妹と歩く、異世界探訪記

東郷 珠

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変わりゆく日常

272 アミューズメントの企画をしよう その1

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 採掘の神ウィルラスと、ついでの女神ラアルフィーネに、ラーメンを届けて直ぐの事であった。
 ペスカは、小麦を始め野菜や家畜の、輸入ルートを確立する為に動いていた。これはブルに話を通す事で、すんなりと進み、輸送はスールの眷属が行う事に決まる。
 これで食材に困る事はない。そしてラーメンのイベント以来、町の各家庭ではスープの味から、麺づくりに至るまで、日々改良を重ねられていた。
 
 もともと町には、英雄ペスカの名に釣られた観光客が、引っ切り無しに訪れている。既に漁港から少し離れて港湾が存在し、その二つを繋ぐように町には市場が存在する。更に市場を取り囲む様に飲食店街が存在し、地元の漁師を始め観光客の腹を満たしている。
 高々百名程度の住民が住むには過ぎた町パーチェ。この町には、もっと多くの観光客が訪れる事になる。

 既に事態を予想していたペスカは、町民達にコンペティション開催の通知をする。更にドワーフ達を呼び寄せ、新たな店舗を幾つか増設させた。
 開催されたコンペの内容は、言うまでも無くラーメンの味比べ。優秀者には、新たに作った店舗でラーメン屋を出せる権利を与える事にした。

 急激に話が進む中でも、町民達には特に驚きはない。何故なら町民達は、ペスカを慕ってタールカールに移り住んできたから。ペスカの影響力は、誰よりも知っている。
 町の名物を作る為に、既に飲食店を経営している者は勿論ながら、主婦に至るまで更なるラーメンの改良を続けた。

 そして、コンペは観光客を巻き込んだ、盛大な祭りとなる。
 審査をするのは観光客。仮設店舗を周る様にし、観光客は各店舗で舌鼓を打ち、祭りは盛況に終わった。そして十名の優秀者の誕生と共に、パーチェにはラーメンストリートが誕生する。

 大地母神ラアルフィーネが認めた味、何よりもペスカが関わっている事で、ラーメンを目当てに訪れる観光客が殺到する。
 ラーメンストリートは連日大賑わいとなり、各店舗には長蛇の列が出来ていた。
 そして、ラーメンストリートだけでは、観光客を捌ききれず、既存の飲食店でもラーメンを提供し始める。各店舗それぞれに追求した味を提供した事が、観光客の足を留めさせる。
 
 一大観光スポットとなったパーチェであったが、直面する大きな問題も有った。
 もともとパーチェには、限られた人数だけ移住をゆるされており、労働人口が少ない。殺到する観光客に、既存の労働人数では対応出来る余裕はなかった。

 ペスカにとって、人を集めるだけなら、そう難しい事ではない。
 ただ、マーレで起きた住民の流出騒動に端を発した問題が有る事から、ペスカは世界議会に住民確保の申請をした。
 議会は早急に動く。初回の移住者が人間のみだった事から、今回の移住者は亜人が多く選ばれる。
 工芸から製造に渡り技術に長けたドワーフ、漁業に長けた魚人、堅実で真面目な性格が多いドッグピープルを中心とした新たな移住者を含め、パーチェの人口は十倍に膨れ上がった。
 住民が増えると規律が必要となる。ただ集まった住民達の多くは、ペスカを慕って来た者達である。住民達はペスカを習って、自ら法を作り町の運営に必要な役割分担をしていった。

 余り進んでいないタールカール大陸の復興と反比例する様に、次第に大きくなるパーチェ。そんな中である日ペスカは、パーチェの町長を始め自分の関係者を自宅に招いた。
 集めた中には冬也の眷属達も居る。三階建ての広い豪邸を、スールやブルの様な巨体が囲む。住民達は感嘆の表情で、目にする事が無い異様とも言える光景を遠目に眺めていた。

 スールとミューモは守護者としての立場から、冬也と直接接する事は少なくなっていた。また個別にそれぞれが会う事は有っても、冬也の眷属全員が集まる事は初めての事でもあった。

「お前ら、よく来たな」
「主、なんだか久しぶりな気がしますなぁ」
「役目が有る俺達と違い、しょっちゅう冬也様と一緒に居るアルキエルが、少し羨ましく感じます」
「そのアルキエルは、何をしてるんだな?」
「もう中に入って、飯を食ってるぜ」
「ずるいんだな。おでも冬也の料理を食べたいんだな」
「そうだよな。ちょっと待ってろ、直ぐに飯を持ってきてやる」

 家の中に入れないスール達の事を案じ、冬也が動き出そうとした時であった。

「お待ち下され、主。それには及びません」

 その言葉と共に、スールの体が光を帯びて変化していく。巨大なドラゴンから人の姿へ。多大なマナを消費する為に、エンシェントドラゴンのレベルでマナを扱えないと使用できない魔法を、スールは呼吸するかの様に容易く扱う。
 スールがドラゴンから、人の姿に変化すると同時に、ミューモも自身の体を人の姿に変える。
 ただ、冬也を驚かせたのは、次の瞬間であった。

