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3章 森の中の家

26 獣人と奴隷

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 あの後、取り乱した私をウィトに肉球アタックとペロペロアタック、それに頬ずりアタックで宥められ、落ち着いた私は慌てて狼だった子に駆け寄り、ほどきかけていた包帯代わりの腰布をほどき、ずれたバナの葉を傷口に当てて改めて巻きなおした。

 そこまでは「傷口が開いたら大変!」という一心だったが、まき直しが終わると途端に目の前にいる自分より小さい男の子が裸であることを意識してしまい、どこに目をやっていいか戸惑った。ついあちこち視線を彷徨わせて挙動不審になってしまった。

 ま、まだ子供なんだから!私も子供、八歳だからセーフよね、セーフ!痴女とかにはならないよね?お父さん、お母さん、私はふしだらな子じゃないからね!

 ……だって、ついふさふさな尻尾に目が行ってしまうが、今は裸だから、ねえ?でも尻尾を触ってみたい、というのもこの世界では痴女扱いなのかもしれないから、間違っていないのかも?とまた混乱状態に陥りそうになっていると。

「あ、あのっ……!助けてくれて、ありがとう、ございました。で、でもっ!妹が、妹がいるんです!妹も、奴隷商人から一緒に逃げ出して、それで、怪我をしていてっ!お、お願いします、妹も助けて下さいっ!!」

 そんな私を一心に見つめて泣きそうな顔で告げられた言葉に、さっきまでの浮ついた気分は全て吹き飛んでしまった。そして言われた言葉の内容を反芻してみると。

「えっ、えっ?妹、奴隷商人……。ええっ!大変じゃない!妹さん、どこにいるの?あなたがいた場所の近く?ウィト、迎えに行かなきゃ!」
「助けてくれるんですかっ!あの、僕、妹を藪の中に隠して、追ってを妹から離そうと夢中で森の中を走って、それでっ!うっ……ハア、ハア」
「傷口が開いちゃうから動かないで!大丈夫、ウィトが妹さんを見つけるわ。ウィト、この子の匂いを追って行けるよね?」
「ウォンッ!!」

 必死になって私ににじり寄りながら訴え、傷口に触ったの傷口からの発熱でつらいのか崩れ落ちた姿に、声を掛けながらそっと支えてさり気なく身体に毛布を掛け、背中の傷口に当たらないように横向きに布団へと寝かせた。
 妹のことを伝え、気が抜けたのか朦朧とする彼の額に手をあてると、やはりかなりの高熱が出ていた。

 家から持ち出した物の中に、熱さましの薬が少しだけあったのを思い出し、タブレットから取り出すとコップに水を入れる。

「今から妹さんを探しに行って来るから、この熱さましを飲んで大人しく待っていてね?大丈夫。ウィトは凄いから、絶対に妹さんを見つけるわ。妹さんがお兄さんを見た時に傷口が開いたりして怪我が悪くなっていたら、とても心配するわ。だから、ね?」

 そっと上半身を支え、口元に薬と水を寄せると、なんとか飲み込んでくれた。
 そのまままた寝かせると、見守ってくれていたウィトに頷く。

「あっ、そうだ。君の名前と妹さんの名前を教えて?妹さんを見つけた時に、呼びかけて確認するから」
「ハア……ハア。す、すいません……妹の、名前、は、リナリサ、です。ぼ、僕の名前は、ハア、ラウルです。妹を、よろしく……」
「ラウル、分かったわ。絶対リナリサちゃんを連れて戻ってくるからね。じゃあ、行って来るから!」

 力尽きたように目を閉じたラウルの頭をそっと撫で、そのままタブレットからローブを取り出してはおると、ウィトと連れだって家を出た。

「結界!……どうか、戻って来るまで持ちますように。さあ、ウィト、行きましょう。頑張ってしがみ付いているからお願いね」
「ウォフッ!」

 家が完成してから、家を空ける時に魔物が入り込まないか心配で、私を中心にではなく、対象物に結界を張れないか試してみたのだ。
 最初はすぐに消えてしまったり、一度の衝撃で壊れてしまったりもしていたが、最近では重ねては無理だが自分の周囲に結界を張った時と同じ強度で対象物に結界を張れるようになっていた。

 しっかりと結界が張られたのを確認し、待っていてくれているウィトの背中に跨り、しっかりと腕を回してしがみ付く。
 するとそれを待っていたかのように、ウィトは崖に向けて走り出したのだった。




 一目散に駆けたウィトは、ラウルを最初に見つけた場所へはすぐに到着した。その場で匂いを確認し、今度は匂いを嗅ぎながら速足でどんどん森の中を進んで行く。
 そして止まったのはそこから更に二十分程速足で進んだ場所だった。

「こ、ここなの?」

 ずっとしがみ付いていて痺れてきた腕をさすり、身を起こしながら聞いてみると左右に首を振り、「グルゥ」と鳴いた。
 その場でしきりに匂いを嗅ぐウィトの姿に私も周囲を見回してみると、ひどく踏み荒らされた草と草にこびりついた血の跡を見つけた。

