妹と歩く、異世界探訪記

東郷 珠

文字の大きさ
上 下
195 / 415
混乱のドラゴンとゴブリンの進撃

194 心強い援軍

しおりを挟む
 内部から爆発するかの様に溢れようとする邪気は、結界をグラグラと揺らす。ほんの僅かでも力を緩めれば、結界の綻びは増加し崩壊する。地獄がドラグスメリア大陸の全土に広がる。
 それは、許せる事ではない。

 冬也は神気を籠め続け、ひたすらに結界の維持を続ける。額から流れだす汗を、拭う余裕は一切無い、体力は否応なしに削られていく。
 最後に食事をしたのは、いつだっただろうか。最後に休息をとったのは、いつだたっただろうか。
 そんな事が、遥か昔の様に感じるほど、冬也は疲労していた。
 
 冬也が万全の状態であれば、多少状況は異なっただろう。しかし、大陸西部での戦い以降、連戦を続けている冬也に、残された力は多くない。
 飛びそうになる意識を必死に繋ぎ止め、冬也は抗い続ける。

「どっかで見てやがんだろ! これがお前らの言う新しい世界か? 生物が生きられないなんて、価値があるのか? お前らは人の信仰から生まれて、人の信仰で生きる。生物を皆殺しにして、何が残るんだ! 目的と手段をすり替えるんじゃねぇよ」

 冬也は叫んだ。それは、魂を削ってでも伝えたい事であった。
 虚無の空間で見せられた事が、一方的な視点であっても、その怒りは痛いほどに理解できた。だからこそ、目の前で起こる矛盾を見過ごしてはならないと感じた。
 やり方が間違ってると、伝えなければならなかった。

「邪神を操ってるつもりでいるのか? 逆だ馬鹿野郎! てめぇらが操られてるじゃねぇか! 本当の目的を思い出せ! てめぇらが欲しかったのは、安寧だろうが! 壊しても、てめぇらじゃ元には戻せねぇ! わかってんだろ? この糞野郎は、てめぇらの定めた枠には収まらねぇよ! 争ってる場合じゃねぇんだよ、俺に力を貸せ!」

 反フィアーナ派は、今も何処かで自分を監視しているだろう。冬也は語った、お前達の選択は間違いであると。それを認めて手を貸せと。
 その意思を伝えようと、揺れる体を奮い立たせ、必死に叫んでいた。

「お主の言う通りじゃ冬也。争ってる場合じゃないのぅ。儂等も反フィアーナ派もな」

 冬也は声のする方に視線を向ける。そこには、久しぶりにも感じる姿があった。

「山さんじゃねぇか!」
「冬也、少し下がって休め!」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ、山さん」
「結界は交代で維持すれば良いじゃろ? 儂も少しは役に立てるんじゃ、馬鹿者!」

 山の神は、冬也を押しのける様にして、強引に結界の維持を交代する。もう限界であったのだろう、押しのけられた冬也はそのまま地面に腰を下ろす。そして深く息を吐いた。
 見上げれば柔らかい笑みを湛える山の神が、神気を漲らせている。

「お主、色々と知ったんじゃろう?」
「なんでそう思うんだ?」
「お主の様子を見とったからのぅ」
「それで? あんたはどうする?」
「どうもせんよ。前にも言うたじゃろ。儂はお主の見方じゃと。それよりお主は、知った後でどうするつもりじゃ?」
「変わんねぇよ。俺はペスカの見方だ。ペスカに危害を加える奴は許さねぇ!」
「フォッ、それだけではあるまい?」
「どういう意味だ?」
「妹の為だけなら、結界の維持に命を削るまい。お主の神気は優しく強い、大地母神の様にな。地上に生きる者達を慈しみ、守ろうとする神気じゃ。それがお主の強さじゃ。お主を誰も染める事は出来んよ。反フィアーナ派がどう頑張ろうとな」

