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2巻
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しおりを挟む第一章 ミランの森
第一話 ミランの森を目指して
俺、日比野有仁は会社帰りに歩いている途中で突然地面の穴に落ち、日本からこの異世界、アーレンティアへとやって来た。
しかも、二十八歳だというのに見た目が十三歳くらいの少年となり、髪や目の色まで変化したのだ。
俺みたいに他の世界から来る人――『落ち人』は、決まって上級魔物や魔獣がうろつく辺境の深い森に現れるらしい。かくいう俺も、大陸中央部にある『死の森』へ落ちた。
ただ、運良く落ちてすぐに森に住むエルフのオースト爺さんに拾われたため、無事だったのだ。
俺をいち早く見つけてくれたのは、オースト爺さんが連れていたフェンリルという魔獣の子供。その子供が、今は俺と契約を結んでいる従魔スノーティア――スノーだ。他にも、俺には鳥型のアディーことアディーロという従魔がいる。
俺はオースト爺さんの家でお世話になりながら、この世界のことを学び、魔法や弓の修業を積んだ。
そうして二年の時が過ぎていくなかで、俺はあることに気づいた。
身長が変わらず、髪さえもほぼ伸びなかったのだ。これは俺が『落ち人』であることが関係しているのかと思うのだが……。
そんな俺の悩みを察したオースト爺さんは、ちょっと強引だったものの、俺を旅に送り出してくれた。たくさんの道具とお金、それから爺さんの知人への紹介状とともに、『落ち人』のことを調べてくるといい、と俺の背中を押してくれたのだ。
そうして俺は、異世界を旅することになった。スノーやアディーと一緒にな!
初めて訪れた大きな街を出たところで、討伐ギルドに属する『深緑の剣』という特級パーティの四人に出会う。リーダーのガリードさん、豹の獣人のノウロさん、エルフのリナリティアーナさん、魔法使いのミリアナさん。みんなクセはあるけど親切ないい人たちで、すっかり打ち解けた俺は、ナブリア国の王都にある彼らの拠点に滞在することになった。
それからナブリア国唯一の図書館で、『落ち人』の手がかりを探す日々が始まる。
なんとか手がかりを見つけられたのは良かったが、美しい鳥のアディーが貴族の嫡男だという男に目をつけられてしまい……。
俺は騒動になる前に、図書館で掴んだ手がかりをもとに、急いで王都を出ることにした。
目指すは北だ。オースト爺さんの知り合いがいる、ミランの森へ。
リナリティアーナさん――俺はリナさんと呼んでいる――が故郷であるエリンフォードに帰郷するということで、一緒に行くことになった。
俺の出発が突然だったため、準備が必要なリナさんとは後で合流すると約束して、王都を旅立ったのだった。
王都を出ると、街の外壁に夕日が遮られて薄暗く感じた。
日暮れが近いというのに、これから門を出る旅人などほとんどいない。よほど急ぐ人か、宿の代金がなく野営をする人くらいだ。今も街道には人の姿はない。
俺たちは門を出ると、街道からすぐに逸れて街壁に沿って歩いた。
そして人目につかない場所でスノーに大きくなってもらい、その背に乗って一気に森まで駆け抜ける。
予想通りというか、やはり街道の先で昼間絡んできた貴族たちが待ち伏せしていたのだ。
門を出る前に、アディーに頼んで偵察に飛んでもらい、それを知ることができた。
俺には従魔がいるのだから、街から出ればいくらでも逃げようがあるってわかりそうなものなのにな?
