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4巻
4-2
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◆ ◆ ◆
翌朝、エティーさんたちの集落で暮らす十人と俺たちで、オークの集落に向かった。
ティンファは集会所でレラルとイリンと一緒に待っている。リアンにはオークの集落の偵察を頼むために一緒に来てもらった。
同行している集落の人で従魔と契約をしているのは、普段狩りをしているジリオスさんたち以外では二人だけ。
リアンくらいの小型のネズミのような魔獣と、アディーよりも小さな鳥型の魔獣だ。
アディーによると、恐らくリアンとイリンよりも弱いだろうとのことで、どちらも狩りでの偵察役を務めているらしい。
一行はアディーの先導で進み、リアンとネズミ型の従魔の子が先行して集落の偵察をすることになった。
まずは、集落の外に出ていた、食料の調達部隊らしき数体のオークを撃破した。それを二度ほど繰り返し、合計六体のオークを倒す。
倒したオークは集落のオークたちに気づかれる前に、さっと穴を掘って埋めて処置をした。
偵察の結果、現在集落にいるオークは四十程度であるとわかり、そのまま予定通りに殲滅戦を決行することになった。
作戦では、まずは弓と魔法で攻撃し、集落から出てきたオークを遠距離から倒すことになっている。
オークの集落を囲めるほどの人員がおらず、弓と魔法が得意な人がほとんどだったため、距離を取りながら戦えるこのやり方はぴったりだ。
相手が撤退に転じた後の追撃戦は、スノーとアディーに頼ることになるかもしれないな。情けないけど、俺も頑張ろう。
リアンには、予めオークの集落から俺たちの潜んでいる場所までの間に、魔法で落とし穴を何箇所か掘ってもらった。
オークの身体が落ちて戦闘不能になるほどの穴は無理でも、足首が入るくらいの大きさがあればいい。そこに誘導して転ばせれば、楽にとどめを刺すことができるだろう。
スノーには、俺たちが処理しきれなくなった敵を倒してもらう。
遠距離から攻撃してくる敵がいた場合には、空からアディーの判断で対処してもらうように頼んだ。
皆の安全を考えれば、スノーとアディーを前面に出して戦ったほうがいいのだが、それは今回の討伐隊の面々に不要だと言われた。
自分たちの手で、できるだけのことをやる。それが街の外で暮らす者たちの鉄則なのだ。
「では行くぞ」
この殲滅戦のリーダーであるエティーさんの合図で、一斉に魔法が放たれる。
俺も合図に合わせ、弓で戦うのに邪魔な木の枝を風の刃で切り裂いた。
放たれた火の魔法でオークの集落入り口近くの小屋に火がつき、気づいたオークが小屋から出てきて大騒ぎになる。
討伐隊の魔法は次々と放たれており、それをかいくぐってこちらに近づいてきたオークを、待ち構えていた弓で狙い撃った。
作戦通りに戦闘は進み、向かってくるオークがいなくなったところで、今度は俺たちが集落へ前進する。
ここまでは特に被害はなく、直接戦ったのもエティーさんだけで、順調だ。
アディーとリアンの偵察で、残りは小屋に取り残された子供のオークや、俺たちがいるのとは逆方向に逃げようとしているオークだけだとわかった。
そのことを俺が報告すると、討伐隊の半分は小屋に当たり、残りの半数と俺は集落の外に逃げようとするオークを弓と魔法で狙うことになった。
早速、俺は一気に集落へ近づいていく。ここまで来て逃がすわけにはいかない。逃げたオークは、どこかで人を襲うかもしれないのだから。
魔法による火は、小屋と小屋が離れているからか、燃え広がることなく消し止められていた。
スノーには小屋の中に潜んでいるオークの対処をお願いし、俺は弓を構えながら集落の周囲を歩く。
そうしてあちこちから聞こえていた音も静まり、戦いはほぼ終わっただろうと思われた時。
『アリトッ!?』
ふいに聞こえたスノーの警告で、咄嗟に横へ飛んで地面に伏せる。
それと同時に、俺が元いた場所に矢が突き立った。
弓を使えるオークがいるのかっ!!
