妹と歩く、異世界探訪記

東郷 珠

文字の大きさ
上 下
293 / 415
変わりゆく日常

291 ロイスマリア武闘会 ~狂気と警告~

しおりを挟む
 それはほんの気まぐれであった。たまたま地上に目を向けた時に、巨人の子供が目に入った。巨人の子供は、一心不乱に剣を振り続けていた。火の神フレイは、温厚で知られる巨人が剣を振る事を珍しいと感じた。特に興味を持った訳ではない、しかし火の神フレイは話しかけた。

「お前は、何で剣を振るうんだ?」
「一族を守りたいからです」

 神を目の前にして、巨人の子供は剣を振るう事を止めない。不敬に当たる行為を咎める事無く、火の神フレイは質問を続けた。

「何から守るんだ? お前ら巨人をどうこう出来るのは、フェンリル達しかいねぇだろ?」
「四大魔獣は、女神が創りし聖獣です。我らが道を違えない限りは、害する事はありません」
「なら、何から守るんだ?」
「わかりません。わかりませんが、ただ・・・」

 巨人の子供は、少し口を噤むと言葉を続けた。

「小さな魔獣達が、己の存在をかけ食らい合うのは必要なのでしょう。淘汰の果てに、強者が生まれるのでしょうから。そして我ら巨人は元々大きく強い、それは何故なのでしょうか?」
「そりゃあ、フェンリル達が暴走したら困るからだろうが」
「本当にそれだけでしょうか? 俺にはそれだけで良いとは思いません」
「はぁ? そりゃどういう事だ?」
「エンシェントドラゴンや四大魔獣が揃って暴走する状況は、何らかの異変がなければ起こり得ません。それは、神にすら手に余るでしょう。そんな時に、神は地上の者達をお守り頂けるのでしょうか?」
「だからお前は、強くなる為に剣を振るうのか? テュホンやユミルに任せとけばいいんじゃないのか?」
「テュホンとユミルは、一族の知恵です。俺が戦わないと、俺が強くならないと」
「ははっ、面白れぇな。お前の名は?」
「スルトです」

 何が火の神フレイを惹きつけたのか、巨人の子スルトとは、度々言葉を重ねる様になった。火の神フレイはスルトの修行を楽しそうに眺める。
 相性が良かったのかもしれない。スルトも火の神フレイとの会話を楽しみにする様になった。

「なぁ、スルト。お前がもう少し大きくなったら、お前専用の剣を作ってやる」
「フレイ様、本当ですか?」
「あぁ。実際に作るのは、俺じゃないけどな。ミュール様に頼んでやるよ。それで、みんなを守ってやってくれよな。お前が強くなったら、俺の眷属にしてやるよ」

 一つの約束は果たされる。火の神フレイは己の神格を少し削り、女神ミュールに頼んだ。これで剣を作ってくれと。そして作られたのが、炎の剣レーヴァテイン。
 二つ目の約束は果たされる事は無かった。火の神フレイは反フィアーナ派の手にかかり、複数の土地神の神格と融合させられた上で、邪神ロメリアの器となり事実上消滅した。

 スルトはレーヴァテインを握る度に、火の神フレイの言葉を思い出す。
「みんなを守ってやってくれ」
 その言葉に従い、スルトは戦い続けて来た。しかし先の動乱では、多くの魔獣を失った。守り切れなかった。しかし、悔しさを全て呑み込んだ。この剣がある限り、心が折れる事は無い。挫折など、自分には一万年も早いと言い聞かせて。

 ☆ ☆ ☆

 大会二日目のメインイベントとも言えるエレナの試合が終わると、観客席の興奮がやや収まる。それは期待よりも、喪失感に近いだろう。エレナが見ていたいファンは、未だにエレナコールを止めない。そんな中、レイピアとスルトが会場に足を踏み出した。

  会場へ足を進める両者は、対照的であった。見た目の大きさはさておき、片や能面の様に無表情のまま、細い剣を携えるレイピア。片や泰然とした様子で堂々と足を進めるスルト。

 魔獣側の観客席からは、巨人スルトを応援する声が上がる。禁忌に触れまいとしたのか、それとも恐怖からか、魔獣側の観客席に呑まれる様に、亜人側の観客席からもスルトを応援する声が上がる。エルフの伝承を知る者がほとんどいない人間達には、どちらにも思い入れが無い。しかし緊張は伝播する。そして、観客席全てがスルトの応援一色になっていった。

