妹と歩く、異世界探訪記

東郷 珠

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変わりゆく日常

294 ロイスマリア武闘会 ~戦略~

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 いつ以来だろう、こんなに胸が高鳴るのは。戦いたくてしょうがない、そんな気持ちにさせられるのは。

 サムウェルの心は踊っていた。戦いを終え控室に引き上げて来るズマとモーリスから、目が離せずにいた。ズマとモーリスに労いの言葉を掛けながらも、サムウェルの心は試合の事でいっぱいになっていた。試合に集中するのは、当然であろう。だが、サムウェルの場合は少し異なる。十全の準備こそが、勝利を掴む鍵であり、戦いを行う前には勝敗が見えている。サムウェルの心を支配していたのは、ズマとモーリスが行った熱戦。傲慢と言えるだろうが、サムウェルの中では既に未来の試合が始まっていた。

 無論、ベヒモスという強敵を前に、心が躍らないはずがない。それ以上に、長年のライバルであるモーリスの戦いは圧巻であった。ズマを相手に勝利を掴むのは、サムウェルでさえ困難を極める。ただ、モーリスは勝って見せた。モーリスが勝利した瞬間、サムウェルは先を越された感覚に陥った。

 神という次元の違う存在は兎も角、モーリスやケーリア達ライバルに対して感じていたのは、あくまでも同格で有りそれ以上ではない。それは天才故に抱えていた悩みであり、サムウェルがペスカに心酔した理由でもある。天才を超える存在は、それ以上の天才しか有り得ない。そんなサムウェルを盲信だと笑うかの様に、モーリスは一歩先に進む。かつてペスカに憧れた様に、サムウェルは挑む喜びを味わっていたのだろう。

 次の出場者を呼ぶアナウンスが鳴り、サムウェルが会場へと一歩を踏み出す。同時にベヒモスが空中から降りてくる。試合会場を覆うかの様なベヒモスの体を下から眺めながら、サムウェルはマナを高めて呪文を唱えた。

「全ての力は、我が槍の下へ」

 短い詠唱であったが、それで充分。既にサムウェルの中で、これから始まる戦いの結果はわかっている。見ているのは次の試合。ベヒモスが付け入るとするならば、サムウェルの慢心だろう。もし、サムウェルに慢心が有ったとしたらだが。

 エンシェントドラゴン並みの膨大なマナを有し、四大魔獣の中では魔法を得意とするベヒモス。更に鉄の刃すら通さない頑丈な皮膚を持つからこそ、ベヒモスは四大魔獣の中でも最大の難敵である。
 ただ、魔法がベヒモスの専売特許だと思ったら、大きな間違いである。かつてサムウェルは、大地を埋め尽くすゾンビを相手に、独りで浄化を続け生き残った。元々有していた知と槍の才、ペスカによって鍛えられた魔法の才。それを遺憾なく発揮するなら、巨大な体躯の魔獣とて相手にならない。

 両者は試合会場の中央に立ち、向かい合う。サムウェルの体を包むのは、ズマやモーリスと同等の濃密なマナ。瞬間的にベヒモスは悟ってしまった。相手はズマと同様に、自分より高みにいるのだと。自然と口から零れたというのが正解だろうか、ベヒモスは問いかけた。

「勝つと言うより、負ける事など微塵も考えていない様だね」
「言わずもがなだぜ」
「大海を知らずに、俺たち魔獣は今まで何をして来たんだろうね」
「そんな事はねぇさ。今の時点では、俺が上回ってる。それだけの事だ」

 そんな軽い話ではあるまい。サムウェルの体を包む濃密なマナを見ればわかる。自分の魔法は、きっと彼には通じない。彼は自分の強靭な身体さえものともしないだろう。これからどれだけの修練を積めば、この差を埋められると言うのだ。ベヒモスは、圧倒的な力の差に深く息を吐いた。

 ベヒモスとて負ける為に、大会に参加したのではない。この時ふと、ベヒモスの頭の中に、一回戦で戦った少年剣士ゼルの言葉が蘇った。何も得る事なく敗北するのが怖い。ベヒモスは、その言葉に後押しされる様に、体をマナで満たす。

「端から勝利を諦めるなら、ここに立つ資格は無いね」
「ははっ。あんたも武人なんだな、ベヒモスの旦那」
「さぁ、始めよう。全力で君に挑む!」
「応よ! 全力で叩き伏せてやるぜ!」

 例え相手がどれだけ強かろうと、絶対に勝つ。温厚なベヒモスが普段見せる事は無い、鬼気迫る表情を浮かべる。吊り上がったベヒモスの円らな瞳は、勝利への執念が現れた証だろう。
 試合開始が告げられると同時に、ベヒモスは魔法を放った。一気に試合会場の上空には、暗雲が垂れ込める。会場上空を厚く覆った雲の中では、幾つもの光が見える。次の瞬間には、会場全体が眩い光に包まれ、観客席に張られた結界を震わせる程の衝撃が走る。そして遅れて届く激しい雷鳴。周囲数十キロは簡単に破壊し尽くす程の、激雷がサムウェルを襲った。