戦いは終わったとばかり思い、集落の中のオークの屍に注意が向き、警戒が緩んでしまっていた。危なかったな。
地面を転がりながら周囲の気配を探ると、奥の小屋の屋根に弓を構えたオークの姿があった。
その姿を捉えた瞬間、俺は魔法を発動し風の刃を放つ。
それを察知したオークは、よけようとして体勢を崩し屋根から転がり落ちた。
その後、スノーがオークに咬みついたのを見て、俺は強張った身体から力を抜く。
瞬時に風魔法を発現できるようになったのは、アディーの修業のお蔭だな。
そんなことを考えていると、𠮟責の念話が頭にガンガンと響いた。
『緊張感が足りんと何度言ったらわかるんだ!? さっさと立って警戒しろ!! 森の中で気を緩めるなっ!!』
その言葉で瞬時に立ち上がり、上空からの冷気を感じながら警戒の意識を周囲に巡らす。
おう……やはりアディーに怒られてしまった。最近のアディーは、ツン要素よりもデレ要素のほうが多かったのに。まあ、今のは俺が悪いんだけどさ。
『そうなの! アリト、危ないの!』
『あ、ああ。ごめんな、スノー。ありがとうな』
とりあえずこれ以上お叱りを受けないように、スノーと周囲の気配を探って警戒していると、しばらくして逃げたオークを追っていった人たちが戻ってくるのが見えた。
「おーい、終わったぞ。恐らく逃したオークはいないだろう。すまんが、一応周囲を偵察してきてもらってもいいか?」
「はい、わかりました。頼んでみます」
俺はアディーに念話を送る。
『アディー。ここら一帯にオークが潜んでいないか、見回ってくれるか?』
『…………ふう。行ってくる』
その沈黙が怖い! 間違いなく修業が厳しくなるな……。が、頑張ろう。
それから集落の小屋を全て焼き払い、オークを解体し、全部終わった頃にアディーが戻ってきた。
大分広範囲を見てきたそうだが、オークの姿はないとのことだったので、作戦は終了した。
引き上げる際、オークを何体か貰って肉をカバンに保管した。
エティーさんたちの集落でもできるだけオークの肉が欲しいということだったので、手持ちのマジックバッグを一つ、肉の運搬用に提供する。
渡す際に「キーリエフ様が作ったものです」と言ったのは、トラブルを避けるために名前を使ってもいいと、エリダナの街を出る時に本人から許可を貰っているからだ。
エティーさんによれば、必要な物を買いに街へ行く時には、大人数で森の中を警戒しながら荷車を押していくとのこと。こういう人たちにこそ、マジックバッグは必要だろう。
結局、このオーク殲滅作戦では、前に出すぎた狩人の若者が軽い怪我をしたが、それ以外は全員無事だ。
怪我の治療は、ズーリーという同行者の中で唯一の女性が行った。
治療の様子が気になって見ていたのだが、ズーリーはそんな俺の行動を不思議に思ったらしい。質問されたので俺は薬師見習いだと答えると、薬草の話で盛り上がった。
そうして集落に戻った後は、祝いの宴が開かれた。
ジューという音とともに、肉の焼けるいい匂いが辺りに漂う。
「あんたが焼いた肉、凄く美味しいなぁ! その味付けの仕方、あとで教えてくれないか?」
「ええ、いいですよ。手に入りにくい調味料を使っているので、今ある材料で似たような味付けになる方法を教えますね」
オークを殲滅して戻ってくると、エティーさん達の集落の人たちが集まってねぎらいの言葉を掛けてくれた。
ティンファも俺たちの無事を確認して、ホッとした顔をしていたよ。
そんな彼女の顔を見て、今の俺には心配してくれる人がいるのだと思い、くすぐったいような感じがしつつもうれしくなってしまった。
オースト爺さんは見守ってくれている、って感じだったからな!
持ち帰った大量の肉で宴は焼肉パーティーになり、俺は率先して料理をしていた。
戦いで活躍できたわけではないし、料理をするのは好きなので、俺にできることをしたいと思ったのだ。
広場の隅で調理器具を広げて肉を仕込んでいると、そんな俺をティンファは笑い、一緒に手伝ってくれる。
作ったのは、薄切りにしたオークの肉を、果物の搾り汁に漬け込んで焼いたものと、街で大量に買っておいた野菜と採取した野草たっぷりのスープだ。焼肉の味付けは、シオガを使った醤油風味のタレと、塩と胡椒の二種類を用意した。
テーブルの上に置いた魔道具のコンロで俺が肉を焼き、ティンファはその肉やスープを皿によそって振る舞ってくれている。
「塩味のも、他の調味料の味のもとても美味しいよ。オーク討伐に協力してもらったのに、料理までありがとうな」
「いえいえ。料理は趣味みたいなものですから」
肉を食べながら次々と声を掛けてくれる集落の人たちに、俺はそんな言葉を返していく。
美味しいと笑顔で食べてもらうのがこんなにもうれしいことなのだと、この世界に来て初めて気づいた。
これが『幸せ』というものだと実感する。日本では抱くことのなかった感情を一つ一つ知るたびに、いかに自分が孤独だったのかも思い知るのだ。
「クスクス。本当にアリトさんは、どこに行っても料理していますものね」
隣でそう言いながら笑うティンファの耳の羽が揺れた。
ティンファは森に入ってからは、ずっと帽子をかぶっていない。エティーさんとジリオスさんと接触した時もそのままだった。
耳を出した今のありのままのティンファは、エリダナの街にいる時よりも、ずっとのびのびとしているように見える。
「あ、イリン。ダメよ、今お肉焼いているとこだから。ふふふ、くすぐったいわ。なあに? 食べたいの?」
ティンファの背を駆け上がって肩に乗ったイリンが、羽の耳と頬にすり寄った。
イリンはティンファの耳を気に入って契約すると言っていたからな。
歩いている時も、俺が偵察を頼まなければ、ずっとティンファの肩に乗っている。
ティンファとイリンの様子をリアンがちらちら見ているのが、ちょっと笑えた。
奥さんのイリンがティンファと契約してからあまりかまってくれないため、寂しさを感じているらしい。
そんな姿を微笑ましく思っていると、ズボンをくいっと引っ張られた。
足元を見ると、獣姿のレラルがこちらを見上げている。
「ん? レラルも食べたいのか? ちょっと待っててな。今、用意するから」
レラルは母親の言いつけ通り、人前では獣姿になっているため、自分の手で食べられない。だから、食べやすい皿にスープと肉を取り分けて床の上に置いてやる。
『ごめんな、レラル。この集落でならケットシーの姿でも大丈夫だと思うけど、念のためな……。食べづらいなら、一人で食べてもらうことになるけど借りた部屋に持っていくよ?』
俺が念話でそう聞くと、レラルは首を振る。
『ううん、大丈夫だよ! お肉も食べやすく切ってくれたし』
そう言ってレラルは、ゴロゴロと喉を鳴らしながらご機嫌で食べ始める。
うん、可愛い。食事中だというのに、ついしゃがんで頭を撫でてしまった。レラルが顔を上げたので、ついでに喉も撫でる。
「レラルちゃん、こっちのお肉も焼けましたよ」
そこにティンファが肉を追加して、レラルはさらにゴロゴロとご機嫌に喉を鳴らした。
『スノーも! スノーもなでなでして!』
背中にもふっとした感触がして振り返ると、スノーがすり寄ってきていた。ふわふわな尻尾が、俺の足を撫でていく。
「もちろんだよ、スノー!」
小さいスノーの頭を抱き込み、わしわしと撫で回す。喉元の柔らかい毛並みや、耳の付け根も忘れない。さらには寄ってきたリアンも一緒に撫でた。
リアンは小さいからスノーに比べれば毛が短いのだが、これはこれでまた違ったもふもふ感を楽しめる。
浄化魔法をこまめに掛けているので、いつでもつるつるサラサラなのだ。
「ふふふ。あ、ちょっと待ってくださいね。こっちのお肉はいい焼き加減ですよ」
「あ、ごめん、ティンファ。スープ、よそうよ」
今が宴の真っ最中だということも忘れて、ついもふもふに没頭してしまった!