とりあえず今日は森の奥へとそのまま進み、日が完全に落ちたところで野営の準備を始めた。
『えへへ。スノー、アリトを乗せて思いっきり走れて気持ちよかったの!』
「助かったよ、スノー。王都では窮屈な思いをさせてごめんな。ご飯を食べたらゆっくりとブラッシングするからな!」
『やったーー! アリトと一緒ならどこでもいいけど、やっぱりお外だとのびのびするの!』
スノーは『死の森』で自由に外を駆け回って育ったのだから、街中でじっとしているなんてつらかっただろう。
我慢させて悪いとは思っても、街中ではどうしてもスノーは目立つ。かといって、スノーを自由にするために手放すなんて、俺には絶対にできない。
だから街を出た今、スノーには好きなことをさせてあげたかった。
「よーし。じゃあ今日は、スノーが好きな肉を出すからな!」
『わーい!』
尻尾をぶんぶん振っているスノーを微笑ましく思いながら、スノーとアディー用に『死の森』の魔物の肉を取り出して竈の火であぶる。
その後、カバンから魔道具のコンロを出し、手早く自分の分のスープを作った。
スノーとアディーのご飯用の肉は全部、良質な魔力を多く含む『死の森』の魔物のものだ。
魔獣のご飯は栄養補給というよりも魔力を取り込む意味合いが強く、物質的な量よりも素材に含まれる魔力量が重要になる。
スノーとアディーは元々『死の森』にいた強い魔獣で、かなりの魔力量が必要だから、ここら辺にいる魔物の肉ではいくら食べても足りないだろう。
魔力で容量を拡張したカバンがなかったら、なかなか大変だっただろうな。まだ『死の森』を旅立った際に持ってきた肉も残っているけど、先日オースト爺さんに自作のマヨネーズを送ったら、お返しに、『死の森』の魔獣の肉を送ってくれたので助かった。
一緒に入っていた手紙には、『マヨネーズをもっと寄こせ!! こりゃたまらん! トンカツも入れろ!』って書いてあったぞ。ぷぷぷっ。予想通りというか、爺さんマヨラーになったな。
まあ、鳥を飼育している村か街を通りかかったら、卵を多めに仕入れて卵とマヨネーズを送ろうと思う。
他には、『貴族との関わりが煩わしかったら、もう一通の身分証明書を使え』と書いてあったが……。
俺が森を出る時、爺さんは『アリト・ヒビノ』という名の証明書の他に、『アリト・エルグラード』という、爺さんの姓のものも用意してくれた。
きっと、俺たちが大きな街や王都に出ることで貴族とトラブルになる可能性を考えてのことだろう。本当にありがたいよな。
思えば、王都ではガリードさんたちの家に居候させてもらい、貴族連中との面倒ごとの後始末も任せてしまった。
不思議だな。旅に出る時は、オースト爺さんの庇護がなくなるのだから、全て一人でやっていかないといけない、この世界で自分を守るのは自分だけだ! とか意気込んでいた気がする。
でも今は、一人ではないと思えるのだ。俺を気にかけてくれる人がいるから。
爺さんの家にはその気になればいつでも帰れるし、ガリードさんたちの「頼ってくれていい」という言葉にも素直に頷けた。
そんなことを考えながら食事を終え、片付けも寝る準備も済んだら、次はスノーをもふもふする時間だ。
「スノー、気持ちいいかー?」
『うん、すっごく気持ちいいの! もっとわしゃわしゃ、ゴシゴシして!』
「よーし、ここかー?」
『きゃー!』
大きなサイズになって寝転んでいるスノーを、首筋からわしゃわしゃと撫でまわす。お腹も半ば乗り上がって撫でると、スノーが嬉しそうにコロンコロンと転がりだした。
そんなスノーを追いかけながら、脚の付け根や首筋の毛もかき回す。
『きゃははははは! 楽しいの!』
俺はもふもふできて、スノーも楽しい。なんて素晴らしい!
機嫌よく振られている尻尾を手に取り強めにブラシをかけ、毛並みを整えてからもふもふ、わしわし。うん、尻尾もたまりませんな!
最後にもう一度、丁寧に全身をブラッシングして毛並みを整えると、布団の上で寝転がるスノーのお腹に背を預け、肉球をぷにぷにした。
『クスクス。くすぐったいよ、アリト!』
「そうか? スノーの肉球は、ぷにぷにで気持ちいいんだよ。今日はこのまま一緒に寝ような」
『アリトと一緒に寝るの!』
『……何をやっているんだ、お前たちは』
気がつくと、アディーが木から俺たちを見下ろしている。
