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混乱の東京
343 ヴァンパイア ~真祖~
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「生きてる?」
拠点の部屋で目を覚ました三堂は、自己に課したロールプレイを忘れて、呆気に取られていた。意識を失う瞬間に、死を覚悟した。それ以降は、何も覚えていない。
三堂はゆっくり上体を起こすと、辺りを見回す。まだ判然としていない思考では、自分の置かれた状況が理解出来ない。認識出来たのは、自分の部屋ではない事くらいである。
そして三堂は、やや重たい頭をゆっくりと振る。その瞬間、目に飛び込んで来たのは、自分の変わり果てた姿であった。
本来は痩せ型で、体質的に太り辛く、筋肉もつき辛い。しかし目に映る自分の体は、別人の様に逞しいものになっている。
腕は格闘家の様に太い。胸部が盛り上がり、服がはちきれそうになっている。裾を捲れば、割れた腹筋が有る。目線を足元に移すと、重量挙げの選手の様に、太くがっしりとした足が見えた。
「誰だ? いや、まさか」
別人としか思えない体に、三堂は転生すら疑った。ラノベでは有るまいし、そんな非現実的な事は起こり得ない。そう判断した三堂は、ややふらつく体で立ち上がり、邸内を散策し洗面所を見つける。
そして鏡に映るのは、頬がこけて目がぎょろりと出た、見慣れた自分の顔。髪も長いままである。しかし全身を見れば、体だけが発達しているアンバランスな状態になっている。
「ははっ。ハハハハハ。これは僕かぁ。僕なのかぁ。これは何て言うドーピングだい? まるでアニメの主人公じゃないかぁ! 生きてると思ったら、パワーアップして化け物になったのかぁ。凄いや、凄い。これは凄い事だよぉ」
三堂はケタケタと笑いながら、体を動かす。全身は動かしても、痛みは全く感じなかった。
新宿で暴れ回っていた、得体の知れない化け物から力を吸い取った。直後にその力は、自分を苦しめた。死んでもおかしくなかったにも関わらず、自分はこうして生きている。それどころか、異質なものへと変化を遂げている。自分を苦しめた強大な力は、体に馴染み自由に使いこなせる。
見知らぬ屋敷、化け物の正体と、判然としない事は残る。しかし、事態を把握するのに、充分な要素であろう。三堂は、生まれ変わった自分を見て興奮をした。
「ハハハ。そうか、そうか、そうだったのかぁ。僕はぁ、神になったのかぁ。いや、ちがうなぁ。もともと吸血鬼だからねぇ。真祖って事だよねぇ。アァハハハ、凄いよぉ。最高だぁ、最高だよぉ。これこそが、破壊王ヴァルドラの姿だねぇ。やっと真の姿に覚醒したんだぁ。アアアアハハハハハハ」
体が細く運動が苦手。その上、暗い性格が災いしたのか、幼い頃はいじめられる事が多かった。それは、純粋な幼い三堂を、卑屈に変えていった。そんな三堂を支えたのは、知能の高さであった。だから、ひたすら勉学に励んだ。その行為は、周囲を見下す事へと繋がった。
そして在学中、国家公務員採用総合職試験に合格した。大学を卒業した後、官庁訪問の際に深山と出会い、彼の下で働く事になった。
正義感に溢れた深山を、鬱陶しいと思う事が多々あった。しかし、深山は優秀だった。
頭の回転が速く要領がいい。仕事が速く上からの信頼も厚い。人望も有り、各省に渡り豊かな人脈を築いている。深山は理想の上司であった。三堂はそんな深山を利用し、更に上へと登り詰めようと躍起になった。牙を隠し従順を装って。
しかし三堂の思惑は、二人の人物によって、丸裸にされる。
「野心を持つのは結構だ。所詮は人間のする事だ、国家の為に命を削るなど欺瞞でしか無いからね。ただ隠したいなら、もっと上手く隠したまえ。深山君は、そんなに甘い男ではないよ」
「腹黒い連中は死ぬほど見て来たけど、てめぇはその最たるもんだな。目的を達成する為なら、どんな悪事にでも手を染めるって面だ。でもな、深山の下にいる以上は、通用しねぇぞ! あいつは、てめぇの事なんか、とっくにお見通しだ。せいぜい大人しくしとけ。それが嫌なら、異動願いでも出すんだな」
