妹と歩く、異世界探訪記

東郷 珠

文字の大きさ
上 下
269 / 415
変わりゆく日常

267 失踪事件を追え その3

しおりを挟む
 暫く様子を見ていたペスカであったが、決意した様に建物に近づいていった。
 そして、勢いよく戸を開ける。
 それまで賑やかだった建物内は、一気に静まり返る。
 椅子に座った多くの子供達の視線が、ペスカに集中した。
 建物内を見渡すと、壇上に立つものに向かい、ペスカは言い放った。

「あんた! 何やってんのよ! こんなところでさぁ!」

 ペスカの瞳からは、涙が零れだしていた。

「おぉ、ペスカ。ようやく来たのかね。待っていたんだがね」
「だからさぁ・・・」
「授業中は静かにするものだよ、常識じゃないのかね。それとも君は、この状況を見てわからないかね? 私の事さえ忘れたと言うのかね? 見たまえ、私の生徒達を! どの子も優秀だ! 素晴らしい才能だ! 私や君とも違う、個性豊かな子供達だ!」
「違うよ・・・」
「何が違う? もしかして、嫉妬しているのかねペスカ。だとすれば、私はようやく君に勝てたと言う訳か」
「そうじゃないよ・・・」
「何がだね? 私が既に死んでいる事が、不思議なことかね? 確かに私の肉体は、ロメリアに支配された時に失われた。しかし私は教育者だよ! 君の様に、企画だけして放り投げる無責任な人間とは違うのだよ! 有能な子が、死に瀕している。私が救わなくて、誰が救うと言うのだね? 私はこの子らに、生活の知恵を授けた。知識を教えた。しかし、自分達の力で生き抜いたのはこの子らだ! 誇らしいと思わないかね? エルラフィアの将来を。いや、この世界の将来を担う、宝だと思わないかね?」
「ドルク・・・」

 ペスカは、言葉に詰まっていた。
 顔を両手で覆い隠すペスカ。
 しかし、涙は滂沱の様に流れ、抑える事は出来なかった。

 少しの間、静寂が訪れる。
 すると子供達から、催促の声が投げかけられた。
 
「せんせ~、続きは~?」
「ねぇ~、話の続きを聞かせてよ~!」
「せんせ~。せんせ~ってばぁ~!」

 子供達は、笑顔をいっぱいに浮かべて、ドルクに声を掛けていた。
 子供達は、当然の様にドルクを受け入れていた。

 既にドルクは死に、魂魄だけの存在である。
 幽体の様に、僅かに存在を現出させている。
 そんな事は、子供達にとって些細なのだろう。
 ドルクは、飢えから救ってくれた恩人なのだから。
 全幅の信頼を寄せている様にも見えるのは、それ故であろう。
 だがドルクは、ペスカと後方に配された警邏隊の存在を確認すると、子供達に向かい静かに首を横に振った。

「私の授業は、ここまでなんだね。君達はこれから、元の生活に戻るんだね」
「何でだよせんせ~」
「やだよ、もっと続けてよ、せんせ~」
「せんせ~。元にって何? わかんないよ」

 ドルクの言葉に、騒ぎだす子供達。
 それでもドルクは、言葉を続けた。

「ずっと、言って来た事を忘れた訳では無いのだろう? 君達は優秀なのだからね。私は既に死んだ身、いま君達が見ている姿は、私の魂魄が作り出した幻に過ぎない。別れの時は訪れる。それが今なのだよ」

 子供達は、一斉に俯いた。
 多くの子供が嗚咽している。
 そして、ぐっと堪える様に押し黙り、ドルクはペスカに視線を向けた。

「良いんだね?」
「勿論だとも」

 短い会話であった。
 そして、ペスカは警邏隊に視線を送る。
 ペスカの後ろで待機していた警邏隊が、建物の中に入っていく。
 警邏隊が、子供達を保護しようと、手を伸ばす。
 
 別れの時が来た。
 子供達は大声で泣き喚きながら、縋り付く様にドルクの周囲に集まる。
 ドルクに触る事は出来ない、しかし子供達はドルクから離れようとしなかった。
 
 帰ろう。
 そう言われても、何処に帰ると言うのだ。
 両親を亡くし、身寄りもない子供達の居場所は、ドルクの下なのだから。

 ドルクは、決して優しいだけじゃなかった。
 糧も無く、生きる気力すら沸かない自分達を、懸命に鼓舞してくれた。
 いま、生きて居られるのは、ドルクのおかげ。
 誰もが、そう思っていた。
 誰もが、ドルクを尊敬し愛していた。
 誰もが、理解をしていた。
 ドルクと自分達が違う事を。
 ドルクには体が無い事を。
 そして常々、言われてきた。
 