 審判である冬也は、両者を冷静に観察していた。技量では互角であろう。マナの総量でも、然程の違いは無い。だが、勝負も互角とはならないだろう。漠然と冬也は感じていた。
 理由は、レイピアに対する違和感だろう。昨日の二試合目、レイピアが殺気を放ったのは二回。妹ソニアが自分の下から離れた時と、モーリスの攻撃で倒れた時である。妹を案じる気持ちなら、痛いほどにわかる。冬也とて、ペスカを傷付ける者には、それなりの報復をして来たのだから。
 現在ソニアは、タールカールに留まり、宿舎の隅で蹲っている。妹が自分から離れていても、レイピアは今日これまで殺気を放っていない。何もかもに絶望し、互いに依存し合っているなら、レイピアの行動は不可思議に感じる。何がレイピアの忌諱にふれるのか、全くわからない。
 レイピアに対し、単純な感情論では推し量れない、酷く深い闇を感じる。その闇こそが、冬也を警戒させていた。

「四の五の考えんのは、俺の柄じゃねぇよ」

 答えの出ない考察を止め、冬也は試合開始の宣言を行う。何も起こらない事を願って。
 そして勝負は、スルトの先制で始まった。

 開始直後にレーヴァテインを振りかぶるスルト、そして大地ごと一刀両断にするかの勢いで振り下ろす。片やレイピアは、レーヴァテインが眼前に迫っても微動だにしなかった。正にレイピアの頭を勝ち割ろうとした瞬間に、スルトはレーヴァテインを止める。
 会場中が呆気に取られていた。手が出ないのではないだろう、戦う気が無い、そう思わせるレイピアの行動である。何とも味気ないが勝敗はついたと、誰もが思った。
 スルトがレーヴァテインを鞘に納めようとした時、事態は加速した。レイピアは、居合抜きの容量で素早く剣を抜くと、利き手側の死角からスルトに斬りかかる。既の所でスルトは、体を屈ませる様に反転させ、半分鞘に納まったレーヴァテインでレイピアの剣を受け止めた。

「殺す事が出来ないなら、剣を握るな」

 小さく呟かれた声は、甲高い響きにかき消され、近くにいるスルトの耳にすら届く事は無い。二撃目、三撃目とレイピアの攻撃は続き、態勢が整いきれていないスルトは、受けきるだけで精一杯になる。 
 スルトに油断が有った事は否めない。正々堂々と戦えなんてルールは、存在していない。だがこれは、武の頂点を決める大会であると同時に、神の眷属足り得る事を見極める戦いでもある。
 出場者の中に、出し抜く様な戦い方を行う者がいるとは、スルトは予想だにしていなかった。しかし、狂気はいつの時も、弱みに付け込む様に牙を立てる。かつて邪神が、退却を余儀なくされた魔獣軍団の背後を狙って現れた様に。

 レイピアの斬撃は鞭の様にしなり、上下左右いたる所からスルトに襲いかかる。スルトは自分と同体格か、それ以上の体躯の者を相手にしている感覚に陥っていた。終ぞスルトは、本気を出す事が出来なかった。
 防戦の果てに、利き腕を切り飛ばされる。利き腕と共に、レーヴァテインがスルトの下から離れる。腕からは血が噴き出す。倒れ込むスルトに、躊躇なくレイピアは剣を振り下ろした。

「止めろ。お前の勝ちだ。これ以上は俺が許さねぇ」

 レイピアの剣は、スルトには届かず途中で止まっていた。冬也は刀身を力強く握りしめて、レイピアを睨め付けた。

「こんな糞つまんねぇ勝負を、俺に見せんじゃねぇ! てめぇは言ったな、殺す事がどうのってよ。あいつの傷は、油断したせいだ! だがな、間違えんなよ! スルトはてめぇを敵として見ちゃいねぇ。敵だったなら、結果は真逆だ! 二度とこんな真似をしてみろ、次は容赦しねぇ!」

 冬也は声を荒げると同時に、その手に掴んだレイピアの剣を握りつぶす様にし砕いた。二度目の警告、三度目は無い。にも関わらず、折れた剣を投げ捨て、レイピアは無表情のまま会場を後にした。