「んー? アディーも一緒にやるか? 羽毛もふわふわで、触ると気持ちいいんだよな」
『……』
うん、もの凄く冷たい目で睨まれたぞ! そんなに呆れなくてもいいじゃないか。
ガリードさんたちと一緒に旅をしたり、王都でリナさんと暮らしたりしていた期間は二月もなかったというのに、こうやってスノーたちと野営していることが、なんだかかなり久しぶりに感じる。
「なあ、スノー。スノーには王都でいっぱい我慢させちゃったから、明日はスノーのやりたいことをしようか。何をしたい?」
『んー。じゃあね、スノーはアリトを乗せて思いっきり走りたいの!!』
「わかったよ。明日は森の中だけど、スノーが好きなだけ一緒に走ろうな」
星々が煌めく夜空を見上げて思う。
こんな風に、スノーとアディーと何も気にせず過ごすのは気楽だ。気楽だが……オースト爺さんの家や王都でリナさんと暮らしていた時のことを思い出すと、少しだけ寂しい気もする。
「もう寝ようか。スノー、アディー、おやすみ」
『おやすみなの、アリト』
『……ふん』
とりあえず今夜は、スノーの温もりを傍で感じながら何も考えずに寝よう。
スノーのもふもふに包まれ、目を閉じた。
◆ ◆ ◆
外で迎えた朝は久しぶりだが、いつも通り夜明けとともに起きて朝食を済ませた。
「よしスノー、走ろうか。疲れたらのんびり薬草でも採ろう」
リナさんが告げた待ち合わせ場所は、王都から街道を歩いて二日の距離のオルド村だ。リナさんが王都を今日出たとしても、合流するのは二日後以降になるだろう。
多少のんびりしてリナさんに追い抜かれても、アディーに空からリナさんの位置を確認してもらい、スノーに乗って走って向かえば問題なく合流できるはずだ。
だから少なくても二日間は好きにできる。今日、明日はスノーの要望を聞いて、ゆっくり過ごすことにしよう。
『わーい! アリト、乗ってー!』
「街道の方へ行っちゃダメだぞ。森の中だけだからな」
ナブリア国の北にはアルブレド帝国があり、その国境までは平原もあるが森が点在している。さほど広くないいくつかの森を越えた先には深い森――ミランの森があり、それを抜ければアルブレド帝国だ。
ナブリア国の王都から延びる街道は、その点在する森を迂回して北へと向かう。だから、北へ真っすぐ進んで森を突っ切れば、国境付近のミランの森にも早くたどり着くというわけである。
「きゃははははは!」と、楽しそうに走ったり跳ねたりするスノーの背で、俺はもふもふの毛並みにまたがってしがみつき、風魔法で落ちないように制御する。
いつ魔法の制御が乱れて落ちるか、かなりスリリングではあるが、スノーのもふもふに埋まるのはとても気持ちがいい。
森の中では、あちこちから鳥がバサバサと飛び立ち、動物はドタドタと逃げ回っている。
ついでに魔物っぽいのを、さっきスノーが走りながら轢いていた。森は大騒ぎだ……。もし森に討伐ギルド員がいたとしても、俺たちのことは見られていないと思いたい。
さすがにスノーが走ったせいで街道へ魔物や動物が行ったら困るので、なるべく森の奥へ奥へと追い込むようにした。
スノーには一月以上も窮屈な思いをさせていたから、まずいとは思っても止められなかったのだ。
結局スノーが満足したのは、オルドの村などとっくに通り越した、いくつ目かの森の奥だったけどな。
比較的深い森で、薬草に含まれる魔力が高く、リナさんのお土産にもなるので夕方まで採って回った。
スノーも思う存分走った後だから、ご機嫌で尻尾をブンブン振りながら手伝ってくれたぞ。
その日も森の中で野営をした。魔物が多いはずの森の奥でも、あれだけスノーが走り回った後なので、静かなものだったよ。
次の日は、起きたらすぐにアディーに様子を見に飛んでもらった。
王都を出た街道でリナさんを発見したとのことで、待ち合わせの村へ向かって薬草を採りながら戻る。まあ、スノーがまだ走りたそうだったから、近くの森まで乗って行ったけどな。
その間に、翌日到着予定だとリナさんの従魔のモランが来てアディーに伝えたので、村近くの森でその日も野営をした。宿に泊まってまたスノーに窮屈な思いをさせるよりも、外のほうがのびのびできていいと思ったからだ。
もちろん、野営の間はたっぷりスノーをもふもふしたぞ! 大きなスノーのお腹の上に寝そべり、全身を使ってな!
