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にゃん 5 子猫は驚く
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◇◆◇◆◇ 綾乃 side
うーん、今日もカッコイイですね。ただいま帰りましたっ!
短大を出て働き出してもう5年。1人暮らしの台所と8畳1間の我が城のアパートに帰ってくると、正面にはババーンと引き延ばしてポスターにしたあの時の『理想のメガネ男子3人組』の写真が貼ってある。
それに挨拶するのがポスターを貼ってからの毎日の朝晩の日課だった。
「うーん。やっぱり見てるだけでも至福っ!メガネ男子最高っ!」
勤めている会社の総務部には残念ながらいかにもオヤジ!な代表みたいな、頭が薄く腹が出た50代の上司くらいしかメガネを掛けている男子はいないので昼間にはまったく!まったく癒しがない!のだ。
なので、こうやって家に帰ってポスターを見るのが最近の一番の幸せなのだ。
写真を撮ったのは先週の日曜日。帰宅した後に和樹さんと恭介さんからメールがあった。どちらのメールにも会社と自宅のある区が書いてあって、近くに来たら連絡して下さい、って書いてあった。私が勤めている会社とこのアパートがある場所とはちょっと離れてたから、返信にそう書いて返したけれど。それ以来連絡はない。
まあ、こっちからは中々連絡も、ねぇ…。
あの日は本当に人生最良の至福の日だったけどっっ!まあ欲張っては地獄に落ちるってね。
イケメンだからと付きまとう女性と、理想のメガネ男子だからと付きまとった私。あの3人は受け入れてくれて楽しんでくれたし、気にしないでって言ってくれたけど。
どっちも目当ては顔だけ、だったのは同じだったんだし。まあ、それを気にしないで図々しく連絡する、っていうのも、ねぇ。
確かに会えたらうれしいし、あまりにもあの時は凄く楽しかったからまた話もしたいって思いはあるんだけど。
「んん?メールだ。誰だろ」
部屋着に着替えもせずに、またぼーっとポスターを見ていたらメールの着信音がして我にかえる。届いたメールを見てみると。
「ええええっ!あ、晃、さん?うわっ、何だろ」
取り出して確認した画面には、宛先に祠堂晃、の文字が…。
「うっわぁ!どうしよう、お誘いだっっ!」
うにゃぁっっ!でも日にちが、あ、明後日って!何、明後日っって!
「今日木曜だから土曜日、か…。丁度2週間?ぶり?晃さん、か…」
確かにメールするって帰る時言ってたけれど、それ以来連絡なかったからもうしてこないんだろうな、って思ってたのにっ!
「土曜日は…。予定は、ない、けど」
晃さん。晃さん…。
無意識にまたポスターを見ると、出来たばかりの私が勧めたフレームの眼鏡をかけた輝かしいばかりのイケメンの姿が。
「会いたい、かな。写真では毎日毎晩見てるけど。でも…。会っていい、のかな?」
ただの挨拶でも何でもなく。ただ会いたいから会えないか?って誘いのメールだった。待ち合わせの場所と時間と。時間は変更可能ってだけのメール。
「うん。誘って来るんだからいいんだよね。会いたいって言ってくれてるんだから、そこは素直に会えばいいよねっ!」
よしっ!そう決めたら勢いで返信しちゃおうっ!
