妹と歩く、異世界探訪記

東郷 珠

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変わりゆく日常

274 アミューズメントの企画をしよう その3

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 ペスカの言葉には、冬也ですら驚かせた。そしてテーブルの上に置かれた物は、記憶の中にある物を彷彿させた。

「おい、ペスカ! これって」
「そう! これは魔法を利用したVRマシンなんだよ!」
「いや、そうじゃねぇよ! 俺の企画は? ダンジョンを作ろうって言ったじゃねぇか!」
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。それも一気に解決する、素敵アイテムなんだから」
「待てって。どっちかっていうと、こういうのは最後じゃねぇか? 先ずは体を動かす事が良いって」
「お兄ちゃんの企画は、お金と時間が掛かり過ぎなんだもん」 

 完全に客人を放置し始まった兄妹の討論に、誰も着いていけずに唖然としている。その光景に溜息をついたのは、ミュールであった。

「色々と言うのは、試してみてからにしようじゃない。あれだけ偉そうな高説をしたんだから、大層な物でしょうね? 期待して良いんだろ、ペスカ?」
「勿論だよ、ミュール様! じゃあ、みんな手にとって付けてみてよ!」

 女神ミュールの言葉で、横道に脱線した場が軌道の修正を成した。そして、一つずつ用意されたゴーグルの様な機械を、集まった面々がペスカの説明に従い装着していく。
 目を完全に覆う形とバンドを使い頭で固定する形は、地球で作られているVR機と似ている。ただ、大きく異なるのはゴーグル部分の大きさだろう。様々な精密部品が内臓され、やや大きめになっている筐体と異なり、ペスカの用意したのは極めて薄く、目を覆う事のみを目的としている様にも思えた。

 これは何なのか? 何をする為の物なのか? そんな疑問は誰もが感じる所だろう。特に、ペスカと関わって時が浅いパーチェの関係者は、恐る恐るといった感じが見て取れる。

「じゃあ、みんな。ちょうど右の眉間辺りに小さい突起があるでしょ? それを押してね」

 ペスカの言葉通りに、皆がボタンを押し機械を起動させる。その瞬間、目に飛び込んで来たのは、一面に広がる青と白の光景だった。それだけではない、肌に感じる風は地上のものとは、明らかに異なる。更に足元を見れば何もなく、自分が地上に居ない事を実感させた。突起を押すまで、応接間で椅子に座っていたにも関わらず。
 いま目に映る風景が、何処なのかを知る者は多くない。スールやミューモの様に、大空を翔る事が出来る者、またはその背に乗って移動した事が有る者くらいだろう。
 息を吞む神秘に、呼吸すらままならず只々圧倒される。荒々しくも凛とした光景の中に身を置かれ、次々と驚愕の声が上がり応接間に広がっていった。
 
「何ニャ! 浮いてるニャ!」
「姉上、何が起きたのです?」
「雲? 空? 何、何が起きたの? ねぇ、ペスカちゃん。これ何? いつ空に移動したの?」
「どこの空だい? ペスカ、私達を何処に連れて来たんだい?」
「おぉ~。凄いんだな。浮いてるんだな」

 神でさえ、今なにが起きているのか、理解が出来なかった。理解しているのは、ここが応接間ではない事。そして空の風景を知らない者は、聞こえてくる声から、そこが空だと知ったのだろう。

「残念ながら、移動はしてないよ。みんな応接間で椅子に座ってるんだよ」

 ペスカの言葉に誰もが唖然とする。薄くなった空気、肌に風を感じている風、目の前に広がる雲と空。ただペスカと周囲の声だけが聞こえる、いや正確には頭に響いてくる感じ。独りで浮いているのを、否応なしに実感させる状況で、ここが応接間だと誰が理解出来よう。

「ペスカ、どういう事だい?」
「仮想現実。それでわかりますか? ミュール様」
「わからないよ。説明して欲しいね」
「説明するよりも、実感してもらった方が早いですよ。みんなは、いま大空を体験しているんです。勿論、飛ぶ事も出来ますよ。前に進む事を意識して下さい」

 ペスカの言葉通りに、前進を意識すると雲が動いているのがわかる。吹き付ける風が強くなるのがわかる。下へと意識を向ければ、自らを縛っていた重力から一瞬解き放たれ、緩やかに下降していく。全方向に広がる白を抜けると、下には大地と海が広がっていた。

 最初こそ驚きであったが、自由に空を飛べる感覚は、地上に生きる者達には無いものである。数時間があっという間に過ぎ、一同は時間を忘れていたかの様に、仮想現実の体験に没頭していた。
 ペスカの合図で再び突起を押し、一同が頭から機械を外すと、そこは元の応接間である。それが実際には移動していない事の証である。その現実は、更に一同を驚愕させた、特にパーチェの関係者達を。