◆ ◆ ◆
「リナさん! こっちです!」
「アリト君、待たせてしまってごめんね」
リナさんとオルドの村で無事に合流したのはお昼前のこと。
野営を片付けた後、俺たちはのんびり採取しながら村に入って待っていた。よろず屋で薬草を売って、初めて見る野菜があったのでそれも買ってある。
「気にしないでください。またよろしくお願いします。待っている間にここら辺の森の薬草は集めておきましたよ。おすそ分けしますね。これから街道から外れて、森の中を野営しながら北へ真っすぐ進んでも大丈夫ですか?」
「ええ、いいわよ。私はちょっと村で買い物してくるわね。終わったら出ましょうか」
「それなら肉や野菜はあるので、パンをお願いします。昼食も森で作りますよ」
「わかったわ、ありがとう。じゃあ、パンだけまとめて買ってくるわね」
リナさんの買い物が終わるのを村の出口で待ち、合流してから出発すると、街道を外れて北の森へと向かう。
「貴族たちのことは大丈夫でしたか? こちらは待ち伏せされていましたが、森に入って撒きましたよ」
「ああ、あのあと門で見張っていたら、閉門する頃に騒いでいたわ。ガリードが顔を覚えて、張り切ってギルドへ通報に行ったわよ。気にしないで。私たちは貴族関係の対処の仕方はわかっているもの」
ガリードさんたちも、門で何かしらの騒ぎが起こるだろうと予測して見張ってくれていたのか。
「後で皆さんにはお礼の手紙を送りますね」
「ええ、そうしてあげたら喜ぶわよ。それにアリト君にはこのカバンも貰っちゃって。良かったの? これ」
そう言ってマントを開き、腰につけているカバンを見せてくれた。
「旅の支度をするのに助かるから、早速使わせてもらったのだけれど」
マジックバッグが知られた時の騒ぎを、気にしてくれているのだろう。カバンに使われている革の魔力濃度の高さも、見る人が見ればわかるもんな。
「いいんです。今のところ公にする予定はないですけど、リナさんたちなら、悪いようにはしないでしょう? それに、誰が使っても容量が増えるというわけではなく、まだ完成品とはいえませんし。ああ、お昼を食べながらでも、もう少し詳しい使い方を口頭で説明しますね」
あの時は時間がなくて、渡すことしかできなかったからな。使い方を書いた手紙は入れておいたけど、改めて説明したほうがいいだろう。
とりあえず森へ入ったところで、昼食の準備を始めた。リナさんの前で今さら取り繕う必要はないから、カバンからコンロや材料を取り出して、スープを作って肉を焼いた。もちろん、調味料も使い放題だ。
「できましたよ。食べましょうか」
スープと肉をお皿に盛り、リナさんが出してくれたパンと一緒に食べる。
「やっぱりアリト君のご飯は美味しいわー。あの後、ナリサさん、アマンダさん、ウェインさんがアリト君に貰った調味料を使って夕飯を作ってくれて、ちゃんと美味しくできたの。でも、アリト君のご飯が一番美味しいわ」
ガリードさん、ノウロさんの奥さんと、ミリアナさん――ミアさんの旦那さんで早速作ってみてくれたのか。
「ありがとうございます。美味しいって食べてもらえると、作った甲斐がありますよ」
食事を終えて手早く片付け、お茶を淹れて一休みしながらリナさんと話す。
「そのカバンはリナさんの魔力を通し続けて馴染ませれば、どんどん魔力濃度が増して容量が増えますよ。それから、カバンに生物をしまう時は、魔力で包んで入れると長持ちします。取り出す時は、その魔力を頼りに探すんです」
お手本として、リナさんの目の前で自分のカバンにいつものように魔力を通して見せた。
最初は取り出すのにもコツがいるが、慣れれば大丈夫だろう。魔力操作に熟練していないと容量を広げるのは難しいので、魔法が苦手なガリードさんのカバンはそれほど拡張しないだろうけどな。
魔力結晶を使うという改良をしたおかげで、リナさんたちのものは最初からカバンの大きさの五倍くらいの物が入れられるようになっていた。
「ふんふん、なるほど。そうやって魔力操作の要領で使うのね。凄い魔力濃度の革でできたカバンだったから、手紙を読んで驚いたのよ」
「そのカバンに使っているのは、リナさんたちなら倒せるだろう魔物の革です。だから持っていても、目立つことはないでしょう。いざという時に大荷物だと大変なので、役立ててもらえればいいな、と……」
「ありがとう、アリト君。あなたの想いは十分伝わっているわ。こんな凄い物、逆に貰いすぎだと思うくらいよ? ねえ、アリト君。本当はあのくらいの貴族のごたごたなんて、自分でどうにでもできたんじゃない?」
リナさんたちなら、カバンに使われている革やこれまで出した食材から、俺が『死の森』の近辺から出てきたのだと推測できるだろう。
