妹と歩く、異世界探訪記

東郷 珠

文字の大きさ
上 下
331 / 415
混乱の東京

329 オールクリエイト ~沈黙する都市~

しおりを挟む
 佐藤に連絡をした後、冬也は直ぐに自宅へ電話をかけた。何コールかの後、電話が繋がる。

「もしもし、東郷です」
「空ちゃんか? 冬也だ」
「冬也さん? お疲れ様です。状況は如何ですか?」
「順調だ。わりぃがペスカに代わってくれないか?」
「はい。ちょっと待っててくださいね」

 弾むような空の声が耳元をくすぐる。そして間髪入れずに、ペスカが電話口に出る。

「なぁに、お兄ちゃん。アルキエルみたいに、何かやらかしたの?」
「はぁ? 何言ってんだペスカ」
「まぁお兄ちゃんだし、滅多な事はしないか。それで何?」
「ペスカ。重度の麻薬依存を治療出来るか?」

 それまでの会話とは異なり、冬也の重いトーンで全てを察したのか、ペスカは少し間をおいて冬也に答えた。

「うん、大丈夫だよ。何なら嫌な記憶ごと、消してあげようか?」
「それは本人に聞いてくれ。これから、能力者をそっちに送っていく。名前は山中美咲さんだ」
「わかった。その山中さんって人の事は任せて。それよりさ、お兄ちゃん」
「何だ? 何かあったのか?」
「予想外の事態だよ。作戦は少し変更するからね。お兄ちゃんは直ぐにアルキエルと合流して」
「はぁ? どういう事だよ!」
「アルキエルがさぁ。たまたま現場で出くわした報道カメラの前で、宣戦布告しちゃったんだよ。詳しくは、ネットのニュースで見るといいよ」
「そっか。ちまちま潰すのに飽きたんだな」
「たぶんね。アルキエルらしいよ」
「わかった。でも、合流は山中さんを送った後だ。何が有ったにせよ、あいつなら心配いらねぇよ。街をぶっ壊す事はねぇし、必要以上にボコる事もねぇだろ」

 アルキエルが何をしたのか、冬也にはある程度の予想がついていた。何故なら、アルキエルとは神気のパイプが繋がっており、薄っすらと感情が伝わって来る。それと恐らくだが、自分も似た様な行動をするだろうと思っている。
 そしてこの件については、冬也は何一つ心配をしていなかった。アルキエルの安否自体を、これっぽっちも考えてもいない。それどころか、酷い結果を生む様な事は絶対にしない、そんな確信が冬也にはあった。

 遼太郎の様に、道中で襲われる可能性も考えられる。冬也は、山中を送り届けた後でアルキエルに合流する事を告げ、ペスカとの通話を切る。
 通話が終わって十分も経たず、現場に警察が到着する。冬也は警察官の一人に訳を話し、パトカーで自分達を送る様に願い出た。恐らく、佐藤が想定してたのだろう。警察官は、わかっているとばかりに、二つ返事で承諾した。

 そして当の山中は、冬也の神気に包まれ安心しているのか、椅子に背を預け目を閉じている。冬也は山中に声をかけ、立ち上がらせると肩を貸し、パトカーまで連れて行った。冬也が居る事で安心しているのか、山中はパトカーに乗り込む事を怖がらなかった。
 警察官達は山中を見て、直ぐに麻薬中毒者だと気が付いただろう。しかし、誰もが山中について言及する事は無く、現場のビルを後にする事が出来た。

 道中では、各所に機動隊らしき車が止まっているのが見える。更にはあらゆる幹線道路で取り締まりが行われ、警察が厳戒体制を敷いている事を、運転手の警察官に教えられた。
 流石の事態に、冬也はスマートフォンを操作し、ネットニュースを閲覧する。ニュースを埋め尽くしていたのは、アルキエルの発言とそれに伴う闇組織の動き、そして市民の反応であった。

「やくざだか何だか知らねぇけどよぉ。既に幾つかの組織を潰してやった。麻薬ってのは、この国じゃ禁止されてんだろ? そんなもんを作らせたんだ、当然だよなぁ。悔しいか、あぁ? このままチマチマ潰してもいいんだけどよぉ、せっかくだから反撃のチャンスをくれてやるぜぇ。そうだな。新宿って場所があんだろ? これから俺はそこに行く。拳銃みてぇなチンケな武器じゃなくて、もっと上等なのを持ってかかって来い!」

