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3章 森の中の家

35 初積雪

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 入り口の扉設置は、ラウルが大活躍だった。

 テムの町では鉄はかなり貴重品で、全てザッカスの街から家の店で仕入れて販売していた。
 なので店の倉庫には在庫は多くは無かったが、家用に置いてあった工具箱は持ち出していた。忘れていたが何か木工に使える物を、と収納物リストを探していた時に見つけて取り出すと、そこには金槌と蝶番が入っていた。

 その蝶番を使い、石の階段の上に木枠をキッチリと岩の隙間に嵌め、木の板を並べてその上下に二枚の板を少ない釘で打ち付けた扉をはめ込むと家の玄関が出来上がった。

 屋根の傾斜で斜めになっている部分も、ラウルが木枠の上に木の板を並べてキチンと塞いだ。しかもウィトも出入りできるように掴みやすい取っ手がついており、出来上がった時にはラウルに拍手喝采を送ったら照れて真っ赤になっていた。
 扉を締め切ると室内は暗くなるが、冬の間は常に焚火をして暖を取る予定なので問題は無いだろう。


 こうして家の積雪対策も終わり、余った石板で作った家の前の台の上が昼夜を問わず干しているキャサの根で埋まってしばらくした頃、とうとう本格的に雪が降った。

 扉が付き、吹き込むのは岩の僅かな隙間からの隙間風だけになったのに、その朝はとても寒くて夜明けには目が覚めてしまった。
 真っ暗な中もぞもぞと動き出し、温もりを求めてウィトの横腹に潜り込んだ私に気づいたウィトが、鼻でツン、と頬をつついた。

「ん……ウィトが見回り前だと、まだかなりまだ早いのね。なんで今朝は、こんなに寒いの……?」

 寝る時には布団を二つ並べ、ラウル、真ん中にリサちゃん、そして私、その隣にウィトという並びで寝ている。くっついて寝た方が上に掛ける毛布の枚数も多くなり、暖かく眠れるのだ。
 私はウィトのもふもふなお腹とリサちゃんのもふもふな尻尾に挟まれるという、幸せの空間、という訳なのだが。

 それでも寒くて起きるということは、外はどれだけ寒いの?ああ、でも、昨日の夕方に空を見て、ラウルが夜は雪が積もるかも、って言ってたっけ。

 初雪が降ってから、何度となく雪はちらついたことはあったが、まだ積もったことは一度も無かった。
 そこまで思い浮かべた処でウィトが朝の見回りに起き出し、それに合わせて私も身を起こす。

「ん……」

 私が起き上がったことで冷たい冷気が毛布の中に入ってしまったのか、リサちゃんが寝がえりをうつとラウルの懐にもぐりこんだ。

 うう……寒いし眠いけど、萌える……。リサちゃん、寒くしてごめんね。

 暖かな毛布から出ると更に寒く、手探りで毛布の上にかぶせておいた毛皮で作ったベストを身に着け、その上にローブを羽織る。
 本当は毛皮で半纏みたいな上着を作ろうかと思ったのだが、もこもこ過ぎると動くのに腕が邪魔になるので、とりあえず人数分のベストだけは先に夕食後にちまちまと縫って仕上げていた。

「あ……どうりで寒いと思ったら。とうとう積もったんだ。もう本格的に冬だね。早く防寒着も縫わなきゃね」

 音を立てないようにウィトに先導されて暗がりの中階段を上り、扉を開けると一面真っ白に染め変えられていた。岩山のゴツゴツとした岩肌も、岩山の周囲だけぽっかり広がっている草原も、そして森の樹々も白く雪化粧されている。そこに少しだけ朝陽が差して、輝いて見えた。

 その光景はとてもキレイだとは思うが、現実的にこの積もった雪の中を動くには今の服は寒すぎるし、できたら暖かいブーツも欲しい。
 欲しい物はどんどん出て来るが、私の前世の知識はほぼ完成形だけで作る工程はテレビで見たか自分が作ったことのある物くらいで、服一枚をとっても中々上手く行かないのだ。

 まあ、それもこれから部屋の中で過ごす時間が増えるだろうから、なんとか一番寒い頃までには作り上げないとね。

 しばらくぼーっと真っ白な光景を見ていたが、良く見ると雪が五センチ程積もっている上に、小さな足跡が点々とついていた。やはり魔物は冬眠はせずにいるらしい。
 冬も魔物はいるから頑張れば肉は獲れるから、とラウルが言っていたが、ノアは冬は店からほぼ出ていなかったのでそういう知識は全くなかったのだ。

