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変わりゆく日常
270 アルキエルの一日
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夜は寝るもんだ。
相変わらず、冬也は無茶を言いやがる。
寝るなんてのは、真っ当な生き物のする事だ。俺には関係ねぇだろ。
ペスカの奴は、自分の屋敷に俺の部屋を用意しやがった。
冗談じゃねぇ、そんな所に籠っていたら、夜の良さが味わえねぇだろ。
だから俺は大抵、屋敷の屋上で夜を過ごす。
暗闇の中で耳を澄ませば、潮騒の音が聞こえる。
真っ黒に染まった海を眺めると、幾つかの光が見える。
確か冬也が言ってた、夜の海で灯りを焚いて漁をするんだってな。
遠く果てまで続く漆黒の海、そこから続くのは空に瞬く小さな光の群れ。
仰ぎ見れば、天に広がる数多の星々。漆黒の空にちりばめられた光に少しばかり心を奪われる。
何よりも夜の良さは、この静寂だ。
昼間の喧騒は何処へ行ったのかと思える程に静まり返り、潮騒の音だけが心地よく耳へ届く。
俺はこの静寂の中で、深く、深く、瞑想する。
未だに冬也に勝つ事は出来ねぇ。
冬也の苦手な槍や剣を使った勝負であれば、何本か取れるんだ。
そりゃあそうだろうよ、俺は戦いの神だ。技の上で遥かに勝って当然だ。
だが、それで冬也に勝ったとは、到底思えねぇ。
だから、己を研ぎ澄ませる様に、瞑想するんだ。
数えきれねぇ程やった冬也との勝負は、体が覚えている。
余計な雑念を払い落していくと、まるで冬也と戦っているかの様な感覚になっていく。
爪の先まで神経を張り詰めると、自然と闘気が満ちていく。幾多の経験が、俺を高めていく。
この瞬間は、何よりも代えがたい大切な時間だ。
それにしても、夜は一瞬で終わっちまう。
水平線に赤い日が顔を出せば、夜の終わりだ。
日が昇り赤が薄れていくと共に、空は黒から青へと少しずつ変わっていく。
海原の煌めき、空の移り変わり。俺らしくもねぇ、この光景を美しいと思っちまう。
原初の連中をぶち殺さねぇで良かったと、心から思うぜ。
日が完全に顔を出せば、一日の始まりだ。
そして、俺は転移する。
一々国の名前は覚えちゃいねぇが、転移した先には当然の様にモーリスが待っている。
「師匠。今日も、よろしくお願いいたします」
俺が現れると、モーリスは決まって深々と頭を下げる。
この男を一言で表すなら、愚直だろうな。
良いも悪いも真っ直ぐな男だ。
だからこその、強さなのかもな。
俺が訓練用に作った空間への入り口を開けると、モーリスは「お先に失礼します」と言って、空間へ入っていく。
モーリスが空間へ消えたのを見届けると入り口を閉じ、俺は次の場所へ転移する。
次の場所で待っているのは、ケーリアだ。
「今日こそ、師匠から一本を取って見せます」
何が師匠だ、馬鹿野郎共が。
モーリスよりは融通が利く奴だが、生真面目な男だ。
大剣を使う事から、戦い方は俺に似ている。
こいつも、人間離れした強さを持っている。不思議だ、こんな奴らが同じ時代に存在するなんてな。
これも、原初の連中が企んだ事か? いや、そんな事はどうでも良い。
俺にとって、楽しみが増えてるんだからな。
ケーリアを、空間に入れると更に転移する。
槍を携え怠そうにしているのが、サムウェルだ。
一見すると軽薄に映るが、こいつの中には熱い魂が燃え盛ってやがる。
そして天才とは、こいつの事を言うのだろう。
だがこいつは、色々な事が見えすぎだ。そこそこ頭が切れる故だろうか、勿体ない男だ。
もし、槍にのみ一心に鍛えていたら、今頃は俺にも届いていただろう。