料理を取りにきた人たちに微笑ましそうな目で見られ、顔が熱くなった。
気を取り直し、浄化を掛けて鍋のお玉を手に取る。
「大丈夫ですよ、アリトさんは討伐にも参加したのですから。お肉の仕込みをしていただけたら、あとは私がやります。せっかくなので、広場を回ってきたらどうですか?」
「うーん……。じゃあ、ついでに他の料理を貰ってくるよ。その前に、次の肉の仕込みだけしておくな」
「はい、お願いします」
つい料理するのに夢中になってしまったが、宴料理にも興味がある。こんな森の奥で、どんな料理が振る舞われるのか。お言葉に甘えて少し見にいこう。
手早く肉の仕込みをしてティンファに渡し、俺と一緒に来ると言ったスノーを連れて広場に向かう。
「お、あの肉煮込み、美味しそうだな。ちょっと貰ってこよう」
広場の外周には調理場がいくつも設置してあり、そこで様々な料理が提供されていた。
準備に時間がかからないということで焼き肉パーティーになったのだが、宴の開始から時間が経って凝った料理も完成したらしい。匂いに釣られて近づいていく。
「すみません、二人分ください」
「はいよ! ああ、外からのお客人か。今回は討伐に参加してくれてありがとうね。活躍したって聞いているよ。ほら、いっぱい食べておくれ」
「ありがとうございます。活躍したのは、俺の従魔たちだけですよ」
ポン、と隣にいるスノーの頭に手を置くと、山盛りの料理を二皿、差し出された。それらを受け取り、また歩き出す。
「よお、兄ちゃん! 今日はありがとうよ! 助かったぜ!」
「おう。お前さんも酒飲め! って、両手に皿があったらそんなわけにもいかないのか」
ティンファのところへ戻る間にも、次々と声を掛けられた。飲んでいる人も、肉を配り歩いている女の人も皆笑顔だ。
「はい、お心だけ貰っておきますね。お礼は俺の従魔たちに言ってあげてください」
広場の地面に座り込み、酒を片手に料理を食べる男衆の脇を通り抜け、ティンファのもとへ戻る。
「ティンファ! 美味しそうな煮込み料理を貰ってきたよ。温かいうちに交代で食べよう」
「ありがとうございます。どうぞ先に食べてください」
ちょうど肉が焼けたのか、ティンファのところには人が並んでいた。返事をしてレラルの隣に座り込み、レラルにも取り分けて早速食べてみる。
「お、美味しい。これ、何で味付けしているんだろう」
オークの肉と芋、それに野草を一緒に煮込んだ料理は、塩味以外にも何かの風味があった。素材を一つ一つ口にしていくと、見たことのない野草の葉が入っているのに気づく。
「これか。ここら辺で採れるハーブかな? あとで聞いてみよう」
旅の道中では、図鑑で確認しながら薬草や野草を採っているが、やはりその土地独自の種があるのは面白い。
元は同じ種類の草でも土地の魔力によって変化して、まったく別の性質になっているものもあるしな。
芋も、恐らくこの森独自の植物だろう。『死の森』で採って食べていた芋とは、食感も味も違う。
『うん、アリトの作ってくれた料理のほうが美味しいけど、これも美味しいよ!』
レラルも煮込み料理を気に入ったみたいだ。
「ティンファ、交代するよ。冷めないうちに食べてみて。独特なハーブが使われていて美味しいよ」
「では、いただきますね」
ティンファと交代して、肉を焼きながら次の肉を仕込む。スープが少なくなってきたし、なくなったタイミングで肉も終わりにしよう。
「あ、これ美味しいです。アリトさんの言った通り、ハーブが利いていますね」
「そうだろう。あとで一緒に聞きにいこうか。採れる場所を教えてもらおう」
「はい! お茶に使えるハーブもあったらうれしいですね」
俺たちが討伐に行っている間、ティンファは自分で作ったハーブティーを振る舞っていたらしい。皆に美味しいと言ってもらえたと、喜んでいた。
ふいに音が聞こえてきて顔を上げると、広場の反対側で何人かが楽器を奏でていた。
幾重にも重なって響く笛や弦楽器の音に引き込まれる。
エルフは木工細工が得意らしく、エリダナの街では様々な木製の楽器を見かけた。笛のような楽器だけでなく、胡弓や琵琶、ハープみたいなものもあったのだ。
そして街中では楽器を演奏している人も結構いて、エルフは音楽への造詣が深いのだな、と思った。
広場の中央にスペースができ、そこへ一人、二人と進み出て踊り始める。
その様子を見て、オウル村での収穫祭を思い出した。
