ヒロインも悪役もモブも関係ない。生活が第一です

カナデ

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4 母と父

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 父親というものが、普通の家族にはいると気づいたのは、いつの頃だったか。

 五歳の頃にはすでに母の背を追い、森の入り口で薬草を採っていた。初めてオマドの街へ出かけたのは、確か子供が無事に生まれて大きくなったことを誰もが祝う七歳の誕生日を終えた後だったか。

 一人で街に降りることを許され、街を歩いている時に自分よりも小さな子供が呼びかける「お父さん」という言葉を不思議に感じたんだっけ。あの時は『お父さん』と『お爺様』のことなのかと思ったのよね。

 領主館で唯一開いた私の七歳を祝うパーティにも父は戻らず、夜中にトイレに起きた時に、居間から祖父の怒鳴り声が聞こえたのは今思えば父の断りの手紙か何かを読んでいたのだろう。
 私は覚えていないが、父は私が三歳の頃に一度領地へ来たことがあったようだが、その時も一泊もせずにすぐに王都へ戻ったようだ。

 街歩きから戻った後に「父親」というものの説明を受け、八歳の時に父が来た時に初めて顔を合わせたが、「父親」という存在にどう話し掛けていいか戸惑っている間に、私の顔に目線もくれずに横を通り過ぎた背中を、なんともいえない気持ちで見送ったのは覚えている。
 その後は「父親」という存在に夢を見ることなく、領地の為に日々忙しく働く母と祖父母を少しでも早く手伝いたくて勉強に力を入れていた。

 あの時に私は「父親」という存在を諦めた。そして、去年初めて学園入学の為に王都に着いたその足でタウンハウスを訪れた時に再度諦め、もう二度と期待しないと決めたのだ。

 今までに一度も私の人生に関わっていないのだから、いくら血が繋がっていても私にとっては他人だ。前世を思い出したことで、そんな人は家族じゃない、という想いが強くなったくらいだ。


「……お母さまに一度は挨拶を、と言われたでしょ。だから王都に着いてすぐにタウンハウスへ行ったの。お母さまは私が尋ねることを連絡は入れたのよね?」
「ええ。手紙を出しておいたわ」
「そうよね。でもタウンハウスへ行ったら、聞いていないのでお約束のない方は取り次げません、と使用人に言われたの。きちんと名乗ったのにね。母から手紙が来ている筈ですが、と聞いてみたら、奥の階段の上から女主人だろう人に今日客が来る予定はないから帰れって言われて、それで追い出されたわ」

 顔は暗くて見えなかったが、恐らくその人が父の側室、第二婦人で学園で見かける自称義兄の母親だろう。

「玄関からして掃除も最低限だし、使用人もほとんど雇っていなさそうだったわ。それなのにその女の人は、きっちりとしたドレス姿だった。お父様と会えなかったのは別に何とも思わなかったけれど、お母さまが懸命にやりくりして仕送りしているのに、って思ったらさすがに腹がたったわ。でも、そのことであの方たちは私には関係のない人達だときっぱり割り切って、学園でわざわざ嫌味を言いに来た自称義兄のことも無視していたのよ」

 タウンハウスを追い出された後はすぐに学園へ徒歩で向かい、一人で入寮手続きをして入学準備を全て整えた。
 そうして入学式の日、学園の説明が終わり教室から出ようとしたらわざわざ領主科の教室へ嫌味を言いに来た自称義兄と顔を合わせたのだ。

 でも、人のこと地味な顔だとバカにしておいて、自分では名乗りもしなかったのよね。当然私も名乗らなかったけど。そういえば今でも名前を知らないわ。まあ、興味ないからいいけど。

「……そう。サーリアは聞きたくないかもしれないけど、いい機会だから私とお父様との関係だけは簡単に伝えるわね」


 そうして語られたのは、母の生い立ちからの事情だった。
 母の実家は元々は子爵家で、オーラッド子爵家の曾祖父の代の失態の連帯責任で男爵へと爵位を下げ、領地も小さな街と村が一つずつだけになっていたそうだ。

 オーラッド子爵家とは隣同士で代々親交があり、曾祖父がやらかした時も一緒だったそうだ。
 そうして母の両親は、母が生まれる前からずっとその失態で魔物に破壊された街や村を復興するのに駆けずり回っていた。

 母には元々兄が一人居て、父とは年齢も近かったことから生まれた時から婚約を結んでいたそうだ。でも、母が学園へ入学する前に、嫡男の兄を魔物の襲撃で亡くした。それで母は唯一の爵位継承者となり、この家の嫡子である父との婚約をとりやめ、学園へは領主科に通うことになった。

 父とは婚約者だった時は年に一度顔を合わせるくらいだったが、幼馴染という程親しくはなかったが仲は悪くもなかったそうだ。
 ただ、母が父と同じ領主科に通うと、母の方が父より成績が優れていた。そこで大きな溝が出来てしまったという。

 母の実家の男爵家はほぼ領地も壊滅状態からの復興だったので使用人はおらず、その分母は子供の頃から領の政務をずっと手伝っていたのだそうだ。
 父も領地の状況は変わらないが、伯爵家から爵位を落とした子爵家だった為執事のバスティもいた。なので政務に父が口を出すことは無く、祖父母も復興と魔物の討伐で父の教育どころではなかった。

