまえ。ペスカ君と冬也君の番号は聞いてるから問題ないよ。それとクラウス君だったかな、連絡先を教えてくれるかな?」

 クラウスは自分の番号を伝える為に、三島に近づく。そして連絡先の交換を終えると、三島は山中に視線を送った。

「山中君、不自由にさせて、すまなかったね。一度、自宅に帰って荷物をまとめて、寮に入って貰う予定だったけど、暫くこのまま東郷君の家で生活してくれるかな? 無論、着替えなどは取りに行ってもらっても構わない。ただ場合によっては、君を拉致した連中が、自宅を荒らしているかもしれない。その場合は、遠慮なく私に言ってくれ。君の生活は、私が保証する。ただし、決して一人では行動しないでくれたまえ」
「あ、あの。お気遣い、ありがとうございます」
「それと、これはスマホと暫くの小遣いだ。スマホは支給品だと思ってくれたまえ。小遣いは、移転料や着後手当だと思ってくれ。それで、身の回りの物を買うといい」

 美咲は三島からスマートフォンと、現金が入った封筒を手渡される。国家公務員の移転料等の手当てにしては、多いと思える額が封筒に入っていた。
 三島は予想していたのだろう。拉致をした際に、美咲の鍵を奪った連中は、間違いなく自宅を荒らして、金目の物や現金に通帳それに判子を持ち去っただろう。
 大家に言えば、鍵を開けてくれるかもしれない。しかし美咲の私物は、売り払われて大して残ってない可能性が高いのだ。
 
 死の寸前で救われた美咲からすれば、感謝の気持ちが有るだろう。だが、感謝があるからこそ、身の回りの物を全て借りている状態に、肩身を狭くしているはずなのだ。三島の行動は、そんな美咲の状況を察してのものであった。

 リビング内がバタバタと慌ただしくなる中、各人のスマートフォンにメッセージが届く。そして皆がメッセージに従い、アプリをダウンロードした。

「三島のおじさん。これって何のアプリ?」
「リンリンが開発したゲームアプリだよ」
「はぁ? あの野郎、俺に内緒でそんなもん作ってやがったのか?」
「いやいや、誤解してくれるな東郷君。これはただのゲームアプリではない。何せリンリンが精魂込めて作った作品なんだからね」
「ねぇ。これって配信しないの?」
「配信は、もう少しテストしてからだね。その辺はリンリンに一任してある」

 当のアプリは、かなりシンプルな操作方法の、防衛ゲームの様な内容であった。
 ゲームは城塞の選択から始まる。ファンタジー要素が溢れる様々な形の城塞を選ぶと、敵となるモンスターが攻めて来る。歩行型、非行型と襲い来るモンスターに対し、魔法陣等の防衛用建造物を作り上げて迎撃する。
 一定時間、城塞を守りきれば勝利となる。勝利すればレベルが上がり、防衛用の建造物の種類が増えていく。

 シンプルな内容だから、ハマり易いゲームであろう。夢中になってやっていたら、あっとう間に時間が経ってしまう可能性が高い。
 特にペスカは、久しぶりのゲームに食いつき、三島に質問をしつつもスマートフォンを引っ切り無しに操作している。
 空や美咲の様な女性陣も、夢中になっている様子が見て取れる。冬也とアルキエルの様に、ゲームには一切興味を持たない者は別であろうが。

 一見する限りは、美麗なグラフィックで、城塞やモンスターのデザインにも力を入れているのはわかる。確かに精魂込めて作ったのだろう。しかしただのゲームアプリではないと言われても、その違いは理解出来まい。

「三島さん、流石にこりゃあねぇぜ。リンリンに何を作らせたんですか? ただの金を集めじゃありませんよね?」
「流石の東郷君も、理解出来ないかな? ペスカ君はどうだい?」
「あ~、ちょっと待って! いいとこだから!」
「おいペスカ! 三島さんの前だぞ!」
「うっさいパパリン! あ~と、これはあれだよ。つまり、この敵が可視化されたサイバーテロだね。守っている砦は、政府や警察のメインサーバーって所かな?」
「流石だねペスカ君。ご明察だ」
「これはリンリンの遺産だね。エロオタクでも、やる時はやるんだね」
「馬鹿! リンリンは、死んでねぇよ!」
「東郷君。わかってると思うが、リンリンが抜けた穴はかなり大きい! 深山君の所には、リンリンと対抗出来る男がいる」
「はぁ? 初耳だぜ三島さん!」
「深山君の暗部を担当する男だからね。イゴール・グラトコフ、元FSBの職員で対サイバーテロ対策のスペシャリスト。リンリンのハッキングに対抗出来た唯一の男だ」
「くそっ。深山の野郎、とんでもねぇ隠し玉を用意してやがったのか」