「……この場所でラウルは追手に追いつかれて背中を切りつけられたのね?ここからあそこまであの傷で逃げて来たなんて……」

 その間に追手を巻きながら、必死に逃げて来たに違いない。その姿を想像して、改めて妹のリナリサちゃんを見つけて助けないと!という想いがこみ上げて来る。
 そうしている間にあちこち匂いを確認していたウィトが、「ウォンッ!」と鳴いたのでここから先の足取りがつかめたのだと悟り、またギュッとウィトに抱き着いた。

 そこからラウルの逃げて来た足取りを何度も匂いを嗅いで確認し、あちこちと右へ左へと蛇行しつつ追って行くと。薄暗くなって来た頃、ついにウィトの足が止まった。

 辺りを見回すと、じっとウィトが草が生い茂った茂みをじっと見つめているのを確認し、ウィトからゆっくりと下りながらそっと呼びかけた。

「……リナリサちゃん、そこにいるの?お兄さんのラウル君にリナリサちゃんのお迎えを頼まれて迎えに来たよ。もうこの辺りに悪い大人はいないわ。ねえ、聞こえていたら返事をちょうだい?」

 全く気配を感じられず、返事もないことに不安に思ってウィトを振り返ったが、ウィトは変わらずずっと一点を見つめていた。そこでもう一度同じことを繰り返して呼びかけると。

「……クゥーン」

 微かな弱々しい鳴き声が聞こえた。あまりの弱々しさにすぐに藪に突入しそうになったが、驚かせて暴れられたら余計に怪我を酷くしてしまう、と自制してゆっくりと歩み寄りながら言葉を掛けた。

「もう大丈夫だよ、今助けるからね。ね、そっちへ行くから、大人しくしていてね?」

 ゆっくりと藪の前進み、出来るだけ音を立てないようにそっと藪をかき分けると。藪の中に暗がりと一体化するように潜む、灰色の小型犬程の小さな狼の子供が丸くなってフルフルと震えていた。
 良く見ると手から血が出ているのが分かり、脅かさないようにゆっくりとしゃがみ、そっと手を顔の前に差し出した。

「ねえ、貴方を治療したいの。抱っこしてもいいかな?」

 恐る恐る顔を上げたリナリサちゃんが、自分の顔の前に差し出した私の手をビクビクしながらも匂いを嗅いだ。嗅ぎ終わると私の方をうるうるとした瞳で見上げる姿に、もう、ダメだった。

 う、うううう。ち、ちっちゃくてなんてかわいいの!ああ、もう、ギュッと抱きしめたい!でも、今はダメよ。手当が先だから、我慢よ、我慢!

「キューン……」
「じゃあ、抱っこするね。大きい狼のお兄さんがいるけど、とっても優しくて頼りになるから安心してね?」

 力なく鳴いて返事をしてくれた声も可愛くて悶えそうになったが、笑顔をキープしてそっと手を伸ばして抱き上げた。
 腕の中で耳をペタンと倒し、尻尾も内側に入ってしまって震えている小さな女の子に、私が絶対に守らなきゃ!という想いがふつふつと湧き上がって来る。

 これ以上怯えさせないようにゆっくりと振り返ると、ウィトがそっと私の腕の中のリナリサちゃんに鼻を寄せた。

「クオォ……ウォフッ」
「キャフゥ……クーーーン」

 大きな顔を見てリナリサちゃんは一度ビクッと驚いて強張ったが、ウィトが優しい声で呼びかけると、フッと力を抜いて甘えるように鳴いた。

 ううう、こ、これも可愛い!こ、これが萌え、ってこと?前世では全く萌えがどんな感情か分からなかったけど。こ、これは萌えるわ。尊すぎて心臓が痛いわ……。

「さ、さあ、リナリサちゃん。傷の手当をして、ラウルお兄ちゃんの待つ家へ帰ろうね。ちょっと痛いけど、我慢してね?」

 それから痛々しい腕の怪我を水で洗い、傷薬を塗った。そして小さめのバナの葉を更に半分に折り、小さな腕に巻く。そして小さな端切れを取り出して巻くと、そっと抱き上げた。

「良く我慢できたわね。いい子ね。さあ、ウィトお兄ちゃんに乗って、家に帰るからね。暴れないでじっとしていてね?」

 ビクビク震えながらも治療している間我慢していたリナリサちゃんを褒め、しっかりと抱きしめてからウィトへと跨った。

 帰りは私がリナリサちゃんを抱っこしてしがみ付けないのでウィトもゆっくりと進み、無事に家に帰り着いた時にはすっかり夜になっていたのだった。




 


ーーーーーーーーー
ワクチン接種なので具合が悪くならなければ夜に更新します。
(恐らく今日はこの一回だけの更新になるかと思いますが)
明日、もし熱が出ても、できるだけ一度は更新したいと思っています。
どうぞ宜しくお願いします<(_ _)>
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