 熱気が渦巻いていた観客席は静まり返る。当然であろう、ベヒモスがありったけのマナを籠めた雷の一撃は、命を簡単に刈り取る魔法である。試合会場は未だに光に包まれ、バチバチと激しい音を立てている。結界のおかげで、観客達に雷光にやられて失明する者はいなかった。しかし術者を除いて、試合会場内に居る者は無事では済むまい。

 事前に相応の対策をしなければ、防ぐ事は不可能である。仮に魔法で防御を試みても、ベヒモスのマナ量を上回る事が出来なければ、雷に打たれて命を落とす。人間は元より、エルフでさえも集団で防御しなければ、この一撃を受け止める事は出来ないだろう。会場を包む光が収まった時に、立っている者はいない。観客達の誰もが、そう思っていた。
 
 しかし光が消えても、サムウェルは平然として立っていた。その身を一切焼かれること無く。そしてサムウェルの目の前には、愛槍が地面に突き刺さっていた。その様子を見て、観客達は呆然としていた。なぜ生きていられる。それどころか、五体満足で傷一つ負わずに!

 雷を防ぐ為に避雷針を立てる事は、この世界でも常識である。それならサムウェルは、槍を避雷針代わりに使って、雷を防いだのか? 事実は少し異なる。試合会場は安全配慮の為に、神々が集団で張った結界がある。その結界に干渉する事自体が、普通の生物には不可能である。ベヒモスの一撃は、試合会場を包む結界を震わせた。そんな威力の雷を、槍一本で防げるはずが無い。

 では、何故サムウェルは無事なのか? サムウェルがベヒモスの攻撃を凌いだ鍵は、事前に唱えていた呪文に有った。

「ったく、ものすげぇ威力だな。一回戦で、小僧相手に使わなかったのは正解だぜ。流石の天才児でも、こりゃ防げねぇよ」

 まるで自分で無ければ防げないとでも言いたげな、サムウェルの口振り。さもありなん、奇怪な魔法の使い方をするのは、ペスカやクロノス位だろうから。
 理解が出来ず、怪訝そうな表情を浮かべるベヒモス。そしてサムウェルは愛槍を手に取り言葉を続けた。

「見ろよこの槍。感じねぇか? この槍に宿ってるのは、あんたのマナだ! あんたの魔法は、全て吸収させて貰ったぜ、わりぃな。後なぁ、わりぃついでだけどよ、これで終いだ」

 サムウェルは槍を構えて、ベヒモスとの間合いを詰める。ベヒモスとてまだ勝利を諦めていない、その体躯は、強力な武器である。ベヒモスは鼻を鞭の様にしならせて、サムウェルをけん制すると共に、身体強化の魔法を強める。そして、サムウェルに向かい突進した。サムウェルは、ベヒモスの鼻を巧みに避けて近づく。そして、サムウェルの槍とベヒモスの体が、真正面から衝突した。

 単に槍を突き立てただけならば、身体強化したベヒモスの皮膚を貫くのは不可能である。ただ、この状況を作り出したのが、サムウェルの策だとしたら、話は別だろう。そう、試合はサムウェルの思惑通りに進んでいた。

 そして、サムウェルはベヒモスに勝つ為、もう一つの策を用意していた。その策にベヒモスが気が付いていれば、まだ試合は続いていたかもしれない。サムウェルはベヒモスから奪ったマナで、槍先を超高速で振動させていた。元々マナの濃度が圧倒的に差が有る上に、穂先が振動し威力が増した槍で、ベヒモスの頑丈な皮膚を貫けない筈がない。
 ベヒモスは体を貫かれた衝撃で、吹き飛ばされて倒れる。その瞬間に、冬也の口からサムウェル勝利の宣言が告げられた。

「ったく。あんたは想像以上に頑丈なんだな」 
 
 槍で胴を貫かれ、滂沱の血を流しているにも関わらず、直ぐに立ち上がったベヒモスを見て、サムウェルは溜息交じりに呟いた。

「これが俺の本当の武器なんだよ。敵を倒すのには向かないけどね」
「いや、すげぇよ。殺し合いの場であんたを相手にしたくないね」
「俺もだよサムウェル」
「ただよぉ、早く治療して休んでくれ。流石に血を流してるダチと、呑気な会話をしてたくねぇ」
「済まないね」
「馬鹿言ってんなよ、またなベヒモス」

 割れんばかりの歓声の中、サムウェルとベヒモスは笑みを浮かべる。穏やかで戦いを好まないベヒモスの大会は終わった。この大会で、何を得たのかはベヒモスしかわからない。しかし、晴れやかな表情を見れば、きっと何かを掴んだのだろう。
 
 そして控室では、エレナが毛を逆立たせ、ケーリアが待ちきれない様子で大剣の束を握りしめていた。二回戦三試合目は、再びアルキエルの弟子達が対戦する。沸き立つ観客席は、期待を籠めて待つ。二回戦最大の注目カードが、始まろうとしていた。
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