「やれるものならやってみろ」

 そう、小さく呟いて。

 レイピアと入れ替わる様に、クロノスが会場内に入り、素早くスルトの血を止める。そして、腕の接合治療を行う為、スルトは会場から運びだされる。

「東郷冬也。あの姉妹だけには関わるな。今ならまだ間に合う、あの姉妹を出場停止にしろ! お前がやらないなら、俺からラアルフィーネ様に進言するぞ!」
「クロノス。余計な事はすんじゃねぇ」
「馬鹿な! 次は死人が出るぞ! 貴様の父か、エルラフィアの守護者か」
「それこそ余計なお世話だ、クロノス。親父やトールさんが、あんなのに負けやしねぇよ」
「いいか。こんな下らない事に関わって、神の力を行使するなよ。お前達は、今でもこの世界の希望なんだ」
「わかってる。始末をつけるのは、俺じゃねぇ。ラアルフィーネさんか、エレナだ。俺の役目は、そのお膳立てだ」
「ならいい」

 冬也の事を慮ってかけられた、クロノスの言葉を嬉しく思いながらも、冬也の中にはモヤモヤした何かが残った。無論、積極的に関わるつもりはない。だが、下らないと捨て置けはしない。
 殺した数を比べるなら、アルキエルは彼女らの倍では済まない。ロイスマリアを放棄し、アルキエル打倒を目指した原初の神々は、多くの生物に命の危機を与えた罪を問われるべきだろう。
 しかし、許し合い認め合い、共に生きると決めたのだ。新たな道を模索すると決めたのだ。彼女らにやり直す機会が与えられないのは、理不尽であろう。

「はぁ。あめぇのは俺も一緒だな。だけど、それが筋ってもんだろ?」

 冬也は眉をひそめ、溜息交じりに零した。冬也の思慮を知る事なく、レイピアは控室を抜け宿舎へ向かう。出番を待っていた遼太郎の脇を抜けて。

「なぁトールさん」
「遼太郎殿、何か?」
「試合だけどよ、勝たなきゃいけねぇ理由が出来ちまった」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

奪い取るより奪った後のほうが大変だけど、大丈夫なのかしら

キョウキョウ
恋愛
公爵子息のアルフレッドは、侯爵令嬢である私(エヴリーヌ)を呼び出して婚約破棄を言い渡した。 しかも、すぐに私の妹であるドゥニーズを新たな婚約者として迎え入れる。 妹は、私から婚約相手を奪い取った。 いつものように、妹のドゥニーズは姉である私の持っているものを欲しがってのことだろう。 流石に、婚約者まで奪い取ってくるとは予想外たったけれど。 そういう事情があることを、アルフレッドにちゃんと説明したい。 それなのに私の忠告を疑って、聞き流した。 彼は、後悔することになるだろう。 そして妹も、私から婚約者を奪い取った後始末に追われることになる。 2人は、大丈夫なのかしら。

平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした

カレイ
恋愛
 「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」  それが両親の口癖でした。  ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。  ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。  ですから私決めました!  王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。  

「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう

天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。 侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。 その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。 ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

妹の事が好きだと冗談を言った王太子殿下。妹は王太子殿下が欲しいと言っていたし、本当に冗談なの?

田太 優
恋愛
婚約者である王太子殿下から妹のことが好きだったと言われ、婚約破棄を告げられた。 受け入れた私に焦ったのか、王太子殿下は冗談だと言った。 妹は昔から王太子殿下の婚約者になりたいと望んでいた。 今でもまだその気持ちがあるようだし、王太子殿下の言葉を信じていいのだろうか。 …そもそも冗談でも言って良いことと悪いことがある。 だから私は婚約破棄を受け入れた。 それなのに必死になる王太子殿下。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】悪女のなみだ

じじ
恋愛
「カリーナがまたカレンを泣かせてる」 双子の姉妹にも関わらず、私はいつも嫌われる側だった。 カレン、私の妹。 私とよく似た顔立ちなのに、彼女の目尻は優しげに下がり、微笑み一つで天使のようだともてはやされ、涙をこぼせば聖女のようだ崇められた。 一方の私は、切れ長の目でどう見ても性格がきつく見える。にこやかに笑ったつもりでも悪巧みをしていると謗られ、泣くと男を篭絡するつもりか、と非難された。 「ふふ。姉様って本当にかわいそう。気が弱いくせに、顔のせいで悪者になるんだもの。」 私が言い返せないのを知って、馬鹿にしてくる妹をどうすれば良かったのか。 「お前みたいな女が姉だなんてカレンがかわいそうだ」 罵ってくる男達にどう言えば真実が伝わったのか。 本当の自分を誰かに知ってもらおうなんて望みを捨てて、日々淡々と過ごしていた私を救ってくれたのは、あなただった。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

処理中です...