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変わりゆく日常
285 ロイスマリア武闘会 ~一回戦開始~
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大観衆に囲まれて、ズマとガロスが会場の中心へと進む。両者が向かい合うと、亜人側と魔獣側の観客席から歓声が上がる。
開会式の際に一度は着席した魔獣達であったが、ズマの登場となるや全員が起立する。まさに統率のとれた軍隊の様である。しかし、それは決してズマが強いたものではない。皆がズマに倣って規律を重んじたからである。
王と言えどズマは、周囲に対して横柄な態度を取らない。元々が最弱の種族出身故も有っただろう。ズマの中に深く残っているのは、エレナの教えである。
隊を率いる者は範とならねばならぬ、一番先頭で戦い仲間を守らねばならぬ。それが延いては士気を高める事に繋がる。
ズマはこの教えを忠実に守り抜いて来た。常に先頭に立ち行動する事で、魔獣達を導いてきた。強さこそ正義、これは魔獣達の中で今も深く根付いている。ズマが尊敬されるのは、単なる強さだけではない。先頭に立ち苦難を跳ね除ける強靭な意志、それこそが魔獣の王としてズマが慕われる所以であった。
そのズマに対するのは、巨大な戦斧を持つドワーフの将軍ガロス。
手先の器用さから、細工に長け職人として名高いドワーフの一族。採掘も行う事から、代々頑丈な体を持って生まれてくる。やや低めの身長からは予測出来ない程の腕力を誇るドワーフ達は、職人とは別に強靭な戦士の側面を持つドワーフ。かつて神に選ばれて、エルフの暴走を止める抑止力となるべく定められた種族であった。
ドワーフに関しては、アンドロケイン大陸中で知られる伝説が存在する。ドワーフの軍には、百年に渡り将軍の地位を務めた二人の将軍が居る。彼らが戦斧を振るえば、大地が裂ける。エルフが暴走をせずに、大陸の北で大人しくしているのは、二人の将軍と対峙する事を恐れているから。
これは、まごう事無い真実である。大乱の際、エルフ達が邪神の洗脳下になければ、ホビットの国へと侵攻する事は無かったであろう。仮に大規模の破壊魔法を有するエルフと言えども、マナを大量使用する発動前後には大きな隙が生じる。たった数分の隙かも知れない、だがその数分で全滅してもおかしくはない。それだけ、ドワーフの将軍二人は警戒対象となっていた。
もし、エレナという異端者がアンドロケイン大陸に生まれなければ、アンドロケイン大陸で一番知名度の高い武人は、ガロスとグラウの二人であったろう。
止むことの無い歓声に押される様に、両者は闘志を漲らせる。巨大な戦斧のせいか、ガロスの方がズマよりも一回り大きく見える。ただ、ズマも負けてはいない。脆弱なゴブリンとは思えない程の筋肉が、鎧の様に全身を包んでいる。
「この三か月。お主との戦いを想定して、エレナを相手に修行をしてきた。決して負けんぞ」
「ガロス殿。あなたの強さは、ここに集まった強者達の中でも上位に存在する。胸をお借りします」
武人らしい意思の確認であろう挨拶が交わされた次の瞬間、冬也の口から試合開始の合図が告げられる。
最初に動いたのは、ガロスだった。ガロスは強引にズマの間合いへ入ると、戦斧を団扇の様に振るう。確かにダメージを与える為に、戦斧の側面を利用するのは一つの策であろう。ただ、スピードの勝る相手に対し、風の抵抗を受ける戦斧の振り方をするのは、悪手でしかない。如何にガロスが剛腕で戦斧を振るおうとも、ズマであれば容易に避けられる。
