妹と歩く、異世界探訪記

東郷 珠

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混乱のドラゴンとゴブリンの進撃

175 神龍の目覚め その1

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 ペスカと冬也が大陸西部の戦場に辿り着いた時、眼下に広がる状況は酷いものであった。
 踏み荒らされ、焼き尽くされた灰になった木々や大地。倒れ尽くす巨人達。暴れ続ける四体の巨大な魔獣。そして上空に浮かぶ、大きな黒い闇。
 
 大きな黒い闇の正体には、直ぐに検討がついた。間違い無くあの中には、エンシェントドラゴンのミューモがいる。

「何やってんだよ、糞ドラゴン。手間を増やすんじゃねぇよ」
「いや、お兄ちゃん。あれはしょうがないって。多勢に無勢だもん」
「ってか、言ってる場合じゃねぇな。ペスカ、回復は頼めるか?」
「うん。任せて、お兄ちゃん」

 ペスカは冬也に笑顔を返すと、直ぐにスールの背から飛び降りる。そして魔法を使い、巨人達に所へ降下していった。
 続いて、冬也はスールに声をかけた。

「スール、俺が力を貸してやる。お前はあの闇を払え」
「儂が? いえ、畏まりました」

 スールは疑問を呈するが、直ぐに頷く。冬也はスールの背に手を置くと、神気を流し始める。
 冬也とスールの意識が神気を通じて繋がる。しっかりと冬也の意思が、スールに伝わってくる。
 
「良いかスール、俺の力を感じろ。俺の力をブレスに乗せるんだ。大丈夫だ、お前なら出来る」
 
 冬也のおかげで、神気が体内に流れるのを、はっきりと感じる。そしてスールは、意識を集中して、神気を研ぎ澄ませる。
 ゆっくりと体内を巡る神気を、口から吐き出されるブレスに合わせる。

 巨大なブレスがスールから放たれる。今までとは全く違う、神の光を纏ったブレス。そのブレスを浴び、ミューモを包む闇が払われる。それと同時に、ミューモの体を光が包む。やがて少しずつ、ミューモの体にマナが蘇る。

 スールのブレスで、ミューモは悪夢から解き放たれる。そして、ミューモの魂は輝きを取り戻した。しかし、飛ぶ事すらままならない程に傷ついた体は、癒えてはいない。
 闇が消え去ると共に、ミューモの体は落下していく。そのまま意識は戻らず、激しい音を立ててミューモは大地に叩きつけられた。

 ミューモから闇が消えた事で、スールとその上に乗る冬也に、魔獣達の意識が向く。ぎらついた殺意が向けられる中、冬也はスールに問いかける。

「スール。今の感覚を覚えたか?」
「はい、主」
「なら、奴らの相手は任せるぞ」
「畏まりました主。して主は何を?」
「俺はこの地に封じられた神を呼び覚ます」

 そう言うと、冬也はペスカと同様にスールの背から飛び降りた。
  
 冬也はミューモの支配地に入ってから、神々の気配を探っていた。遮断でもされているかの様に、一向に神の気配を掴む事は出来なかった。
 何らかの意図が働いているのか。もしやこれが、ペスカの言ってた第三者の介入なのか。
 理由はわからないが、何か不自然な感覚を覚えた。

 もし、第三者がこの事態を引き起こしている根源であるならば、四体の魔獣は単なる手駒でしかない。
 ベヒモス、フェンリル、グリフォン、ヒュドラを悪意に染め上げた者、そして神との通信を遮断している者、これが同一であるかはわからない。
 それを確かめる為にも、この地に封じられているだろう神を目覚めさせる事は、必要な事であった。
 
 この戦場でやるべき事は多々ある。
 巨人達の生存確保。四体の魔獣を止め。封じられた神の目覚め。その全てを行っても、大陸西部の混乱を完全には止められない。あくまでも、混乱の原因を断つ手段に過ぎない。
 
 ただ問題というのは、些細な事が積み重なって大きくなるもの。大きくなった問題を、そのままの状態で捉えるから、解決が困難だと感じる。要因となった事象を紐解き、一つ一つ丁寧に対処すれば、解決は不可能ではない。