「ペスカ様。いったい何が」
「ここは? 今まで自分は何を?」
「フフ。パーチェのみんなは、ここまで。それ以外のみんなには、特別に用意したアレを体験してもらうよ」

 特段の説明もなく、パーチェ関係者を除く者達に、再び機械を装着させるペスカ。そしてスイッチを入れた時に、目に飛び込んで来た光景は、先ほどの大空ではなく真っ白い空間。そこには、良く知る者が立っていた。
 フィアーナが口から、零れる様に出る言葉。
 
「冬也君?」
「そう。スペシャルステージは、お兄ちゃんとのガチバトル! さぁ、みんな張り切っていこ~!」

 目の前に映るのは、冬也そのもの。そして並みの相手ではない、まさに世界最強。対峙した時の気迫や緊張感が、ありありと伝わって来る。足が竦む程の圧迫感を感じる中、目の前に居る冬也はじりじりと間合いを詰めて来る。
 瞬きをした一瞬の間だった、回り込まれた事もわからなかった。右脇腹に強烈な痛みを感じて、三柱の大地母神とシリウスは意識を失った。

「あんもう、冬也君ったら容赦ないんだから」
「っつ、冬也君。酷いじゃない!」
「ラアルフィーネ様、フィアーナ様。あれはアルキエルの相手をしている時のお兄ちゃんですよ。超強かったでしょ?」
「ペスカちゃん。強いとかそんな次元の話じゃないでしょ? って私達は、意識を失ったのよね」
「そうですよフィアーナ様。安全対策として、仮想現実で意識を失ったら、強制的に現実に戻る様に設定してますからね。痛くもないはずですよ」
「そう言えばそうねぇ」
「ちょっと強引でしたけど、それを体験してもらいたかったんです」

 ペスカの言わんとしている事はわかるが、起きた現象がいまいち理解出来ず首を傾げる大地母神の三柱。そんな所に、もう一柱の女神から声がかかる。
 
「その言い回しだと、仮想現実とやらは唯の追体験じゃなさそうだね」
「あれ? セリュシオネ様もやられちゃったんですか?」
「まぁね。冬也の相手なんかごめんだし、早々に負けて来たよ」

 女神達に続き、ズマとエレナが悔し気な声を上げ目を開ける。
 
「一方的だったニャ。強すぎにゃ」
「流石は冬也殿。私はまだまだ修行が足りない」
「一分持てば、充分だと思うよ。何せエクストラモードだからね」
「ニャ~! 悔しいニャ!」

 更に続いて、アルキエルを除く冬也の眷属達頭から、機械が外れる。最後まで仮想現実の中で戦っていたのは、アルキエルと冬也であった。
 
「はっはぁ~! ペスカぁ、こいつは上出来だぁ!」
「くそっ。いくらゲームだからって、自分を相手にするのは、気味がわりぃ!」

 興奮した様なアルキエルの声が響く。対して冬也は、自分を相手に負けたくない、そんな意地なのだろう。数分が経過した後、興奮した声が治まると同時に、アルキエルと冬也は自ら機械を外し目を開けた。

「っち、もう終わっちまいやがったか。なんか物足りねぇぞ、ペスカぁ。付き合ってやるから、改良しろよ」
「駄目だよアルキエル。これ以上は、お兄ちゃんに付き合ってもらいなよ」

 アルキエルのリクエストに、ペスカは首を横に振る。仮想現実の冬也を倒したアルキエルと冬也は、プログラムの終了と共に機械を外した。ただこのプログラムの目的は他に有り、皆に機械の性能を理解させるのには、これで充分であった。
 
「姉上。どの様な理屈か理解が出来ませんが、兵士の訓練に応用出来るのでは?」

 シリウスの言葉は、ズマの頭にも浮かんだ事である。訓練としては、うってつけではないかと。だが、ペスカは首を横に振る。

「シリウス。これは現実じゃないの。この機械をつけて、いくら戦っても現実で強くなる訳じゃない。そもそもこれは、アルキエルの視点で記録したお兄ちゃんを再現しただけ。だから、一度戦いを経験しているアルキエルは、お兄ちゃんを倒せたんだよ」
 
 ペスカは、パンっと柏手を打つと周囲を見渡す。柏手と共に、未だ衝撃が抜けない者が、正気に戻る。

「さて、これからが会議の本番だよ。一応、機械の説明もするからね」

 ペスカに注目が集まり、ゆっくりとペスカが説明を始める。
 地球の技術を、この世界では再現が出来ない。しかし、地球と異なる技術体系を、この世界は持っている。それが、この仮想現実の体験を可能にした。ただ、そこには問題も存在する。
 文字通り、ペスカの発明を議題とした会議が始まった。
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