サムウェルを空間に入れると、次は魔獣の大陸だ。
魔獣の中には、人間より遥かに強力な力を持つ者が多い。
だが、目の前にいる男は違う。
いかにもちっぽけな存在。だが、こいつは魔獣の大陸で長になった。
「アルキエル殿。御指南、よろしくお願いします」
「ズマ、お前は師匠と違って真面目だな」
「教官は、お忙しいのでしょう。ご容赦頂きたい」
皮肉を言ったつもりなんだが、真面目に返しやがる。
こんな所が、こいつの良さなのかも知れねぇな。
あぁ。ここまではいつも順調なんだ。ここまではな。
最後の一匹が問題だ。
最近は忙しと抜かしやがって、いつまでも寝てやがる。
ちっと有名になったからって、屋敷を持つ様になった馬鹿猫だ。
俺はエレナの屋敷前に転移する。
他の奴らと違って、案の定エレナは居ねぇ。
俺は強引に屋敷の入り口をこじ開ける、何故なら生意気にも結界を張る様になったからだ。
どうせ、ラアルフィーネにでも頼んだんだろうよ。
頼む先が違うんだ。ラアルフィーネが張った糞の役にも立たねぇ結界が、俺を阻めるはずがねぇ。
どうせならペスカにでも頼めばいい。そうすりゃ、ちっとは時間稼ぎも出来ただろうによ。
結界を破壊した所で、屋敷中に警戒音が鳴り響いてやがる。
使用人達が慌てふためいて、右往左往しているの見える。
この状況でも寝てやがったら、返って大したもんだぜ。
そもそも俺は戦いの神だぜ。他の神とは違うんだ。
冬也に神気を抑え込まれてるし、俺も普通の奴らを極力ビビらせない様にしてるつもりだ。
それでも、大抵の奴は俺に近寄って来ねぇ。
エレナの奴は、平和ボケでもしてやがんのか?
広間で待っていると、寝ぼけ眼のエレナがゆっくりと階段を下りてくる。
少し威圧する様に睨むと、面倒そうに欠伸をしやがった。
「アル、そんなに睨んじゃ駄目ニャ。忙しいのニャ。疲れてるのニャ」
「気が抜けてるだけだろうが」
「そんな事ないニャ。毎朝ちゃんと付き合ってるんだから、文句言っちゃ駄目ニャ」
口の減らねぇ奴だ。俺はエレナの首根っこを掴むと、空間に放り込んでやった。
悲鳴が聞こえたが、気にするこたぁねぇ。
これでやっと稽古の開始だ。
俺が空間に入ると、モーリスとケーリアは既に剣を交えてやがる。
ズマの奴は、あんな小さい体でサムウェルと渡り合ってやがる。
どいつもこいつも、面白れぇ奴らだ。
こいつらは揃いも揃って、俺の一挙手一投足を見逃さねぇ。
一対一で相手をしてやると、必ず俺の技を見て真似る。
俺の技を自分のものにして、強くなっていく姿を見るのは、悪くねぇ気分だ。
こいつらの相手を始めて、もう一年が過ぎようとしている。
奴らは、明らかに強くなっている。だからこそ、惜しいと思う。
モーリス達は、四十に近い歳だろう。
人間は四十を超えれば、生涯を終えてもおかしくねぇ。ゴブリンは、更に寿命が短い。
だからこそ、惜しいと思う。
奴らにもっと時間があれば、エルフの様にとは言わない、せめて百年。それだけあれば、俺は奴らをもっと強くしてやれる。奴らの技は、間違いなく俺に届く。
向上心と言うのか? 奴らは常に高みを目指し、己を鍛え続ける。
欠伸をしてやがったエレナだって同じだ。
奴らは生涯変わらないだろう。
俺は、奴らの生涯を見届けるつもりだ。最後の瞬間までな。
輪廻の輪に戻った時は、セリュシオネを脅してでも、長命種に生まれ変わらせてやる。
まぁ、奴らがそれを望まなければ、仕方ねぇがな。
奴らとの時間は、心が躍る。
そんな時間ほど、過ぎるのは早いもんだ。
それぞれに役目がある。俺は皆を送り届けると、ペスカの屋敷に転移した。
ただなぁ。奴らの頑張りを見てるからか、ちっとばかり腹が立つってもんだ。
