妹と歩く、異世界探訪記

東郷 珠

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変わりゆく日常

280 ロイスマリア武闘会 ~ラフィスフィア大陸の出場者達 その1~

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 女神ミュールが出場者を選んでいるのとほぼ同時間、女神フィアーナはラフィスフィア大陸に属する神々を集め、武闘大会の説明を行っていた。
 大会の出場者にする候補者は、ほぼ確定的であろうが、問題は神である。大乱の際に、風と雨の神を含め多くの神を失った。数を減らした分だけ、他の神にその負担がのしかかる。マナを正常に流動させる為に、通常よりも多くの神気を使う。眷属を持つ程の余裕が有る神は、多くなかった。
 ただでさえ多大な神気を使う眷属化を、女神フィアーナが他の神々に強制出来るはずが無い。とは言え、このまま手をこまねいていては、現状を打破する事も出来ない。
 数を増やし、現存する神の負担を減らす事は、優先事項でもある。ペスカの計画は、降って沸いた好機でもあった。
 
「説明は以上だけど、参加出来る神は手を挙げて」

 以前の世界より地上の者との距離が縮まり、より神気が溜まりやすくはなった。それでも大陸を維持する為に、神気を減らし続けている。現状に危惧していても、容易に手を挙げられる神は居ない。どの神も眉根を寄せ、難しい顔をしていた。

「仕方ないわね。私だけでも、やるしかないわね」

 溜息をつき、女神フィアーナがその場を去ろうとした時であった。

「待てフィアーナ。其方だけでは、負担が大きかろう。幾ら其方であっても、これ以上は・・・」
「だからと言って、何もしない訳にはいかないでしょ? ペスカちゃんがお膳立てしてくれたのよ」
「勘違いをするな。今の現状が良しとは、誰も思っておらん。それに、其方だけが負担を負う事は無い。俺も力を貸そう」
「レグリュード・・・」
「レグリュードがやるなら、俺もやるぜ。それが亡き友の供養にもなるしな」
「サイローグ。貴方も力を貸してくれるのね」
「それなら私もやるしかないですね、フィアーナ様。それに、相性が良さそうな子も居ますし」
「レオーネ、助かるわ」

 女神フィアーナを呼び止める様に、雷の神レグリュード、光の神サイローグ、運命の女神レオーネが立ち上がった。だが、神々はまだ知らない。神に近づいた地上の豪傑達が、一筋縄ではいかない事を。

 ☆ ☆ ☆

 モーリスが軍の訓練を終え、自宅に戻ろうとした時の事だった。モーリスはいきなり道を変え、王都内にある自宅とは別の方角へ進む。少し足早に人通りの多い街中を抜け、王都からも出る。更にモーリスは王都前に広がる森近くまで進んだ所で、モーリスは足を止めた。
 
「ここなら話もし易かろう。そこの御仁、姿を見せられよ」

 何も無い空間に向かい、言葉を放つモーリス。

「出て来ぬか。先程から、私の後をつけていた事は知っている。何か用が有るのであろう? それとも」 

 モーリスは言葉を止めると、威圧感を放ちながら腰に下げた剣の束に手をかけた。

「強引に引きずり出されるのがお好みか? 例え神であろうと容赦はせんぞ!」

 脅す様に強い声色で話すモーリス。そして、周囲を威圧する。幾多の戦いを超え、今なおアルキエルに師事し剣の腕を磨くモーリスの気迫は、並ではない。子虫が飛来しようと、瞬時に切り捨てただろう。ひり付いた気配が辺りを包む。
 数秒の緊張感の後、ゆっくりと空間が揺らぐ。そして、姿を現したのは雷の神レグリュードであった。
 原初の神にして、ラフィスフィア大陸を居にする神々の中でも、力を持った神の一柱レグリュード。筋骨隆々の姿は、歴戦の勇士を彷彿とさせた。

「神気は抑えていた、気配もだ。なぜ俺が後をつけているとわかった?」

 雷の神レグリュードは、モーリスを見定める為に後をつけていた。しかし只人に、自分の存在が察知出来るはずが無い。そう、思い込んでいた。
 
「たかが人間と侮られたか? 馬鹿な事を仰る。気配が無くても、存在自体を消してはいまい。それに気配を消して近づくならば、警戒して当然であろう」
「気を悪くしたか? すまんな、俺は地上の道理に疎い。害するつもりは毛頭ない。警戒を解いてはくれぬか?」

 神レグリュードは、やや驚いた表情でモーリスを見る。そしてモーリスは一呼吸し威圧を治めると、剣の束から手を放した。
 
「師から、一応の事は聞いている。眷属がどうのであろう?」
「事情を知るなら、話は早い。俺の名はレグリュード。モーリスよ、我が下に来い」
「随分と頭越しですな。私が断るとは、思われぬのか?」
「当然だ。これは世界の為に必要な事だ」
「ならば、私を選んだ理由とは?」
「俺と親和性が高かったのは、お前だったからだ。モーリス」 
「そうか。それだけの理由ならば、貴殿の眷属になるのは断る」
「何? 聞き間違えか?」
「いや、聞き間違えではない。断ると言ったのだ」

 神レグリュードは、絶句した。断られるとは、思いもしていなかった。振り向いて去ろうとするモーリスを、唖然として見つめていた。
 かつてこの男は、地上を守る為に力を尽くした。今はアルキエルに師事し、技を磨き続けている。気配を消した自分に気が付く事が出来たのは、その証であろう。既に人間の枠を超えている。それだけの男が、なぜ神の眷属に成る事を断るのか。
 神レグリュードには、モーリスの意図は全く理解が出来なかった。