仕事は真面目にして来た。深山を見習い、明るく振舞ってきた。人間関係も良好だったはずだ。それは二人の男によって、根底から覆された様な気分になった。
三島健三と東郷遼太郎。どこの所属かもわからない存在である。三島が訪れると、高級官僚ですらペコペコと頭を下げる。東郷に関しては、紛争地に赴き邦人援護活動を行ったという噂が有る。
調べれば調べる程に、彼らの謎は深まる。自分が国を動かしていると考えている、傲慢な高級官僚達よりもよっぽど怖い。
自分は賢く、優秀なはずだ。誰にも負けないはずだ。しかし、上には上がいる。決して超えられない壁が有る。二人の存在は、三堂の中に強く印象づけられる。そして極めつけは、深山の存在であった。
「君は、少し世渡りが上手くないね。僕が言うのも何だけど、馬鹿正直ではやっていけないよ。ここは、ある意味では魔窟だよ。優秀で野心を持つ者は、決まって足を引っ張られ、蹴落とされる。そうなりたくなければ、僕の後ろに隠れていなさい」
深山の言葉が優しさだと、受け取る事は出来なかった。馬鹿は永遠に、自分の命令だけを熟せ。三堂には、そうとしか聞こえなかった。ひねくれて育った三堂は、心に更なる歪を作り上げる。
そして気がついた時には仕事を辞め、三堂は自宅へ引き籠っていた。
自分を負け犬と呼称しつつも、他者を卑下する。三堂のちぐはぐな言動は、心の均衡を保つために必要なものだったのかもしれない。
能力が発動してからも、それは変わらない。深山から仲間に誘われた時も、恐れが先に立った。勧誘を断りながらも、連絡を取り続けていたのは、深山が怖かったからに他ならない。
しかし今はもう違う。三堂は自分の変化と共に、開放感を感じていたのかもしれない。
自分を縛り付ける社会、超えられない壁、暴力、知恵、権力、金、全てのトラウマから解放され、自由になった感覚に浸っているのだろう。例えそれが、まやかしだったとしても。借り物の力だったとしても。三堂にとって、それが正解なのだから。
「アハハ。この力が有れば、全てを壊せるよぉ。そうだよぉ、三島も東郷も敵じゃないんだぁ! 深山もねぇ! みんな、みんな、壊してやる! 壊し尽くして、殺し尽くして、僕は新たな世界の神になるんだぁ! アアァァァ、アハハハ。ヒャハハハハハハ」
そして三堂は洗面所を出ると、玄関へと向かう。吐いた言葉通り、世界を壊す為の行動に移る。しかし、三堂に少しでも正気が残っていたら、色々な事に気がついたのかもしれない。だが、今の三堂には不可能であろう。例え他者から指摘をされても、聞き入れないだろう。それがどれだけ本人を思った言葉であったとしても、届かないだろう。
愉悦に浸る三堂には、それを理解する理性すら残されていない。
そして笑い声が、三堂の耳に届く。それは紛れもなく、自分を苦しめた化け物の声だった。
「アッハハハハ。随分と面白れぇ事になってるじゃねぇか! なぁペスカ」
「いや、馬鹿なのアルキエル。あれを見て、面白いって言える神経を疑うよ!」
「この世界の人間でも、悪意に呑み込まれるんだ。面白れぇじゃねぇか、そうだろ? あれはもう人間じゃねぇ!」
「はぁ、ったくもう! 私は二度と見たくなかったよ、人間のモンスター化なんてさ! 人間の形を保って、言葉を話す知恵が残ってるなんて、かわいそうで見てらんないよ! 何よあの目、どす黒くなっちゃって」
「小僧! お前は、車に戻ってろ! ペスカ、この家に結界を張れ! せめてもの情けだ。こいつは、俺が浄化してやる!」
「馬鹿な事を言うな! アルキエル、あんたは肉体を顕現させるだけの神気しか、許されてないんだからね! お兄ちゃんに言いつけるよ!」
「うるせぇよ、ペスカ。言いたきゃ勝手にしやがれ! こうなった原因は、こいつの中に有る鬱屈した感情だ! だが、きっかけは俺の神気だろうが! 俺が責任を取らなくてどうするよ! それこそ、冬也に叱られるだろうが!」
「まぁ、そうかも知れないけど。それなら、せめて殺すのは無しだよ!」
「そんな余裕が有ればな!」
「無かったら、問答無用で私が手を出すからね!」
「仕方ねぇ。それなら、久しぶりに全力でやるとするか! 待たせたな! 調伏の時間だ!」
会話の内容を、三堂は理解が出来なかった。そして怒りが沸き上がる。敵を殺す為の力が、全身を駆け巡る。そして三堂は、自分を見下す化け物を退治する為に、拳を握りしめて走り出した。
