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5巻

5-2

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『どうだ、スノー。アディーがもう魔素は大丈夫だろうって言っているけど、障壁を消しても皆は平気かな』
『うん、もう平気だと思うの。じゃあ、消すね!』

 スノーが障壁を消したのを感じると、立ち上がって反対側のティンファへと歩み寄る。
 そっと肩に手をかけて揺すり、呼びかけると。

「ティンファ、大丈夫か? 陸地へ戻ってきたよ」
「ア、アリト、さん。う……すみません、まだ、気持ち悪い、みたいです」
「無理しないでそのまま寝ているといいよ。レラルも……ああ、寝ているな」

 少しだけ顔を上げたティンファの顔色が、少し良くなったのを見てほっとする。
 レラルはいつの間にか、スノーの足の間で丸まったまま寝息を立てていた。その呼吸音も安定していて、苦しそうではない。

「リアン、大丈夫か?」
『ん……だ、大丈夫。凄く、きつかったけど、もう、平気、だ。嫁も意識戻った』
「それは良かった。しばらく休んでいてくれ」

 横たわる皆を不思議そうに見ているタクーを抱き上げ、そっと頭を撫でる。

「タクー、皆は魔素が多すぎる場所だと生きていけないんだ。タクーはまだ小さいけれど、大きくなったら皆を守ってくれな」
『う? まもる? ……うん。みんな、まもる!』

 小首を傾げながらゆっくりと言われたことを考えていたタクーが、こっくりと頷いた。その頭をよしよしと撫で回す。
 白竜は偉大な存在だが、こうして他の生き物と同じく成長を重ねていくのだ。

「俺は弱いからな。スノーやアディーはとても強いけど、タクーはもっと強くなる。お前は生んでくれたリューラの望み通り、色んなことを経験してくれな」

 様々なものを見て、タクーはタクーなりの白竜になるのだろう。

『ん?』

 タクーは今度は言葉の意味を理解できなかったのか、きょとんとする。
 そんなタクーを、優しく抱きしめた。
 大きくなった姿を俺は見ることはないだろうけど、どうかすこやかに真っすぐに育って欲しい。

『ふふふ。ティンファと小さき者たちにはきつかったようだから、このまま陸地を飛ぶといいだろう。我はここで見送ることにする。ではな、アリト。タクーをよろしく頼むぞ』

 アディーより少し斜め上を飛んでいたリューラが、陸地へと戻ったところでアディーの隣に並んだ。

「リューラ、色々とありがとうございました。タクーも、しっかりと見守ると約束します。また会いに来ますね」

 今はもう、恐怖をあまり感じなくなった大きな顔を見つめ、頷く。

『ああ、また、来い。待っているぞ』
『……タクーには次に会う時までに、きっちりと風の使い方を仕込んでおくから心配するな』
『ふふふ。よろしくな、我らとは別の風の王よ。次に会う時を楽しみにしていよう。ではな』

 そう言うとリューラは、アディーの周囲をぐるっと飛んでから斜め後ろへと下がっていった。

「またな、リューラ! タクーは預かります!」

 片手でタクーを抱き、もう片方の手を後ろへ遠ざかるリューラへと大きく振った。
 アディーはそのまま振り向くことなく、遥か彼方に微かに見える霊山の方へと真っすぐ飛んでいく。
 リューラがまだ近くにいるからか、アディーのスピードが速すぎるからか、周囲には空を飛ぶ魔物や魔獣の姿はなく、ただ青い空が広がっていた。

『そうだ、アディー。アルブレド帝国はどっちの方向かな』
『右前方だ。遠くを見れば、森が薄くなっている場所があるだろ』

 言われた方向をよく見てみると、遥か彼方に緑が途切れている場所があった。
 最北端に位置する人族の国。人から聞いた話と人族主義という国家方針のイメージから、足を踏み入れたいとは思わないし、今後も恐らく訪れることはないだろう。
 それでもこの辺境に囲まれた地で、人だけで生き抜いているのだ。
 力の強い獣人に森との境目の警備を頼めばいいだろうにな。共存した方が、人族だけで暮らしていくよりも、数段楽になりそうなのに。
 人族の力は獣人に比べれば弱く、魔力も高くない。突出した身体能力はなくても、人族にだって人族にしかないはあるのだから、互いに補完して生きればいいと思う。
 こういう考え方は、別に俺が違う世界に生まれたからとかは関係ないよな。同じ世界に生きていたって、思想は人それぞれだから。
 でもそんな人族主義のアルブレド帝国も、空から見ればエリンフォード国と同じように森の緑と草原の緑が広がっているだけだ。

