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3巻

3-2

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「お待たせ、スノー、アディー。ここに置いておくな」

『死の森』の魔物の肉を焼き、二人に出す。
 続いて朝食の準備だが、ゲーリクさんはまだパンの仕込みをしただけだというので、おかずを全部作らせてもらうことになった。

「もしかして、それは辺境地の魔物の肉か?」
「はい、そうです。二人とも俺にはもったいないくらいに強いので、上級の肉じゃないと魔力を十分に補給できなくて。お世話になったオースト爺さんが、定期的に手紙と一緒に肉も送ってくれるんですよ」

 旅に出て様々な動物や魔物の肉を食べたが、やはり『死の森』の魔力濃度の高い肉が一番美味しかった。
 ちなみに肉を収納しているマジックバッグのことは、ドルムダさんもいるしキーリエフさんも知っていたので、この屋敷では隠していない。

「オースティント様か……。さすが『死の森』の魔物の肉だな。森の奥地か霊山の魔物にしかありえない魔力濃度だ」

 オースティント「様」、ね。爺さんの名前を出すのは気をつけないといけないな。

「あ、使いますか? まだいっぱいありますし、良かったら他の素材も色々出しますよ」
「……夕食はその肉で何か作ってくれ。それをメインにする」
「はい。では後で肉の種類を見せますね」

 昨日部屋に案内してもらいながらゼラスさんに聞いたところ、この家にはキーリエフさんしか住んでいないそうだ。領主館は街の別のところにあって、息子さんたちはそちらで暮らしているらしい。
 だから普段この家には、執事のゼラスさんと料理長のゲーリクさん、そしてゲーリクさんの奥さんでもあるメイド長のナンサさんと、使用人の男性一人しかいないそうだ。
 何かあれば領主館から人を呼ぶという。今はドルムダさんが滞在しているので、昼間に領主館から二人、メイドさんが来ているようだ。

「あ、ゲーリクさんたちはもう朝食は食べられたんですか? まだだったら全員分作りますよ」
「ではいただこう。味見だけよりもしっかり食べたほうが味をよく確認できるからな」

 昨日、俺の料理の味見をしてもらったら、ゲーリクさんの態度が柔らかくなった。
 味を認めてくれたのだろうと思うと、とてもうれしい。ゲーリクさんが作った料理は、旅に出てから食べたもののうちで一番美味しかったから、なおさらだ。

「まあ、色々な調味料を使っているだけですけどね。よかったら後で調味料の作り方もお教えしますよ」
「……いいのか? じゃあ頼む」

 昨日料理に使ったマヨネーズを作った時、ゲーリクさんは味見をして目を見張っていた。それから何も言わずに、俺の作業を見守ってくれたんだよな。
 他にもウスターソースにコンソメ、それにデミグラスソースやトマトソースもある。
 今まで俺が作って出した料理は、この世界の人の舌に合っているようで、皆が美味しいと言ってくれている。美味しいものをどこでも食べられるようになれば俺もうれしいから、皆にもぜひ使ってもらい、さらに改良なんかして広めてくれたらいいよな!
 まぁ、だからといって、俺が表立って売ったり広めたりはしたくないのだが。

「では作っちゃいましょうか」

 パンをかまに入れて手の空いたゲーリクさんと一緒に、全員分の朝食の準備をすることにした。
 屋敷の食糧庫にあるものを自由に使っていいということなので、見たことのある食材を持ってくる。
 食糧庫には、俺の知らない食材が大量にあった。でも今は急いでいるので、味を知っている材料で作ることにする。未知の食材は、今後のお楽しみってことで。
 足りなかった素材や調味料は、カバンから取り出して調理台に並べていく。それを、ゲーリクさんは横で興味深そうに見ていた。

