妹と歩く、異世界探訪記

東郷 珠

文字の大きさ
上 下
190 / 415
混乱のドラゴンとゴブリンの進撃

189 概念の確立

しおりを挟む
 語られる声、再現される過去。
 虚無の空間で、失われた冬也の存在は、再構築を始めていた。

 そもそも冬也とは、いったい何であろうか。
 女神フィアーナの血を引いた人間であり、神の座に席を置く一柱。それはただの概念を指す一つに過ぎない。
 
 喧嘩ばかりする男子と、認識しているクラスメイトがいる。シスコンと認識している、友人がいる。理解力が低いと感じている、教師がいる。
 ラフィスフィア大陸においては、英雄の一人として認識され、ペスカの兄としても知名度が高まっている。
 それら全てが、冬也の普遍的価値を示す。しかし、それは冬也の存在を確定し得るとは言い難い。
 
 霧散した現状。そして虚無の空間で、冬也の本質を指し示すものは、はたして何であろうか。

 響く抑揚の無い声、深層心理に働きかける様な映像。それは、苦しみを追体験させる様に、冬也の魂に刷り込んでいく。そして冬也の魂に深く刻まれる。

 悲しみが、苦しみが、まるで自分の事の様に刻まれる。そして怒りが生まれる。憎しみが生まれる。
 淀んでいく。沈んでいく。

 どれ程の時間が流れたのかわからない。時間という概念が無い虚無の空間で、経過した時の事など無意味なのかも知れない。

 霧散した魂が、形作られる。消滅した肉体が、再構成される。無くしたはずの意識が、生まれる。
 黒ずんだマナ。黒ずんだ神気。黒ずんだ体。激しくつり上がった瞳。憎しみに捉われ、怒りに埋もれる。
 それは、冬也なのか。それは、冬也の普遍的本質であったのか。
 
「お前の力が必要だ。我々には、お前が必要なのだ。ペスカ。あの娘を手に入れる為に。さあ、目覚めよ我らが同胞。そして、手に入れろペスカを」

 再び抑揚の無いロボットの様な声が、虚無の空間に響く。語りかける様に、目覚めを促す様に、ゆっくりと響いていく。

 呼びかけに応える様に、冬也は目を開く。
 強大な神気はそのままに。だが、雄々しく優しいかつての神気は、欠片も見えない。
  
「ペスカ?」

 開かれた口から、最初に放たれたのは、その一言だった。
  
「そうだ、お前の妹だ。奴を手に入れろ。お前なら出来るはずだ」

 響いた言葉は、ロボットの様では無かった。少し高揚した様な、声色だった。
 そのペスカという言葉に、冬也は引っかかりを覚えた。そしてゆっくりと、冬也は思考を始めた。

 もしかしたら、冬也に対してだけは、この方法は最大の悪手だったのかもしれない。
 輝きの無い虚ろな瞳の奥には、何も映していない。洗脳めいた事は行われたのだろう。確かに冬也は闇に沈んでいた。
 そう、ペスカという言葉を聞くまでは。

 事を企んだ者達は、冬也を間違いなく誤認していたのだろう。
 大地母神の血を引いた者、ペスカと言う天才が兄と慕う者。だが事実は少し異なる。
 ペスカとは血の繋がりが無い。そこにあったのは、どんな感情だったのか。それを彼らが少しでも理解していれば、異なる結果があったのだろう。

 冬也の思考は完了し、ペスカの存在を確認した。はっきりと思い出したと言っても良い。
 そして徐に冬也は口を開いた。

「あぁ、ペスカだな。思い出した。ありがとうよ。全部思い出したぜ」

 冬也の言葉と共に、神気から澱みが消えていく。黒ずみが消えて、虹色の輝きを取り戻していく。雄々しい神気が、辺りを眩く照らす。

「油断したか? 体も動きそうだな」
「な、何が?」
「何がじゃねぇよ。酷い映画を散々見せやがって! くそっ、すっげ~ムカつくな」
「お前! まさか!」
「俺が洗脳された? あぁ覚えてるぜ何もかもな。惜しかったな。今なら良くわかるぜ、何が起きたのか、お前らが何者なのか」

 冬也は虚無の空間で、自分の体を確かめる様に、少し体を動かした。
 目が見える。声が聞こえる。体が動かせる。声が出せる。自分の神気を感じる。
 戻って来た、確かな感覚がそこには有った。
 
 冬也の深層心理には、言葉に出来ない程の、怒りの根源が有る。間違いなく洗脳は、完成していた。
 しかし、どれだけ洗脳を行おうとも、一つ間違いがある。冬也の戦う目的は、ペスカであると言う事。
 
 元々、日本人である冬也にとって、ロイスマリアという星は、所詮は異世界なのである。この世界で神の一柱に選ばれようとも、どれだけの知り合いを作ろうとも、やはり異世界なのである。
 戦い続けて来たのは、ペスカの故郷だから。ただ、ペスカの守りたいものを守って来ただけ。その過程で、仲間が増えた、守りたいものが増えた。
 ただそれだけ。
 