秋の収穫が終わった後、夜に火を囲んでやはり酒を飲み、歌って踊っていた。オウル村では楽器などほとんどなく、演奏も少し寂しいものだったが。
音楽を聞いていると、心の底からほっとした気分になる。これだけ大きな音を立てていても、襲ってくる外敵はいない、ということだから。
『死の森』で森での暮らしには慣れたつもりだったが、やはりずっと警戒を続けながら野宿を繰り返す今のような生活は、負担になっていたのだろう。
俺でさえそうなのだから、ティンファはどれほど負担に感じていることか。
「楽しそうですね、皆さん。アリトさんのいた場所でも、このような宴では音楽と踊りがあったのですか?」
「え?」
「ふふふ。だってアリトさん、とっても懐かしそうな顔をしていましたから」
懐かしい、か。俺が一番懐かしく感じる宴、祭りは……。
「……俺の育った村でも、夏と秋にはお祭りがあったんだ。音楽に合わせて、皆で円になって踊ったよ」
俺の故郷である日本の小さな田舎の村でも、毎年、年寄りから子供までほぼ全員が参加して盆踊りをしたものだ。
オウル村の収穫祭も楽しかったけど、懐かしいといえばやはり日本の祭りが思い浮かぶ。
「……料理を出し終わったら、一緒に踊りませんか? 皆、楽しそうですよ」
「え? でも俺のいた村の踊りとは全然違うし、他のものは知らないから踊れないよ」
「いいんですよ。ホラ、皆さん、音に合わせて自由に身体を動かしているようですよ。決まった踊りなんて、私も知りませんし。ダメですか?」
「うっ……。いや、ダ、ダメじゃない、けど。でも俺、音に合わせることにあまり自信がないというか……」
音楽なんて、学校の授業でしか学んだことがない。カラオケでさえ、仕事の付き合いでたまに行くくらいだったし。しかも歌えないから、一度もマイクを握ったことがないのだ。
「誰も気にしませんよ! あ、スープもどうぞ! もう少しで終わりですよ!」
肉を貰いにきた人にスープをよそうと、それでちょうど鍋は空になった。肉も今焼いている分で終わりだ。
「おう、お客さんたち。気にしないで踊ってきな! 適当に身体動かしていれば、踊っているように見えるからな! 楽しけりゃいいんだ。なあ、兄ちゃん。せっかく女性が誘ってくれてんだ。踊らなきゃ男がすたるってもんだぜ!」
ガッハッハと豪快に笑いながら料理を持って去っていく男性の背を見送って、覚悟を決める。
そうだ。ティンファが誘ってくれたんだ。宴なんだから、笑い者になってもいいじゃないか。
「すまないな、アリト君。料理までしてもらって。皆に美味いと評判だ」
「凄く美味しかったよ。ありがとう」
密かに覚悟を決めて内心で拳を握っていると、エティーさんとジリオスさんがやってきた。
「美味しいと言ってもらえてうれしいです。料理するのは好きなんですよ。もう終わりなので、食べてください」
俺がそう言うと、ジリオスさんは笑顔で肉を受け取る。
「ありがとう。せっかくだから、宴を楽しんでくれ」
「はい! これが終わったら、アリトさんと踊ろうかって話していたところなんです」
「それはいいな。もう焼き終わっているのだろう? ここは俺が見ているから、踊ってくるといい」
ティンファの言葉に、ジリオスさんがそう申し出てくれた。
そして「ホラ、誘え」というエティーさんからの無言の圧力が……。
「で、ではお願いします。行こうか、ティンファ」
「はい!!」
エティーさんの圧力に負け、それでも恥ずかしくてティンファの顔を真っすぐには見られずに、視線を外して手を差し出す。
ティンファはうれしそうに返事をして、俺の手を握ってくれた。
そのまま手を引いて二人で輪に入って踊ったけれど、俺はいっぱいいっぱいになり、その時のことをよく覚えていない。
ただティンファの楽しそうな笑顔と笑い声だけは記憶に残っている。手の温かな感触とともに。
第三話 集落
宴は夜遅くまで続いた。俺とティンファは、二人で踊り疲れるまで踊った後、広場の料理を食べてから部屋へと戻った。
騒がしい歓声を聞きながら、寝る前にはいつもと同じようにスノーたちをブラッシングし、ミルたちスライムに高濃度魔力を含んだ水を与えて膨らませ、リアンとイリンのベッドにした。以前にスライムたちを膨らませた時、リアンとイリンがその感触を気に入って寝床にしていたからだ。