『こんばんわ!分かりました。時間と場所は大丈夫です。また明後日お会いできることを楽しみにしています』
うん。これでよし!…いい、よね?…何書いていいのかわからないもんだね、メールも。いつもの女友達ならいくらでも書くことがあるのに。
「よしっっ!とりあえず着替えてご飯食べようっ!至福の時間まで体力つけなきゃねっっ!」
どきどきと高鳴る胸の鼓動には気づかないふりをして、とりあえず日常生活に戻ることにした。
◇◆◇◆◇ 晃 side
ヴーヴー。
「ん?…うん」
滅多にメールなんて送らないのに、文章を考えながら結局用件のみになったメールを送ってから。目の前のパソコンの画面より、つい隣に置いたスマホを気に取られていたから、鳴った瞬間に返信を開いて待っていた人からの返信で直ぐに開いて読んだ。
ほぼ大丈夫だろうと思っていた筈なのに、いざ受け取るとホッとした自分がいて苦笑する。
まるで思春期の女みたいだな。
メール1通が気になって手がつかなくなった、なんて。
でも送ってから返信までそんなに時間がかかってなかったことに安堵もする。
よし。これで計画通りに進められる。
先週日曜日に和樹と恭介の服の買い出し(季節毎にまとめてアウトレットに買い出しにに行くのが恒例になっている)に付き合わされて出かけたいつものアウトレットモールで。どうしても気になる娘に知り合った。
帰りの夕飯後に和樹と恭介がメールを送り、お前はしないのか?とからかわれながらもメールはしなかったのは。
自分が気になって知りたいと初めて思った女性である彼女、綾乃に対しての自分の中の感情はどういうものなのか。彼女自身のことを良く知り合った時に自分の感情が勘違いではなく確信になったら、その時自分がどういう行動をとるのか。その行動までを予測し、その段階まで確実に持っていく為に何が必要なのか。それを割り出し、準備してから連絡を取らなければならない。そう彼女と別れた時に直感で感じていたのだ。
挨拶メールで繋ぐなんてしたら、会わずにいられなくなる、と。
別れた帰り道の今でさえ明日になったら綾乃がいない生活に戻る、っていうことが凄く疑問に思えているのだから。
たいして話した訳ではないのに、な。
和樹と恭介がいると、知らない相手と話すのが得意ではない自分のことを二人が分かっているのと、二人共に人当たりがいいから、つい三人でいるといつも二人が主導権を握ったままになる。今まではそれが楽で甘えて来たけど。
今度ばかりは個人で会いたい。
まあ、あのメールだと綾乃はもしかしたらこっちは3人だと思っているかもしれないけど、な。
別に最初はそれでもいい。とりあえず会ってから、だ。これで初手は達成だ。
ついパソコンに打ち込んでいた、この二週間で立てた自分の計画を確認してみる。
次は明後日までにはこれを終わらせて、繋ぎをつけておかないと。
よし、と気持ちを切り替えて元々開いていた画面を呼び出し、ひたすら打ち込みを再開する。
その口元がゆるんでいたのは、本人さえも気づくことはなかった。
◇◆◇◆◇ 綾乃 side
あああ、どうしよっ!遅くなっちゃった!
木曜日の夜に晃さんからメールが来て約束した土曜日。約束の11時まであと5分。
つい何を着て行くのか迷ってしまって、支度を終わって時間を見たらもう出てなきゃならない時間だった。それから慌てて地下鉄の駅まで走って電車に飛び乗って。待ち合わせの最寄り駅に着いて走っていた。
返信で確認しないちゃったのは自分なんだけど、だって3人なのか晃さんだけなのか分からなかったしっっ!
金曜の夜にはそういえば、って気がついたけど、OKの返事をすぐ出したのにと確認のメールを送るのも躊躇してそのままにして。
ああもうっ!平靴で来て良かったっ!
待ち合わせが11時って考えると多分お昼の食事かな、と気がついて。結局無難に白の緩いドレープのブラウスにひざ下のフレアスカート、それに一応カーディガンに歩いても痛くならない平靴を選んだ。あんまり気合入った格好でもなんだかだし、でも適当だとあの顔の隣に完全なラフの恰好で並んで歩くのも、だしっっ!
もうっ!あっ、でも変装してるかな?待ち合わせ街中だしっ!
「うわわっ、何あれ…」
待ち合わせの場所のすぐそばまで来て待ち合わせ場所に凄い人がいることに気づいた。それも女性ばっかりが。
ありゃりゃっっ!も、もしかしてっあの人込みって…!ぜ、絶対そうだよねっっ、そうだよねっっ!まああれだけイケメンさんだったらこうなるのかぁっっ!
