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ゴブリンの逆襲
163 スールの下へ
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ペスカと冬也が、密林の中をひた走る。
目指すのはゴブリンの里より北東方向、スールが倒れる場所へ。
最古のドラゴンであるスールは、大陸の東で致命傷を負い、命の危機に瀕している。ペスカと冬也は、木々に問いかけながら、方角を確認し走り続けた。
スールの倒れる場所は、ドラグスメリア大陸の東側に近い場所である。巨体のブルが全力で走っても、数日はかかる。人間であれば、一か月では済まないだろう。
しかし、ペスカと冬也はマナを足に込め、猛烈な速度で進む。密林の木々は状況を察し、自ら枝を払い、根を動かし、スールまでの道を作った。
そんな木々の配慮に、冬也は感謝の言葉を伝える。
「助かるぜ、ありがとな。このまま進めば良いんだな?」
木々は、冬也の言葉に応える様に、枝を震わせた。
トロールとの戦いで、冬也は空間を越えて、ゴブリンの里からペスカの下に辿り着いた。当然、スールのマナを良く知っていれば、それを基点として空間の移動が可能ではある。
しかし、スールと面識の無い冬也には不可能であり、今はただ走るしか無かった。
二人はマナを使い、走る速度を極限まで上げている。
これはマナを大量に消費する方法で、魔法の扱いに長けたクラウスの様なエルフでも、数時間もすれば枯渇する。
大量のマナを保有するペスカと冬也にとって、その消費は微々たるものだ。それでも、長く使用を続ければ、後の治療に影響を及ぼす。
辿り着く事が目的ではない。スールの治療が目的なのだ。着いた時に、マナが空では意味が無い。
だが、今は急ぐ事が何よりも優先される。
急く心を抑え、ペスカと冬也は進む。
そして時折、木々から伝えられる声からは、緊迫感を煽られる。
スール危険。虫の息。そろそろ死ぬ、死ぬ。もう死にかけ。手遅れ。
着いた時には亡骸だったなんて、洒落にもならない。冬也は、マナだけではなく、神気を身体に纏わせようとする。
「駄目だよお兄ちゃん。神気は抑えて。余計なのを呼び込んでも困るし」
既に冬也から零れだす神気に、魔獣達は怯えて近寄ろうとしない。
これまでの道中で、魔獣と遭遇しなかったのは、ペスカと冬也の走る速度が余りに早く、追いつけないからだけでは無い。
辺りを住処にする魔獣達は、怯える様に体を縮め、脅威が過ぎ去るのをじっと待っていた。
そしてペスカが憂慮したのは、魔獣では無い。
冬也の神気に釣られ、新たに生まれた邪神を呼び寄せれば、辿り着いてもスールの治療どころでは無くなる。焦る気持ちは、ペスカにもある。
しかし今は、過剰な力を使ってはいけない。
スールの命は、今にも尽きようとしているのだろう。一分一秒が惜しい。急がなければならない。
しかし、余計なトラブルで、時間を取られるよりは、ましなのだ。大きすぎる力は、それだけトラブルを呼び込む。
綱渡りの様な状況で、ペスカと冬也は神経をすり減らす。
神の末席に加わったとは言え、ペスカと冬也の肉体は、人間と変わらない。
肉体の疲労も有れば、空腹にもなるし、眠気も出る。極度の緊張を強いられれば、神経系への影響も出るだろう。
だが、今は自分達の身体を、気にしてはいられない。過ぎる時間と共に、命の灯が小さくなる。
ペスカと冬也は、ただ走る、ひたすらに走る。
巨大なドラゴンが倒れる様は、密林の中からでも、外からでもよく見える。敵からすれば、襲って下さいと言っている様なものだ。
そして密林の木々はそして、スールを隠そうと枝を伸ばす。それでも、大きいスールの身体の全ては覆えない。
しかし木々は、冬也の想いを察して、スールを守ろうとしていた。
やがて、木々が開けた道の先に、枝に包まれた大きな黄金の塊が見える。
それが、スールである事は、ペスカ達には直ぐにわかった。近づくほどに、傷の酷さがわかる。胴には大穴が空き、黄金の鱗には、血が赤黒くこびりつく。