拠点の部屋で目を覚ました三堂は、自己に課したロールプレイを忘れて、呆気に取られていた。意識を失う瞬間に、死を覚悟した。それ以降は、何も覚えていない。
三堂はゆっくり上体を起こすと、辺りを見回す。まだ判然としていない思考では、自分の置かれた状況が理解出来ない。認識出来たのは、自分の部屋ではない事くらいである。
そして三堂は、やや重たい頭をゆっくりと振る。その瞬間、目に飛び込んで来たのは、自分の変わり果てた姿であった。
本来は痩せ型で、体質的に太り辛く、筋肉もつき辛い。しかし目に映る自分の体は、別人の様に逞しいものになっている。
腕は格闘家の様に太い。胸部が盛り上がり、服がはちきれそうになっている。裾を捲れば、割れた腹筋が有る。目線を足元に移すと、重量挙げの選手の様に、太くがっしりとした足が見えた。
「誰だ? いや、まさか」
別人としか思えない体に、三堂は転生すら疑った。ラノベでは有るまいし、そんな非現実的な事は起こり得ない。そう判断した三堂は、ややふらつく体で立ち上がり、邸内を散策し洗面所を見つける。
そして鏡に映るのは、頬がこけて目がぎょろりと出た、見慣れた自分の顔。髪も長いままである。しかし全身を見れば、体だけが発達しているアンバランスな状態になっている。
「ははっ。ハハハハハ。これは僕かぁ。僕なのかぁ。これは何て言うドーピングだい? まるでアニメの主人公じゃないかぁ! 生きてると思ったら、パワーアップして化け物になったのかぁ。凄いや、凄い。これは凄い事だよぉ」
三堂はケタケタと笑いながら、体を動かす。全身は動かしても、痛みは全く感じなかった。
新宿で暴れ回っていた、得体の知れない化け物から力を吸い取った。直後にその力は、自分を苦しめた。死んでもおかしくなかったにも関わらず、自分はこうして生きている。それどころか、異質なものへと変化を遂げている。自分を苦しめた強大な力は、体に馴染み自由に使いこなせる。
見知らぬ屋敷、化け物の正体と、判然としない事は残る。しかし、事態を把握するのに、充分な要素であろう。三堂は、生まれ変わった自分を見て興奮をした。
「ハハハ。そうか、そうか、そうだったのかぁ。僕はぁ、神になったのかぁ。いや、ちがうなぁ。もともと吸血鬼だからねぇ。真祖って事だよねぇ。アァハハハ、凄いよぉ。最高だぁ、最高だよぉ。これこそが、破壊王ヴァルドラの姿だねぇ。やっと真の姿に覚醒したんだぁ。アアアアハハハハハハ」
体が細く運動が苦手。その上、暗い性格が災いしたのか、幼い頃はいじめられる事が多かった。それは、純粋な幼い三堂を、卑屈に変えていった。そんな三堂を支えたのは、知能の高さであった。だから、ひたすら勉学に励んだ。その行為は、周囲を見下す事へと繋がった。
そして在学中、国家公務員採用総合職試験に合格した。大学を卒業した後、官庁訪問の際に深山と出会い、彼の下で働く事になった。
正義感に溢れた深山を、鬱陶しいと思う事が多々あった。しかし、深山は優秀だった。
頭の回転が速く要領がいい。仕事が速く上からの信頼も厚い。人望も有り、各省に渡り豊かな人脈を築いている。深山は理想の上司であった。三堂はそんな深山を利用し、更に上へと登り詰めようと躍起になった。牙を隠し従順を装って。
しかし三堂の思惑は、二人の人物によって、丸裸にされる。
「野心を持つのは結構だ。所詮は人間のする事だ、国家の為に命を削るなど欺瞞でしか無いからね。ただ隠したいなら、もっと上手く隠したまえ。深山君は、そんなに甘い男ではないよ」
「腹黒い連中は死ぬほど見て来たけど、てめぇはその最たるもんだな。目的を達成する為なら、どんな悪事にでも手を染めるって面だ。でもな、深山の下にいる以上は、通用しねぇぞ! あいつは、てめぇの事なんか、とっくにお見通しだ。せいぜい大人しくしとけ。それが嫌なら、異動願いでも出すんだな」
仕事は真面目にして来た。深山を見習い、明るく振舞ってきた。人間関係も良好だったはずだ。それは二人の男によって、根底から覆された様な気分になった。
三島健三と東郷遼太郎。どこの所属かもわからない存在である。三島が訪れると、高級官僚ですらペコペコと頭を下げる。東郷に関しては、紛争地に赴き邦人援護活動を行ったという噂が有る。