うわー普通に街中も歩けないのかー、大変。とうっかり考えて、あの中に待ち合わせの人がいるってことにも気づいてしまった。
あれに入っていくのかー。いや、まあ、実害がなければ気にしなければいい、けど。…うん。女は度胸だよねっっ!だってもう待ち合わせ時間だしっ!待たせてちゃうだけだしっ!待たせてもあの状態が続くだけだから申訳ないしっ!
そろーっと人並をかき分けて突入してみる。小柄だと人の穴を見つけて入り込むのが楽でいいよね!っとばかりに間を縫ってするする前に出て。
あ、やっぱり晃さんだって、うわっ!なんで変装してないのっ!苦手だって言ってたのに、大変っ!
女性ばかりの人混みの中心に見えたのは、グレーのシャツに黒のジーンズ、そして白のパーカーとラフな格好ながら髪を自然に流してこの間綾乃が選んだメガネを掛けた晃の姿で。和樹さんが言ってた絶対零度の視線と空気にさすがにすぐ傍には寄れてないみたいだったけれど、すっかり女性に包囲されていた。
何やってるのっっ!晃さんってばっ!
「晃さんっっ!」
そう呼びかけて近づいたら、ざわついていた周囲が一瞬静まり返り痛い程に視線を感じた。
「綾乃」
「すいません、お待たせしましたっっ!行きましょうっ!」
『なんでこんな子が?』『ええっ、なんでブスのくせに勘違いしてんの』とかそんな声が聞こえたけど、もう全部無視ですっ!実害なければ気にしなきゃいいだけなのでっ!今一番大事なのは。
この包囲を抜けて晃さんの顔隠さないとっっ!!
たたっと近寄って晃の手を掴んで、そのまま包囲を抜けて走り出した。
◇◆◇◆◇ 晃 side
綾乃と待ち合わせした土曜の繁華街の駅前の待ち合わせ場所。予想はしたけれどやっぱり女達にいつの間にか包囲されていた。最初は遠巻きでも、どんどん近寄ってくるのを牽制する為に綾乃が選んでくれたメガネと冷たい視線で声を掛ける隙は与えなかった。
最初から分かっていたことだが気鬱な気分になる中、女達の周囲を抜けて来た綾乃に声を掛けられて。謝りの言葉と共に腕を掴まれて走り出した。
やっぱりいいな、綾乃は。あの日の気のせいじゃなかった。
2週間ぶりに見た彼女はあの時見た時と同じで、真っすぐこっちを見て名前を呼んだ。
「もうっ、晃さんっ!女性が苦手のくせに何で顔出してるんですかっ!変装はどうしたんですっ!」
引っ張って来られたのは駅前から離れて一本裏通り。周囲に人がいないのを確認したから手を放して向き合った綾乃は開口一番そう言った。
「…すまないな。綾乃も嫌だっただろ。包囲網抜けて声掛けるのも」
「別にそんなことはいいんですけどっ!晃さんの方が嫌な思いをするじゃないですか。素顔晒して立ってるってもう女性ホイホイですよっ?寄って来た女性を自分からナンパするタイプでもなければ絶対喜べないし、実際イヤだからこの間は変装してたんですよねっ?イヤならそんなことしないでいいですよっ!」
変装した姿だって私には分かりますからっ!どんなメガネ掛けてたって顔立ちで分かりますしっ!