 アルキエルがそう吐き捨てると、ラグが起こった様に映像が乱れる。映像の乱れが収まった時には、アルキエルの姿はなかった。映像はそれだけである、しかしその後の反応が凄まじかった。
 それ単体で見れば、意味の分からない映像であろう。しかし、複数の暴力団事務所が襲われている事は、既に報道されていた。そして極めつけは、指定暴力団総本部の壊滅だろう。
 それら報道を受けて、全国の関連組織が事実確認を行う。結果、全国の指定暴力団や傘下の組織が、東京に向かい動きだしたのである。

 そして、報復戦争の様相を呈する状況を、マスコミが煽り立てる。最初はほとんどの者が、他人事の様に捉えていた。
 しかし、テレビで息巻いていた外国人が、銃弾を掻い潜りながら拳銃を持つ複数の構成員を伸していく。しかもその映像がライブ中継だと知れば、これは現実なのだと理解が出来ただろう。
 更にはパトカーのサイレンが忙しなく鳴り響き、外出を控える警告が告げられれば、もう他人事だと思う者はいまい。

 既に日が暮れ、人通りが活発になる時間帯が訪れている。
 しかし検問の為、新宿に近づく車が極端に減っている。電車は一時的な運休に陥っている。サラリーマンは帰宅が出来ずオフィスに隔離され、煌々とオフィスの灯りだけが街を照らす。繁華街からは店の灯りが消え、電光掲示板だけが虚しく点滅し続ける。
 
 この夜、新宿の街からは人が消えた。
 戦いの狂気を内包する、異様な静けさが訪れていた。
 
 新宿都庁とその界隈には、機動隊が警備網を敷いている。そんな状況で堂々と活動をしているのは、暴力団や、繁華街を中心に潜んでいる海外マフィア、またはその関係者であろう。
 また警察が検問を設置するより先に、都内に存在する闇組織の構成員達が新宿に向かっている様子も、報道されていた。検問を突破し、新宿へ向かう集団が存在する事も報道されている。
 
 実際に報道されたコメントと戦う光景を見れば、アルキエルは拳銃が通用しない化け物じみた強さである事を理解出来るだろう。それでも何故か、戦いに引き寄せられる様に集まって来る。それは戦いの神としてのアルキエルが、存在意義を発揮しているのであろうか。いずれにせよ、アルキエルを中心に新宿は戦場に変わりつつあった。

 警察や機動隊は、基本的には市民を守る為に立ち回り、抗争には関与しない姿勢を見せている。そんな姿を揶揄する声も上がっている。
 当然いきなり現れて闇組織を挑発し、抗争を始めたアルキエルに対しても、問題視する意見がネット上に拡散していた。

 巻き込まれたに過ぎず、迷惑以外の何物でもない。何も知らない一般市民からすれば、そんな意見が上がるのは当然だろう。これにより、社会経済へかなりの影響を与えるだろう。
 しかし、闇組織が行う歪な経済活動を容認するより、よっぽどましではないだろうか。
 
「ったく、楽しそうにしやがって」 

 報道ヘリコプターからの映像であろう、TVの中継画面を見て、冬也は呆れた様に呟いた。
 アルキエルの行動を咎めるつもりは一切ない。遅かれ早かれ、こんな事態になる事は冬也にでも予想が出来た。東京中の闇組織を潰すのであれば、全国にある関連組織から反撃を受けて然るべきなのだから。

 それよりも、一般市民に被害が出ない様に立ち回る、警察側の対応を褒めてもいいのではないか。全てを佐藤が手配したのでは無いだろう、他にも頭が切れる者は存在するはずである。市民の安全を第一に考えた、警察の総意は見て取れる。
 はた迷惑な抗争を行う外国人、そんな報道が行われる一方で、麻薬取引の増加に関するニュースも一部では取り上げられ、ネット上ではアルキエルの行動を後押しする意見も、ちらほらと見え始めている。

「どうでもいいが、煽るのだけは止めて欲しいな。首を突っ込んでくる奴が出て来ねぇとも限らねぇんだしよ」
 
 冬也に気がかりが有るとすれば、正義を掲げる同調者が現れ、状況をかき回す事である。
 マスメディアを利用し伝えるのは、正確な事実だけでいい。エセ知識人の恣意的な意見は、介在するべきではない。報道に公平性が無くなった時、それは思想の誘導、所謂プロパガンダになり得る。
 煽るだけ煽って一般市民の恐怖を高め、その結果がどうなるのか、全く理解していないのだろうか。