「あ、そうだ。裏の崖の方をちょっと見て来よう。これくらいの雪なら全く問題ないと思うけど」

 真っ白い雪原に肉球で足跡を残しながら見回りに出るウィトを見送り、結界を自分の周囲にしっかりと張り、白い息を吐きながら家の裏手に回る。

「おお、やっぱり笹がいい感じで雪崩を止めてくれそう。これなら屋根の雪だけ気を付けていれば大丈夫そうだね」

 一度屋根の石を乗せる為に斜面の笹をウィトに狩って貰ったが、初雪が降る頃にはすっかり元通りにわさわさと生い茂っていた。
 葉っぱはとても笹に似ていたがやはり生態も似ているようで、根が深く、横にどんどん増えて行く特徴も同じだった。

 うんうん、と納得し、寒さにブルリと震えが来たところで家に戻る前にトイレに寄ることにする。

 トイレはこの崖と岩山の間の隙間の屋根の軒下に穴を掘り、そこに石板をコの字に立ててそれを便座代わりとしていた。入り口には一応目隠しに岩板も立ててある。
 軒下なのでこれくらの積雪なら問題なく入れるが、ただ穴を掘っただけなのである程度で埋め、別な場所に穴を掘るのが意外と大変だし、匂いの問題もある。

 一応テレビで見たバイオトイレを思い出して、細かいおがくずは無理だったけど木の欠片を穴に入れておいたら少しは匂わなくなったのよね。……このトイレも雪が深くなったら入り口が埋まってしまう可能性もあるし、やっぱり部屋の中にバイオトイレもどきを作るべきなのかな。

 室内は元々あった岩山の隙間を利用している為、広さ的には八畳ほどはあるが凸凹とへこんでいる場所も突き出している場所もある。その突き出している場所を衝立か何かで仕切ればトイレに改造することは可能だった。

 あそこには床の板は張ってないから地面だし、穴を掘って木をラウルに削って貰った物を入れて、トイレをしたら木くずを表面に蒔いて、偶にかき混ぜれば匂いも……。でも音とか、ちょっと恥ずかしいんだけど。

 うーーん、と考え込みながらトイレをすまし、真っ暗なトイレを出て家に向かうと、丁度扉から出て来たリサちゃんと行き会った。

「あっ、お姉ちゃん、いた!昨日の夜、雪が降ったんだね!すごい、真っ白!」
「そうなの。どうりで寒いと思ったら、とうとう積もったみたい。おはよう、リサちゃん。リサちゃんはこんな朝早くにどうしたの?」
「寒くてトイレに起きたの。でも、そうしたら雪が積もってたから……」

 うずうずと今にも走り出したそうなリサちゃんに、雪の中をうれしそうに駆け回る犬の姿を思い出してしまった。

「リサちゃん、とりあえずトイレ行かないと。それに獣化するには服を脱いでからだよ?」
「はーーい!」

 元気に返事をすると、トイレに向かって走って行くリサちゃんの後ろ姿を見送った。
 初めは獣化が自由に出来なかったリサちゃんだったが、最近では自在に姿を変化させることが出来るようになっていた。
 でも獣化すると服が破けるので、訓練も裸にならないと出来なかっただけに、ラウルを外に追い出して身体を拭く時についでに訓練していたのだ。四つん這いになってうーんうーんうなる姿も可愛くて、何度も身もだえたものだ。

 扉の前でリサちゃんの戻りを待っていると、今度はラウルが出て来た。人が動く気配に起きてしまったに違いない。

「おはよう、ノア。……ああ、やっぱり積もっちゃったんだ。じゃあ、干してたキャサの根を中に入れないとね」

 キャサの根は、掘ってみると長さも太さも足りないが、色は薄い黄色だがか細い大根のような見た目だった。特性も似たところがあるのか、こうして一度雪をかぶるまで外に干しておいて一度凍らせると、かなり長持ちするらしい。使う時は水で戻すのも氷大根にそっくりだ。
 秋からずっと外の台には結界を張り、魔物や動物に持ち去られるのを防いでいたのだが。

 結界も不思議だよね……。攻撃や衝撃は跳ね返すのに、雨とか雪とか自然現象は透過するんだから。一人だった頃は、結界を張っておいても大雨の時とか入り口から雨が入って来て大変だったんだよね。ラウルが扉を作れて本当に助かったわ。

「おはよう、ラウル。それは朝食を食べてからにしよう。もう皆起きたなら、暖かいスープを作るね」
「ありがとう。なら、スープが出来るまで、ちょっと川と森の様子を見て来るよ」
「寒いから毛布を羽織ってく?」
「まだ平気だよ。ノアが重ね着も作ってくれたから。じゃあ行って来る」

 手を振って走って行く後ろ姿が、この一か月で少しだけ大きくなったように見えるのは気のせいではないだろう。もしかしたら来年か再来年にはお母さんのシャツもピッタリになっているのかもしれない。

 ……来年、再来年、か。来年も再来年もここで、皆と一緒に過ごしているのかな。

 寒さのせいか感傷的になっている気分を首を振って飛ばし、戻って来たリサちゃんと一緒に家に入ったのだった。


 




ーーーーーーー
冬支度がもうちょっとかかります。まだスローペースですが、どうぞ宜しくお願いします<(_ _)>
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