当時はスライムたちにそこまで大量の魔力水を与えられなかったので、起きて見たら箱の中で魔力水を吸収し終えて元の大きさに戻ったスライムたちと、リアンとイリンが雑魚寝していた。それがとても可愛くてつい見とれてしまい、朝食の準備が遅れたんだよな。
『アリト、どうしたの? 寝ないの?』
『うん。寝るよ。ほら、よーしよしよし』
『きゃははははは!! もっと、もっとやって!』
その後は、スノーを全身でもふもふして眠りについた。
疲れていたのについスライムベッドまで作ってしまったのは、かなり興奮して気分が浮き立っていたからだろう。
翌朝、エティーさんたちの集落で暮らす十人と俺たちで、オークの集落に向かった。
ティンファは集会所でレラルとイリンと一緒に待っている。リアンにはオークの集落の偵察を頼むために一緒に来てもらった。
同行している集落の人で従魔と契約をしているのは、普段狩りをしているジリオスさんたち以外では二人だけ。
リアンくらいの小型のネズミのような魔獣と、アディーよりも小さな鳥型の魔獣だ。
アディーによると、恐らくリアンとイリンよりも弱いだろうとのことで、どちらも狩りでの偵察役を務めているらしい。
一行はアディーの先導で進み、リアンとネズミ型の従魔の子が先行して集落の偵察をすることになった。
まずは、集落の外に出ていた、食料の調達部隊らしき数体のオークを撃破した。それを二度ほど繰り返し、合計六体のオークを倒す。
倒したオークは集落のオークたちに気づかれる前に、さっと穴を掘って埋めて処置をした。
偵察の結果、現在集落にいるオークは四十程度であるとわかり、そのまま予定通りに殲滅戦を決行することになった。
作戦では、まずは弓と魔法で攻撃し、集落から出てきたオークを遠距離から倒すことになっている。
オークの集落を囲めるほどの人員がおらず、弓と魔法が得意な人がほとんどだったため、距離を取りながら戦えるこのやり方はぴったりだ。
相手が撤退に転じた後の追撃戦は、スノーとアディーに頼ることになるかもしれないな。情けないけど、俺も頑張ろう。
リアンには、予めオークの集落から俺たちの潜んでいる場所までの間に、魔法で落とし穴を何箇所か掘ってもらった。
オークの身体が落ちて戦闘不能になるほどの穴は無理でも、足首が入るくらいの大きさがあればいい。そこに誘導して転ばせれば、楽にとどめを刺すことができるだろう。
スノーには、俺たちが処理しきれなくなった敵を倒してもらう。
遠距離から攻撃してくる敵がいた場合には、空からアディーの判断で対処してもらうように頼んだ。
皆の安全を考えれば、スノーとアディーを前面に出して戦ったほうがいいのだが、それは今回の討伐隊の面々に不要だと言われた。
自分たちの手で、できるだけのことをやる。それが街の外で暮らす者たちの鉄則なのだ。
「では行くぞ」
この殲滅戦のリーダーであるエティーさんの合図で、一斉に魔法が放たれる。
俺も合図に合わせ、弓で戦うのに邪魔な木の枝を風の刃で切り裂いた。
放たれた火の魔法でオークの集落入り口近くの小屋に火がつき、気づいたオークが小屋から出てきて大騒ぎになる。
討伐隊の魔法は次々と放たれており、それをかいくぐってこちらに近づいてきたオークを、待ち構えていた弓で狙い撃った。
作戦通りに戦闘は進み、向かってくるオークがいなくなったところで、今度は俺たちが集落へ前進する。
ここまでは特に被害はなく、直接戦ったのもエティーさんだけで、順調だ。
アディーとリアンの偵察で、残りは小屋に取り残された子供のオークや、俺たちがいるのとは逆方向に逃げようとしているオークだけだとわかった。
そのことを俺が報告すると、討伐隊の半分は小屋に当たり、残りの半数と俺は集落の外に逃げようとするオークを弓と魔法で狙うことになった。
早速、俺は一気に集落へ近づいていく。ここまで来て逃がすわけにはいかない。逃げたオークは、どこかで人を襲うかもしれないのだから。
魔法による火は、小屋と小屋が離れているからか、燃え広がることなく消し止められていた。
スノーには小屋の中に潜んでいるオークの対処をお願いし、俺は弓を構えながら集落の周囲を歩く。
そうしてあちこちから聞こえていた音も静まり、戦いはほぼ終わっただろうと思われた時。
『アリトッ!?』
ふいに聞こえたスノーの警告で、咄嗟に横へ飛んで地面に伏せる。
それと同時に、俺が元いた場所に矢が突き立った。
弓を使えるオークがいるのかっ!!