そう断言した彼女は心配そうに『この間の太い黒ぶちは持って来てないんですか?』って聞いて来た。
女性ホイホイ?この顔にそんな表現したのは誰もいなかったぞ。
「ぷぷぷぷっ!凄いな、綾乃は。まあこのままで歩くと綾乃もさっき包囲網抜ける時に言われたようなこともずっと言われるしな。すまない」
なんかさっきまでの気鬱な気分さえも吹き飛ばされて笑いさえこぼれてしまった。この顔でした今までの散々の嫌な思いも女性ホイホイの弊害か、とか思えばなんだか笑えて来る。
やっぱり綾乃だ。綾乃しかいないだろ、これ。
「もうっ!そんなことはどうでもいいんですよっ!どうせ『なんでそんなちびが』とか『釣り合わない』とか言われたって、そんなのちゃんと自覚してることだし腹も立たないですよっ!まあ並んで歩いて実害が出たってなら流石に抗議はしますけど、言われるくらいはどうってことないですから。ただ晃さんはもうあれは実害のレベルですしねっ!今変装用メガネ持ってたら変装しちゃって下さいっ!」
「綾乃はどっちがいい?髪下して顔隠した俺と、今の綾乃に選んで貰ったメガネ掛けた俺と。並んで歩くならどっちがいい?」
「?私が、ですか?どっちも晃さんだからどっちでもいいですよ。まあ今のイケメンさん全開だと、行く先々で女性に囲まれそうですけどね!それで晃さんが気にしないなら別にそれでもいいですけど」
「メガネは、いいんだ?だってこのメガネは綾乃が俺に似合うって選んだメガネだろう?」
「?勿論今のメガネ姿は私が選んだだけにすっごい似合ってますし理想のメガネ男子そのものですがっ!別に晃さんにはそれは関係ないので、私はどっちでもいいですけど?」
俺に近づいた理由なのに、俺自身には関係ない、って言いきれるのか。
「アハハハっ!凄いな、綾乃は!こうだったらいい、のその上を行ってくれるよ。じゃあ今日は前髪をおろすよ。土曜であの人込みだし。綾乃と普通に並んで歩くにはその方が楽だしな。ちょっと待っててくれ」
もう計画書の最終段階でもいいんじゃないか?そんな痛快な気分までして、綾乃と一緒じゃなきゃ出ない笑い声が出ていた。楽しくて笑うなんて綾乃とじゃなきゃ出ない。
とりあえず予定通り第二段階はこなすか。
パーカーのポケットに入れておいた太い黒ぶちメガネを取り出して今掛けているメガネと交換し、髪をぐちゃっと降ろして目を隠すようにする。
「待たせたな。とりあえず昼ご飯食べないか?話をしたいから静かな店で」
もう第三段階以降に進むのに不安を感じることは2度とないだろう、と、そう確信しつつ綾乃を促して大通りへと戻る道を戻って行った。隣に綾乃がいる。それだけを感じて。
うーん、今日もカッコイイですね。ただいま帰りましたっ!
短大を出て働き出してもう5年。1人暮らしの台所と8畳1間の我が城のアパートに帰ってくると、正面にはババーンと引き延ばしてポスターにしたあの時の『理想のメガネ男子3人組』の写真が貼ってある。
それに挨拶するのがポスターを貼ってからの毎日の朝晩の日課だった。
「うーん。やっぱり見てるだけでも至福っ!メガネ男子最高っ!」
勤めている会社の総務部には残念ながらいかにもオヤジ!な代表みたいな、頭が薄く腹が出た50代の上司くらいしかメガネを掛けている男子はいないので昼間にはまったく!まったく癒しがない!のだ。
なので、こうやって家に帰ってポスターを見るのが最近の一番の幸せなのだ。
写真を撮ったのは先週の日曜日。帰宅した後に和樹さんと恭介さんからメールがあった。どちらのメールにも会社と自宅のある区が書いてあって、近くに来たら連絡して下さい、って書いてあった。私が勤めている会社とこのアパートがある場所とはちょっと離れてたから、返信にそう書いて返したけれど。それ以来連絡はない。
まあ、こっちからは中々連絡も、ねぇ…。
あの日は本当に人生最良の至福の日だったけどっっ!まあ欲張っては地獄に落ちるってね。
イケメンだからと付きまとう女性と、理想のメガネ男子だからと付きまとった私。あの3人は受け入れてくれて楽しんでくれたし、気にしないでって言ってくれたけど。
どっちも目当ては顔だけ、だったのは同じだったんだし。まあ、それを気にしないで図々しく連絡する、っていうのも、ねぇ。
確かに会えたらうれしいし、あまりにもあの時は凄く楽しかったからまた話もしたいって思いはあるんだけど。
「んん?メールだ。誰だろ」
部屋着に着替えもせずに、またぼーっとポスターを見ていたらメールの着信音がして我にかえる。届いたメールを見てみると。
「ええええっ!あ、晃、さん?うわっ、何だろ」
取り出して確認した画面には、宛先に祠堂晃、の文字が…。
「うっわぁ!どうしよう、お誘いだっっ!」
うにゃぁっっ!でも日にちが、あ、明後日って!何、明後日っって!