 遼太郎は、思わずテーブルを強く叩いた。そして未だ片づけていない食器が、ガチャンと大きな音を立てる。運良く床に落ちずに済んだものの、遼太郎の憤りは明確に周囲へ伝わった。
 遼太郎の口調が段々と荒くなっていく。しかし三島は、気にも留めずに話しを続けた。

「これまで彼を抑え込んで来れたのは、ペスカ君の護符とリンリンの技術だ。護符の攻略方法は、既に知られている。そしてリンリンの不在。彼が動きだすとしたら、今だろう」
「それならこんなチンケなアプリじゃ、対抗出来ないんじゃねぇのか?」
「その通りだよ。これはイゴール対策じゃない。イゴールに対抗できるのは、リンリンしかいない」
「じゃあ何の為に?」
「決まってる、他の大多数だ。日本政府は、世界中から攻撃を受けるだろう。深山君のTV出演は、単なるパフォーマンスじゃないって事だ。数日中には、各国の首脳が声明を発表するだろう」
「深山はそこまで手を回していたって事か?」
「当たり前だ。我々は誰を相手にしていると思っているんだ?」

 深山は外務省の高官として、米大統領補佐官を始めとした、様々な国の高官と会談をした経験を持つ。その際に親交を深め、各国の首脳レベルの人間と、接触していてもおかしくはない。

 高官同士の会談レベルでは、意志決定は成されない。言わば首脳会談へ向けての下地作りが、大半を占めるのではないだろうか。その際、相手国の思惑を推し量るのも、彼らの役目であろう。

 外交はサラリーマンの商談とは大きく異なる。国を代表して他国の代表と渡り合うのだ。緊張度も圧し掛かる重圧も、その比ではないだろう。当然、会談を行った者達が、親密になるとは考え辛い。しかし、深山ならやってのける。
 学生時代から政治家や政財界の大物、有識者と呼ばれる者達を相手にして来たのだ。意思を持って、海外の実力者と交流を深めようとして来たに違いない。
 
 イゴールの件にしても、おかしな点は有るのだ。リンリンの様な優秀なハッカーに対抗出来る人間を、ロシアが簡単に手放すはずが無い。何らかの取引が有って、イゴールが深山の下にいるはずなのだ。
 所謂、スパイの様な役目をイゴールが担っていると考えても、然程の間違いはないだろう。

「わかるね。東郷君、それに佐藤君もだ。深山君は、まだ能力すら使っていない。言わば現実的な方法で、日本政府を潰しにかかっている。もし深山君が能力を使えば、某国からミサイルが飛んできてもおかしくはないんだ」
「三島さん! それなら尚更、任意でも引っ張るべきじゃないんですか?」
「佐藤君。それは、逆効果になると思うよ。深山君なら、それすら利用し、民衆を扇動するだろね。それと気掛かりなのは、まだ有る」
「三島さん。どういう事です?」
「仮に深山君に逮捕要件が揃ったとしよう。その場合、残りの連中はどうなる? テロリストと化すのではないか?」
「確かに。可能性は充分に有りますね」
「我々は既に民衆の敵になっている。これからは更に厳しい戦いになるだろう」

 三島は、ひと際大きな声で言い放つ。まるでこの会合を締め括ろうとする様に。そして周囲の視線が三島に注がれる、一部の者を除いて。

「現場の指揮は、引き続き東郷君と佐藤君に任せるよ。ペスカ君、是非サポートをお願いしたい。それと、政界の方は私に任せたまえ。ただ、出来たらボディーガードが欲しいね」

 そう言い放つ三島の視線は、ある者に向けられていた。その者は、一言発しただけで、終始つまらなそうにしていた。下らない人間の争いには、興味が無いとばかりに。そして三島の視線を感じても、気がつかない振りをしている。
 そんな時、これまで傍観をしていた冬也が、ようやく口を開いた。