 また、ネット上だけで呟かれる言葉単体には、大した重みは無い。それは説得力の差であろう。しかしネット上での無責任な言葉の応酬は、非常に速い拡散力を持つ。無論、中には誠実性を持って、危険を訴える者もいるだろう。しかし無責任な拡散の多くは、愉快犯と何ら変わりはない。

 様々なマスメディアを介して、一方的な情報を面白半分に拡散していく、言論の自由を履き違えた醜悪な怪物達。マスコミュニケーションを始め、情報を二次伝達する側も、第三者に与える影響を考慮した、然るべき配慮が必要だろう。
 
 冬也はそんな漠然とした不安を抱きながら、暫くネットのニュースを眺めていた。そして、自宅へと到着する。山中を優しく支えてパトカーから降ろすと、そのまま肩を貸して玄関まで歩く。
 玄関に到着すると、中から様子を見ていたのか、戸が開きペスカが姿を現した。

「お帰り、お兄ちゃん」
「ただいま」
「その人が山中さんね」
「あぁ、治療を頼む。それと、もしこの人が現場に行きたいって言ったら、協力してやってくれ」
「わかったよ、お兄ちゃん」

 山中をそっとペスカに預けると、冬也は振り向いてパトカーへ戻る。勿論、行先は戦場と化す新宿へ。抗争は今まさにピークを迎えようとしていた。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

奪い取るより奪った後のほうが大変だけど、大丈夫なのかしら

キョウキョウ
恋愛
公爵子息のアルフレッドは、侯爵令嬢である私(エヴリーヌ)を呼び出して婚約破棄を言い渡した。 しかも、すぐに私の妹であるドゥニーズを新たな婚約者として迎え入れる。 妹は、私から婚約相手を奪い取った。 いつものように、妹のドゥニーズは姉である私の持っているものを欲しがってのことだろう。 流石に、婚約者まで奪い取ってくるとは予想外たったけれど。 そういう事情があることを、アルフレッドにちゃんと説明したい。 それなのに私の忠告を疑って、聞き流した。 彼は、後悔することになるだろう。 そして妹も、私から婚約者を奪い取った後始末に追われることになる。 2人は、大丈夫なのかしら。

平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした

カレイ
恋愛
 「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」  それが両親の口癖でした。  ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。  ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。  ですから私決めました!  王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。  

「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう

天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。 侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。 その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。 ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

妹の事が好きだと冗談を言った王太子殿下。妹は王太子殿下が欲しいと言っていたし、本当に冗談なの?

田太 優
恋愛
婚約者である王太子殿下から妹のことが好きだったと言われ、婚約破棄を告げられた。 受け入れた私に焦ったのか、王太子殿下は冗談だと言った。 妹は昔から王太子殿下の婚約者になりたいと望んでいた。 今でもまだその気持ちがあるようだし、王太子殿下の言葉を信じていいのだろうか。 …そもそも冗談でも言って良いことと悪いことがある。 だから私は婚約破棄を受け入れた。 それなのに必死になる王太子殿下。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】悪女のなみだ

じじ
恋愛
「カリーナがまたカレンを泣かせてる」 双子の姉妹にも関わらず、私はいつも嫌われる側だった。 カレン、私の妹。 私とよく似た顔立ちなのに、彼女の目尻は優しげに下がり、微笑み一つで天使のようだともてはやされ、涙をこぼせば聖女のようだ崇められた。 一方の私は、切れ長の目でどう見ても性格がきつく見える。にこやかに笑ったつもりでも悪巧みをしていると謗られ、泣くと男を篭絡するつもりか、と非難された。 「ふふ。姉様って本当にかわいそう。気が弱いくせに、顔のせいで悪者になるんだもの。」 私が言い返せないのを知って、馬鹿にしてくる妹をどうすれば良かったのか。 「お前みたいな女が姉だなんてカレンがかわいそうだ」 罵ってくる男達にどう言えば真実が伝わったのか。 本当の自分を誰かに知ってもらおうなんて望みを捨てて、日々淡々と過ごしていた私を救ってくれたのは、あなただった。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

処理中です...