冬也とペスカは、のんびりと飯を食ってやがる。
「冬也! 腑抜けてんじゃねぇ! 勝負しやがれ!」
「うるせぇよアルキエル。少しは落ち着け」
落ち着けだと、俺の滾った心はどうしろって言うんだ。
「お前の分も有るから食え。そろそろ箸を使える様になっただろ?」
「そうだよ、一日の始まりは朝食からだよ。お兄ちゃんのご飯は美味しいんだから」
呑気な奴らだ。まぁ確かに冬也の料理は旨いがな。
食うと、何故だか力が満ちてくる感じがする。
不思議だ、何処にでもありそうな感じなのにな。
俺は試しに、近くの町に出来た食堂に行った事が有る。
正直、旨くねぇ。何かが違う、何かが足りねぇ気がする。
冬也の料理は、何て言えばいいか、あったかくなる感じがするんだ。
冬也達といい、モーリス達といい、一緒に居ると理解の出来ねぇ感覚が、俺を襲いやがる。
柄にもねぇ、失いたくないと思っちまうんだ。
「それが愛おしいって事だ、アルキエル」
「愛おしい? 馬鹿な事を言うんじゃねぇよ」
「理解が出来ねぇか? かつてのお前には無かったもんだからな」
冬也の言っている意味がわからねぇ。俺にそんな感情が芽生える訳がねぇ。
「アルキエル。人間の一生は短い、だからこそ懸命に生涯を過ごす。永遠の時間なんて、地獄以外の何物でもねぇからな。時間が限られているから、想いも籠る。だから別れが惜しくなる。大切な存在が出来たなら、大事にしろよアルキエル。その感情は、お前に本物の強さを与えるはずだ」
何と言われようと、理解出来ねぇ。
だが、理解をしようと思う。
何故なら、冬也の強さは技の果てに有るものだから。
朝食を終えると、俺は冬也を修行に突き合わせる。
ペスカと違って、冬也は暇だからな。
タールカールに居るだけで、冬也から大地に神気が流れていく。言っちまえば、それ以外に取り立ててやる事がねぇって訳だ。
冬也と修行を続けると、あっという間に日暮れが訪れる。
空を茜に染め、日が地平の向こうへ降りていく。
朝に昇った空から順に、暗がりが広がる。
この風景も悪くはねぇ。
「冬也。飯を作れ! 早く屋敷に戻んぞ」
「仕方ねぇ奴だな、お前は」
以前の俺なら、こんな理解の出来ない感情は、とっくに切り捨てていたろうよ。
だが、今の俺には捨てる事は出来ねぇ。
悪くねぇ。あぁ、悪くねぇんだ。
相変わらず、冬也は無茶を言いやがる。
寝るなんてのは、真っ当な生き物のする事だ。俺には関係ねぇだろ。
ペスカの奴は、自分の屋敷に俺の部屋を用意しやがった。
冗談じゃねぇ、そんな所に籠っていたら、夜の良さが味わえねぇだろ。
だから俺は大抵、屋敷の屋上で夜を過ごす。
暗闇の中で耳を澄ませば、潮騒の音が聞こえる。
真っ黒に染まった海を眺めると、幾つかの光が見える。
確か冬也が言ってた、夜の海で灯りを焚いて漁をするんだってな。
遠く果てまで続く漆黒の海、そこから続くのは空に瞬く小さな光の群れ。
仰ぎ見れば、天に広がる数多の星々。漆黒の空にちりばめられた光に少しばかり心を奪われる。
何よりも夜の良さは、この静寂だ。
昼間の喧騒は何処へ行ったのかと思える程に静まり返り、潮騒の音だけが心地よく耳へ届く。
俺はこの静寂の中で、深く、深く、瞑想する。
未だに冬也に勝つ事は出来ねぇ。
冬也の苦手な槍や剣を使った勝負であれば、何本か取れるんだ。
そりゃあそうだろうよ、俺は戦いの神だ。技の上で遥かに勝って当然だ。
だが、それで冬也に勝ったとは、到底思えねぇ。
だから、己を研ぎ澄ませる様に、瞑想するんだ。
数えきれねぇ程やった冬也との勝負は、体が覚えている。
余計な雑念を払い落していくと、まるで冬也と戦っているかの様な感覚になっていく。