この傷で、生きているはずが無い。恐らく誰もが思うだろう。
それはペスカと冬也も同様であった。
スールの下に辿り着くと、ペスカは即座に容体を確かめる。これまでの疾走で、息が上がり、大量の汗をかいている。そしてスールの身体を確かめていたペスカは、徐に振り向き冬也を見る。
その表情は、酷く青ざめていた。疲れとは違うその表情に、冬也も事態を把握した。
「お兄ちゃん・・・」
ペスカには、それ以上の言葉が出なかった。ペスカは、歯噛みをし俯く。だが、冬也はペスカの頭を撫で、スールに近づいた。
「諦めるな、ペスカ。まだ終わってない」
「お兄ちゃん?」
冬也はスールの身体に触れると、自分の神気を流し込んでいく。
「この体は俺が治す。セリュシオネ、こいつの魂を返せ! 文句は言わせねぇぞ。早く返せ!」
冬也の神気が膨れ上がり、どんどんスールの身体に流れていく。
黄金の身体は更に光り輝き、大きく開いた胴の穴は、少しずつ小さくなっていった。小高い山の様な大きさのエンシェントドラゴンを、神気で満たすには、冬也の神気だけでは足りない。
ペスカは、自分の神気を冬也に流し込んだ。二人の神気が重なり、スールへ流れる力が増していく。
「セリュシオネ! 早くしろよ!」
冬也は脅す様な声色で、天を見上げて叫ぶ。
スールの傷が完全に塞がると共に、光の球がスールの上に落ちて来た。光の球はスールの身体に溶け込む様に、馴染んでいく。そして、スールは息を吹き返した。
スールは、ゆっくり目を開ける。そして自分の身体をゆっくりと見渡す。
傷が塞がっている。痛みも無い。目の前にには神々しい光を放つ、人間が立つ。
スールは、直前に女神と会った記憶を持っていた。確かあの女神は、こう言った。
「五月蠅い子供がいるから、特別に君を現世に返す。君は目を覚ました後に、その子の眷属になりなさい」
スールは自分の身体に、新たな力の流れを感じる。そして、その力がどこから来たものかを悟った。スールは、巨大な体を起こし、冬也に頭を向ける。
「あなたが儂の主となるお方ですかな?」
「はぁ? 主だ? 知らねぇよ!」
「いや、主よ。お名前をお聞かせくだされ」
「何言ってんだ、主じゃねぇよ。俺は冬也だ」
「私はペスカだよ」
「冬也様。これより先、この身この命、全て貴方の物」
「だから、何言ってんだ糞ドラゴン!」
「主とペスカ様、お二人の手足となり働きましょう。儂の力、何なりとお使いくだされ」
スールは頭を下げる。だが、冬也は依然として首を傾げていた。
「お兄ちゃん。状況を理解しないの? あれだけお兄ちゃんの神気を流して、命を繋いだんだよ。スールは、お兄ちゃんの眷属になったの」
「いらねぇよ。馬鹿じゃねぇのか?」
「馬鹿なのは、お兄ちゃん! ちゃんと状況を理解してよ!」
ペスカは、深い溜息を付いた。
既に事切れていたスールを、冬也は自分の神気を使って蘇らせたのだ。だが冬也は、全く事態を理解していない。
スールは既に、神に最も近いドラゴンではなく、神龍となっている。それは、ペスカと冬也同様に、神の座に片足を突っ込んだ様なものである。
そしてもう一つ、冬也が理解していない事がある。スールに神気を流したのは、直接的には冬也だが、間接的にペスカの神気も混じっている。
「と言う訳で、スールは私とお兄ちゃんの間に生まれた、子供みたいなもんだね!」
「馬鹿な事を言ってんじゃねぇよ、ペスカ!」
冬也に頭を叩かれ、ペスカは少し涙ぐんだ。そんなペスカを庇う様に、スールが会話に割って入る。
「主、ペスカ様。ご報告が様々ございます。じゃがその前に、少々お力をお貸しくだされ」
「なんだよ、言ってみろ」
「お二人のお力で、結界を張って下され。東の地からこれ以上、闇が漏れない様に」
ペスカと冬也は、二つ返事で了承した。
「では、儂の背にお乗りくだされ。上空からの方が、結界の範囲が見え易いじゃろうしのぅ」
スールは、少し屈むとペスカと冬也を背に乗せ、ホバリングの様に上空へ浮かぶ。そして、ゆっくりと上昇していった。