 山の神の言葉に、冬也は頷きもせず、ただ黙した。だが冬也の心は、雄弁に語っていた。

 そんな上等なもんじゃねぇ。褒められる事は何一つ出来ちゃいねぇ。俺は、ペスカを守って来ただけだ。仲間を守って来ただけだ。
 世界を守ろうなんて、おこがましい。ただ奴らの気持ちも理解出来る。だから放っておけない。それだけだ。

 痛みを知るなら、何で争わなきゃならねぇ、滅ぼさなきゃならねぇ。喧嘩なら、タイマンで決着つけりゃ良いだろうが。その方が健全だ。余計なもんを巻き込む必要なんてねぇんだ。
 奴らの方法は、誰も幸せにならねぇ。神も人間も亜人も魔獣も、大地も大気も木々も動物も。ロイスマリアという世界自体が、絶対に幸せにならねぇ。

 そんな冬也の想いを見透かす様に、山の神は笑みを深める。そして優し気な声で語りかけた。

「儂はお主を気に入っとる。じゃから、儂はお主の見方をする。確かにかつて、一部の神が争いおった。それ以降は長らく険悪な状況が続いとる。現状を憂いておる神もいるのじゃ」
「山さん、それがあんただと言うのか?」
「さての、それはお主の目で判断せい。それで儂を信用するか否か決めれば良い。儂はただ、お主の見方をするそれだけじゃ」

 そして山の神は、懐から果物を一つ取り出して冬也に投げる。冬也は受け取った果実を、黙って咀嚼する。すると、見る間に喉の渇きが癒え、力が戻ってくる。

「助かったぜ山さん」
「なんの。じゃが儂が持ってきたのは、いくつも無い。ブルの様に無駄食いはいかんぞ!」
「しねぇよ!」

 たかが果物一つで、たいして腹は膨れない。だが食事がとれた、渇きを癒せた。それは、純粋な神と異なり、肉体を持つ冬也にとって重要な事であった。少し人心地ついた冬也は、徐に山の神に話しかける。

「監視してたならわかるだろう。水の女神が、糞野郎にやられた。姐さんに渡すが問題無いよな」
「あぁ、流石にこの場所でミュールを顕現させる訳にいかん。西なら問題なかろう。儂もゼフィロスもミュールの眷属じゃ、意思は伝わっておる。ミュールならば、体の修復は容易いじゃろう。うん? ちょうど迎えが来たようじゃな」

 遠くから高速で飛翔する影を見て、冬也はやや警戒の姿勢を取る。しかし直ぐに、誰かの眷属ドラゴンであると気がつき、警戒を解いた。

「ペスカ様のご命令で、参上致しました」
「おう、待ってたぜ。これを姐さんに届けてくれ。急いで頼む」
「畏まりました」

 恭しく頭を下げると、眷属ドラゴンは飛び去る。そして冬也は再び腰を下ろす。

 冬也は山の神に結界を任せ、体を休める事に専念した。
 今の状態では、いざという時に対応が出来ない。何が起きるかわからない状態で、余力を残していないのは、どれだけ危険な事なのか、冬也は理解をしている。
 山の神の救援は、渡りに船でもあった。
  
 山の神がなぜ自分を助けるのか、味方という言葉がどこまで信用できるのか、冬也にはわからない。
 本人に聞いても飄々と流されるだけだろう。
 それに自分達が、大地母神達に利用されているのは明らかだ。その目的も、神々の争いとなれば、馬鹿らしくなる。

 下らない。冬也は、本気でそう思っていた。

「なぁ山さん。奴らとは争いでしか解決出来ないのか?」
「そうじゃのぅ。少なくともフィアーナは、対話を望んでおるよ」
「じゃあ、なんでそうしねぇんだよ?」
「大抵の神は、自分の領分にしか興味が無い。言い換えれば、自分の領分に縛られとるんじゃ。だから争いになれば、その領分を守る為に引く事が出来ん。儂から言わせれば、人間達の方がよっぽど自由で可能性を持っとる」
「難しくて意味がわかんねぇよ、山さん」
「そうか、お主はこの手の話が苦手じゃったか」
 
