妹と歩く、異世界探訪記

東郷 珠

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変わりゆく日常

275 アミューズメントの企画をしよう その4

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「ペスカ、ちょっと待ちなよ。とんでも無い事をしている自覚は有るの?」

 冬也との疑似戦闘以降、考え込む様に黙り込んでいた女神ミュールが口を開く。女神ミュールの視線が、ペスカを貫いていた。
 
「流石、ミュール様。感が良いね。でも、みんなが着いて来れてないから、説明から先にするね」

 ペスカは周囲を見渡すと、徐に説明を始めた。
 皆が体験したのは、魔法で作り出した幻想であると。機械を起動させると、自動的に魔法が発動し幻想を見せる。その際に体験者の意識は奪われ、幻想下に置かれる。
 この幻想は、神格もしくは魂魄に働きかけて、あたかも現実の様に見せかけたもの。ただし、唯の幻想ではない。大空を飛ぶ幻想は、スールの視点で記録を再現したもの。冬也との戦闘は、アルキエルの視点で記録を再現したものである。

 例えば、上空一万メートルに放り出されれば、人間が地上と同じ様に呼吸をする事は極めて困難である。それに、空を飛べない者が上空で浮かんでいられようか。低酸素症で意識を失い落下するのが、当然の結末であろう。
 また、ほぼ本気の冬也に殴られて、無事でいられようか。冬也は、アルキエルが防御する事を想定して拳を振るっている。その拳をくらえば、内臓半壊では済まない。肉体だけでなく、神格や魂魄ごと破壊されてもおかしくはない。

 当たり前であるが、人間で有りながら空を飛んだ訳ではない。あくまでもスールの視点で見せた幻想である。しかし幻想と言っても、単なる立体的なまやかしの映像を見せたのではない、実際の体験として誤認させる。言うなれば非現実的な現実の体験。

「姉上。もし我々の中に混乱する者が現れたら、どうするおつもりだったのですか?」
「その時は強制的に魔法が解けて、意識を取り戻す設定にしてあるよ」
「では、我々が体験したのは、実際にスール殿が見ている視点での大空なのですね?」
「そうだよ。実際に体験している様に、感じたでしょ? でも現実の体験ではないの。ただ、記憶としては残っている。これが、重要なんだよ」
「どういう事です?」
「簡単に言えば、脳を誤認させるって事かな。飛べるはずが無い空を飛んでみて、どうだった?」
「最初は、不可思議な感じでした。姉上が発明された飛空艇でも、雲の上は飛びませんしね。だが、とても興奮しました。義兄殿との戦闘は、ご勘弁頂きたいですが、空を飛ぶのはもう一度やってみたいです」
「そっか。パーチェのみんなはどう?」

 ペスカがパーチェ関連者に視線を向けると、一様に目を輝かせてシリウスに同意しているのが見えた。空を飛ぶ事は、人間では叶わない願いでもある。数メートルでも、落ちる恐怖を感じる者は居る。だが、それを感じる事が無く、ただ空を飛ぶ感覚だけを感じる事が出来るなら、どれだけ楽しい事であるかは語るまでもあるまい。

 ペスカの説明を聞き、目を輝かせる者が居る一方で、眉をひそめる者も居る。話の内容が理解出来なかった訳ではない、内包する問題も察知したからであろう。
 そして、ペスカは説明を続けた。今回、ペスカが提示した技術に関する問題、それは先にペスカが、シリウスの発言を否定した事にも繋がる事を。

 脳を誤認させ、経験として蓄積されるまでで留まれば良い。戦闘訓練として、この機械を使った場合、戦いの感覚は養われるだろう。ただし、肉体的な強化は望めない。当然であろう、体を動かしてないのだから。実際にアルキエルと修行をしているエレナやズマとは違い、本物の戦闘になった時は思ったように体は動かないだろう。
 問題はそれだけでは無い。空を飛んだ経験をした事で、空が飛べると誤認してしまう危険が有る。言わば、現実と非現実の区別がつかなくなる。そんな危険も孕んでいるのだ。
 
「ペスカ。問題は、それだけじゃないよね」
「そうよ、ペスカ。あんたは、肝心な事をまだ言ってない! 隠すつもりじゃないだろうね?」
「セリュシオネ様、ミュール様。別に隠すつもりは無いですよ。まぁ、気が付いている方もいらっしゃるし、お話しますけど。これは反フィアーナ派が、かつて使っていた技術の応用です」
 