「ん……ああ、もうリューラさんと、別れたのですね。挨拶をできませんでした」
「仕方ないさ。ティンファ、顔色は良くなってきたけど、気分の方はどう? まだつらいなら横になってなよ」

 ティンファがまだ少し顔色が悪いながらも起き上がったのは、リューラの姿が完全に見えなくなった頃だった。レラルは今も寝たままだ。リアンとイリンも、いつしか寝息を立てている。

「大丈夫です。少し気分が良くなりました。魔素の濃度でここまで体調が崩れるとは思いもしませんでした。アリトさんは平気だったのですか?」
「いいや、呼吸するのもかなり苦しかったよ。まあ、俺は落ちてきてから何年も『死の森』で暮らしていたからか、魔素の濃度ににぶいところがあるみたいだな」

 旅に出た当初は、なんか体が軽いし動きやすいな、と思っただけだった。
 でも、こうして辺境地まで旅をしてきたことで、いかに『死の森』の空気が魔素を含んでいたのかを実感した。
 今思えば、爺さんの家で暮らし始めた頃に動くのも怠いと感じたのは、濃密な魔素を急激に体に取り入れたせいだったのだろうな。もちろん、この体に慣れていなかったというのもあっただろうが。

「そんなアリトさんでもつらいと感じたのなら、私が無理だったのは仕方なかったのでしょうね。……ふう。風が気持ち良くて、大分楽になりました」

 ティンファの顔色を見てみると、確かに寝ていた時よりも赤みが戻っている。これなら、もう少し休めば大丈夫だろう。

「それは良かった。もうそろそろ昼なんだけど、ご飯はどうしようか……。ちょっとアディーに聞いてみるか」

 早朝に出発したが、大陸の端まで行き、崖を降り、さらに海を北へ北へと向かって飛んだ。そして引き返してきたから、それなりに時間が経っている。

『アディー、エリダナの街にはどれくらいかかりそうなんだ? 何回か野営を挟むのか?』
『フン。俺は別に休憩する必要などないから、飛ばせば夜には着く。キーリエフの屋敷の庭になら、夜でもそのまま入れるのではないか?』

 うわ。アディーなら一日、二日で着くのだろう、とは思っていたけど、今からでも今日中には着くのか……。凄い。というか凄すぎないか、アディーは。

『そ、それは……先に連絡入れてないのに大丈夫かな?』
『大丈夫だろう。飛ばせば着くのに、わざわざ野宿するのか? ティンファたちを屋敷で休ませた方がいいのではないか?』
『あっ! そ、そうだな。じゃあ頼むよ。昼食はこのまま背中で食べさせてもらうけどいいか?』
『絶対にこぼすなよ。汚したら……わかっているな?』

 うっ……。汚すって言っても、浄化魔法を掛けたらすぐにキレイになるのに! ま、まあ注意して食べようかな。
 ハア……。確かにティンファには、安心できる場所でゆっくり寝て欲しい。
 アディーは、さっきまではやっぱり速度を加減してくれていたんだな。
 ちらっと下を覗くと、ずっと森が続いている。目印になるものがないからわかりづらいが、凄まじいスピードで飛んでいるのだろう。

「アリトさん?」
「ああ、ごめん。今夜にはエリダナの街へ着くそうだから、食べられそうだったらこのままおにぎりを食べよう」
「ええっ! 今日中に着くんですかっ! す、凄すぎないですか、アディーさん。さすがですね」
「本当にな……。行きはふたつきはかかったのにな……」
「でも、この旅ではイリンと契約できましたし、色々なことが勉強になりましたから。私にとってとても良い経験になりましたよ」