「今日木曜だから土曜日、か…。丁度2週間?ぶり?晃さん、か…」
確かにメールするって帰る時言ってたけれど、それ以来連絡なかったからもうしてこないんだろうな、って思ってたのにっ!
「土曜日は…。予定は、ない、けど」
晃さん。晃さん…。
無意識にまたポスターを見ると、出来たばかりの私が勧めたフレームの眼鏡をかけた輝かしいばかりのイケメンの姿が。
「会いたい、かな。写真では毎日毎晩見てるけど。でも…。会っていい、のかな?」
ただの挨拶でも何でもなく。ただ会いたいから会えないか?って誘いのメールだった。待ち合わせの場所と時間と。時間は変更可能ってだけのメール。
「うん。誘って来るんだからいいんだよね。会いたいって言ってくれてるんだから、そこは素直に会えばいいよねっ!」
よしっ!そう決めたら勢いで返信しちゃおうっ!
『こんばんわ!分かりました。時間と場所は大丈夫です。また明後日お会いできることを楽しみにしています』
うん。これでよし!…いい、よね?…何書いていいのかわからないもんだね、メールも。いつもの女友達ならいくらでも書くことがあるのに。
「よしっっ!とりあえず着替えてご飯食べようっ!至福の時間まで体力つけなきゃねっっ!」
どきどきと高鳴る胸の鼓動には気づかないふりをして、とりあえず日常生活に戻ることにした。
◇◆◇◆◇ 晃 side
ヴーヴー。
「ん?…うん」
滅多にメールなんて送らないのに、文章を考えながら結局用件のみになったメールを送ってから。目の前のパソコンの画面より、つい隣に置いたスマホを気に取られていたから、鳴った瞬間に返信を開いて待っていた人からの返信で直ぐに開いて読んだ。
ほぼ大丈夫だろうと思っていた筈なのに、いざ受け取るとホッとした自分がいて苦笑する。
まるで思春期の女みたいだな。
メール1通が気になって手がつかなくなった、なんて。
でも送ってから返信までそんなに時間がかかってなかったことに安堵もする。
よし。これで計画通りに進められる。
先週日曜日に和樹と恭介の服の買い出し(季節毎にまとめてアウトレットに買い出しにに行くのが恒例になっている)に付き合わされて出かけたいつものアウトレットモールで。どうしても気になる娘に知り合った。
帰りの夕飯後に和樹と恭介がメールを送り、お前はしないのか?とからかわれながらもメールはしなかったのは。
自分が気になって知りたいと初めて思った女性である彼女、綾乃に対しての自分の中の感情はどういうものなのか。彼女自身のことを良く知り合った時に自分の感情が勘違いではなく確信になったら、その時自分がどういう行動をとるのか。その行動までを予測し、その段階まで確実に持っていく為に何が必要なのか。それを割り出し、準備してから連絡を取らなければならない。そう彼女と別れた時に直感で感じていたのだ。
挨拶メールで繋ぐなんてしたら、会わずにいられなくなる、と。
別れた帰り道の今でさえ明日になったら綾乃がいない生活に戻る、っていうことが凄く疑問に思えているのだから。
たいして話した訳ではないのに、な。
和樹と恭介がいると、知らない相手と話すのが得意ではない自分のことを二人が分かっているのと、二人共に人当たりがいいから、つい三人でいるといつも二人が主導権を握ったままになる。今まではそれが楽で甘えて来たけど。
今度ばかりは個人で会いたい。
まあ、あのメールだと綾乃はもしかしたらこっちは3人だと思っているかもしれないけど、な。
別に最初はそれでもいい。とりあえず会ってから、だ。これで初手は達成だ。
ついパソコンに打ち込んでいた、この二週間で立てた自分の計画を確認してみる。
次は明後日までにはこれを終わらせて、繋ぎをつけておかないと。
よし、と気持ちを切り替えて元々開いていた画面を呼び出し、ひたすら打ち込みを再開する。
その口元がゆるんでいたのは、本人さえも気づくことはなかった。
◇◆◇◆◇ 綾乃 side
あああ、どうしよっ!遅くなっちゃった!
