妹と歩く、異世界探訪記

東郷 珠

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大陸東部の悪夢

214 ミューモの覚悟

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 ノーヴェと眷属のドラゴン達を中心に、倒れた四大魔獣、巨人達、生き残った数少ない魔獣の搬送が行われようとしていた。
 未だ意識を保っているのは、ゴブリン達とドラゴン達のみ。特に体の大きな巨人達を運ぶのは、到底困難だと思えた。
 しかし、搬送に関しての問題は、冬也が解決した。
 大陸の木々に話しかけ、搬送の手伝いを要求する。そして、撤退が開始された。

 ノーヴェを中心としたドラゴン達が、上空で警戒をしながらの撤退劇。多くの仲間が傷つく中での撤退は、ゴブリン達の足取りを重くした。
 口数少なく、疲弊した体は鉛の様だった。しかし、ズマだけが真っ直ぐに前を向いていた。全ての後悔を受け止めて、それでも前に進もうとする気概の現われであった。
 そして、この敗北感にも似た深い挫折は、ズマを更に強くする。

 数年の後、ドラグスメリアに一つの国が誕生する。
 この戦いで生き延びた魔獣を集め、作り上げた魔獣の国は千年に渡り繁栄を続ける。建国には、一体のゴブリンが深く関わる。
 師の教えを守り、常に高潔であろうとしたゴブリン、その名はズマ。
 ズマの生き様は、他の魔獣達にも多大な影響を与える。生き残った魔獣達、共に戦った仲間達を繋げ、ズマは平和な国の礎となる。
 冬也に言われた言葉を守り、ズマは大陸の未来を作る事になる。
 
 撤退の後ノーヴェは、神の先兵たるエンシェントドラゴンの責務を放棄した。
 その後は、魔獣達を守る事のみに、心血を注いだ。ノーヴェは、いずれ来る崩壊の瞬間まで、国と魔獣を守り続けた。
 永遠とも言えるエンシェントドラゴンの寿命。生涯ノーヴェから悔恨の念が消える事は無かった。だからこそ、魔獣達に尽くした。
 神に牙を剥いても、魔獣達を守り戦い続けるノーヴェは、壮絶な最期を遂げる事になる。

 ☆ ☆ ☆

 冬也が数キロに渡りモンスターを消滅させたが、安定は一瞬の事だった。直ぐにモンスターが東部から溢れ、エレナはブルと共に前線に立つ。
 圧倒的な力でモンスターを粉砕するブルを見て、エレナは言い放った。

「ブル! お前には負けないニャ! お前から冬也の匂いがするニャ。ずるっこしなくても、私は強くなるニャ! お前よりモンスターをやっつけるニャ!」
「エレナは、無理しない方が良いんだな。ちびっこだから、おでが守ってやるんだな」
「ちびっ子じゃないニャ! 失礼ニャ! お前がでっかいんだニャ!」

 頬を膨らませつつも、戦いに集中するエレナ。それは、冬也に逆らってでも、この場に残ったエレナの意地なのだろう。
 その姿は頼もしく映り、ブルは少し笑みを零した。
 この戦いで、エレナは更なる成長を遂げる。それは、モーリス等、歴戦の勇士とも肩を並べる程に。

 一方冬也は、逃げた邪神を追うため、転移を行おうとしていた。
 転移の前に、繋がった神気のパスを通じ、スールとブルに向けて話しかけようとした、その時であった。
 冬也に向かい、ミューモが話しかける。

「冬也様。中心部にお戻りなら、俺を連れていって下さい」
「嫌だよ。ペスカの所に戻るのが遅くなんだろ!」
「余計なお力を使わず、俺の背にお乗り下さい。俺の飛ぶ速さは、ドラゴンの中でも一番早い」
「だから嫌だって。何でだよ! 途中でお前は死ぬぞ! 後片付けがめんどくせぇ!」

 大陸東部の深部に近づいていた冬也は、地獄の有様をよく理解していた。
 ミューモでは、呼吸する事さえ出来ないだろう。それは責める事ではない、生物の限界なのだ。
 例え地上最強の生物であるエンシェントドラゴンとて、地獄では生きられない。

 眷属にしたスールやブルでさえ、冬也は連れていくのを躊躇った。そんな場所に着いてくるのは、ただの自殺なのだ。そんな事をさせる為に、ミューモを戦場に残した訳ではない。

 強くなるなどと、簡単に言って欲しくない、簡単に考えて欲しくはない。
 究極的に自分を追い込む事が、強さを得る近道ではない。地道な努力の末に得られるものだ。そして強さを得るには、確固たる信念が必要なのだ。

 ミューモが行おうとしているのは、ただの自傷行為に他ならない。やけになっているなら、意識を奪ってでもミューモを止めなければ。
 冬也がそう思っていた矢先の事だった。

「主。ミューモを連れていっては下さいませんか?」
「はぁ? スールてめぇ! なに言ってんのか、わかってんだろうな!」
「どの道、役目を果たせぬエンシェントドラゴンは、生きる価値などありません。ミューモとノーヴェは、既に主の配下。主が役割を与えないなら、ミューモは生ける屍です。ならば深淵で朽ちようと、ここで朽ちようと些かの代わりは有りますまい」
「この糞ドラゴンを手下にした覚えはねぇよ」
「奴らはそうは思っておりません。どうかノーヴェの様にお役目を与えてやって下さい」
「だったら、お前らと一緒にモンスターの拡散を防ぐってので、構わねぇだろ! 間違えんなよスール。自分の役目くらいは自分で探せよ! もしこの糞ドラゴンが俺の手下だったとしたら、尚更だろうが!」

 冬也が問うのは、覚悟だった。
 甘い考えなら、死ぬだけ。中途半端なら要らない。ならばこそ、冬也はミューモに対して、言わなければならない。

「着いて来るなら、自力で来い! ここから内部まで、モンスターを押し戻して見せろ!」

 冬也はそう言い残して、姿を消した。そしてミューモの中には、言葉にならない想いが渦巻いた。

 何故、足手纏いになった。力が足りないのか。
 いや、全てが足りないのだ。自分には、何もかもが足りないのだ。
 自分の甘さは、冬也に見透かされていた。
 何が守るだ。誰も守れなかった。これからも守れないのか? そうじゃない、冬也様が言っているのは、そう言う事じゃない。
 覚悟が足りなかったのだ。サイクロプスの小僧やスールに有って、自分に無いものは、絶対に仲間を守る覚悟だ。いや、覚悟なんて生温いものじゃない、信念だ!

 悔しさが込み上げる。
 これまで以上に、不甲斐ない思いが、ミューモの心に満たされる。

 このままで、いいはずが無い。このまま、何もせずに終われやしない。
 そうだ、やるしかない。やり遂げるしかない。冬也様の言う通り、溢れ出るモンスターを全て駆逐する。
 やっと、そこから始まる。そこからやっと、始められる。

「ぐわぁぁぁあぁああ!」

 ミューモは咆哮した。そして飛び上がった。
 凄まじい速さでブルの頭を通り越し、モンスターの前に立ちはだかる。

 そしてミューモの口から、全身全霊のブレスが放たれる。今までに無い程の、膨大な熱量が前方へと広がる。モンスターは、高温に耐えきれず融けていく。

 ミューモは覚醒を始めた。
 確固たる信念が芽生えようとしていた。
 神の命に従って、動くだけの存在から、自分で道を切り開き始めた。ミューモの成長は、モンスターの拡大を防ぐ大きな一手となる。
 不確定な未来は、確たるものに変わろうとしていた。
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