上昇した先で、ペスカと冬也は事態の深刻さを知る事となる。
時は巡り、歯車は回る。
ペスカと冬也の本当の試練が始まろうとしていた。
目指すのはゴブリンの里より北東方向、スールが倒れる場所へ。
最古のドラゴンであるスールは、大陸の東で致命傷を負い、命の危機に瀕している。ペスカと冬也は、木々に問いかけながら、方角を確認し走り続けた。
スールの倒れる場所は、ドラグスメリア大陸の東側に近い場所である。巨体のブルが全力で走っても、数日はかかる。人間であれば、一か月では済まないだろう。
しかし、ペスカと冬也はマナを足に込め、猛烈な速度で進む。密林の木々は状況を察し、自ら枝を払い、根を動かし、スールまでの道を作った。
そんな木々の配慮に、冬也は感謝の言葉を伝える。
「助かるぜ、ありがとな。このまま進めば良いんだな?」
木々は、冬也の言葉に応える様に、枝を震わせた。
トロールとの戦いで、冬也は空間を越えて、ゴブリンの里からペスカの下に辿り着いた。当然、スールのマナを良く知っていれば、それを基点として空間の移動が可能ではある。
しかし、スールと面識の無い冬也には不可能であり、今はただ走るしか無かった。
二人はマナを使い、走る速度を極限まで上げている。
これはマナを大量に消費する方法で、魔法の扱いに長けたクラウスの様なエルフでも、数時間もすれば枯渇する。
大量のマナを保有するペスカと冬也にとって、その消費は微々たるものだ。それでも、長く使用を続ければ、後の治療に影響を及ぼす。
辿り着く事が目的ではない。スールの治療が目的なのだ。着いた時に、マナが空では意味が無い。
だが、今は急ぐ事が何よりも優先される。
急く心を抑え、ペスカと冬也は進む。
そして時折、木々から伝えられる声からは、緊迫感を煽られる。
スール危険。虫の息。そろそろ死ぬ、死ぬ。もう死にかけ。手遅れ。
着いた時には亡骸だったなんて、洒落にもならない。冬也は、マナだけではなく、神気を身体に纏わせようとする。
「駄目だよお兄ちゃん。神気は抑えて。余計なのを呼び込んでも困るし」
既に冬也から零れだす神気に、魔獣達は怯えて近寄ろうとしない。
これまでの道中で、魔獣と遭遇しなかったのは、ペスカと冬也の走る速度が余りに早く、追いつけないからだけでは無い。
辺りを住処にする魔獣達は、怯える様に体を縮め、脅威が過ぎ去るのをじっと待っていた。
そしてペスカが憂慮したのは、魔獣では無い。
冬也の神気に釣られ、新たに生まれた邪神を呼び寄せれば、辿り着いてもスールの治療どころでは無くなる。焦る気持ちは、ペスカにもある。
しかし今は、過剰な力を使ってはいけない。
スールの命は、今にも尽きようとしているのだろう。一分一秒が惜しい。急がなければならない。
しかし、余計なトラブルで、時間を取られるよりは、ましなのだ。大きすぎる力は、それだけトラブルを呼び込む。
綱渡りの様な状況で、ペスカと冬也は神経をすり減らす。
神の末席に加わったとは言え、ペスカと冬也の肉体は、人間と変わらない。
肉体の疲労も有れば、空腹にもなるし、眠気も出る。極度の緊張を強いられれば、神経系への影響も出るだろう。
だが、今は自分達の身体を、気にしてはいられない。過ぎる時間と共に、命の灯が小さくなる。
ペスカと冬也は、ただ走る、ひたすらに走る。
巨大なドラゴンが倒れる様は、密林の中からでも、外からでもよく見える。敵からすれば、襲って下さいと言っている様なものだ。
そして密林の木々はそして、スールを隠そうと枝を伸ばす。それでも、大きいスールの身体の全ては覆えない。
しかし木々は、冬也の想いを察して、スールを守ろうとしていた。
やがて、木々が開けた道の先に、枝に包まれた大きな黄金の塊が見える。
それが、スールである事は、ペスカ達には直ぐにわかった。近づくほどに、傷の酷さがわかる。胴には大穴が空き、黄金の鱗には、血が赤黒くこびりつく。
この傷で、生きているはずが無い。恐らく誰もが思うだろう。
それはペスカと冬也も同様であった。