しかしガロスの狙いは、戦斧を相手に叩きつける事が目的では無かった。振るわれる戦斧と共に、突風が周囲に巻き起こる。ガロスは何度も戦斧を振り回すと、突風を竜巻の様に変える。
いくら鍛えたとはいえ、ズマはゴブリンである。体重の軽いズマでは、竜巻の中で自由に動きが取れない。これはスピードで相手を翻弄し、的確に急所を突くズマの戦い方を封じる、ガロスの策であった。
ズマは意表を突かれて、苦虫を嚙み潰した様な表情を浮かべた。このままでは自分の利点が生かせない。確かにズマは四大魔獣をも凌駕する強さを持つ。それは単純な力比べでは無く、己の戦い方を極めていった証である。必死に暴風に耐えながら、ズマが思考を巡らせた刹那に油断が生じる。
暴風に乗り勢いをつけたガロスの戦斧が、ズマへと襲いかかる。既の所でズマは戦斧を躱すも、二撃目、三撃目とガロスの猛攻は続く。ひたすら躱し続けるズマ、ガロスの勢いは止まらない。
暴風に耐えるだけでも、体力が削られていく。その上でガロスの波状攻撃を、ズマは躱さなくてはならない。他の魔獣、例えば四大魔獣ならば、ガロスの攻撃を受け止める事が出来ただろう。ズマの腕力でガロスの攻撃を受け止めれば、吹き飛ばされて全身の骨が砕けるだろう。
試合の流れを支配するガロス。アルキエルの弟子として、優勝候補の一角と目されていたズマを圧倒する戦いに、亜人側の観客席は無論の事、人間側の観客席からも歓声が上がった。
ガロス自身、ここまで優勢に試合を進める事が出来るとは、考えていなかった。なにせ相手は、魔獣の王ズマである。例えるならば、羽虫と人間の戦い。そんな対格差を覆し、ズマは魔獣の中で事実上最強になった。
ただのゴブリンと侮ってはならない。事実、ガロスはズマと対峙した瞬間に感じてしまった。この男は、自分よりも遥か高みに居ると。
ガロスは初めから全力であった。なりふり構わずに攻撃を仕掛けた。しかし、相手の目は死んでいない。それどころか、虎視眈々と隙を狙い反撃の機械を伺っている。
傍目には優勢に見える戦いである。もしかすると、初めから焦りを感じていたのは、ズマではなくガロスだったのかもしれない。
ズマは乱気流の様に巻き起こる竜巻に耐えながら、ガロスの攻撃を見極め様としていた。そしてズマの射抜く様な視線に耐えきれずに、ガロスは思わず口を開いた。
「流石だな。だが、まだまだ終わらんぞ」
「あなたこそ。まだまだ余裕がお有りの様だ」
攻撃の最中で、ズマに話しかける余裕など、ガロスには無かった。単なる去勢を張っていただけ。それでも自分には余裕が有る事を見せたかった。達人を相手にし、去勢など何の意味も持たない事は重々承知の上で。
全力を出しても届かない相手。しかし自分に期待をかけてくれた女神ラアルフィーネが見守る前で、負ける訳にはいかない。ガロスは、気力を振り絞り戦斧を振るう。ただ既に時は遅く、風の流れとガロスの攻撃のタイミングは、ズマに見極められていた。
ガロスの戦斧が振るわる瞬間に、ズマは姿を消す。運が悪かったと言えば、それまでである。ただその刹那に、幸運の風はズマへと吹いた。
ガロスの後方へと風が流れ、ズマは流れに逆らわずにガロスの背後へと回り込む。ガロスは完全にズマを見失う。そしてズマの拳が、ガロスの首から背中にかけて数か所を抉る。それはガロスにとって、致命的な攻撃であった。
巧みに急所を狙ったズマの攻撃は、ガロスの体を揺さぶる。すかさずズマは、蹴りを放ちガロスの手から、戦斧を吹き飛ばす。戦斧がガロスの手から離れ、次第に乱気流が収まる。その時には、顎を強打され意識を失い倒れ伏す、ガロスの姿が有った。
「勝者ズマ!」
勝者を告げる宣言が、冬也の口から放たれると、ズマの勝利を信じて疑わなかった魔獣の観客席から、割れんばかりの拍手が起こった。