 巨人達の回復は、現在ペスカが担っている。四体の魔獣は、スールが止める。そして、神は冬也が目覚めさせる。
 この場に到着したのは、神の次に力を有するエンシェントドラゴンではない。神二柱とその眷属である。
 ミューモや巨人達に敵わない事も、神であれば対処が可能であろう。それが例え神になりたての、ひよっこであろうとも。
 
 冬也は飛び降りながら、神剣を取り出す。猛烈な勢いで落ちていくスピードを乗せて、大地に神剣を突き刺した。
 その瞬間に、バキっと大きな音が鳴り響く。その音は、ガラガラと崩れ去る様な音に変わっていった。
 
「何だ? 結界の一種か? 誰が何の為ってのは、今考える事じゃねぇな」

 冬也は少し呟きながら、すぐさま体内の神気を高めた。

「この地に縛られた神よ。俺の神威に応えろ。お前は自由だ。さあ、姿を現せ!」

 冬也を中心に光が溢れていく。そして神気が大地に流れる。結界の破壊、大地の修復、それは封じられた神を目覚めさせる。
 冬也の神気に呼応する様に、淡い光が現れる。淡い光は徐々に大きさを増し、少しずつ形をなしていく。
 淡い光は 細く美しい肢体、柔らかく長い髪、細く美しい顔の女神に姿を変えた。
  
 ☆ ☆ ☆

 一方ペスカの治療は、迅速そのものだった。
 着地したペスカは、直ぐに巨人達の様子をマナを使い診る。ペスカのマナ容量では、全ての巨人を完全に治療する事は出来ない。
 よってペスカは、傷を塞ぐ事を優先した。

 最初に治療を行ったのはアトラス。倒れた巨人達を守る様に、傷を負ったアトラスに治療を施す。
 但し行ったのは、傷を塞ぎ意識を回復させるのみ。痛みは残るし、暫く戦える状態にはならないだろう。
 そして、最初にアトラスを治療したのは、この戦場から巨人達を運び出す事が目的であった。

「痛いだろうけど我慢してね。みんなを安全な所まで運んで」
 
 アトラスは強く頷く。アトラスは痛みに耐え、サイクロプス達を運び始める。
 上空ではスールのブレスが、ミューモを包んでいた闇を消し飛ばす。ペスカは、次の巨人に目を向けた。

 次にペスカが治療したのはスルトであった。
 スルトの傷は深く、流れた血の量も多い。傷を止めただけでは足りない。増血の魔法も合わせてかける必要が有る。
 ペスカは、瞬時に診断を下し、適切な魔法をかけた。

 そしてペスカは走った。
 毒に侵されたテュホンとユミル。毒で臓器がグズグズに腐っており、恐らく一番命の危険に晒されているのが、この二体であろう。
 内臓の修復には膨大なマナと時間がかかる。二体の巨人には、解毒の魔法をかけた後に、重要な臓器のみ修復していった。

 ペスカが巨人達を治療している間に、アトラスが巨人達を運んでいく。最後に残されたのは、テュホンとユミル。二体の巨人を、アトラスが両腕で抱え運ぶのに、ペスカも同乗した。
 
 戦場から少し離れた場所に、巨人達が並べられている。
 ペスカは、未だ治療が済んでいない、サイクロプス達の治療に取り掛かった。サイクロプス達には、体のあちこちに深く抉られた様な痕跡がある。幸運なのは、四肢が残っていた位であろう。
 骨は折れ、内臓に突き刺さっているのがわかる。それ程に酷い有様で、生きている事自体が不思議であった。

 ペスカは、サイクロプスの一族にまとめて回復魔法をかける。みるみる内に傷は塞がり元の体に戻っていく。骨は繋がり、内臓の一部を修復する。
 
 もっとしっかりとした治療を、巨人達に施す必要が有る。しかし簡易的であるが、甚大な損傷の修復を施した。一先ず巨人達の命を繋いだペスカは、深い息を吐いた。
 既にペスカのマナは、枯渇寸前である。そして少し座り込んだ。

 未だ戦場では戦いが終わっていない。むしろ前哨戦にしか過ぎない。
 そして冬也の眷属になり、神龍となったスールは、その本領を発揮しようとしていた。
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