「朝なので、野菜のスープとオムレツ、しゃぶしゃぶにしたお肉と生野菜のサラダを作りましょう。昼食用には、シチューを用意しますね」

 ロンドの町で大量に卵と乳を買ったので、おうばん振る舞いだ。あまり保存がきかないためか、さすがに食糧庫にも卵と乳はなかったからな。
 料理長であるゲーリクさんに補助をお願いするのは申し訳ないけれど、今は急いで作って逃げないと、昨日のようにキーリエフさんに捕まってしまう。さっさと作ろう。
 スープとシチュー用の野菜の下ごしらえをゲーリクさんに頼み、俺はいつものように二つの鍋に水を出して火に掛け、出汁だし用に干し肉を削って入れる。
 そこにゲーリクさんに刻んでもらった野菜を入れ、マトンの実も皮をいてから細かく切って加えた。ミネストローネ風スープだ。
 もう一つの鍋には大きめに切ってもらった野菜と、鶏肉に似た味の肉を切って入れる。灰汁あくを取りながら次の料理の準備だ。
 シチュー用のホワイトソースは、小麦粉と乳をにならないようにあらかじめ混ぜておき、別の小鍋でゆっくりと弱火でとろみを調節しながら作る。バターはないが、それっぽくはなった。
 キーリエフさんもドルムダさんもまだ起きてこないから、今のうちだな!
 オムレツは、俺が説明しながら一度作ってみせたら、次はゲーリクさん一人で作ってくれた。
 この間見つけたフレッシュチーズのムームンを入れてみたので、とろけたチーズの風味がして美味しいぞ。植物油を使ってふわふわに仕上げたら、ゲーリクさんにかなりの衝撃を与えたみたいだ。
 サラダ用のドレッシングにも植物油を入れて作ってみせると、それにも驚いていたよ。こちらでは生野菜を塩や果汁のみで食べるらしい。
 そうやってゲーリクさんに説明や味見をしてもらいながら料理を作り、丁度朝食の準備が終わった頃に、ゼラスさんがリナさんとティンファが起きたことを教えに来てくれた。
 そこで後はゲーリクさんに任せて、俺も朝食にする。シチューは味付けを済ませ、お昼にはがさないよう温めてくださいとお願いした。

「おはよう、アリト君」
「おはよう、リナさん。ティンファもレラルもおはよう。朝食を食べたらゼラスさんが街へ案内してくれるから、ティンファをおばあさんの家まで送っていくよ」

 ちなみに、ゼラスさんにも俺たちと一緒に朝食をとることを勧めておいた。キーリエフさんは、いつももっと遅い時間に起きるみたいだしね。

「ありがとうございます! 私もこの街へ来たのは初めてで、おばあさんの家もわからなくて。一人では不安だったので助かります」
「ふふふ。じゃあ私もティンファちゃんを送ってからギルドへ顔を出して、明日か明後日にはエウラナへ出発するわ」
「わかりました。では街を案内してもらいながら、ティンファのおばあさんの家を探しましょうか」

 丁度俺たちが食べ終わる頃にキーリエフさんが起きてきたけれど、朝食を出したら目を輝かせて食べだしたので、その間に食堂をそっと抜け、支度して屋敷を出た。ふう。
 ちなみにムームンを入れたオムレツは大好評だったぞ。ゲーリクさんもムームンの味にうなっていたから、ロンドの町でしか買えないことと、日持ちがしないことを伝えておいた。


「すみません、ゼラスさん。ありがとうございます」

 今はゼラスさんが出してくれた馬車で移動中だ。馬車は目立ってしまいそうだからと一度は辞退したが、小型の馬車を出してくれたので、それに乗せてもらうことにした。
 この馬車は荷馬車でも幌馬車でもなく、小型の黒塗りのいわゆる箱馬車だ。
 箱馬車はナブリア国の王都で見かけたが、まさか自分が乗ることになるとは思わなかった。
 しかもこの馬車、発明家で有名だというキーリエフさんが作っただけあって、揺れが少なくてお尻も痛くならない! サスペンションを発明したのか凄く気になるから、後で聞いてみよう。
 ゼラスさんにティンファのおばあさんの手紙にあった住所を見せたところ、森の方の街にあるとのことだった。
 でも街の案内も兼ねて、平原の街まで回ってくれている。キーリエフさんの屋敷は街の一番奥なので、ぐるっと大回りする感じだ。

「本当に凄いですね……。数回だけ荷馬車に乗ったことがありますが、とても揺れて座っているのも大変でした。でも、この馬車は全然揺れませんね」
「ええ、凄いわよね。でも、あのキーリエフ様の馬車だと思えば納得だわ」

 ティンファもリナさんも、感心しきりだ。

「アリトさんが、キーリエフ様とお知り合いだとは思いもしませんでした」
「いやいや、俺じゃないからね! 昨日も言ったけど、あくまで俺を育ててくれた爺さんの古い知り合いだから! なんか爺さんが手紙で色々知らせていたらしくてさ……。俺もこんなことになるとは予想外だったんだよ」