「待て! 何故だ?」

 モーリスは、足を止めると振り向く事は無く言い放つ。

「私が目指すのは、遥かな高み。そこに届かぬならば、何の価値も無い」
「ならば、好都合では無いのか? 地上で最も強者を決める大会に出場するのだぞ!」

 神レグリュードの問いかけにモーリスは足を止め、少し首を横に向け静かに語る。

「そんなものに何の価値がある? それに貴殿は勘違いをなさっている。私は強くない」
「馬鹿な! 現に俺の隠形を見破ったではないか!」
「そんな事は造作もない。エレナやズマにさえ可能だ」

 幼くして膨大なマナを有し、優れた体躯を持つ少年。それが、モーリスの幼少時代だった。力の赴くままに暴れまわり、最強だと思い込んでいたモーリス。それが、井の中の蛙である事を教えたのは、初めての師となるヒューラーだった。ヒューラーから大切な事を学び、ケーリアやサムウェルの様な豪傑との出会う事で、モーリスは変わっていった。
 中でも、モーリスの人生を大きく変えたのは、ペスカとの出会いだった。一目惚れであった。だがそれは次第に憧れへ変わり、敬愛へと変化していく。
 強さとは腕力ではない。貫き通す信念であり、守り抜く覚悟である。ペスカは、それを証明する様に、命を削り戦い抜いた。モーリスにとって、ペスカの隣に立てる事は誇りだった。

 戦いの後、ペスカを失ったモーリスは、その意思を継ごうと懸命に抗い続けた。争いの無い世界を目指して。
 しかし、平和な時は長く続かない。モンスターの増殖、そして国王を始め大臣達の変貌。やがてモーリスは牢に押し込まれ、鎖に繋がれる。
 食事を与えられる事が無く、滴り落ちる数滴の水を口に含み生き長らえるも、筋力が見る間に落ちていくのがわかる。それでも、モーリスは絶望をしなかった。揺るぐ事の無い闘志がモーリスの中に満ちていた。やがて来る戦いに向けて。
 そして、その日は訪れる。目の前に現れた少女を見た時に、モーリスは直ぐに悟った。ペスカが再び自分の前に現れたのだと。モーリスは、感動で胸がいっぱいになっていた。
 しかし、少女の目は雄弁に語る。

 そんな所で何をしているモーリス! 民が苦しんでいるのに、何故お前は戦わない! 立てモーリス、私と共に戦え!
  
 だが、ペスカの隣に立つのは、自分ではない。嫉妬が無かったとは言えない。ただモーリスは本能的に悟ってしまった、自分はこの男に到底勝つ事は出来ないと。
 ヒューラーに誓い、ペスカと共に夢見た平和な世界。それを実現させる為に、生き抜いてきた。その日、モーリスの中に憧れが増えた。それはモーリスの目指す、遥かな高みになった。

 ☆ ☆ ☆

 神意とは、文字通り神の意志である。地上の生物はおろか、力の弱い神にでさえ自分の神意を跳ね除ける事は不可能である。モーリスがこうも易々と逆らうとは、神レグリュードは考えてもいなかった。
 刹那の事である。気が付いた時には、目の前にモーリスがおり、首に手刀をあてられていた。

「無礼をお許しください。だが、これでわかったはず。貴殿では力不足だとな」

 この瞬間に、神レグリュードは実感した。
 油断が有った。それでも、神の目に留まらない速さで、近づく事など有り得ない。隠形を見破っただけではない、神意を跳ね除けただけではない。器はとうに完成し、この男は到達している。この男こそ、失った神を埋めるに相応しいと。
 次の瞬間、神レグリュードは一歩下がると、頭を下げていた。終始、居丈高な態度を取っていた神レグリュードが。
 
「頼む。お前が必要だ、モーリス。お前の力をこの世界の為に貸してくれ。ペスカと冬也が作り上げた平和を、俺は壊したくない。確かに、我ら神はこの変化に対応出来ていない。力不足も認めよう。だからこそ、お前の様な存在が必要だ。頼む、力を貸してくれモーリス」

 モーリスは溜息を尽くしかなかった。世界の為に、それもまたモーリスの夢であるのだから。ペスカが築き上げた平和を壊したくない、守り続けたい。それはモーリスも同じ思いであったから。
 考え込む様に目を閉じるモーリス。暫くの後、目を開けると静かに口を開く。

「そうですな。一つだけ条件を」
「何だ? 可能な限り応えよう」 
「東郷冬也、彼と真剣勝負がしたい」

 このモーリスの言葉が、豪傑達の闘志を掻き立てる事になる。地位や名誉、ましてや報奨金など目もくれない。それは、一心に己を磨き続けて来た、豪傑達だからこそなのであろう。

 東郷冬也と真剣勝負がしたい。
 現在のロイスマリアで、武の頂点に立つ者と目されている冬也。戦いの神アルキエルを二度に渡り下し、邪神を尽く消滅させてきた冬也。その遥かな高みに一歩でも近づきたい。同じ武の道を志すモーリスにとって、冬也に挑む事は自明の理でもあろう。
 モーリス自身、自身の実力は良く知っている。今の自分が冬也に敵うと思ってはいない、ただ一撃でも加えられるはず。その思いからの言葉であった。

「冬也と勝負か。わかった、ミュールに掛け合おう」
「これはあくまでも、大会に出場する条件としてです。誤解なさるな」
「頑固な男だ、だが理解した。時間は有る、お前は必ず俺の眷属にして見せよう」

 こうして、モーリスの大会出場が決定する。その一方で他の候補者達もモーリス動揺に、一筋縄ではいかなかった。
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