爪の先まで神経を張り詰めると、自然と闘気が満ちていく。幾多の経験が、俺を高めていく。
この瞬間は、何よりも代えがたい大切な時間だ。
それにしても、夜は一瞬で終わっちまう。
水平線に赤い日が顔を出せば、夜の終わりだ。
日が昇り赤が薄れていくと共に、空は黒から青へと少しずつ変わっていく。
海原の煌めき、空の移り変わり。俺らしくもねぇ、この光景を美しいと思っちまう。
原初の連中をぶち殺さねぇで良かったと、心から思うぜ。
日が完全に顔を出せば、一日の始まりだ。
そして、俺は転移する。
一々国の名前は覚えちゃいねぇが、転移した先には当然の様にモーリスが待っている。
「師匠。今日も、よろしくお願いいたします」
俺が現れると、モーリスは決まって深々と頭を下げる。
この男を一言で表すなら、愚直だろうな。
良いも悪いも真っ直ぐな男だ。
だからこその、強さなのかもな。
俺が訓練用に作った空間への入り口を開けると、モーリスは「お先に失礼します」と言って、空間へ入っていく。
モーリスが空間へ消えたのを見届けると入り口を閉じ、俺は次の場所へ転移する。
次の場所で待っているのは、ケーリアだ。
「今日こそ、師匠から一本を取って見せます」
何が師匠だ、馬鹿野郎共が。
モーリスよりは融通が利く奴だが、生真面目な男だ。
大剣を使う事から、戦い方は俺に似ている。
こいつも、人間離れした強さを持っている。不思議だ、こんな奴らが同じ時代に存在するなんてな。
これも、原初の連中が企んだ事か? いや、そんな事はどうでも良い。
俺にとって、楽しみが増えてるんだからな。
ケーリアを、空間に入れると更に転移する。
槍を携え怠そうにしているのが、サムウェルだ。
一見すると軽薄に映るが、こいつの中には熱い魂が燃え盛ってやがる。
そして天才とは、こいつの事を言うのだろう。
だがこいつは、色々な事が見えすぎだ。そこそこ頭が切れる故だろうか、勿体ない男だ。
もし、槍にのみ一心に鍛えていたら、今頃は俺にも届いていただろう。
サムウェルを空間に入れると、次は魔獣の大陸だ。
魔獣の中には、人間より遥かに強力な力を持つ者が多い。
だが、目の前にいる男は違う。
いかにもちっぽけな存在。だが、こいつは魔獣の大陸で長になった。
「アルキエル殿。御指南、よろしくお願いします」
「ズマ、お前は師匠と違って真面目だな」
「教官は、お忙しいのでしょう。ご容赦頂きたい」
皮肉を言ったつもりなんだが、真面目に返しやがる。
こんな所が、こいつの良さなのかも知れねぇな。
あぁ。ここまではいつも順調なんだ。ここまではな。
最後の一匹が問題だ。
最近は忙しと抜かしやがって、いつまでも寝てやがる。
ちっと有名になったからって、屋敷を持つ様になった馬鹿猫だ。
俺はエレナの屋敷前に転移する。
他の奴らと違って、案の定エレナは居ねぇ。
俺は強引に屋敷の入り口をこじ開ける、何故なら生意気にも結界を張る様になったからだ。
どうせ、ラアルフィーネにでも頼んだんだろうよ。
頼む先が違うんだ。ラアルフィーネが張った糞の役にも立たねぇ結界が、俺を阻めるはずがねぇ。
どうせならペスカにでも頼めばいい。そうすりゃ、ちっとは時間稼ぎも出来ただろうによ。
結界を破壊した所で、屋敷中に警戒音が鳴り響いてやがる。
使用人達が慌てふためいて、右往左往しているの見える。
この状況でも寝てやがったら、返って大したもんだぜ。
そもそも俺は戦いの神だぜ。他の神とは違うんだ。
冬也に神気を抑え込まれてるし、俺も普通の奴らを極力ビビらせない様にしてるつもりだ。
それでも、大抵の奴は俺に近寄って来ねぇ。
エレナの奴は、平和ボケでもしてやがんのか?