 嫌な予感はしていたけど、まさか街に着いた瞬間に、あんな展開になるとは思わなかったのだ。
 ティンファはこの国の生まれだから、当然キーリエフさんのことは知っていた。
 俺は爺さんの知り合いを訪ねるとは言ったけど、キーリエフさんの名前は出さなかったから、驚かせて悪いことをしたな。こんなことになるのなら、あらかじめちゃんと説明しておくべきだった。

「まあ、キーリエフさんがあんな感じだし、俺はしばらくあの屋敷に滞在していると思うんだ。ティンファも何かあったら訪ねてきてくれな。アディーに手紙を持たせて送るから、たまには会って街でも見て回ろう。せっかくだし、最後にリナさんとも観光したかったんだけど……明日も屋敷を抜けられるかはわからないので」
「まあ、アリト君。またそんなことを言って。ガリードも言っていたでしょ。商業ギルドへ行けば、たぶん手紙が来ていると思うわよ? これっきりにするつもりは私たちにはないんだし、そんなお別れみたいなこと言わないで。それに、ナブリアへ戻る前にモランを使いに出すから、その時はまた一緒に街を回りましょう」

 リナさんもそうだが、冒険者パーティ『深緑の剣』の皆は本当にいい人だ。リーダーのガリードさんも、元気にやっているかな。

「……はい、わかりました。そうでしたね。ガリードさんに手紙を出さないとですね」
「そうよ。エリダナにしばらくいるのなら、手紙を出しておかないとうるさいわよ?」
「わかりました。帰りに商業ギルドへ寄ってみます」

 ナブリア国の王都を出る時に面倒をかけてしまったし、ガリードさんたちにはお礼の手紙を書くと約束していたんだっけ。
 約束、か。いつの間にか、俺もこの世界で約束をする相手ができていたんだな……。
 オースト爺さんも、俺が旅に出た後もこうして気にかけて、色々と手を回してくれている。
 なんだか、ちょっとくすぐったい気持ちになるな。
 祖父母を亡くしてから、こんな気持ちになったことは一度もなかった。
 何かを察したのか、すり寄ってきたスノーとレラルを撫でる。その温かな体温を感じながら、気恥ずかしさを噛みしめていた。


 ◆ ◆ ◆


 エリダナの街は、馬車の小さな窓から見ていても幻想的で綺麗だった。
 森の部分の街で、木の上だというのに、なぜあんなに大きな建物が建っていられるのかと不思議がっていたら、リナさんが建物の中にも木の枝を通し、魔法を使って支えているのだと教えてくれた。
 森で暮らしている昔ながらのエルフの集落では、そうやって家を建てているそうだ。このエリダナの街ほど、大きな建物は造らないということだったが。
 木の上に家を建てる理由は、森の奥でも魔物や魔獣に襲われることなく安全に暮らすためだそうだが、今では普通に地面に建てた家で暮らすエルフも多いという。
 道から見上げる樹上の家々やそれを繋ぐ木の回廊はとても幻想的で、ここが異世界だということを実感させられた。
 森を出てすぐの場所には木で作られた古い街並みが、そして森から離れていくにつれ、石やレンガのような土で造られた家々が広がっている。
 平原の街にも所々に木が植えられた公園などがあり、中世ヨーロッパを思わせる街並みだ。
 レンガなどで造られた家は四、五階建てのものが多く、ナブリアの王都で見た家よりも近代的な建物であるだけに、森の住居との対比で独特の雰囲気が生まれていた。

「ここがお探しの住所になります。どうされますか?」
「ありがとうございました、ゼラスさん。帰りは歩いて戻れますので、ここで大丈夫です。夕方前には屋敷へ帰りますから、キーリエフさんにはそう伝えてもらえますか?」
「はい、わかりました。もし屋敷の場所がわからなくなりましたら、街の警備兵へ言ってくだされば案内いたしますので」

 それは俺のことは警備兵に周知してある、ってことなのか? 門での出来事といい、俺のことをどこまで通達してあるのだろうか……。キーリエフさんの客人ってだけだったらいいのだが。