「時間を掛け過ぎだ、馬鹿野郎。いつも、誰を相手にしてると思ってやがる」
喝采にかき消されたアルキエルの言葉。ただ、その顔には弟子の勝利を喜ぶ様な、笑顔が浮かんでいた。
開会式の際に一度は着席した魔獣達であったが、ズマの登場となるや全員が起立する。まさに統率のとれた軍隊の様である。しかし、それは決してズマが強いたものではない。皆がズマに倣って規律を重んじたからである。
王と言えどズマは、周囲に対して横柄な態度を取らない。元々が最弱の種族出身故も有っただろう。ズマの中に深く残っているのは、エレナの教えである。
隊を率いる者は範とならねばならぬ、一番先頭で戦い仲間を守らねばならぬ。それが延いては士気を高める事に繋がる。
ズマはこの教えを忠実に守り抜いて来た。常に先頭に立ち行動する事で、魔獣達を導いてきた。強さこそ正義、これは魔獣達の中で今も深く根付いている。ズマが尊敬されるのは、単なる強さだけではない。先頭に立ち苦難を跳ね除ける強靭な意志、それこそが魔獣の王としてズマが慕われる所以であった。
そのズマに対するのは、巨大な戦斧を持つドワーフの将軍ガロス。
手先の器用さから、細工に長け職人として名高いドワーフの一族。採掘も行う事から、代々頑丈な体を持って生まれてくる。やや低めの身長からは予測出来ない程の腕力を誇るドワーフ達は、職人とは別に強靭な戦士の側面を持つドワーフ。かつて神に選ばれて、エルフの暴走を止める抑止力となるべく定められた種族であった。
ドワーフに関しては、アンドロケイン大陸中で知られる伝説が存在する。ドワーフの軍には、百年に渡り将軍の地位を務めた二人の将軍が居る。彼らが戦斧を振るえば、大地が裂ける。エルフが暴走をせずに、大陸の北で大人しくしているのは、二人の将軍と対峙する事を恐れているから。
これは、まごう事無い真実である。大乱の際、エルフ達が邪神の洗脳下になければ、ホビットの国へと侵攻する事は無かったであろう。仮に大規模の破壊魔法を有するエルフと言えども、マナを大量使用する発動前後には大きな隙が生じる。たった数分の隙かも知れない、だがその数分で全滅してもおかしくはない。それだけ、ドワーフの将軍二人は警戒対象となっていた。
もし、エレナという異端者がアンドロケイン大陸に生まれなければ、アンドロケイン大陸で一番知名度の高い武人は、ガロスとグラウの二人であったろう。
止むことの無い歓声に押される様に、両者は闘志を漲らせる。巨大な戦斧のせいか、ガロスの方がズマよりも一回り大きく見える。ただ、ズマも負けてはいない。脆弱なゴブリンとは思えない程の筋肉が、鎧の様に全身を包んでいる。
「この三か月。お主との戦いを想定して、エレナを相手に修行をしてきた。決して負けんぞ」
「ガロス殿。あなたの強さは、ここに集まった強者達の中でも上位に存在する。胸をお借りします」
武人らしい意思の確認であろう挨拶が交わされた次の瞬間、冬也の口から試合開始の合図が告げられる。
最初に動いたのは、ガロスだった。ガロスは強引にズマの間合いへ入ると、戦斧を団扇の様に振るう。確かにダメージを与える為に、戦斧の側面を利用するのは一つの策であろう。ただ、スピードの勝る相手に対し、風の抵抗を受ける戦斧の振り方をするのは、悪手でしかない。如何にガロスが剛腕で戦斧を振るおうとも、ズマであれば容易に避けられる。
しかしガロスの狙いは、戦斧を相手に叩きつける事が目的では無かった。振るわれる戦斧と共に、突風が周囲に巻き起こる。ガロスは何度も戦斧を振り回すと、突風を竜巻の様に変える。