 そうなんだよな。俺はリアンと契約して、たくさんの集落の人たちにも出会って。間違いなく、自分にとっていい旅だった。

「ただ、帰りがあっさりしすぎて、こう……いんがないっていうか」
「ふふふ。ぜいたくですけど、確かにそれはありますね。でも、おばあさんにたくさんのことを報告するのが楽しみです!」

 旅に出た時と、今の自分。少しはせいかんな顔になって、キーリエフさんと再会できるのだろうか。



 第二話 エリダナの街への帰還


 ほどなくしてティンファの体調も落ち着き、レラルが起きたので皆で昼食を食べた。
 のんびりと空の旅を楽しんでいると、遠景にある微かな影に過ぎなかった霊山の姿がだんだんと大きくなってきた。

「あっ! あの遠くに見えるのが、私の住んでいた村のある山でしょうか?」
「うーん、位置的にそうかもしれないな。こうやって見ると、山が少ないよな」

 恐らく数百キロは飛んできただろうに、視界に広がるのはずっと森、森、たまに草原、という感じだ。
 陽ざしが陰るとともに、森は追いやられるように視界から少なくなり、代わりに増えてきた平原には街道が走って、薄い緑や低い山がぽつぽつと点在しだした。
 あっという間に通り過ぎてしまうが、よく見ると街道の途中に村や小さな町もある。
 そうして夕暮れが近づいてきた今、エリンフォード国の国境になっている山々が見えてきていた。長距離を移動してきて、やっと見えた山脈だ。
 山が多い島国で、大学まで山のふもとで育った俺には、森や平地ばかりというのはやはりとても不思議な光景だ。

「そうですね。私は山で育ったから、山がないのはなんだか不思議な感じです」
「あっ! 今、俺もそう思っていたんだ。日本は山が多い国だったから。俺の育った田舎も、山ばかりだったんだよ」
「アリトさんも山で育ったのですね! ……空から見ると、人が暮らせる場所と魔物や魔獣の棲む場所がくっきりと分けられているのが一目でわかりますね。『死の森』のような例外もありますが、大陸の内側は人の領域なのですね」

 そう言われて頭の中に、濃い緑と薄い緑で色分けされた大陸図が描かれた。
 大陸の外縁部、海に接した土地は辺境地――つまり森だ。その内側に様々な国がある。例外は大陸中央部から南部へ広がる『死の森』と、火竜の棲む山脈だ。
 今のような地図になったのも、オースト爺さんやキーリエフさんたちが今まで歴史を作ってきた結果なのだろうけどな。

「人族でもエルフでも他の種族でも、アディーのような魔獣や動物の力を借りなければ、移動するにはとても時間がかかる。それを思えば、人の領域はそれほど必要ないのかもしれないな」

 かといって内部が平原ばかりというわけではないし、小さめでも森や川や湖だってある。だから人が移動する時には、いつだって魔物や魔獣への警戒は必要だ。
 そんな状況では馬車で旅をするのは命がけで、国をまたいで大陸を縦断するとなったら、何ヶ月もの旅になる。もしかしたら一年以上かかるかもしれない。
 人は森より平原、村より街のさらに安全な場所に居住し、そこから移住することはほぼない。それでも人口が集中しすぎて溢れる、ということは、旅の間に見た街ではなかった。
 そう考えると、人口と土地のバランスはとれているのだろうな。

「そうかもしれませんね。でも、アディーさんにはこの世界は狭そうです。まさかエリダナの街まで一日もかからないとは思いませんでした」
『……お前たちが進んだのは森の中だからな。直線距離なら、エリダナの街からナブリア国の王都の方が遠いぞ』
「ああ、そうか。ティンファ。アディーが直線距離ならそう遠くないって。道があって真っすぐ行けたなら、ひとつきもかからなかったかもな」