「君達には、帰らなければいけない場所が有る。私にもだよ。いずれ別れの時が来ても、悲しまないで欲しい。君達には未来が有る。輝ける未来に向けて、歩みを止めないで欲しい」

 だが、突然の別れを受け入れる事は出来なかった。
 子供達は、涙を止めることは出来なかった。
 ドルクもまた、言葉を詰まらせていた。
 肉体が有れば、涙を流していただろう。
 別れを惜しむ様に、痛切な表情をドルクは浮かべていた。

「ねぇ。聞いて」

 泣き声が止まない建物の中で、静かにペスカが口を開く。
 
「ドルクはね、魂魄を削って君達の傍に居てくれたの。このまま世界に留まり続けたら、ドルクの魂魄は消えて無くなっちゃう。そしたら、ドルクは生まれ変わる事が出来なくなっちゃうんだよ」

 穏やかに語るペスカの言葉は、泣き喚く子供達の耳に届いていた。
 そして次々と、涙を堪える様に子供達が顔を上げる。
 別れを惜しむより、ドルクが消滅する事を恐れたのだろう。
 そんな子供達を、誇らしげに見守るドルク。
 そこには、確かな絆が存在していた。

「私は生まれ変わって、かならず君達と会う事を約束しようじゃないかね。だから、しばしのお別れだ」

 小さな子供にさえわかる、保障の無い約束の言葉。
 しかし子供達は、ドルクの言葉に大きく頷いた。
 口々にドルクへ誓いを立て、子供達は警邏隊と共に建物を後にする。
 止まる事の無い涙、だが決して歩み続ける事は止めない。
 ドルクの教えが、子供達の中に息づいていた。

 やがて、全ての子供達が建物から出ていった。
 その様子を見届けると、ドルクはゆっくりと天を仰ぎ、呟く様に語り始めた。

「これで、私の罪が消えたなんて思っていないんだよ。でも、少しは罪滅ぼしをしたかったのは、事実なんだ。私は悔いているんだよ。ペスカ、君を憎んでしまった事にね。後は地獄だったよ。ロメリアに支配されても、私の意識は残っていたからね。子供達やセムス達に手をかけた事は、悔やんでも悔やみきれないよ。多くの犠牲を生んだ。私のせいで罪もない人々が死んだ。全て紛れもなく、私の罪なんだよ」

 そして、ドルクはペスカに近づく。

「ペスカ。神々に頂いた時間は、もう終わりだ。私は裁かれる時が来た。連れて行ってくれ」

 ドルクはペスカに向かい、深く頭を下げた。
 そして頭を上げるドルクは、沈痛な面持ちで呟いた。
 
「あの子達に無責任な言葉を掛けてしまった。罰を受ける私が、再びあの子達と会えるはずがない。悪いが、ペスカ。あの子達の事、頼まれてくれないか?」
「やだよ。謝りたければ、直接謝りなよ。知ってるでしょ? 私はあんたの事が嫌いだってさ」
「そうだったな。私も君のそんな所が、大嫌いだよ」

 苦笑いを浮かべるドルク。
 ペスカは、涙を流しながら、神気を高めた。

「じゃあね。生まれ変わっても、私の目の前には現れない事を願っているよ」
「馬鹿かね。そんな事は有り得ない。さらばだ、盟友」

 ドルクの姿が消えていく。
 完全に消え去った後、ペスカは冬也に抱き着き、声を出して泣いた。
 暫く、ペスカが泣き止む事はなかった。

 ☆ ☆ ☆

「もう、怒らないでよ。ねっ、ペスカちゃん。大丈夫、私が何とかするし」

 数日が過ぎて、女神フィアーナの所を訪れたペスカと冬也。
 今回の失踪事件に関わっているであろう、女神フィアーナを問い詰めていた。

 話を聞くところ、ドルクの肉体が消滅した頃は、未だ魂魄は解放されていなかった。
 解放されたのは邪神ロメリアが、消滅した時であった。
 しかし当時は死者が多く、多忙だった女神セリュシオネは、ドルクの魂魄が回収されていない事に気が付いていなかった。
 恐らく悔恨の念が強すぎたのだろう。
 地上に留まり続けたドルクの魂魄を発見したのは、後になっての事だった。
 
 魂魄を削りながら、地上に留まるドルク。
 ドルクの存在に気が付いたのは、丁度アルドメラクが消滅した頃だった。
 ただ、子供達を保護するドルクを見た女神フィアーナと女神セリュシオネは、暫く様子を見る事に決め、周囲に結界を張った。
 元より、天才であるドルクは、女神が結界を張った事に気が付いていた。
 だからこそ、子供達に言い聞かせていたのだろう。
 終わりの時間は訪れると。
 そうでなくても、魂魄を削り続けているドルクに、残されてる時間はそう多くはなかった。

