妹と歩く、異世界探訪記

東郷 珠

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混乱の東京

334 オールクリエイト ~新宿抗争 その4~

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 タクシー代わりになったパトカーの中で、美咲は未だ震えていた。仕方があるまい。美咲は喧嘩はおろか、口喧嘩でさえ嫌がるタイプの女性なのだから。
 感受性が豊で、特に自然を愛する。一言でまとめれば、美咲はそんな女性である。それは、美咲の創作物にも表れている。
 美しい自然をそのまま切り取った様な風景画、何気なく微笑んだ時の柔らかな表情を巧みに描いた人物画。そして彼女の才は、絵画に止まらない。陶芸やガラス細工においても、彼女の才は発揮された。
 いずれの作品も、柔らかい印象、または情緒を感じさせるのは、彼女自身の繊細な心が織りなす作品だからであろう。
 
 戦場とは真逆にいる存在である。にも関わらず、震える手足を必死に抑え、美咲は戦いに赴こうとしている。覚悟はしている。しかし、怖いものは怖い。それは自然な心の動きであろう。

 消し去りたい辛すぎる過去を、飲み込もうとする決意。乗り越えようとする覚悟。

 誰もが出来る事ではない。心を病んだとて、誰からも侮蔑はされまい。
 同席する遼太郎は、美咲の意志を知ったからこそ、戦場へ向かう事を許した。そして真の意味で強さを持つ美咲を、支えようと誓っていた。
 そうは言えど、遼太郎に何かが出来るはずもない。戦場へ赴く美咲の心を、少しでも軽くしてやることだけであろう。
 道中で遼太郎は、冬也が起こした幼少期からの出来事を話して聞かせた。美咲はその話を、少し笑いながらも楽し気に聞いていた。

「あこがれます。そんな強い人に、私もなりたいです」
「勘違いするなよ美咲。いくらあいつが神の子として生まれても、初めから強かったんじゃねぇ。強く有りたいと願って、強くなったんだ。だから俺がつける稽古でも、貪欲に色んなもんを吸収した。強くなりたいと願うなら、お前だって出来るはずだ」
「そうでしょうか?」
「あぁ、俺が保証してやる。わざわざあんな場所に行くんだ、それが証拠だ」

 ぶっきらぼうな遼太郎の言葉に、美咲は笑みを深めた。少し落ち着いたのか、自身の思いを吐露する様に、美咲は口を開いた。

「本当は怖いんです。勿論、私に戦いなんて、考えられないし。それにあの時の事は、思い出したくも無いです。でもこのままいけば、私は人を嫌いになってしまう。それはもっと怖い事なんです。人が好きです。自然が好きです。この世界が好きです。今まで大事にして来たものを、全て否定する位なら、私は戦う事を選びます」

 未だ少し震える体で、笑顔を作る。弱さに向き合い、強くあらんとする。それは最早、弱者のものではない。
 遼太郎は破顔していた。そして、まるで自分の娘であるかの様に、美咲の頭を撫でていた。
 本当は、優しい子なんだ。そして、己の大切を守る為に、ちゃんと道を選べる子なんだ。それが、何よりも微笑ましく、また誇らしく思えた。

 その昔、人間によって生み出された戦いの神ミスラ。神として長い年月を生きる中で、多く人間を見て来た。だからこそ言えよう、お前はもう立派な戦士であると。だからこそ背中を押そう、そしてこの娘の行く末を見届けよう。
 
 そして、少し恥ずかし気にしながらも、美咲は目を細める。
 遼太郎の手から、朦朧とした意識の中で感じていたものと同じ、温かい力を感じる。強張った体が、ほぐれていくのがわかる。緊張が解け、自然体に近づいていくのがわかる。そして、到着する頃には、美咲の震えは治まっていた。

 パトカーはアルキエルに近づくと、美咲と遼太郎を降ろして去る。そして美咲は、声を張り上げた。

「お待たせしました!」

 そこは、銃弾の雨が降り注ぐ戦場。だが、美咲の心は凪いでいた。そして、手製の武器を構えると、狙いを定めて引鉄を引く。
 武器からは光が放出され、荒くれ者達に向かい飛んでいく。その内の一人に命中すると、崩れる様に倒れ伏した。
 
「やるじゃねぇか、小娘ぇ。てめぇか、山中ってのはよぉ」
「はい。あなたが、アルキエルさんですね」

 アルキエルが無意識に放つ威圧感にすら、怯える事はない。怖さはもう、乗り越えたのだから。

「よく来たな。あんた、俺が思っていた以上に、強いんだな」
「いえ、冬也さん。あなたのおかげです。これで、約束が果たせますね」
「馬鹿だな、あんた。別にそんなの、破った所で構わねぇのによ」
「そういう訳にはいきませんよ。私自身の為にね」
「そうか。なら、一緒に戦うか。もうそろそろ、アルキエルの遊びに付き合うのは、飽きてきた所だしな」
「はい。お供します」