 飛行機で東京から北海道まで、二時間くらいだっけ? それを考えれば、アディーのスピードならありうるのか。

「なるほど。確かにずっと道もない森を歩いていましたから、一日で進む距離は街道を行くより大分少なかったです。それでもこれだけあっという間に戻ってこられるなんて、アディーさんは速すぎだと思いますけど」

 振り返っても、辺境の地はもう見えない。左方斜め前を見ると、夕闇の中に佇む霊山の雄大な姿がある。
 本当に帰りはあっという間だった。

「アディーおじさんは凄いよ! こんなに早く帰ってこられるなんて思ってなかったけど、お母さんへの手紙は書き終わったから良かったよ」

 目を覚ましてからはずっとティンファのひざの上にいるレラルが、ゴロゴロと喉を鳴らす。

「お手紙を書いたのね。早くお返事が届くように、明日アディーさんに頼みましょう」
「うん!」

 エリダナの街に滞在していた時、レラルはリアーナさんを介して母親と手紙のやり取りをしていた。
 俺たちが『死の森』に住むようになったら直接レラルと母親がやり取りできないか、リアーナさんに聞いてみようかな。
 そういえば俺もオースト爺さんへは、妖精族の村で手紙を出したっきりで、無事に目的地に到着したことも伝えていなかった。旅が終わったらティンファを連れて戻ると書いたら、張り切って準備していると返事があったから、今頃は新しい小屋でも建ててくれているかもしれないな。

「あ、そうだ、ティンファ。そろそろ念話が届く距離だと思うから、おばあさんに明日帰ると伝えておいたらどうかな。今晩は何時に着くかわからないからキーリエフさんの屋敷に泊まって、明日からは二、三日はおばあさんの家でゆっくりするといいよ」

 まだエリダナの街のあかりは見えないが、霊山の大きさからするとそれほど遠くないだろう。そろそろギリギリ念話が届くと思う。

「あ! そうですね、連絡してみます! でも、ゆっくりなんてしていいんですか?」
「うん。俺もその間にキーリエフさんに報告しないといけないし、手紙を確認するとか街でやることもあるからね。少なくなった食料の買い出しもしたいし。ゆっくり休んでから、ナブリア国のミランの森へ寄ろうと思うんだ。リアーナさんも、レラルの無事な顔を見せたら安心するだろうからね。あ、途中のティンファが住んでいた村へも寄っていく?」

 アディーもティンファのためなら寄ってくれるだろう。

「はい! できたら村長さんに声を掛けたいです」
「そうだね。家の面倒を頼まないと、だしね。じゃあ、ティンファはおばあさんへ念話を繋いでみてくれ。俺もキーリエフさんに繋いでみるよ」

 ティンファとおばあさんの念話の魔石を作った後、同じものを何かあった時の連絡用にキーリエフさんに渡しておいたのだ。だから今は、左耳にオースト爺さん、右耳にキーリエフさんと念話するための魔道具をつけている。
 まあ、普段は全然使えないんだけどな。オースト爺さんへは、王都へ着く前にはもう距離的に連絡できなくなっていたし。そうだ、オースト爺さんへは手紙を書いておかないと。
 右耳につけている魔石に意識を向け、目を閉じて集中しながら魔力を込めて繋がるように念じる。

『……聞こえますか、キーリエフさん。アリトです』

 かすかに繋がったような感覚があり、その繋がりを慎重に維持しながら念話を送る。

『……ああ、アリト君か。聞こえるよ。もしかしてエリダナの街の近くにいるのかい?』

 繋がった瞬間、細い繋がりが一気に太くなりしっかりと安定した。キーリエフさんの魔力が補強してくれたようだ。

『はい。アディーに乗せてもらって向かっています。今、正確にどの辺りを飛んでいるのかはわかりませんが、恐らくそれほどかからずにエリダナの街に着くと思います。それでアディーがキーリエフさんの屋敷へ直接降りると言っているのですが、大丈夫ですか?』
『おお、ついにアディーが乗せてくれたんだね! ウィラールなら、それは速いだろう。では、私から兵士に通達して手配をしておくから、直接来てくれてかまわないよ』

 キーリエフさんの声を聞いて、なんだかとても懐かしくなってしまった。旅に出る前に滞在した日々が思い起こされる。
 ドワーフのドルムダさんは、まだキーリエフさんの屋敷に滞在しているのかな?

