ヒロインも悪役もモブも関係ない。生活が第一です

カナデ

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1 帰郷

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 王都を出て十日後、何事もなく予定通りに馬車を乗り継いでオーラッド子爵領に無事に到着した。
 魔の森へ向かう予定だという数人の冒険者たちと一緒に馬車から降りて街中へと歩き出すと、すぐに声が掛かった。

「あ、サーリア様!おかえりなさい!」
「ただいま、ヤーシュさん。街の皆も、変わりはない?」
「はい、魔物も森から出て来ませんでしたし、街は平穏ですよ。屋敷の皆さんも皆サーリア様のお帰りを首を長くして待っていますよ。丁度これから荷馬車を出すところですから、屋敷まで乗って行って下さい!」
「悪いわね。じゃあ、荷物もあるしお願いしてもいいかしら?」

 生まれた時からの付き合いのある、街で薬屋を営んでいる店主のヤーシュの言葉に甘えることにして、店の裏側へと周って荷馬車へと荷物を積み込ませて貰った。

 乗合馬車が着いたのは、オーラッド子爵領で一番魔の森に近い街、オマドだ。街から出て更に魔の森の方へ向かってしばらく進み丘を登った先に領主館は建っている。

 街から領主館までは普段なら歩くが、大きな荷物を持って丘を登るのは大変なのでヤーシュの申し出はとてもありがたかった。
 館に連絡すれば馬車で迎えには来てくれるだろうが、その為にもどの道誰かに館まで走って貰わなければならない。それを思えば昼過ぎに到着したのでのんびりと歩こうかと思っていたのだ。

 いつも少人数で頑張って回してくれている使用人に手間をかけさせる訳にもいかないものね。御者は下男のモンドが兼用してくれているから、私だけの為に申し訳ないしね。

 因みにオーラッド子爵領には他にはもう一つオーラの街と四つの村があり、オマドもオーラも魔の森の素材を扱う為に宿が多いが、街としては小じんまりしている。その分領主一族といえど街の住人との距離も近く、ほとんどの住民は顔見知りだ。
 皆が私の顔を見かければ声を掛けてくれるのどかな街だが、小じんまりしている分暮らしぶりも裕福からは程遠く、魔物の脅威にいつさらされるかとおびえつつなんとか日々の暮らしを送っていた。



 荷馬車に揺られつつ懐かしい風景を見ながら、ふと前世の記憶を思い出して学園を出た時のことを思い出した。
 寮の門を出て乗り合い馬車の停留所へと徒歩で向かっていた時に、自分の家、オーラッド子爵家の家紋をつけた馬車とすれ違ったのだ。

 それで自称ヒロインの取り巻きに自称義兄がいたことを思い出しちゃったんだよね……。あの自称義兄はオーラッド子爵家の嫡男というのも自称なんだけど、そのことをあの自称ヒロインのリリアーナさんは知らないわよね。

 思い返してみればあのリリアーナさんは学園で見かけた時は、いつも複数の男子生徒を侍らせていた。
 前世の記憶を思い出した今なら、それが小説で読んだ典型的な逆ハーレムを狙ってざまぁされる方のヒロインの行動に思える。
 そして、女子生徒や取り巻きと化している嫡子以外の男子生徒を除いた生徒たちがリリアーナが男子生徒を引き連れて歩くのを良く思っていないということも同じ状況だ。

 ただ良くあるざまぁ小説との違いは、取り巻きと化している男子生徒の中には嫡子は含まれておらず、婚約者がいる生徒は誰もいない筈なので悪役令嬢の立場の女子生徒は今のところいないということだ。

 乙女ゲームの攻略対象者には王子のようにしっかりと自分の立場が確立している嫡子や婿入り予定の人も恐らくいるのだろうけれど、そういう人はあの叫びを聞く限り攻略が進んでいないのだろう。

 それも当然よね……。この国だと、生まれが貴族でも成人したら嫡子以外は貴族の立場は失うんだし。自分の身は自分で立てなければならないのに、悪評がたったら文官や騎士としての王宮勤めの口さえ無くなるものね。

 だから今いるリリアーナさんの取り巻きの男子生徒たちは、それが分からない、いわゆる頭の弱い花畑思考の人たちということで、それは他の生徒から見ても一目瞭然なのだ。

 自称と自称で自意識過剰なところは案外リリアーナさんと自称義兄はお似合いだとは思うけど、男爵令嬢からしたら子爵子息なんてただの取り巻き要員だとは思うけど……これは少し考えておいた方がいいかしら?