 山の神は少し苦笑いをする。そして零す様に呟いた。

「あのな、冬也。儂は期待をしとるんじゃ。儂ら神では如何ともし難い状況を変えるのは、お主ら兄妹じゃないかとな」
「あぁ? なんか言ったか山さん?」
「何でもない。ほら、少し横になれ。その時間くらいは稼いでやるぞ」

 冬也は山の神を信じ、体を横にした。願っても無い救援に、間違いなく冬也は救われていた。

 大陸南部ではゴブリン軍団が、待機する魔獣との合流を目前としている。
 唯一北部に残るスールの元には、ノーヴェとスールの眷属が到着しようとしている。
 西からは、巨人の一族がペスカを肩に乗せて進軍を急ぐ。
 そして、スールの眷属から魔攻砲を受け取ったミューモの眷属が、ペスカに合流しようとしている。

 反撃の時が、少しずつ近づいている。耐える者、急ぐ者、守る者、それぞれが己の使命を果たそうと、懸命に抗っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

奪い取るより奪った後のほうが大変だけど、大丈夫なのかしら

キョウキョウ
恋愛
公爵子息のアルフレッドは、侯爵令嬢である私(エヴリーヌ)を呼び出して婚約破棄を言い渡した。 しかも、すぐに私の妹であるドゥニーズを新たな婚約者として迎え入れる。 妹は、私から婚約相手を奪い取った。 いつものように、妹のドゥニーズは姉である私の持っているものを欲しがってのことだろう。 流石に、婚約者まで奪い取ってくるとは予想外たったけれど。 そういう事情があることを、アルフレッドにちゃんと説明したい。 それなのに私の忠告を疑って、聞き流した。 彼は、後悔することになるだろう。 そして妹も、私から婚約者を奪い取った後始末に追われることになる。 2人は、大丈夫なのかしら。

平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした

カレイ
恋愛
 「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」  それが両親の口癖でした。  ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。  ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。  ですから私決めました!  王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。  

「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう

天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。 侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。 その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。 ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

妹の事が好きだと冗談を言った王太子殿下。妹は王太子殿下が欲しいと言っていたし、本当に冗談なの?

田太 優
恋愛
婚約者である王太子殿下から妹のことが好きだったと言われ、婚約破棄を告げられた。 受け入れた私に焦ったのか、王太子殿下は冗談だと言った。 妹は昔から王太子殿下の婚約者になりたいと望んでいた。 今でもまだその気持ちがあるようだし、王太子殿下の言葉を信じていいのだろうか。 …そもそも冗談でも言って良いことと悪いことがある。 だから私は婚約破棄を受け入れた。 それなのに必死になる王太子殿下。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】悪女のなみだ

じじ
恋愛
「カリーナがまたカレンを泣かせてる」 双子の姉妹にも関わらず、私はいつも嫌われる側だった。 カレン、私の妹。 私とよく似た顔立ちなのに、彼女の目尻は優しげに下がり、微笑み一つで天使のようだともてはやされ、涙をこぼせば聖女のようだ崇められた。 一方の私は、切れ長の目でどう見ても性格がきつく見える。にこやかに笑ったつもりでも悪巧みをしていると謗られ、泣くと男を篭絡するつもりか、と非難された。 「ふふ。姉様って本当にかわいそう。気が弱いくせに、顔のせいで悪者になるんだもの。」 私が言い返せないのを知って、馬鹿にしてくる妹をどうすれば良かったのか。 「お前みたいな女が姉だなんてカレンがかわいそうだ」 罵ってくる男達にどう言えば真実が伝わったのか。 本当の自分を誰かに知ってもらおうなんて望みを捨てて、日々淡々と過ごしていた私を救ってくれたのは、あなただった。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

処理中です...