「わ、わかりました。案内していただいて、ありがとうございました」
「「ありがとうございました」」

 俺に続き、リナさんとティンファも頭を下げた。
 遠ざかる馬車を見送ると、ティンファのおばあさんの家を振り返る。
 その家は、平原の街から森へ入ってすぐの木の枝の上に建っていた。地上からでも上れるように、木の階段もある。こぢんまりしていて、いい雰囲気の家だ。

「どうする、ティンファ。一人で行けるかい?」
「……はい。この手紙を見せてみます。あの、アリトさんとリナさん、ここで待っていてくれますか?」
「いいよ。待っているね」
「ふふふ。いいわよ。行ってらっしゃい」
「はい!」

 ニッコリと笑ったティンファは階段を一人で上がっていき、その後ろ姿をリナさんと一緒に見送る。
 しばらくの間、リナさんと街のことや今後の予定について話していると、ティンファが一人の女性を連れて下りてくるのが見えた。

「あなたたちがティンファをこの街まで連れて来てくれた、アリトさんとリナさんね。どうもありがとう。私はティンファの祖母のファーラよ。おかげで孫に会えたわ。この子とは、赤ん坊の時に会ったきりになっていたの」

 ニコリと微笑む優しい笑顔がどことなくティンファと似ており、血の繋がりを感じてほっとする。
 エルフの血が多いのだろう、祖母というよりは母親と言ったほうが違和感のない見た目の、優しそうで上品な感じの人だった。背はティンファよりも高く、リナさんよりは低い。

「こんにちは。アリトと言います。俺もこの街に用事があったので、気にしないでください。しばらくはエリダナにいると思いますから、またティンファを誘いに来ますね」
「こんにちは。リナリティアーナと言います。私はエウラナへ里帰りする途中なので、またエリダナの街を通りかかったら顔を出させていただきますね。ティンファもおばあさんに会えて良かったわね」
「はい、ありがとうございます! おばあさんがエリダナにいる間はこの家で過ごしていいと言ってくれたので、ここでしばらく勉強したいと思います」

 うん、いい笑顔だ。いくら祖母と言っても、会ったことがない相手を頼るのは不安だったはず。本当に良かった。このおばあさんなら、ティンファも上手くやっていけそうだ。
 俺が旅に連れ出した気がして責任を感じていたけど、この人と暮らせるのなら、ティンファもあの村に一人でいるより良かったのかもしれない。

「ふふふふ。会えなかった分、おばあさんとゆっくりと語り合ってね。では、これで私たちは行きます。またね、ティンファ」
「またな、ティンファ。何かあったら、あの屋敷に遠慮なく来てくれな」
「はい! ありがとうございました! また、です」
「ありがとうね。また家に寄ってくださいね」

 笑顔で手を振って別れることができ、肩の荷が一つ下りた気がする。
 でも、ティンファの容姿は特殊だから、もの珍しさでいつ誘拐されるかわからない。
 馬車の窓から見た街を行く人々は、様々な種族の特徴を持った人が多かったが、ティンファみたいに耳が羽になっているという人は一人も見かけなかった。
 やはり騒動に巻き込まれないように、せめてこの街にいる間はアディーに警戒を頼んでおこう。

「アリト君は商業ギルドに寄るのよね? 私も討伐ギルドへ行くから、一緒に大通りまで戻りましょう。もうお昼だし、昼食を食べましょうか」
「いいですね。そうしましょう」

 商業ギルドも討伐ギルドも、エリンフォードの国の外から入ってきたのだろう。どちらも平原の街の大通りにあった。
 こうやってリナさんと一緒に歩くのも今日までだ。そう思うと、しんみりしてしまう。
 思えば、この世界で見た初めての街――イーリンの街から王都、そしてこのエリダナの街まで、リナさんとはずっと一緒だった。その間に一般常識から薬の調合まで、様々なことを教わったな。
 でも、これで「さよなら」じゃない。「またいつか」だから。
 大通りにある店に入り、エリダナの街の名物だという木の実が入ったパンと、野菜たっぷりの煮込みを食べた。

「色々ありがとうね。アリト君との旅は美味しいものを食べられたし、とても楽しかったわ。また、いつか一緒に旅をしましょうね」

 リナさんとティンファには、すでに調味料を各種少しずつ渡してある。リナさんは「私も少しは料理を勉強しようかしら」と苦笑していたが。
 旅の間に倒した魔物の素材も、すでに分配済みだ。