 この国、アーセリム王国は王国というだけに王制で、その下に貴族がいる。爵位は上から公爵、侯爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵、そして一代限りの騎士爵だ。そして騎士爵以外の貴族は全て領地を持つ。

 公爵は王にならなかった王族が臣下へ降下した代のみの爵位であり、当代は今の王の弟と妹の二家のみだ。子供の代になると侯爵へと爵位が降下するので、この国の侯爵は元を辿ると全て王家の血筋の家系となる。

 辺境伯は隣国に面している北と南、そして東の魔の森に面している三方を守護する三家のみに与えられた爵位で、西は海に面していて隣の大陸は遠く、過去に一度も海からの侵略が無かったことから辺境伯ではなく伯爵家だった。

 基本的に王都の周辺が公爵と侯爵領、国境が辺境伯領で、伯爵領は辺境伯領の外側を取り囲み、子爵、男爵領は侯爵領と伯爵領の間に配置されている。

 子爵家と男爵家は、元を辿れば侯爵家、伯爵家から爵位が降下した家系であり、平民から男爵へと取り立てられることは建国以降ほぼ事例がなく、平民が爵位を持てるのは騎士になったときに叙爵される騎士爵のみだ。


 そして我が国の爵位の継承が認められているのは直系の血統の性別関係なく嫡子のみで、側室や妾に子がいても正室の子以外に爵位の継承権は与えられることはない。
 例外として病弱や嫡子の死亡により嫡子以外の子供が爵位の継承をすることはあるがそれも正室の子供のみで、養子による爵位の継承は認められていないので爵位が途絶えることも多く、王が変わる毎に公爵、侯爵家が増えても釣り合いはとれていた。

 ただ貴族の子は正室、側室の子にかかわらず全員が十四歳から十七歳まで王都にあるアーセリム学園へと通う義務があり、この学園を卒業と同時に成人となる。
 嫡子のみが入る領主学科と、文官、騎士などの目指す職業により科が分けられているが、嫡子以外でも官吏として取り立てて生計を立てられるようにとの国からの唯一の温情なのだろう。

 なので学園を卒業すると爵位を継承する嫡子か嫡子に婿入りか嫁入りする人以外は卒業と同時に貴族から平民となるので、学園では皆必死で学んでいるのだ。


 私の家、オーラッド家は曽祖父が魔の森の防衛で重大な失態を犯し、伯爵から爵位を落とした、東の辺境伯の隣に位置する子爵家だ。
 爵位を落とした時に領地は三分の二となったが転地とはならなかったので、子爵家なのに領地は魔の森の際にあり、魔の森からの魔物の襲撃に対しての防衛を担っている。

 だから祖父はいつも魔の森の魔物の討伐にかかり切りだったし、祖母はその分領地を運営を担っていた。そんな状況の中母は、魔の森で薬草を採取して薬を調合して支え、そして祖父がとうとう体を壊して討伐の任を負えなくなった後は女性の身でありながら魔物の間引きの為に毎日魔の森へ入り、魔物の討伐をしている。

 私は正室の子爵夫人の母と祖父母と一緒に学園に入るまで一度も領地から出ることなく、物心ついた頃から母を手伝いながら暮らしていた。

 子爵家の継承者は嫡子の父だが、父は領地から出て文官として王城に仕え、王都にある社交用のタウンハウスで側室である第二婦人、そしてその子である自称義兄と暮らしており、何年かに一度は領地へ顔を出すが私とは会話をした記憶もなく顔もうろ覚えだ。当然第二婦人や自称義兄とは顔を合わせたことも話したことも一度もない。

 自分の家のあり方が普通の貴族家とは違うとなんとなく子供の頃から感じてはいたけれど、学園の領主科に入って学んで貴族家の状況的にはありえないことだとやっと知ったのよね。……姉弟がいることも、学園に入る前に母から聞くまで知らなかったのだけれど。

 子爵家の正室として国に届け出を出しているのは間違いなく母だし、第二夫人以下は第一夫人が妊娠してからでないと婚姻を届け出ることは不可能なので、自称義兄と称している同じ年の男は私の弟の筈だが、嫡男と声高々と学園で称していたから父が何か言ったのかもしれない。

 でも当然のことながら学園から領主学科の通知が来たのは私で自称義兄が通っている学科は文官科なので、周囲から見ても一目瞭然なのだがあの自称義兄にはそれが分からないらしい。


 まあ、私は別に子爵をどうしても継ぎたいという訳ではないけれど、ただ、一度も領地へ来たこともないあの人が、祖父母や母が苦労して守っている領地を継承するつもりでいるのだけは納得がいかないけどね……。私としては、ただ世間の片隅でいいから堅実に生きていければそれでいいんだけど。

 遠くに見える領主館とその背後に広がる魔の森を見やり、一つため息をつくと気分を入れ替えてヤーシュに領地の近況を聞こうと口を開いたのだった。






***
設定の説明をどうしようかと思ったのですが、ここで入れないとサーリアの立場が分かりずらいのであえて一気に入れてしまいました。読みずらくてすみません。
今後はこのような纏まった設定の説明はないです(説明はほぼ全て今回で終わりかと)

明日からは一日一度、夜の更新になります。どうぞよろしくお願いします<(_ _)>
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