 子供が目撃されたのは、偶然ではない。
 好奇心旺盛な一人の少年を、誰かの目に留まる様に誘導し、結界を緩めた女神フィアーナの目論見であった。
 後は、因縁のある間柄であるペスカを呼んで、決着をつけさせればいい。
 事は、女神フィアーナの思惑通りに進んだのであった。

「絶対だよ、フィアーナ様! あいつが、一番の被害者なんだからさ」
「わかってるわよ。たまには私を信じて任せなさい! これでも神の中で一番偉いんだもの」
「はぁ。その自信がどこから来るのか、聞きたいよ」
「大丈夫。許し認めるのは、神の務めよ。それにあの子は、二度と間違えないでしょ?」

 フフっと笑う女神フィアーナ。
 ドルクが、再び子供達と出会うのは、そう遠くない未来なのかもしれない。
 ペスカは、少し思いを馳せて、空を見上げた。
 世界が彼らに優しくある様にと、願いを込めて。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

奪い取るより奪った後のほうが大変だけど、大丈夫なのかしら

キョウキョウ
恋愛
公爵子息のアルフレッドは、侯爵令嬢である私(エヴリーヌ)を呼び出して婚約破棄を言い渡した。 しかも、すぐに私の妹であるドゥニーズを新たな婚約者として迎え入れる。 妹は、私から婚約相手を奪い取った。 いつものように、妹のドゥニーズは姉である私の持っているものを欲しがってのことだろう。 流石に、婚約者まで奪い取ってくるとは予想外たったけれど。 そういう事情があることを、アルフレッドにちゃんと説明したい。 それなのに私の忠告を疑って、聞き流した。 彼は、後悔することになるだろう。 そして妹も、私から婚約者を奪い取った後始末に追われることになる。 2人は、大丈夫なのかしら。

平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした

カレイ
恋愛
 「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」  それが両親の口癖でした。  ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。  ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。  ですから私決めました!  王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。  

「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう

天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。 侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。 その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。 ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

妹の事が好きだと冗談を言った王太子殿下。妹は王太子殿下が欲しいと言っていたし、本当に冗談なの?

田太 優
恋愛
婚約者である王太子殿下から妹のことが好きだったと言われ、婚約破棄を告げられた。 受け入れた私に焦ったのか、王太子殿下は冗談だと言った。 妹は昔から王太子殿下の婚約者になりたいと望んでいた。 今でもまだその気持ちがあるようだし、王太子殿下の言葉を信じていいのだろうか。 …そもそも冗談でも言って良いことと悪いことがある。 だから私は婚約破棄を受け入れた。 それなのに必死になる王太子殿下。

【完結】悪女のなみだ

じじ
恋愛
「カリーナがまたカレンを泣かせてる」 双子の姉妹にも関わらず、私はいつも嫌われる側だった。 カレン、私の妹。 私とよく似た顔立ちなのに、彼女の目尻は優しげに下がり、微笑み一つで天使のようだともてはやされ、涙をこぼせば聖女のようだ崇められた。 一方の私は、切れ長の目でどう見ても性格がきつく見える。にこやかに笑ったつもりでも悪巧みをしていると謗られ、泣くと男を篭絡するつもりか、と非難された。 「ふふ。姉様って本当にかわいそう。気が弱いくせに、顔のせいで悪者になるんだもの。」 私が言い返せないのを知って、馬鹿にしてくる妹をどうすれば良かったのか。 「お前みたいな女が姉だなんてカレンがかわいそうだ」 罵ってくる男達にどう言えば真実が伝わったのか。 本当の自分を誰かに知ってもらおうなんて望みを捨てて、日々淡々と過ごしていた私を救ってくれたのは、あなただった。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

溺れる月【完結】

友秋
恋愛
*強引、激しめの性描写あり。閲覧要注意作品です。 「俺たち無しでは生きられない躰にしてやるよ」 母の再婚によって富豪の香月家に入った美夕(みゆう)。 そこにいた美貌の三兄弟は幼い美夕に優しい義兄となったが、平穏な日々は母の死によって激変する。 美夕が高校3年生の時に母が病死すると、そこから全てが狂い始めた。 優しかったはずの兄達が、豹変する。 美夕は、義兄たちの玩具となった。  優しかった兄たちが何故?  躰を弄ばれながらも逃げられなかった美夕は、香月家の秘密を少しずつ知っていく。 そして、それぞれの想いが複雑に交錯し、絡み合う愛憎の渦に巻き込まれていくーー

処理中です...