 ペスカを傷付ける者は、絶対に許さない。
 それこそが、冬也が十年間の歳月をかけて、ペスカの兄足らんとする事で獲得した、普遍的本質であり、全ての行動原理である。
 それは何をも凌駕する。そう、植え付けられた過去の悪夢でさえも。

「わかるぜ。すっげぇ良くわかる。あんた等の怒りも悲しみもな。許せねぇし、許しちゃいけねぇ事だ」
「ならば、我が同胞となれ。原初の神を淘汰し、新しい世界を創ろう」
「笑わせんなよ! あんた等が見せた映像、あの後に何が起きたのか、俺が知らねぇとでも思ってたか?」

 冬也の言葉に返される言葉は無い。冬也は穏やかな口調で、言葉を続けた。
 
「都合が悪くなると、口を閉ざす。それは、浅ましいって言うんだよ。あんた等が答えないなら、俺が言ってやろうか? タールカール大陸の崩壊! あんた等は、大地母神と原初の神々、そして大陸に生きる生物、全てを消滅し尽くしたんだ!」
「それの何がおかしい! 奴等は当然の報いを受けたまでだ!」
「それは、あんた等が守りたかった人間達を、殺す理由になるのか?」

 再び沈黙が訪れる。そして構わず冬也は言葉を続けた。

「俺がいた地球だって、似た様なもんだ。科学の進歩の裏側で、環境が破壊されて来た。だけどな、全ての人間が自分の利益だけで動いてるんじゃねぇんだ! 世界の為に、生きるものの為に、必死で抗い続けている奴らだって大勢いるんだ! あんた等も理解してただろう? そんな奴らがむざむざ殺されて、悔しかったんだろう? だったら、何であんた等は同じ事をした? ラフィスフィア大陸で、どれだけの人間が死んだ? ドラグスメリア大陸で、どれだけの魔獣が死んだ? 邪神を操って人間を殺して大地を汚して、その結果は本当にあんた等が求める世界なのか? 神同士が喧嘩するんなら、余所でやれ! 地上で生きている奴らを巻き込むんじゃねぇ!」

 その言葉と共に、冬也の体から光が溢れた。その光は、虚無の空間を眩く照らしていった。
 そして声が聞こえる。
 外部との干渉を許さない虚無の空間に、冬也を呼ぶ優しい声が聞こえる。遮断された空間に、想いが届く。

「お兄ちゃん!」

 その声は、冬也に刻まれた怒りを、優しく溶かしていく。冬也に刻まれた、憎しみを優しく洗い流していく。

「ペスカ、すぐ帰るからな」

 冬也の顔には、穏やかな笑みが浮かぶ。そして神気は温かく輝く。

「待て!」
「わりぃが無理だ。あんた等の苦しみや憎しみは、痛いほど理解出来る。だけど、俺が戦う理由はそこにはねぇよ!」

 空間がひび割れる。

「後悔するぞ!」
「しねぇよ。ただ出来れば、あんた等は俺の敵にならない事を祈るぜ。もし、まだペスカを狙ってるなら、覚悟して挑め! おれは、そんなに甘くはねぇぞ!」

 冬也は、神剣を取り出し一振りすると、虚無の空間は完全に消えうせた。
 そして再び、邪神が目の前に現れる。

「どうやら、戻って来れた様だな。喧嘩の再開だ、糞野郎!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

異世界転生 剣と魔術の世界

小沢アキラ
ファンタジー
 普通の高校生《水樹和也》は、登山の最中に起きた不慮の事故に巻き込まれてしまい、崖から転落してしまった。  目を覚ますと、そこは自分がいた世界とは全く異なる世界だった。  人間と獣人族が暮らす世界《人界》へ降り立ってしまった和也は、元の世界に帰るために、人界の創造主とされる《創世神》が眠る中都へ旅立つ決意をする。  全三部構成の長編異世界転生物語。

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~

松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。 なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。 生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。 しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。 二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。 婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。 カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。

転生チート薬師は巻き込まれやすいのか? ~スローライフと時々騒動~ 

志位斗 茂家波
ファンタジー
異世界転生という話は聞いたことがあるが、まさかそのような事を実際に経験するとは思わなかった。 けれども、よくあるチートとかで暴れるような事よりも、自由にかつのんびりと適当に過ごしたい。 そう思っていたけれども、そうはいかないのが現実である。 ‥‥‥才能はあるのに、無駄遣いが多い、苦労人が増えやすいお話です。 「小説家になろう」でも公開中。興味があればそちらの方でもどうぞ。誤字は出来るだけ無いようにしたいですが、発見次第伝えていただければ幸いです。あと、案があればそれもある程度受け付けたいと思います。

最底辺の転生者──2匹の捨て子を育む赤ん坊!?の異世界修行の旅

散歩道 猫ノ子
ファンタジー
捨てられてしまった2匹の神獣と育む異世界育成ファンタジー 2匹のねこのこを育む、ほのぼの育成異世界生活です。 人間の汚さを知る主人公が、動物のように純粋で無垢な女の子2人に振り回されつつ、振り回すそんな物語です。 主人公は最強ですが、基本的に最強しませんのでご了承くださいm(*_ _)m

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

処理中です...