いくら鍛えたとはいえ、ズマはゴブリンである。体重の軽いズマでは、竜巻の中で自由に動きが取れない。これはスピードで相手を翻弄し、的確に急所を突くズマの戦い方を封じる、ガロスの策であった。
ズマは意表を突かれて、苦虫を嚙み潰した様な表情を浮かべた。このままでは自分の利点が生かせない。確かにズマは四大魔獣をも凌駕する強さを持つ。それは単純な力比べでは無く、己の戦い方を極めていった証である。必死に暴風に耐えながら、ズマが思考を巡らせた刹那に油断が生じる。
暴風に乗り勢いをつけたガロスの戦斧が、ズマへと襲いかかる。既の所でズマは戦斧を躱すも、二撃目、三撃目とガロスの猛攻は続く。ひたすら躱し続けるズマ、ガロスの勢いは止まらない。
暴風に耐えるだけでも、体力が削られていく。その上でガロスの波状攻撃を、ズマは躱さなくてはならない。他の魔獣、例えば四大魔獣ならば、ガロスの攻撃を受け止める事が出来ただろう。ズマの腕力でガロスの攻撃を受け止めれば、吹き飛ばされて全身の骨が砕けるだろう。
試合の流れを支配するガロス。アルキエルの弟子として、優勝候補の一角と目されていたズマを圧倒する戦いに、亜人側の観客席は無論の事、人間側の観客席からも歓声が上がった。
ガロス自身、ここまで優勢に試合を進める事が出来るとは、考えていなかった。なにせ相手は、魔獣の王ズマである。例えるならば、羽虫と人間の戦い。そんな対格差を覆し、ズマは魔獣の中で事実上最強になった。
ただのゴブリンと侮ってはならない。事実、ガロスはズマと対峙した瞬間に感じてしまった。この男は、自分よりも遥か高みに居ると。
ガロスは初めから全力であった。なりふり構わずに攻撃を仕掛けた。しかし、相手の目は死んでいない。それどころか、虎視眈々と隙を狙い反撃の機械を伺っている。
傍目には優勢に見える戦いである。もしかすると、初めから焦りを感じていたのは、ズマではなくガロスだったのかもしれない。
ズマは乱気流の様に巻き起こる竜巻に耐えながら、ガロスの攻撃を見極め様としていた。そしてズマの射抜く様な視線に耐えきれずに、ガロスは思わず口を開いた。
「流石だな。だが、まだまだ終わらんぞ」
「あなたこそ。まだまだ余裕がお有りの様だ」
攻撃の最中で、ズマに話しかける余裕など、ガロスには無かった。単なる去勢を張っていただけ。それでも自分には余裕が有る事を見せたかった。達人を相手にし、去勢など何の意味も持たない事は重々承知の上で。
全力を出しても届かない相手。しかし自分に期待をかけてくれた女神ラアルフィーネが見守る前で、負ける訳にはいかない。ガロスは、気力を振り絞り戦斧を振るう。ただ既に時は遅く、風の流れとガロスの攻撃のタイミングは、ズマに見極められていた。
ガロスの戦斧が振るわる瞬間に、ズマは姿を消す。運が悪かったと言えば、それまでである。ただその刹那に、幸運の風はズマへと吹いた。
ガロスの後方へと風が流れ、ズマは流れに逆らわずにガロスの背後へと回り込む。ガロスは完全にズマを見失う。そしてズマの拳が、ガロスの首から背中にかけて数か所を抉る。それはガロスにとって、致命的な攻撃であった。
巧みに急所を狙ったズマの攻撃は、ガロスの体を揺さぶる。すかさずズマは、蹴りを放ちガロスの手から、戦斧を吹き飛ばす。戦斧がガロスの手から離れ、次第に乱気流が収まる。その時には、顎を強打され意識を失い倒れ伏す、ガロスの姿が有った。
「勝者ズマ!」
勝者を告げる宣言が、冬也の口から放たれると、ズマの勝利を信じて疑わなかった魔獣の観客席から、割れんばかりの拍手が起こった。
「時間を掛け過ぎだ、馬鹿野郎。いつも、誰を相手にしてると思ってやがる」
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