「いいじゃねぇかアルキエル。行ってやれよ」
「はぁ? 馬鹿か冬也ぁ! 何で俺が、ガキのお守りなんか、しなきゃいけねぇんだ!」
「どうせ俺達は、荒事しか出来ねぇんだ。このおっさんについていけば、合法的に喧嘩出来るぜ!」
「そんなの、憂さ晴らしにもなりゃしねぇだろ!」
「ならこうしよう。食事は必ず、お前が食った事の無い、すげぇ旨い物を食わせる。それでどうだ?」
「っち、しかたねぇ。今回だけだぞ、冬也ぁ。ロイスマリアに帰ったら、覚悟しとけよ」
「あぁ。お前の気が済むまで、稽古をつけてやる」
 
 あっけらかんとした冬也の口添えで、三島の意見を挟む余地なく、アルキエルがボディーガードに決まる。

「三島のおじさん。いいの? 勝手にあんな約束してるけど」
「あぁ構わないよ。そんな条件で、戦いの神がSPになってくれるなら、安いものだよ」
「あっそ、ならいいけどさ」

 三島に一応の確認を取ったペスカは、次にクラウスへ視線を向けた。

「クラウス。悪いんだけど、これから直ぐにリンリンの病室に行って、マナを分けてあげて」
「畏まりました、ペスカ様。それで林殿は、こちらにお連れすれば宜しいのでしょうか?」
「うん、翔一君も一緒に連れてきてね。それと出来れば、PCを一式揃えて帰って来る様に。物はリンリンに選ばせればいいから。支払いは、特霊局がしてね。三島のおじさん、いいでしょ?」
「構わないよ」

 三島は頷くと、椅子の下に置いてある鞄に手をやる。そして、札束を一つ取り出すと、クラウスに渡した。

「これで足りなければ、立て替えておいてくれたまえ。直ぐに払うから」

 クラウスに現金を渡した三島は、そのまま鞄を持つと席を立つ。

「今日はこれで解散だ。皆の尽力を期待している」

 会合の終わりを告げた三島は、アルキエルを連れて玄関へと向かった。その後に続く様に、佐藤も玄関へと向かう。そして三島達は、外に待機させていたタクシーに乗り込み去って行った。
 また、現金を受け取ったクラウスもまた、遼太郎の車に乗り込み林が入院している病院へ急ぐ。

 本格的な戦いが始まろうとしている。
 三島の語る深山の暗躍は、予想を遥かに超える勢いで、日本政府を席巻していく。特霊局を含む一同は、劣勢に追い込まれていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~

松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。 なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。 生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。 しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。 二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。 婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。 カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。

転生チート薬師は巻き込まれやすいのか? ~スローライフと時々騒動~ 

志位斗 茂家波
ファンタジー
異世界転生という話は聞いたことがあるが、まさかそのような事を実際に経験するとは思わなかった。 けれども、よくあるチートとかで暴れるような事よりも、自由にかつのんびりと適当に過ごしたい。 そう思っていたけれども、そうはいかないのが現実である。 ‥‥‥才能はあるのに、無駄遣いが多い、苦労人が増えやすいお話です。 「小説家になろう」でも公開中。興味があればそちらの方でもどうぞ。誤字は出来るだけ無いようにしたいですが、発見次第伝えていただければ幸いです。あと、案があればそれもある程度受け付けたいと思います。

最底辺の転生者──2匹の捨て子を育む赤ん坊!?の異世界修行の旅

散歩道 猫ノ子
ファンタジー
捨てられてしまった2匹の神獣と育む異世界育成ファンタジー 2匹のねこのこを育む、ほのぼの育成異世界生活です。 人間の汚さを知る主人公が、動物のように純粋で無垢な女の子2人に振り回されつつ、振り回すそんな物語です。 主人公は最強ですが、基本的に最強しませんのでご了承くださいm(*_ _)m

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。 授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。

転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~

ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。 異世界転生しちゃいました。 そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど チート無いみたいだけど? おばあちゃんよく分かんないわぁ。 頭は老人 体は子供 乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。 当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。 訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。 おばあちゃん奮闘記です。 果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか? [第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。 第二章 学園編 始まりました。 いよいよゲームスタートです! [1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。 話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。 おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので) 初投稿です 不慣れですが宜しくお願いします。 最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。 申し訳ございません。 少しづつ修正して纏めていこうと思います。

処理中です...