戦いは終わったとばかり思い、集落の中のオークの屍に注意が向き、警戒が緩んでしまっていた。危なかったな。
地面を転がりながら周囲の気配を探ると、奥の小屋の屋根に弓を構えたオークの姿があった。
その姿を捉えた瞬間、俺は魔法を発動し風の刃を放つ。
それを察知したオークは、よけようとして体勢を崩し屋根から転がり落ちた。
その後、スノーがオークに咬みついたのを見て、俺は強張った身体から力を抜く。
瞬時に風魔法を発現できるようになったのは、アディーの修業のお蔭だな。
そんなことを考えていると、𠮟責の念話が頭にガンガンと響いた。
『緊張感が足りんと何度言ったらわかるんだ!? さっさと立って警戒しろ!! 森の中で気を緩めるなっ!!』
その言葉で瞬時に立ち上がり、上空からの冷気を感じながら警戒の意識を周囲に巡らす。
おう……やはりアディーに怒られてしまった。最近のアディーは、ツン要素よりもデレ要素のほうが多かったのに。まあ、今のは俺が悪いんだけどさ。
『そうなの! アリト、危ないの!』
『あ、ああ。ごめんな、スノー。ありがとうな』
とりあえずこれ以上お叱りを受けないように、スノーと周囲の気配を探って警戒していると、しばらくして逃げたオークを追っていった人たちが戻ってくるのが見えた。
「おーい、終わったぞ。恐らく逃したオークはいないだろう。すまんが、一応周囲を偵察してきてもらってもいいか?」
「はい、わかりました。頼んでみます」
俺はアディーに念話を送る。
『アディー。ここら一帯にオークが潜んでいないか、見回ってくれるか?』
『…………ふう。行ってくる』
その沈黙が怖い! 間違いなく修業が厳しくなるな……。が、頑張ろう。
それから集落の小屋を全て焼き払い、オークを解体し、全部終わった頃にアディーが戻ってきた。
大分広範囲を見てきたそうだが、オークの姿はないとのことだったので、作戦は終了した。
引き上げる際、オークを何体か貰って肉をカバンに保管した。
エティーさんたちの集落でもできるだけオークの肉が欲しいということだったので、手持ちのマジックバッグを一つ、肉の運搬用に提供する。
渡す際に「キーリエフ様が作ったものです」と言ったのは、トラブルを避けるために名前を使ってもいいと、エリダナの街を出る時に本人から許可を貰っているからだ。
エティーさんによれば、必要な物を買いに街へ行く時には、大人数で森の中を警戒しながら荷車を押していくとのこと。こういう人たちにこそ、マジックバッグは必要だろう。
結局、このオーク殲滅作戦では、前に出すぎた狩人の若者が軽い怪我をしたが、それ以外は全員無事だ。
怪我の治療は、ズーリーという同行者の中で唯一の女性が行った。
治療の様子が気になって見ていたのだが、ズーリーはそんな俺の行動を不思議に思ったらしい。質問されたので俺は薬師見習いだと答えると、薬草の話で盛り上がった。
そうして集落に戻った後は、祝いの宴が開かれた。
ジューという音とともに、肉の焼けるいい匂いが辺りに漂う。
「あんたが焼いた肉、凄く美味しいなぁ! その味付けの仕方、あとで教えてくれないか?」
「ええ、いいですよ。手に入りにくい調味料を使っているので、今ある材料で似たような味付けになる方法を教えますね」
オークを殲滅して戻ってくると、エティーさん達の集落の人たちが集まってねぎらいの言葉を掛けてくれた。
ティンファも俺たちの無事を確認して、ホッとした顔をしていたよ。
そんな彼女の顔を見て、今の俺には心配してくれる人がいるのだと思い、くすぐったいような感じがしつつもうれしくなってしまった。
オースト爺さんは見守ってくれている、って感じだったからな!
持ち帰った大量の肉で宴は焼肉パーティーになり、俺は率先して料理をしていた。
戦いで活躍できたわけではないし、料理をするのは好きなので、俺にできることをしたいと思ったのだ。
広場の隅で調理器具を広げて肉を仕込んでいると、そんな俺をティンファは笑い、一緒に手伝ってくれる。
作ったのは、薄切りにしたオークの肉を、果物の搾り汁に漬け込んで焼いたものと、街で大量に買っておいた野菜と採取した野草たっぷりのスープだ。焼肉の味付けは、シオガを使った醤油風味のタレと、塩と胡椒の二種類を用意した。
テーブルの上に置いた魔道具のコンロで俺が肉を焼き、ティンファはその肉やスープを皿によそって振る舞ってくれている。
「塩味のも、他の調味料の味のもとても美味しいよ。オーク討伐に協力してもらったのに、料理までありがとうな」
「いえいえ。料理は趣味みたいなものですから」
肉を食べながら次々と声を掛けてくれる集落の人たちに、俺はそんな言葉を返していく。
美味しいと笑顔で食べてもらうのがこんなにもうれしいことなのだと、この世界に来て初めて気づいた。
これが『幸せ』というものだと実感する。日本では抱くことのなかった感情を一つ一つ知るたびに、いかに自分が孤独だったのかも思い知るのだ。
「クスクス。本当にアリトさんは、どこに行っても料理していますものね」
隣でそう言いながら笑うティンファの耳の羽が揺れた。
ティンファは森に入ってからは、ずっと帽子をかぶっていない。エティーさんとジリオスさんと接触した時もそのままだった。
耳を出した今のありのままのティンファは、エリダナの街にいる時よりも、ずっとのびのびとしているように見える。
「あ、イリン。ダメよ、今お肉焼いているとこだから。ふふふ、くすぐったいわ。なあに? 食べたいの?」
ティンファの背を駆け上がって肩に乗ったイリンが、羽の耳と頬にすり寄った。
イリンはティンファの耳を気に入って契約すると言っていたからな。
歩いている時も、俺が偵察を頼まなければ、ずっとティンファの肩に乗っている。
ティンファとイリンの様子をリアンがちらちら見ているのが、ちょっと笑えた。
奥さんのイリンがティンファと契約してからあまりかまってくれないため、寂しさを感じているらしい。
そんな姿を微笑ましく思っていると、ズボンをくいっと引っ張られた。
足元を見ると、獣姿のレラルがこちらを見上げている。
「ん? レラルも食べたいのか? ちょっと待っててな。今、用意するから」
レラルは母親の言いつけ通り、人前では獣姿になっているため、自分の手で食べられない。だから、食べやすい皿にスープと肉を取り分けて床の上に置いてやる。
『ごめんな、レラル。この集落でならケットシーの姿でも大丈夫だと思うけど、念のためな……。食べづらいなら、一人で食べてもらうことになるけど借りた部屋に持っていくよ?』
俺が念話でそう聞くと、レラルは首を振る。
『ううん、大丈夫だよ! お肉も食べやすく切ってくれたし』
そう言ってレラルは、ゴロゴロと喉を鳴らしながらご機嫌で食べ始める。
うん、可愛い。食事中だというのに、ついしゃがんで頭を撫でてしまった。レラルが顔を上げたので、ついでに喉も撫でる。
「レラルちゃん、こっちのお肉も焼けましたよ」
そこにティンファが肉を追加して、レラルはさらにゴロゴロとご機嫌に喉を鳴らした。
『スノーも! スノーもなでなでして!』
背中にもふっとした感触がして振り返ると、スノーがすり寄ってきていた。ふわふわな尻尾が、俺の足を撫でていく。
「もちろんだよ、スノー!」
小さいスノーの頭を抱き込み、わしわしと撫で回す。喉元の柔らかい毛並みや、耳の付け根も忘れない。さらには寄ってきたリアンも一緒に撫でた。
リアンは小さいからスノーに比べれば毛が短いのだが、これはこれでまた違ったもふもふ感を楽しめる。
浄化魔法をこまめに掛けているので、いつでもつるつるサラサラなのだ。
「ふふふ。あ、ちょっと待ってくださいね。こっちのお肉はいい焼き加減ですよ」
「あ、ごめん、ティンファ。スープ、よそうよ」
今が宴の真っ最中だということも忘れて、ついもふもふに没頭してしまった!