「はい。俺も一緒に旅をすることができて楽しかったです。リナさんたちには、本当に様々なことを教えてもらいました。おかげで、何とかこれからも旅をしていけそうです。当面はこの街にいると思いますが」
「ええ。……私も実家に戻って、ちょっとのんびりしようかと思っているの。しばらく仕事の依頼もないと思うしね。何かあったらモランを使いに出すし、手紙も書くわ」
「はい。ありがとうございました、リナさん。また!」
「またね、アリト君。元気でね!」

 食事をした店の前でリナさんと手を振って別れると、リナさんは討伐ギルドへ、俺は商業ギルドへと向かってそれぞれ歩き出す。

『アリト、リナとまた会えるよね?』

 じっと俺を見上げるレラルを抱き上げ、そっと撫でる。

『ああ、もちろんだよ。また会えるさ』
『うん!』

 レラルは旅の間ずっとリナさんと一緒に寝ていたので寂しそうだ。昨晩も最後だからと、リナさんがレラルを連れていった。
 オースト爺さんのところから旅立った時は、スノーとアディーと三人だった。今はレラルもいるから四人。それでも、やっぱり少し寂しい気持ちになる。
 その一方で、「また」と言って別れる人がこの世界でできたことをうれしくも思う。
 この今の気持ちを胸に、俺は俺の旅をしよう。

「さあ、商業ギルドへ行って街を少し回ったら屋敷に帰ろうか。……戻ったらまた質問されて大変だろうな」

 街の中でも比較的新しい部分である大通りは、とてもにぎわっていた。
 ナブリアの王都よりも活気があるように見えるのは、人種の多様さだけでなく、大通り沿いの店の全てに大きめのガラス窓がはめ込まれていて、店内の様子が見えるからだろうか。
 キーリエフさんがガラスの製法を発見したのかな? あるいは、キーリエフさんがこの街にいるから、最新の技術を研究する人が集まっているのかもしれない。
 馬車の窓から見た、ゼラスさんに職人街と言われた通りを思い出す。えんとつからは煙が立ち上り、通りはけんそうに満ちていた。
 こうやって大通りを歩いている今も、この世界で見たどの建物よりも高い塔が遠くに見えている。あの塔は、キーリエフさんが研究のために建てたものだと、ゼラスさんが教えてくれた。
 うーん。エリダナの街はこの世界で、一番発展しているってことなのかな。こんな均一なレンガの家なんて初めて見たし。ナブリアの王都よりも、さらに技術が進んでいそうだ。その全てがキーリエフさんの発明によるのだろう。
 まあ、俺は日本で技術的な仕事をしていたわけではないし、電気の説明すらできる自信がないから、俺の話を元に発明するとしても限界はあると思うけどな。
 屋敷で待っているだろうキーリエフさんのことを思い出し、元の世界のことをどう話そうかと考えつつ街を歩く。
 商業ギルドには、やはりガリードさんたちからの手紙が届いていた。それを受け取り、エリシアの街でまとめて作った薬と採取した薬草を売る。
 この街では薬草よりも薬の供給量のほうが多そうだと思っていたが、この近辺にない薬草で作った薬もあったので喜ばれた。当然、薬草も大歓迎されたぞ。
 その後はギルド直営店を覗いてラースラや見慣れない野菜などを買い求め、街中を店に並ぶ商品を眺めながらのんびりと歩いて屋敷へ戻った。


「アリト君、アリト君! やっと戻ってきたね! 今朝は気がついたらいなくなっていたから驚いたよ! 朝食も昼食のシチューも凄く美味しかったけどね! ゲーリクに作り方を教えてくれたって聞いたよ、ありがとう! この年になっても珍しくて美味しいご飯が食べられるなんて、とてもうれしいよ。でも美味しいご飯もいいけれど、やっぱり僕が聞きたいのは君がいた世界のことなんだ!!」
「え、えーと……」

 屋敷の扉を開いた途端、予測通りに走ってやってきたキーリエフさんに詰め寄られた。
 これはもう、避けるわけにはいかないよなぁ……。
 諦めてキーリエフさんに付き合うか、と思っていたら、今度はドタドタという足音とともにドルムダさんもやって来た。

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