 冬也に声をかけられ、柔らかく微笑む。その姿に、もう脆弱さは欠片も感じない。
 
「おい美咲。調子に乗るんじゃねぇ! ここは、戦場なんだぞ!」

 遼太郎の言葉通り、普段の新宿とは余りにも乖離した空間である。冬也やアルキエルの傍にいるならば、美咲もターゲットとして狙われる。呑気に話をしている場合ではないのだ。
 狙撃をするなら、せめて建物に身を隠せ。そんな言葉が、遼太郎から出る前に、美咲に向かい銃弾が放たれる。
 しかし、美咲は咄嗟に作り出した透明のシールドで、銃弾を防いだ。
 
 アルキエルは、美咲を守る気は端から持ち合わせていない。冬也のスピードなら、十センチ手前でも美咲に向かう銃弾を跳ね返せる。
 だが美咲は、冬也が守るまでも無い事を証明してみせた。そして、遼太郎には笑顔を返す。その笑顔は、織り込み済みですご安心をと言っている様に、遼太郎は感じた。

 初陣で調子に乗れば痛い目を見る。それは、美咲には当てはまらないのかもしれない。
 恐れを知るから、念入りに準備を整える。そしてあらゆる事態を想定し、行動に移す。得てしてそれは、腕力や武器の操作技術よりも、よっぽど戦場に必要なスキルなのかもしれない。
 冬也やアルキエル、それに遼太郎と比べれば、美咲が荒くれ者を倒す数は圧倒的に少ない。だが、確実に一人ずつ意識を奪っていく。
 神と人を比べるのは、意味が無い。しかし人として、一人の女性として、美咲の初陣は歴戦の兵士にも劣らないものだった。

「ミスラ。お前、面白そうな奴を連れて来やがったな。あいつは、俺が鍛えてやろうか?」
「よせアルキエル。あいつはそういうタイプじゃねぇ! お前に任せたら、脳筋になっちまう!」
「人間になって、冗談を学んだのか? お前が言っても、説得力がねぇぞ」
「余計なお世話だ! 冬也の馬鹿は、生まれつきだ! 俺のせいにすんじゃねぇ!」

 主役が登場して、堰を切ったかの様に、冬也は戦いへ集中しだす。アルキエルは、負けじと拳を振るう。二柱の神が縦横無尽に走り回り、荒くれ者達をなぎ倒していく。
 戦い慣れていない美咲を常に視野に入れながら、遼太郎は戦闘を続ける。美咲は、慎重に立ち回りながら、確実に荒くれ者を仕留めていく。
 荒くれ者達は、奇声を上げながら銃を乱射し倒される。それは、既に殲滅戦であった。
 
 どれだけ喚こうが、容赦なく拳を振るうアルキエルと冬也。あれだけ辛い目に合わせた荒くれ者達が狂気する姿は、美咲にどう映っただろう。
 最初こそ、怒りや憎しみが有った。しかし、段々とそれは薄れていった。何せ、あっけなく自分の攻撃に倒れていくのだから。そして、アルキエルや冬也と対峙した際の奴らは、哀れみすら覚える程に情けない姿を晒していた。

 決して自分が強くなった訳ではない。元々彼らは弱い人種だったのだろう。武器を手にして強くなったと思い込んでいる、哀れな者達なのだろう。
 強さを履き違え、悲惨な末路を遂げた荒くれ者達に、かける言葉は無い。そして、憎しみすらも浮かばない。

 幾つもの悲鳴を上げた殲滅戦は、夜が明ける頃には終わっていた。倒されて解放されたと思うなら、それでいい。だがこれからの人生で大きな障害を抱え、彼らは生きていく事になる。
 一人の能力者を道具の様に使い、暴利を貪ろうとした者達は全て倒れ伏し、病院へと搬送されていく。しかし、都内の病床が余っている訳も無く、全国へと送られた。
 日が高く昇る頃には実況見分も済み、屋内退避指示も解除されていた。
 
 警察が発表した麻薬取引の増加は世間を賑わせたが、ニュースで顔を晒されたアルキエルや冬也達についての発表は伏せられた。
 そして、政府からは麻薬取引に関して、指定暴力団等が抗争を起こした結果、それを鎮圧する為に特殊部隊を派遣したとだけ、発表が行われた。
 新聞やTVのニュースでは、不自然な程その内容について切り込む者は居なかった。

 ☆ ☆ ☆ 

「動かないで正解だったな」
「その様だ。特霊局の連中を些か舐めていたかもしれない」
「あれは異常だぞ! それにあのニュースは何だ! 情報を規制でもしやがったか?」
「恐らく三島の仕業だ」
「ふざけやがって! 政治家ってのは、いつもそうだ! 都合の悪い事は隠しやがる!」
「それを止める為の俺達だろう! わすれたのか?」
「忘れてはいない。だけど、もう我慢が出来そうにない! せめて、あの女の能力だけでも、奪っていいだろ?」
「それは構わないが、焦って事態をややこしくするなよ。お前の能力は、替えが利かないんだ」
「わかってるさ、上手くやる。とっておきを、奴らにプレゼントしてやる」
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