スールの下に辿り着くと、ペスカは即座に容体を確かめる。これまでの疾走で、息が上がり、大量の汗をかいている。そしてスールの身体を確かめていたペスカは、徐に振り向き冬也を見る。
その表情は、酷く青ざめていた。疲れとは違うその表情に、冬也も事態を把握した。
「お兄ちゃん・・・」
ペスカには、それ以上の言葉が出なかった。ペスカは、歯噛みをし俯く。だが、冬也はペスカの頭を撫で、スールに近づいた。
「諦めるな、ペスカ。まだ終わってない」
「お兄ちゃん?」
冬也はスールの身体に触れると、自分の神気を流し込んでいく。
「この体は俺が治す。セリュシオネ、こいつの魂を返せ! 文句は言わせねぇぞ。早く返せ!」
冬也の神気が膨れ上がり、どんどんスールの身体に流れていく。
黄金の身体は更に光り輝き、大きく開いた胴の穴は、少しずつ小さくなっていった。小高い山の様な大きさのエンシェントドラゴンを、神気で満たすには、冬也の神気だけでは足りない。
ペスカは、自分の神気を冬也に流し込んだ。二人の神気が重なり、スールへ流れる力が増していく。
「セリュシオネ! 早くしろよ!」
冬也は脅す様な声色で、天を見上げて叫ぶ。
スールの傷が完全に塞がると共に、光の球がスールの上に落ちて来た。光の球はスールの身体に溶け込む様に、馴染んでいく。そして、スールは息を吹き返した。
スールは、ゆっくり目を開ける。そして自分の身体をゆっくりと見渡す。
傷が塞がっている。痛みも無い。目の前にには神々しい光を放つ、人間が立つ。
スールは、直前に女神と会った記憶を持っていた。確かあの女神は、こう言った。
「五月蠅い子供がいるから、特別に君を現世に返す。君は目を覚ました後に、その子の眷属になりなさい」
スールは自分の身体に、新たな力の流れを感じる。そして、その力がどこから来たものかを悟った。スールは、巨大な体を起こし、冬也に頭を向ける。
「あなたが儂の主となるお方ですかな?」
「はぁ? 主だ? 知らねぇよ!」
「いや、主よ。お名前をお聞かせくだされ」
「何言ってんだ、主じゃねぇよ。俺は冬也だ」
「私はペスカだよ」
「冬也様。これより先、この身この命、全て貴方の物」
「だから、何言ってんだ糞ドラゴン!」
「主とペスカ様、お二人の手足となり働きましょう。儂の力、何なりとお使いくだされ」
スールは頭を下げる。だが、冬也は依然として首を傾げていた。
「お兄ちゃん。状況を理解しないの? あれだけお兄ちゃんの神気を流して、命を繋いだんだよ。スールは、お兄ちゃんの眷属になったの」
「いらねぇよ。馬鹿じゃねぇのか?」
「馬鹿なのは、お兄ちゃん! ちゃんと状況を理解してよ!」
ペスカは、深い溜息を付いた。
既に事切れていたスールを、冬也は自分の神気を使って蘇らせたのだ。だが冬也は、全く事態を理解していない。
スールは既に、神に最も近いドラゴンではなく、神龍となっている。それは、ペスカと冬也同様に、神の座に片足を突っ込んだ様なものである。
そしてもう一つ、冬也が理解していない事がある。スールに神気を流したのは、直接的には冬也だが、間接的にペスカの神気も混じっている。
「と言う訳で、スールは私とお兄ちゃんの間に生まれた、子供みたいなもんだね!」
「馬鹿な事を言ってんじゃねぇよ、ペスカ!」
冬也に頭を叩かれ、ペスカは少し涙ぐんだ。そんなペスカを庇う様に、スールが会話に割って入る。
「主、ペスカ様。ご報告が様々ございます。じゃがその前に、少々お力をお貸しくだされ」
「なんだよ、言ってみろ」
「お二人のお力で、結界を張って下され。東の地からこれ以上、闇が漏れない様に」
ペスカと冬也は、二つ返事で了承した。
「では、儂の背にお乗りくだされ。上空からの方が、結界の範囲が見え易いじゃろうしのぅ」
スールは、少し屈むとペスカと冬也を背に乗せ、ホバリングの様に上空へ浮かぶ。そして、ゆっくりと上昇していった。
上昇した先で、ペスカと冬也は事態の深刻さを知る事となる。
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