 学園での母と父はそれでもその時はもう婚約者では無かったから、口をきくことも無くなったが時が解決してくれる筈だった。でも、そこに更に母に悲劇が襲ったのだ。

 母が学園の三年生の時、森の奥から出て来た大型の魔物に襲撃され、男爵家の領地は再度ほぼ壊滅の被害に見舞われたのだ。そして更にその襲撃で両親も亡くなってしまった。

 母は正式な男爵家の嫡子だったので卒業すればそれでも爵位の継承は出来たが、したところで領地の復興は絶望的。領から民の流出も止まらず、爵位を返そう、と決意した時、オーラッド家の祖父母が母に父との結婚を提案した。元々婚約者だったのだから、と。

 でもその時には父と母の間は冷え切っていたから父は当然拒絶した。だけど元々祖父母は母のことをかわいがっていたし、襲撃の時に救出が間に合わなかったという負い目があり、父に母との結婚を強制した。

 そして母もいくらかつての婚約者でも拒絶されてまでは、と祖父母に一度は断ったそうだが、元々領地のことに関心を持たず、学園へ入学してからは長期休暇にもほとんど戻らない父に不安を抱いていた祖父母が母に頼み込んだのだそうだ。

 結局父は結婚して嫡子が生まれれば好きにしていい、という条件の元に母と結婚し、母が私を身ごもるとすぐに王都のタウンハウスへ居を移し、文官として出仕したと同時に当てつけのように第二婦人を娶った、というわけだ。
 そうして第二婦人にもすぐに子供が出来、同じ年のあの自称義兄ができた、ということだったらしい。


「だから、あの人が領地へ戻って来ないのも、貴方と向き合わないのも、全て私のせいなのよ。ずっと寂しい想いをさせてしまって、ごめんなさいね」

 そう、寂しそうに告げた母は、それでもどうしても領地や領民の為に働きたかったのだ、とポツリとこぼした。

 母は、ずっと、ずっと頑張って来たのだろう。物心ついた時からずっと領地の為、そこに住む民の為にと尽くして来て、その重みが突然無くなる、となっても楽に生きる道を選べなかったのだ。

 その時に、平民になって好きな相手と結婚して平凡に過ごすより、領や民の為に自分を全て捧げる選択をしたその気持ちは、ずっと母の背中を見て育ってきた私には分かる気もした。
 でも、前世を思い出した今は、自分の生にしか責任のない気楽な平民の生活を知っているので自分として考えたら複雑だった。

 ああ、だから母はずっと頑張って、無理をして働き続けても王都のタウンハウスへの仕送り分を減らさなかったのか。……いや、王都のタウンハウスへ仕送りする分を、母は自分が頑張ることで子爵領に住む民へ負担がいかないようにしているのだろうか。


「ねえ、サーリア。だから貴方が嫌なら、この子爵家を継がなくてもいいのよ。お義父様も子爵家を維持することを強要することはもうしない、と言っておられたわ。こんなことを私が言える立場じゃないけれど、私は母として貴方の選択を尊重するわ」

 そう言われた時、思い浮かんだのは、幼い頃からずっと見続けている魔物の森へ入る母の背中だった。契約した従魔を連れ、率先して一番危険な場所へと入り、魔物が森から溢れて来ないように全力を尽くしていた。
 その背中に、何度母は女性なのに、何故そこまで強くあれるのだろう、と思ったことか。

 母は確かに中型の魔獣と何体も契約しているし、それにかなりの魔法の使い手だ。そこら辺の冒険者よりも実力は上だったが、簡素なドレスに身を包みながら背筋をしゃんと伸ばして森の奥へと向かう姿を私はいつも見送るしか無かった。

 本当は、父は家に居なく、母も毎日森へ出かけていてずっと寂しかった。家にはバスティと一緒に領政をみていた祖母が居たが、子供の私に家に居場所は無くて森へ出かける母に無理を言って森へついて行くようになったのだ。
 当然私は幼い頃は森の手前で薬草を探して待っていたが、いつ魔物が森から出て来るかと不安を抱えながらも、それでも毎日母と一緒に森へ向かっていた。

 歳を追うごとに母に教わって薬草に詳しくなり、調合も手伝い始めた十歳の頃、ララックと契約を結んでからは森の浅い場所の偵察を手伝いながら薬草を採ったり弱い魔物を間引いたりもし出したのだ。

 その頃には街に知り合いも増え、領主一族の立場から領地に住む民たちの生活のことも考えるようになっていき、学園へ入る前には母の隣に並んで祖父の分も働く母の補助をするようになってた。 


 ……父も私と一緒だったのかもね。祖父母は忙しくて顧みられず、一人寂しく育った。でも祖父母の手伝いをして、そこに自分の居場所を見出そうとは思えなかったことが私との違いなだけで。……でも、だからといって領地のことを無視していい訳がないわよね。それを思えば今更かかわろうとは思わないけれど。

 目の前にいるのに、どこか遠くをみるような瞳で寂しそうに微笑む母の姿を、私は何も言わずに見つめていたのだった。






***
暗いのはここまで、だと!早くもふもふまでたどり着きたい……( ´艸`)どうぞよろしくお願いします<(_ _)>
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