料理を取りにきた人たちに微笑ましそうな目で見られ、顔が熱くなった。
気を取り直し、浄化を掛けて鍋のお玉を手に取る。
「大丈夫ですよ、アリトさんは討伐にも参加したのですから。お肉の仕込みをしていただけたら、あとは私がやります。せっかくなので、広場を回ってきたらどうですか?」
「うーん……。じゃあ、ついでに他の料理を貰ってくるよ。その前に、次の肉の仕込みだけしておくな」
「はい、お願いします」
つい料理するのに夢中になってしまったが、宴料理にも興味がある。こんな森の奥で、どんな料理が振る舞われるのか。お言葉に甘えて少し見にいこう。
手早く肉の仕込みをしてティンファに渡し、俺と一緒に来ると言ったスノーを連れて広場に向かう。
「お、あの肉煮込み、美味しそうだな。ちょっと貰ってこよう」
広場の外周には調理場がいくつも設置してあり、そこで様々な料理が提供されていた。
準備に時間がかからないということで焼き肉パーティーになったのだが、宴の開始から時間が経って凝った料理も完成したらしい。匂いに釣られて近づいていく。
「すみません、二人分ください」
「はいよ! ああ、外からのお客人か。今回は討伐に参加してくれてありがとうね。活躍したって聞いているよ。ほら、いっぱい食べておくれ」
「ありがとうございます。活躍したのは、俺の従魔たちだけですよ」
ポン、と隣にいるスノーの頭に手を置くと、山盛りの料理を二皿、差し出された。それらを受け取り、また歩き出す。
「よお、兄ちゃん! 今日はありがとうよ! 助かったぜ!」
「おう。お前さんも酒飲め! って、両手に皿があったらそんなわけにもいかないのか」
ティンファのところへ戻る間にも、次々と声を掛けられた。飲んでいる人も、肉を配り歩いている女の人も皆笑顔だ。
「はい、お心だけ貰っておきますね。お礼は俺の従魔たちに言ってあげてください」
広場の地面に座り込み、酒を片手に料理を食べる男衆の脇を通り抜け、ティンファのもとへ戻る。
「ティンファ! 美味しそうな煮込み料理を貰ってきたよ。温かいうちに交代で食べよう」
「ありがとうございます。どうぞ先に食べてください」
ちょうど肉が焼けたのか、ティンファのところには人が並んでいた。返事をしてレラルの隣に座り込み、レラルにも取り分けて早速食べてみる。
「お、美味しい。これ、何で味付けしているんだろう」
オークの肉と芋、それに野草を一緒に煮込んだ料理は、塩味以外にも何かの風味があった。素材を一つ一つ口にしていくと、見たことのない野草の葉が入っているのに気づく。
「これか。ここら辺で採れるハーブかな? あとで聞いてみよう」
旅の道中では、図鑑で確認しながら薬草や野草を採っているが、やはりその土地独自の種があるのは面白い。
元は同じ種類の草でも土地の魔力によって変化して、まったく別の性質になっているものもあるしな。
芋も、恐らくこの森独自の植物だろう。『死の森』で採って食べていた芋とは、食感も味も違う。
『うん、アリトの作ってくれた料理のほうが美味しいけど、これも美味しいよ!』
レラルも煮込み料理を気に入ったみたいだ。
「ティンファ、交代するよ。冷めないうちに食べてみて。独特なハーブが使われていて美味しいよ」
「では、いただきますね」
ティンファと交代して、肉を焼きながら次の肉を仕込む。スープが少なくなってきたし、なくなったタイミングで肉も終わりにしよう。
「あ、これ美味しいです。アリトさんの言った通り、ハーブが利いていますね」
「そうだろう。あとで一緒に聞きにいこうか。採れる場所を教えてもらおう」
「はい! お茶に使えるハーブもあったらうれしいですね」
俺たちが討伐に行っている間、ティンファは自分で作ったハーブティーを振る舞っていたらしい。皆に美味しいと言ってもらえたと、喜んでいた。
ふいに音が聞こえてきて顔を上げると、広場の反対側で何人かが楽器を奏でていた。
幾重にも重なって響く笛や弦楽器の音に引き込まれる。
エルフは木工細工が得意らしく、エリダナの街では様々な木製の楽器を見かけた。笛のような楽器だけでなく、胡弓や琵琶、ハープみたいなものもあったのだ。
そして街中では楽器を演奏している人も結構いて、エルフは音楽への造詣が深いのだな、と思った。
広場の中央にスペースができ、そこへ一人、二人と進み出て踊り始める。
その様子を見て、オウル村での収穫祭を思い出した。
秋の収穫が終わった後、夜に火を囲んでやはり酒を飲み、歌って踊っていた。オウル村では楽器などほとんどなく、演奏も少し寂しいものだったが。
音楽を聞いていると、心の底からほっとした気分になる。これだけ大きな音を立てていても、襲ってくる外敵はいない、ということだから。