調べれば調べる程に、彼らの謎は深まる。自分が国を動かしていると考えている、傲慢な高級官僚達よりもよっぽど怖い。
自分は賢く、優秀なはずだ。誰にも負けないはずだ。しかし、上には上がいる。決して超えられない壁が有る。二人の存在は、三堂の中に強く印象づけられる。そして極めつけは、深山の存在であった。
「君は、少し世渡りが上手くないね。僕が言うのも何だけど、馬鹿正直ではやっていけないよ。ここは、ある意味では魔窟だよ。優秀で野心を持つ者は、決まって足を引っ張られ、蹴落とされる。そうなりたくなければ、僕の後ろに隠れていなさい」
深山の言葉が優しさだと、受け取る事は出来なかった。馬鹿は永遠に、自分の命令だけを熟せ。三堂には、そうとしか聞こえなかった。ひねくれて育った三堂は、心に更なる歪を作り上げる。
そして気がついた時には仕事を辞め、三堂は自宅へ引き籠っていた。
自分を負け犬と呼称しつつも、他者を卑下する。三堂のちぐはぐな言動は、心の均衡を保つために必要なものだったのかもしれない。
能力が発動してからも、それは変わらない。深山から仲間に誘われた時も、恐れが先に立った。勧誘を断りながらも、連絡を取り続けていたのは、深山が怖かったからに他ならない。
しかし今はもう違う。三堂は自分の変化と共に、開放感を感じていたのかもしれない。
自分を縛り付ける社会、超えられない壁、暴力、知恵、権力、金、全てのトラウマから解放され、自由になった感覚に浸っているのだろう。例えそれが、まやかしだったとしても。借り物の力だったとしても。三堂にとって、それが正解なのだから。
「アハハ。この力が有れば、全てを壊せるよぉ。そうだよぉ、三島も東郷も敵じゃないんだぁ! 深山もねぇ! みんな、みんな、壊してやる! 壊し尽くして、殺し尽くして、僕は新たな世界の神になるんだぁ! アアァァァ、アハハハ。ヒャハハハハハハ」
そして三堂は洗面所を出ると、玄関へと向かう。吐いた言葉通り、世界を壊す為の行動に移る。しかし、三堂に少しでも正気が残っていたら、色々な事に気がついたのかもしれない。だが、今の三堂には不可能であろう。例え他者から指摘をされても、聞き入れないだろう。それがどれだけ本人を思った言葉であったとしても、届かないだろう。
愉悦に浸る三堂には、それを理解する理性すら残されていない。
そして笑い声が、三堂の耳に届く。それは紛れもなく、自分を苦しめた化け物の声だった。
「アッハハハハ。随分と面白れぇ事になってるじゃねぇか! なぁペスカ」
「いや、馬鹿なのアルキエル。あれを見て、面白いって言える神経を疑うよ!」
「この世界の人間でも、悪意に呑み込まれるんだ。面白れぇじゃねぇか、そうだろ? あれはもう人間じゃねぇ!」
「はぁ、ったくもう! 私は二度と見たくなかったよ、人間のモンスター化なんてさ! 人間の形を保って、言葉を話す知恵が残ってるなんて、かわいそうで見てらんないよ! 何よあの目、どす黒くなっちゃって」
「小僧! お前は、車に戻ってろ! ペスカ、この家に結界を張れ! せめてもの情けだ。こいつは、俺が浄化してやる!」
「馬鹿な事を言うな! アルキエル、あんたは肉体を顕現させるだけの神気しか、許されてないんだからね! お兄ちゃんに言いつけるよ!」
「うるせぇよ、ペスカ。言いたきゃ勝手にしやがれ! こうなった原因は、こいつの中に有る鬱屈した感情だ! だが、きっかけは俺の神気だろうが! 俺が責任を取らなくてどうするよ! それこそ、冬也に叱られるだろうが!」
「まぁ、そうかも知れないけど。それなら、せめて殺すのは無しだよ!」
「そんな余裕が有ればな!」
「無かったら、問答無用で私が手を出すからね!」
「仕方ねぇ。それなら、久しぶりに全力でやるとするか! 待たせたな! 調伏の時間だ!」
会話の内容を、三堂は理解が出来なかった。そして怒りが沸き上がる。敵を殺す為の力が、全身を駆け巡る。そして三堂は、自分を見下す化け物を退治する為に、拳を握りしめて走り出した。
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