『ありがとうございます! もっと近くなったらまた連絡しますので。あと、急で申し訳ないのですが、俺とティンファを今晩屋敷へ泊めていただいていいでしょうか?』
『もちろんだよ。エリダナの街にいる間は、また屋敷に滞在してくれ。アリト君ならいつだって歓迎するよ。土産みやげ話を楽しみにしているからね。では、待っているよ』

 楽し気な様子に思わず頬が緩んだ俺は、続けてアディーへ念話する。

『キーリエフさんに念話で伝えたよ。屋敷にそのまま降りていいそうだから、街が近くなったら教えてくれるか?』

 北へ旅立った時には、帰りはどこを通るのか決めていなかったために、エリダナの街へ戻るとは言っていなかった。でも、歓迎してくれるとのことで一安心だ。

『わかった。あともう少しだ。予定通り、夜遅くなる前に着くだろう』
『ありがとう、アディー。エリダナの街に何日か滞在して、ティンファの疲れがとれてから出発しよう』

 倉持匠さんのいおりに滞在している間はのんびりしていたけど、高濃度の魔素に当てられて心身が疲労しているはずだ。それに、おばあさんの家でなら、ゆっくりとくつろいで旅の疲れをいやすことができるだろう。本当にティンファには無理をさせてしまったからな。

「アリトさん。なんとかおばあさんと繋がりました! 明日の午後なら家にいるそうです!」

 ティンファの方も、無事に連絡が取れたようだ。

「それは良かった。こっちもキーリエフさんと繋がって泊めてくれることになったから、今晩はゆっくり寝て、明日はお昼を食べてからおばあさんの家へ一緒に行こう。送っていくよ」

 とてもうれしそうに無邪気な笑顔を浮かべたティンファの姿を見て、ほっと安心した。海上での、青白い血の気の引いた顔をしたティンファを思い出すと、今はゆっくりして欲しいと思う。
 これから向かうのは『死の森』なのだ。俺にとっては、オースト爺さんが住んでいる思い出の詰まった懐かしい地だが、ティンファにとっては北の辺境地と同じく過酷な環境だろう。

「ありがとうございます。ふふふ。でも、楽しみですね。アリトさんはおばあさんと会ってくれましたから、私もオーストさんにご挨拶できると思うとうれしいです」
『森にはおかあさんもおとうさんもいるの! それに、たくさんのおじさんおばさんもいるよ! 私も帰るのが楽しみなの!』

 ……本当にかなわないな、ティンファには。なんでこんなに、いつも欲しい言葉をくれるのか。
 祖父母の家で過ごしていた子供時代でも、家に友達を招くことなんてなかったのに、オースト爺さんに友達どころか恋人……そうだよな、恋人を紹介するだなんて! そう思うと凄く気恥ずかしいな……。

「ティンファ、スノーがお母さんもお父さんもいるってさ。スノーの両親には、俺もとてもお世話になったんだ。他にもたくさんのもふもふたちがいるから、楽しみにしていてな!」
「そこにチェンダもいるんだよね? わたし、おとうさんには会ったことがないから、同じ種族のチェンダに会えるのが、少し怖いけど楽しみだよ!」
「あら、レラルちゃんも私と一緒に皆さんにご挨拶しましょうね。でも、とりあえずは先に、レラルちゃんを育ててくれていたリアーナさんにお会いしないと」
「うん! リアーナに会えるのも楽しみだよ!」

 楽しそうにこれから先を語るティンファとレラルに、俺もうれしくなった。
 やっぱり、皆と一緒にのんびり過ごせれば、それが俺にとっての幸せだよな。

『おい。もう少しで着くぞ。連絡を入れるなら入れておけ』
「あ! アディー、ありがとう! ティンファ、もう少しで着くみたいだ。俺は今からキーリエフさんに連絡するから」