 ブルの体が光り、少しずつ小さくなっていく。一つ目の容姿は変わらず、ただ小さくなるだけ。それでも、冬也はブルが魔法を巧みに使っている事に、目を見開いた。

「すげ~な、お前ら。そんな事が出来たのか? それにしても、ブルはちっこくなったな」

 およそ人間の五歳児程度に縮んだブル。小さくなったせいか、ブルの人懐っこい笑顔は柔和さが増し、かつ愛らしくもあった。
 そしてスールとミューモは、壮年の男性の姿になっていた。姿を変えても、生命力に満ちたドラゴンの生気が衰えるはずが無い。まるでボディビルダーの様な上腕と、厚い胸板が精悍さを醸し出し、身体共に成熟した凛々しさが、スールとミューモの表情から溢れていた。
 
「主。ブルはまだまだ慣れてないので、体を小さくするだけです」
「そうなんだな。転移も練習中なんだな」
「そうは言え、冬也様。ブルを人間の年齢に変えれば、こんなもんですよ」
「はぁ? まだお前、こんなちびっ子だったのか?」
「ちびっ子じゃないんだな。冬也は失礼なんだな」

 それでも冬也に頭を撫でられ、ブルは大きな単眼を細めていた。そんなブルの姿を穏やかに見つめるスールとミューモからは、血が繋がらなくても家族である事を彷彿とさせた。
 冬也に先導され、屋内に入る一同。屋敷の応接間からは、喧しい声が響いて来る。

「あなた達は、食べすぎじゃないのかな? まだ全員が集まっていないのだろう?」
「良いですよ、セリュシオネ様。お兄ちゃんがいっぱい作ってくれましたし」
「そうよ、セリュシオネ。冬也君の、ご飯は美味しいんだから」
「そうだ、セリュシオネ! うだうだとめんどくせぇ事を言うんじゃねぇ」
「はぁ、まったく。せっかくだから、君達も食べるといい。このままじゃ、フィアーナとアルキエルに全部食べられてしまうよ」
「それは、駄目ニャ! アル! あっそれ! その骨付き肉は、私の分ニャ!」
「うるせぇ、早いもん勝ちだ!」
「教官、こちらを召し上がって下さい。とても美味です」
「ズマ、良くやったニャ。美味しいニャ~!」
「姉上、義兄殿は何処へ?」
「スール達を迎えに行ってるだけだから、直ぐに戻るよ」

 今回集められたのは、世界議会の議員である女神フィアーナ、女神ラアルフィーネ、女神ミュールの大地母神三柱に加え、司法局のトップである女神セリュシオネ。そして、議員とエルラフィア王国の政務を兼任するシリウス、アンドロケイン大陸の代表として議員になったエレナ。更にはドラグスメリア大陸の国王であるズマ。
 神々だけではなく、今や世界を動かす重鎮達が顔を揃えている。
 屋敷の応接間に冬也達が足を踏み入れると、盛り上がる片隅でパーチェの町長達がやや肩身を狭くしていた。ペスカと関わる事は、これだけの重鎮達と関わる事になる。パーチェの関係者は、その重みをひしひしとかんじていた。

 冬也の後に続く者達の姿を見て、ペスカが一瞬だけ目を見開く。ただ、それも一瞬の事。直ぐに冬也達の下へ近づくと、ブルを抱き上げた。

「キャー! 可愛くなったね、ブル。よしよし」

 集まった中で、ほとんどの者がブルの存在を知っている。それだけに、変わり様には驚きなのだろう。それまで食事に夢中だったエレナでさえ、素早くブルに近づき頭を撫でていた。

「嘘ニャ! これがブルニャ? 騙されてあげないニャ!」
「エレナは相変わらずなんだな。おではおでなんだな。それよりペスカ。もう、離して欲しいんだな」
「まじかニャ! ブルニャ! って事は後ろに居るのは、スールとミューモかニャ? いつから人間に生まれ変わったニャ?」
「本当に相変わらずじゃな、エレナよ」
「俺達は、生まれ変わってなんかいないぞ」
「お前ら、いつまでも立ってねぇで座れ。先ずは飯が先だ」 

 大きな円卓のテーブルには料理が立ち並び、豪奢な椅子には既に招待客が腰掛ける。そして、冬也の声に従い、スールとミューモ、それにブルが席に着く。だが、流石に冬也なのだろう。すっと周囲を見渡すと、さり気なく緊張した面持ちをした、パーチェの町長達の近くに腰かけた。

「あんた等も食ってくれ。日頃の礼だ、遠慮はいらねぇよ」
「冬也様。これは何の席なのですか? どうして我々が?」
「これからの、タールカールに必要な会議だ。あんた等にも関係してくる事だ」
「はぁ。それはどの様な?」
「それは後でな。先ずは食ってくれ。全部、うちの連中に食われちまうぞ」
「では、ありがたく」

 勧められるがままに、パーチェ関係者達が食事に箸をつけていく。少々の酒が入り、やや緊張が解れると会話も弾んでくる。それは、賑やかな応接間に更なる彩を与える。無論、橋渡しをしたペスカと冬也の存在は大きい。
 先ずは顔合わせの懇親会。一部を除き、穏やかに時は過ぎる。そして、周囲を見計らいゆっくりとペスカが口を開く。

「さて、みんな。本題に移ろうか。これから見せるのは、かねてから企画してた内容の一部だよ」
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