『死の森』で森での暮らしには慣れたつもりだったが、やはりずっと警戒を続けながら野宿を繰り返す今のような生活は、負担になっていたのだろう。
俺でさえそうなのだから、ティンファはどれほど負担に感じていることか。
「楽しそうですね、皆さん。アリトさんのいた場所でも、このような宴では音楽と踊りがあったのですか?」
「え?」
「ふふふ。だってアリトさん、とっても懐かしそうな顔をしていましたから」
懐かしい、か。俺が一番懐かしく感じる宴、祭りは……。
「……俺の育った村でも、夏と秋にはお祭りがあったんだ。音楽に合わせて、皆で円になって踊ったよ」
俺の故郷である日本の小さな田舎の村でも、毎年、年寄りから子供までほぼ全員が参加して盆踊りをしたものだ。
オウル村の収穫祭も楽しかったけど、懐かしいといえばやはり日本の祭りが思い浮かぶ。
「……料理を出し終わったら、一緒に踊りませんか? 皆、楽しそうですよ」
「え? でも俺のいた村の踊りとは全然違うし、他のものは知らないから踊れないよ」
「いいんですよ。ホラ、皆さん、音に合わせて自由に身体を動かしているようですよ。決まった踊りなんて、私も知りませんし。ダメですか?」
「うっ……。いや、ダ、ダメじゃない、けど。でも俺、音に合わせることにあまり自信がないというか……」
音楽なんて、学校の授業でしか学んだことがない。カラオケでさえ、仕事の付き合いでたまに行くくらいだったし。しかも歌えないから、一度もマイクを握ったことがないのだ。
「誰も気にしませんよ! あ、スープもどうぞ! もう少しで終わりですよ!」
肉を貰いにきた人にスープをよそうと、それでちょうど鍋は空になった。肉も今焼いている分で終わりだ。
「おう、お客さんたち。気にしないで踊ってきな! 適当に身体動かしていれば、踊っているように見えるからな! 楽しけりゃいいんだ。なあ、兄ちゃん。せっかく女性が誘ってくれてんだ。踊らなきゃ男がすたるってもんだぜ!」
ガッハッハと豪快に笑いながら料理を持って去っていく男性の背を見送って、覚悟を決める。
そうだ。ティンファが誘ってくれたんだ。宴なんだから、笑い者になってもいいじゃないか。
「すまないな、アリト君。料理までしてもらって。皆に美味いと評判だ」
「凄く美味しかったよ。ありがとう」
密かに覚悟を決めて内心で拳を握っていると、エティーさんとジリオスさんがやってきた。
「美味しいと言ってもらえてうれしいです。料理するのは好きなんですよ。もう終わりなので、食べてください」
俺がそう言うと、ジリオスさんは笑顔で肉を受け取る。
「ありがとう。せっかくだから、宴を楽しんでくれ」
「はい! これが終わったら、アリトさんと踊ろうかって話していたところなんです」
「それはいいな。もう焼き終わっているのだろう? ここは俺が見ているから、踊ってくるといい」
ティンファの言葉に、ジリオスさんがそう申し出てくれた。
そして「ホラ、誘え」というエティーさんからの無言の圧力が……。
「で、ではお願いします。行こうか、ティンファ」
「はい!!」
エティーさんの圧力に負け、それでも恥ずかしくてティンファの顔を真っすぐには見られずに、視線を外して手を差し出す。
ティンファはうれしそうに返事をして、俺の手を握ってくれた。
そのまま手を引いて二人で輪に入って踊ったけれど、俺はいっぱいいっぱいになり、その時のことをよく覚えていない。
ただティンファの楽しそうな笑顔と笑い声だけは記憶に残っている。手の温かな感触とともに。
第三話 集落
宴は夜遅くまで続いた。俺とティンファは、二人で踊り疲れるまで踊った後、広場の料理を食べてから部屋へと戻った。
騒がしい歓声を聞きながら、寝る前にはいつもと同じようにスノーたちをブラッシングし、ミルたちスライムに高濃度魔力を含んだ水を与えて膨らませ、リアンとイリンのベッドにした。以前にスライムたちを膨らませた時、リアンとイリンがその感触を気に入って寝床にしていたからだ。
当時はスライムたちにそこまで大量の魔力水を与えられなかったので、起きて見たら箱の中で魔力水を吸収し終えて元の大きさに戻ったスライムたちと、リアンとイリンが雑魚寝していた。それがとても可愛くてつい見とれてしまい、朝食の準備が遅れたんだよな。
『アリト、どうしたの? 寝ないの?』
『うん。寝るよ。ほら、よーしよしよし』
『きゃははははは!! もっと、もっとやって!』
その後は、スノーを全身でもふもふして眠りについた。
疲れていたのについスライムベッドまで作ってしまったのは、かなり興奮して気分が浮き立っていたからだろう。
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