 先ほどと同じように右耳の魔石に手を触れ、そこに宿ったキーリエフさんの魔力を辿って念話を飛ばす。距離も近いし、二度目だからかすぐに繋がった。

『キーリエフさん。聞こえていますか? もうすぐ着くそうです』
『おお、アリト君。こちらの準備は終わっているよ』
『ありがとうございます! では、また』

 さすがキーリエフさんだ。もう街の兵士への連絡は済んだみたいだな。
 ……街の門から入ると、また強引に門番に屋敷に連れていかれそうだから、直接屋敷に降りることになったのは良かったのかもしれない。到達地が同じでも、無理やり連行されるのは勘弁して欲しいからな……。

『アディー、いつでも大丈夫だそうだよ』
『では、お前たちも降りる準備をしておけ。もう着くぞ』

 え! もうすぐって、本当にすぐだな!

「ティンファ! アディーがもう着くから準備してくれって! すぐ近くまで来ていたみたいだ」
「わかりました!」

 慌てて移動して背中の真ん中に皆で座り、タクーを抱っこして着地に備える。するとすぐに下降が始まった。

『降りるぞ』

 アディーの声とともに斜めになり、張った風の防壁に支えられながらも視界が開けると、眼下には夜景が広がっていた。
 ネオンのような明るさはないが、木の上に建てられた家々や平地の街から温かな光が放たれ、ほんのりと暗闇を照らしていた。

「うわあ。きれいですね! 夜は暗いだけだと思っていましたが、空から見ると、灯りがあんなにも美しいなんて……」
「本当だな。……なんだかほっとする灯りだな」

 夜景といえば、東京のような都会の街を思い浮かべる。その夜景も美しいとは思ったが、俺には寒々しく見えたものだ。
 幼い頃に家への帰り道で見た、田んぼや畑道沿いにある民家の灯りは、とても温かく感じたことを思い出す。

『あっ! 屋敷の庭に灯りで目印がしてあるの!』
「えっ! あ、本当だ。火をいてくれたのか」

 スノーに言われて目を凝らしてみると、赤々とした火で描かれた円がぽっかりと浮かんでいた。あそこがキーリエフさんの屋敷に違いない。

「あっ、私にも見えました!」

 たきで描かれた円に目を奪われているうちに、あっという間に近づいて、反動もなくすっとその中心に降り立っていた。
 うわっ。さすがアディーだ。スピードを落とすことなく全く揺れずに着地するなんて!

『アディー、ありがとう。さすがだな』
『フン。ほら、さっさと降りろ』

 ここでデレないのも相変わらずだけどな。
 ティンファに抱かれていたレラルも、イリンと抱き合っているリアンも、スムーズ過ぎる着地に呆気にとられている。

「ティンファ、着いたよ。降りようか」
「はい! アディーさん、ありがとうございました! 全く揺れないので、とても快適でした!」
「アディーおじさん、ありがとう! あ、でも、どうやって降りる?」
『スノーに乗るといいの!』

 大きくなっているアディーの背から地面まではそれなりの高さがある。まして今は夜で、焚火に照らされていても、地面は真っ暗で全く見えないのだ。

「ティンファ、皆、スノーが乗せてくれるってさ」

 ティンファを乗せられるほどに大きくなったスノーが、うきうきとしゃがむ。

「ありがとう、スノーちゃん。乗せてもらうわね」
「おねえちゃん、ありがとう!」
「じゃあ、スノーは皆を頼むな。俺は先に降りているよ」
『まかせるの!』

 スノーに皆が乗るのを見届けると、一人先に飛び降りた。
 下が見えないので、風でゆっくり、ふわっと着地するように調節する。そうして無事に反動なく着地に成功した。
 ふう。暗いと怖いな。距離感がつかめなくても、魔法があるからとても助かるけど。
 そしてすぐにスノーが何事もなくストンと隣に降り立った。

「おかえり、アリト君、ティンファさん。皆、無事なようで良かったよ」

 声に振り向くと、炎に照らされて佇むキーリエフさんと執事のゼラスさんの姿があった。
 その姿に思わずティンファと顔を合わせ、そして元気いっぱいに答える。

「「ただいま戻りました!」」


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