木曜日の夜に晃さんからメールが来て約束した土曜日。約束の11時まであと5分。
つい何を着て行くのか迷ってしまって、支度を終わって時間を見たらもう出てなきゃならない時間だった。それから慌てて地下鉄の駅まで走って電車に飛び乗って。待ち合わせの最寄り駅に着いて走っていた。
返信で確認しないちゃったのは自分なんだけど、だって3人なのか晃さんだけなのか分からなかったしっっ!
金曜の夜にはそういえば、って気がついたけど、OKの返事をすぐ出したのにと確認のメールを送るのも躊躇してそのままにして。
ああもうっ!平靴で来て良かったっ!
待ち合わせが11時って考えると多分お昼の食事かな、と気がついて。結局無難に白の緩いドレープのブラウスにひざ下のフレアスカート、それに一応カーディガンに歩いても痛くならない平靴を選んだ。あんまり気合入った格好でもなんだかだし、でも適当だとあの顔の隣に完全なラフの恰好で並んで歩くのも、だしっっ!
もうっ!あっ、でも変装してるかな?待ち合わせ街中だしっ!
「うわわっ、何あれ…」
待ち合わせの場所のすぐそばまで来て待ち合わせ場所に凄い人がいることに気づいた。それも女性ばっかりが。
ありゃりゃっっ!も、もしかしてっあの人込みって…!ぜ、絶対そうだよねっっ、そうだよねっっ!まああれだけイケメンさんだったらこうなるのかぁっっ!
うわー普通に街中も歩けないのかー、大変。とうっかり考えて、あの中に待ち合わせの人がいるってことにも気づいてしまった。
あれに入っていくのかー。いや、まあ、実害がなければ気にしなければいい、けど。…うん。女は度胸だよねっっ!だってもう待ち合わせ時間だしっ!待たせてちゃうだけだしっ!待たせてもあの状態が続くだけだから申訳ないしっ!
そろーっと人並をかき分けて突入してみる。小柄だと人の穴を見つけて入り込むのが楽でいいよね!っとばかりに間を縫ってするする前に出て。
あ、やっぱり晃さんだって、うわっ!なんで変装してないのっ!苦手だって言ってたのに、大変っ!
女性ばかりの人混みの中心に見えたのは、グレーのシャツに黒のジーンズ、そして白のパーカーとラフな格好ながら髪を自然に流してこの間綾乃が選んだメガネを掛けた晃の姿で。和樹さんが言ってた絶対零度の視線と空気にさすがにすぐ傍には寄れてないみたいだったけれど、すっかり女性に包囲されていた。
何やってるのっっ!晃さんってばっ!
「晃さんっっ!」
そう呼びかけて近づいたら、ざわついていた周囲が一瞬静まり返り痛い程に視線を感じた。
「綾乃」
「すいません、お待たせしましたっっ!行きましょうっ!」
『なんでこんな子が?』『ええっ、なんでブスのくせに勘違いしてんの』とかそんな声が聞こえたけど、もう全部無視ですっ!実害なければ気にしなきゃいいだけなのでっ!今一番大事なのは。
この包囲を抜けて晃さんの顔隠さないとっっ!!