だとすれば、上質な素材を持っていても売ろうとはせず、ただ薬師見習いとして商業ギルドに登録しただけ、しかも『死の森』で生きる実力があるのに討伐ギルドとは関わろうとしない、という俺に疑問を持ったはずだ。
考えてみると、これはいい機会なのかもしれない。気を遣って聞いてはこないと思うけれど、リナさんはエルフだから、間違いなく爺さんのことを知っているだろうしな。
「そうですね。多分、俺が持っている物を使えば解決したでしょう。でも前にも話した通り、街に出たのは今回が初めてですし、実際にそれがどこまで影響力を持っているか知らないのです。爺さんから貰ったものなので。でもリナさんなら、丁度いいのかもしれませんね。これを見てもらえますか?」
そう言って、カバンから爺さんが用意してくれた身分証明書を取り出し、リナさんに渡す。
『アリト・エルグラード』の名で、エリダナの街で発行された身分証明書を。
「こ、これはっ!! ……そう、なの。アリト君を育ててくれたお爺さんって」
身分証明書の姓を見たリナさんは、目を見開くと同時に驚きの声を上げ、それから震える声で呟いた。エルグラード、と。
リナさんの反応から、どのくらいの影響力があるか確認しようと思ったのだが。
「オースティント・エルグラード、なのね?」
ああ、やっぱり。爺さんは大分前に隠居したと言っていたが、今でも世間ではかなり知られている名なのだ。さて、リナさんからどんな話が聞けるのやら。
まだ驚きに震えているリナさんを見ながら、爺さんのことを思い出す。
「やはり、リナさんはオースト爺さんのことを知っていましたか。……爺さん、オースティントでオーストだったんだな」
オースティント・エルグラード。それが爺さんの本名か。
「え、ええ。確かにこれを国の上層部へ見せれば、あんな男爵の嫡子なんて目でもないくらい大騒ぎになるわよ? どの国で出しても、ね。……まさかアリト君が、あのオースティント・エルグラード様に育てられたなんて。エリンフォードでは、知らない人はいない名前よ」
爺さんも、『儂の名前はの、ちぃとばかり、どこの国でもはったりが利くでの』って言っていたしな。規格外な爺さんの「ちぃとばかり」は、やはり凄かった。
「では、そのエリンフォードで誰もが知っているオースティントの逸話を教えてくれませんか? 俺にとっては、恩人だけど辺鄙なところに閉じこもっている、変わった爺さんでしかないので。まあ、色々なことの師匠でもあるんですけどね」
そう。ちょっとだけ楽しみにしていた、爺さんが自分では語らなかった過去。黒歴史もあるんじゃないかと期待して、いつか聞いてみたいと思っていた。
「そ、そうね。でも、この話が本当かどうかはわからないわよ? 私にとっても逸話の中の人って感じなのだから。じゃあ、少しだけ話すわね」
そうして語られたのは。
オースト爺さんはかなり昔から生きていて、今ではエリンフォードでも少ない、原初のハイ・エルフと呼ばれる一人であるということ。
エルフの起源は霊山であり、原初はそこで生まれ、暮らしていたという。
だが、それから長い年月が経ち、今ではほとんどのエルフが霊山ではなく、麓の森や街などで暮らすようになった。
そのうちに、同じエルフでも、ずっと霊山や森の中で生きてきた者と、街で生まれた者とで保有魔力や寿命に差が出てきた。
今では、リナさんのような寿命が三百年くらいのエルフがほとんどだそうだ。
ハイ・エルフと呼ばれる人たちで、今も生きているのは二十人くらいだろうと言われている。その中でも特に有名な三人のうちの一人が、オースト爺さんだ。
他の二人のうちの一人はエリンフォードの初代国王で、現在は霊山に隠棲しているとのこと。もう一人はエリダナの街を造った元領主だそうで……。
その元領主って、絶対、爺さんが紹介状を書いてくれた相手だよな? 今のエリダナの領主は、当人ではなく子孫が務めているらしいけれど……。
その人は色々なものを発明することで有名で、領主の地位を譲ってからは本人が表に出ることはほぼないが、作品は世に出ているそうだ。
そして、肝心のオースト爺さんなのだが。リナさん曰く、大勢の強大なる従魔を連れて世界中のありとあらゆる場所を回っていたため、各国にエピソードがあるのだという。
オースティントなら従魔を従えて一人で国さえも落とせる、と恐れられているそうだが……まあ、あの家はもふもふ天国だったよな。それも、かなり強い魔獣ばかりの……。
そこまで聞いたところで、後は夜にゆっくりということになった。今の話だけで結構驚いたから、俺も少し消化する時間が欲しい。
リナさんも俺がオースト爺さんの養い子兼弟子だと知ってかなり動揺していたので、落ち着く時間は必要だろう。
応援ありがとうございます!
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