 ペスカの言葉を聞き、一部の者は動揺し、一部の者は顔をしかめた。一瞬にして応接間が騒めき立ち、不穏な空気に変化する。
 大乱が起き多くの命が失われる発端となった、反フィアーナ派。一般の者は知らずとも、この場には大乱の中心に居た者達が多い。ざわめき立つのは無理も無い事であった。
 その中で、女神ミュールが一際大きな怒声を上げた。

「ペスカ! あんた、これがどれだけ危険な事だか、わかってんのかい? 何が遊びよ、こんな技術を使ってさぁ! ふざけんじゃないよ!」
「ふざけて無いですよ。至って真面目に、提案してるんです」
「じゃあなんで、あんな奴らの技術を使おうとしてんだい!」
「恐らく遠くない未来に、エルフ達は反フィアーナ派の技術に到達します。その時に正しく運用される保証が有りますか? それとも危険だからと言って禁止して、可能性すらも放棄しますか? どんな技術でも、使う者次第なんですよ。これは可能性の一部なんです、いくらでも応用が出来ます」
「じゃあ、その可能性とやらは安全なのかい? 違うだろう? 存在自体が危険じゃないさ! あれは洗脳なんて、生易しい技術じゃない! 神格を強引に塗り替える技なんだよ! あんたは、自分の兄貴が犠牲になりかけたのに、どうして平然とそんな技術を流用しようとするのよ!」
「そんな技術だからこそ、起こり得る未来の危機に、対応策を講じない方が間違いです。だけど、全てに蓋をして終わりだと思ったら、それこそ間違いですよ。根本的な解決策を講じない限り、過ちは必ず繰り返します。ならば問題を精査し、正しい在り方を考えるのが、有用だとは思いませんか?」
「思わないね。いたちごっこじゃないさ。危険なら破棄するのが、安全じゃないのかい?」
「それじゃあ、進歩が無いって言ってるんですよ」

 ただ、女神ミュールが危機感を持つのも当然であろう。長い時をかけて、原初の神々と反フィアーナ派は対立してきたのだ。邪神ロメリアを焚きつけ、大乱の要因を作った反フィアーナ派に、未だ良くない感情を抱いている。
 ただ平和になり、世界は変わろうとしているからこそ実感する、自分達は手段を間違えたのだと。だからこそ、二度と間違えたくはない。眩く輝く平和な世界を壊したくない、愛し子達に悲しい思いをさせたくない。
 女神ミュールは、ペスカの言わんとしている事を理解している。だけど引く事は出来ない。その怒声は、愛の現われでもある。女神ミュールは、強くペスカを睨め付ける。

 対するペスカも引く事は無い。
 技術の進歩が、世界を壊すのではない。世界を壊すのは、正しく技術が使われないからである。可能性を否定してはならない。停滞した世界に未来は無い、何れ終焉へと帰結する。だから、ペスカは進歩の可能性を模索する。
 
 保守的な意見が正しいのか、革新的な意見が正しいのか。どちらの意見も、世界とそこに住む者の事を考えての発言である。どちらも間違ってはいない。白熱する議論に、周囲は口を挟めずにいた。対立する意見が、平行線を維持するかの様に思えた矢先の事であった。
 ゆっくりと手が挙がる。誰あろう、かつて最弱と呼ばれた種族の一員であっても、誇りを失わんとした者達の長ズマ。そして、ズマは静かに口を開いた。

「発言をお許しください」

 周囲の視線が、ズマに集中する。それまで意見を戦わせていた、女神ミュールとペスカでさえも口を閉じる。その様子に、ズマは軽く頭を下げると言葉を続けた。

「ペスカ殿、相手が冬也殿ではなく、モンスターに変えられますか?」
「うん。出来るよ」

 ペスカはズマの言葉に頷く。それを確認するとズマは、ミュールに向かい頭を下げた。
 
「ミュール様の仰る事は、理解出来ました。ですが、その上でお願い致します。この技術は、我ら魔獣にこそ必要な物です」

 女神ミュールは言葉が出なかった。彼らはこんな危険な技術を、なぜ必要とするのか。女神ミュールには、理解が出来なかった。
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