広間で待っていると、寝ぼけ眼のエレナがゆっくりと階段を下りてくる。
少し威圧する様に睨むと、面倒そうに欠伸をしやがった。
「アル、そんなに睨んじゃ駄目ニャ。忙しいのニャ。疲れてるのニャ」
「気が抜けてるだけだろうが」
「そんな事ないニャ。毎朝ちゃんと付き合ってるんだから、文句言っちゃ駄目ニャ」
口の減らねぇ奴だ。俺はエレナの首根っこを掴むと、空間に放り込んでやった。
悲鳴が聞こえたが、気にするこたぁねぇ。
これでやっと稽古の開始だ。
俺が空間に入ると、モーリスとケーリアは既に剣を交えてやがる。
ズマの奴は、あんな小さい体でサムウェルと渡り合ってやがる。
どいつもこいつも、面白れぇ奴らだ。
こいつらは揃いも揃って、俺の一挙手一投足を見逃さねぇ。
一対一で相手をしてやると、必ず俺の技を見て真似る。
俺の技を自分のものにして、強くなっていく姿を見るのは、悪くねぇ気分だ。
こいつらの相手を始めて、もう一年が過ぎようとしている。
奴らは、明らかに強くなっている。だからこそ、惜しいと思う。
モーリス達は、四十に近い歳だろう。
人間は四十を超えれば、生涯を終えてもおかしくねぇ。ゴブリンは、更に寿命が短い。
だからこそ、惜しいと思う。
奴らにもっと時間があれば、エルフの様にとは言わない、せめて百年。それだけあれば、俺は奴らをもっと強くしてやれる。奴らの技は、間違いなく俺に届く。
向上心と言うのか? 奴らは常に高みを目指し、己を鍛え続ける。
欠伸をしてやがったエレナだって同じだ。
奴らは生涯変わらないだろう。
俺は、奴らの生涯を見届けるつもりだ。最後の瞬間までな。
輪廻の輪に戻った時は、セリュシオネを脅してでも、長命種に生まれ変わらせてやる。
まぁ、奴らがそれを望まなければ、仕方ねぇがな。
奴らとの時間は、心が躍る。
そんな時間ほど、過ぎるのは早いもんだ。
それぞれに役目がある。俺は皆を送り届けると、ペスカの屋敷に転移した。
ただなぁ。奴らの頑張りを見てるからか、ちっとばかり腹が立つってもんだ。
冬也とペスカは、のんびりと飯を食ってやがる。
「冬也! 腑抜けてんじゃねぇ! 勝負しやがれ!」
「うるせぇよアルキエル。少しは落ち着け」
落ち着けだと、俺の滾った心はどうしろって言うんだ。
「お前の分も有るから食え。そろそろ箸を使える様になっただろ?」
「そうだよ、一日の始まりは朝食からだよ。お兄ちゃんのご飯は美味しいんだから」
呑気な奴らだ。まぁ確かに冬也の料理は旨いがな。
食うと、何故だか力が満ちてくる感じがする。
不思議だ、何処にでもありそうな感じなのにな。
俺は試しに、近くの町に出来た食堂に行った事が有る。
正直、旨くねぇ。何かが違う、何かが足りねぇ気がする。
冬也の料理は、何て言えばいいか、あったかくなる感じがするんだ。
冬也達といい、モーリス達といい、一緒に居ると理解の出来ねぇ感覚が、俺を襲いやがる。
柄にもねぇ、失いたくないと思っちまうんだ。
「それが愛おしいって事だ、アルキエル」
「愛おしい? 馬鹿な事を言うんじゃねぇよ」
「理解が出来ねぇか? かつてのお前には無かったもんだからな」
冬也の言っている意味がわからねぇ。俺にそんな感情が芽生える訳がねぇ。
「アルキエル。人間の一生は短い、だからこそ懸命に生涯を過ごす。永遠の時間なんて、地獄以外の何物でもねぇからな。時間が限られているから、想いも籠る。だから別れが惜しくなる。大切な存在が出来たなら、大事にしろよアルキエル。その感情は、お前に本物の強さを与えるはずだ」
何と言われようと、理解出来ねぇ。
だが、理解をしようと思う。
何故なら、冬也の強さは技の果てに有るものだから。
朝食を終えると、俺は冬也を修行に突き合わせる。
ペスカと違って、冬也は暇だからな。
タールカールに居るだけで、冬也から大地に神気が流れていく。言っちまえば、それ以外に取り立ててやる事がねぇって訳だ。
冬也と修行を続けると、あっという間に日暮れが訪れる。
空を茜に染め、日が地平の向こうへ降りていく。
朝に昇った空から順に、暗がりが広がる。
この風景も悪くはねぇ。
「冬也。飯を作れ! 早く屋敷に戻んぞ」
「仕方ねぇ奴だな、お前は」
以前の俺なら、こんな理解の出来ない感情は、とっくに切り捨てていたろうよ。
だが、今の俺には捨てる事は出来ねぇ。
悪くねぇ。あぁ、悪くねぇんだ。
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