たたっと近寄って晃の手を掴んで、そのまま包囲を抜けて走り出した。
◇◆◇◆◇ 晃 side
綾乃と待ち合わせした土曜の繁華街の駅前の待ち合わせ場所。予想はしたけれどやっぱり女達にいつの間にか包囲されていた。最初は遠巻きでも、どんどん近寄ってくるのを牽制する為に綾乃が選んでくれたメガネと冷たい視線で声を掛ける隙は与えなかった。
最初から分かっていたことだが気鬱な気分になる中、女達の周囲を抜けて来た綾乃に声を掛けられて。謝りの言葉と共に腕を掴まれて走り出した。
やっぱりいいな、綾乃は。あの日の気のせいじゃなかった。
2週間ぶりに見た彼女はあの時見た時と同じで、真っすぐこっちを見て名前を呼んだ。
「もうっ、晃さんっ!女性が苦手のくせに何で顔出してるんですかっ!変装はどうしたんですっ!」
引っ張って来られたのは駅前から離れて一本裏通り。周囲に人がいないのを確認したから手を放して向き合った綾乃は開口一番そう言った。
「…すまないな。綾乃も嫌だっただろ。包囲網抜けて声掛けるのも」
「別にそんなことはいいんですけどっ!晃さんの方が嫌な思いをするじゃないですか。素顔晒して立ってるってもう女性ホイホイですよっ?寄って来た女性を自分からナンパするタイプでもなければ絶対喜べないし、実際イヤだからこの間は変装してたんですよねっ?イヤならそんなことしないでいいですよっ!」
変装した姿だって私には分かりますからっ!どんなメガネ掛けてたって顔立ちで分かりますしっ!
そう断言した彼女は心配そうに『この間の太い黒ぶちは持って来てないんですか?』って聞いて来た。
女性ホイホイ?この顔にそんな表現したのは誰もいなかったぞ。
「ぷぷぷぷっ!凄いな、綾乃は。まあこのままで歩くと綾乃もさっき包囲網抜ける時に言われたようなこともずっと言われるしな。すまない」
なんかさっきまでの気鬱な気分さえも吹き飛ばされて笑いさえこぼれてしまった。この顔でした今までの散々の嫌な思いも女性ホイホイの弊害か、とか思えばなんだか笑えて来る。
やっぱり綾乃だ。綾乃しかいないだろ、これ。
「もうっ!そんなことはどうでもいいんですよっ!どうせ『なんでそんなちびが』とか『釣り合わない』とか言われたって、そんなのちゃんと自覚してることだし腹も立たないですよっ!まあ並んで歩いて実害が出たってなら流石に抗議はしますけど、言われるくらいはどうってことないですから。ただ晃さんはもうあれは実害のレベルですしねっ!今変装用メガネ持ってたら変装しちゃって下さいっ!」
「綾乃はどっちがいい?髪下して顔隠した俺と、今の綾乃に選んで貰ったメガネ掛けた俺と。並んで歩くならどっちがいい?」
「?私が、ですか?どっちも晃さんだからどっちでもいいですよ。まあ今のイケメンさん全開だと、行く先々で女性に囲まれそうですけどね!それで晃さんが気にしないなら別にそれでもいいですけど」
「メガネは、いいんだ?だってこのメガネは綾乃が俺に似合うって選んだメガネだろう?」
「?勿論今のメガネ姿は私が選んだだけにすっごい似合ってますし理想のメガネ男子そのものですがっ!別に晃さんにはそれは関係ないので、私はどっちでもいいですけど?」
俺に近づいた理由なのに、俺自身には関係ない、って言いきれるのか。
「アハハハっ!凄いな、綾乃は!こうだったらいい、のその上を行ってくれるよ。じゃあ今日は前髪をおろすよ。土曜であの人込みだし。綾乃と普通に並んで歩くにはその方が楽だしな。ちょっと待っててくれ」
もう計画書の最終段階でもいいんじゃないか?そんな痛快な気分までして、綾乃と一緒じゃなきゃ出ない笑い声が出ていた。楽しくて笑うなんて綾乃とじゃなきゃ出ない。
とりあえず予定通り第二段階はこなすか。
パーカーのポケットに入れておいた太い黒ぶちメガネを取り出して今掛けているメガネと交換し、髪をぐちゃっと降ろして目を隠すようにする。
「待たせたな。とりあえず昼ご飯食べないか?話をしたいから静かな店で」
もう第三段階以降に進むのに不安を感じることは2度とないだろう、と、そう確信しつつ綾乃を促して大通りへと戻る道を戻って行った。隣に綾乃がいる。それだけを感じて。
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