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第一話
私たちのハートを繋げてくれた場所
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一、私たちのハートを繋げてくれた場所
「好きです! 付き合ってください!」
教室がざわついた。
クラスで一番人気の男子で私が密かに想いを寄せる男友達の辰巳響生《タツミヒビキ》が、クラスで一番人気な女子に告白をされていた。誰が見てもお似合いの二人に、おおお! と拍手が沸き起こる。しかし、辰巳くんが発した言葉は、皆が想像していたのと違った。
「ごめん」
たった一言、そう告げると急いでいるからと言って教室を出て行った。
泣き崩れる女子と慰めるクラスメイトを見ていられなくて、私は静かに教室を出た。
下駄箱に向かって歩きながら、ほっとしている自分がいて嫌になってしまった。
例え、仲の良い人でなかったとしても、その人の不幸を喜ぶなんて最低だ。
だけど、私も辰巳くんのことが好きだから……
好きだけど、自信がなくて今の関係を壊したくなくて、ずっと告白出来ずにいる。
私が、高校一年生の頃からずっと好きな辰巳くんとは、毎朝同じ時間に同じ車両に乗っていたことがきっかけで少しずつ話すようになった。今ではもうすっかり、仲の良い男友達だ。
だけど、彼は私と違って明るくて元気で人気者。
同学年だけでなくて、後輩にも告白をされている所を見たことがある。運動も出来るし、頭も良い。
だから、色んな部活から勧誘を受けていたそうだけど、結局三年間帰宅部だ。帰宅部なのに、朝は早い。
それは、まあ私も同じなのだけど。私は、単純に朝の通勤ラッシュが嫌だし、早起きは得意だから早めの行動をしているだけだ。他に理由はない。
でも、皆とワイワイ一緒に登校してきそうな辰巳くんが一人早い時間帯に来ているのは、ずっと不思議に思っている。
後、辰巳くんは読書好きということもあって、私と趣味が同じなのだ。私たちの話題のほとんどは、本に関することばかり。だから、互いについて深くはあまり知らない。
それでも、一緒に過ごすうちに辰巳くんの色んな表情を知って、もっともっと辰巳くんのことが知りたい、と思ってその想いが次第に〝好き〟という気持ちに変化していった。
たぶん、女子の中で一番辰巳くんと仲が良いのは私だと思う。
クラス内ではあまり話さないようにしているけど……。辰巳くんが、他の女子と親しく話している姿はあまり見ない。それでも私は、どうしても自分に自信が持てなかった。私は一般的な容姿だし、特別光るものはない。
特技もない。唯一自慢できるのは成績が良いことくらい。だけど、そんなものは恋愛にはあまり関係ないだろう。
私たちの高校生活は残り僅か。最大の告白イベントであるバレンタインも残り一回。それは、来週に迫ってきていた。バレンタインの日に告白して、もし上手く行けば卒業までの少しの間、私たちは恋人同士として高校生活を送ることが出来る。私も、辰巳くんも大学入試は早々に終わらせた。
今はもう、卒業式を待つだけだから心置きなくデートが出来るのだろうなぁ、なんて夢だけは立派に描いている。
「はぁ……」
深くため息をついて学校を出た。校門前にいる人たちは皆楽しそうだ。
私も学校帰りに辰巳くんと遊びに行ってみたい。私たちは朝しか関わり合いがなくて、それが少し寂しい。
辰巳くんは忙しそうで、私から誘うなんてことは出来なかった。
学校を出てしばらく経つと、私よりも早く出たはずの辰巳くんがスマホを見ながら何かを探しているようだった。急ぎの用事があると言って出て行ったはずなのに、こんな所で何をしているのだろうか。
こっちは最寄り駅とは別方向だ。良くない行動だと分かっていても、気になって仕方ない。
こっそりと後を着けてみることにした。
五分くらい経って、辰巳くんは探しものがある方を見つけたのか足早に先へ進んだ。
私も、見失わないように少し駆け足で後を追った。
辰巳くんは、しばらく真っすぐ歩いていたが、大通りの交差点に差し掛かると交差点は渡らずに端にある裏路地に入っていった。
そして、ガラス張りの建物の前で立ち止まった。
このままここにいては、中に入った時に見つかってしまう。慌てて脇に反れた。
五分くらい経ってから、再び私はガラス張りの建物に近づいた。
「すごい……」
ついそんな言葉を呟いてしまうくらい、そこには素敵な光景が広がっていたのだ。
ガラス張りの建物から見えたのは、植物で覆われた店内だった。こんな所が学校の近くにあったなんて……。
何のお店なのか、それともお店ではないのか気になり看板はないか探してみると、階段を登った所に小さく店名が出ていた。
そこに記載されていたのは、『ハーバリウムサロンリポジーノ』という名前。
「ハーバリウムってお花が瓶に入ってる物だよね?」
私はあまり、流行り物とか映え狙いみたいな物に興味がなくてそういう類の知識は疎かった。
何となく、頭の中には浮かぶけど正確にいったいどんな物なのかまでは分からない。
店名をスマホにメモをして、ひとまずその場を去った。
ぼんやりと駅までの道を歩きながら、辰巳くんがどうしてあの店を訪れているのか気になったし、辰巳くんが訪れた場所がどんな場所なのか、ハーバリウムとは何なのかが気になってしまった。
電車に乗りながらハーバリウムについて検索をしてみた。
ハーバリウムとは、植物標本という意味だそうだ。
元々は植物研究の為に長期保存をする方法として生まれた言葉。ドライフラワーなどを瓶にいれて専用のオイルに浸して作られる。ハーバリウムは水やりなどの手入れも不要で、置くだけで植物を飾ることが出来るのが特徴。
現在は、インテリアとして人気になっている。
検索結果の画像蘭を見て見れば瓶の形も色々あるみたいだった。
これは、確かに映えそうだなぁ、なんて柄にもないことを思った。それから、お店の名前も検索をかけてみたがあのお店は出てこなかった。出来たばかりなのか、ホームページなどがないのか……
出て来ないのなら明日、辰巳くんに直接聞いてみようかなぁ。いや、でも後をつけていたことがバレてしまう。
上手く嘘をついてそれとなく話題に出来たら良いけれど、私にそんな高度な技は使えそうになかった。
私は、嘘をついたり誤魔化そうとすると声が裏返ってしまって、すぐにバレてしまうのだ。
バレンタイン前に辰巳くんと気まずい雰囲気になるのも嫌だったので、明日直接お店に行ってみようと決めた。
次の日、いつも通りの時間に辰巳くんが電車に乗ってきた。
私の方が先に乗っていて、辰巳くんは一つ先の駅から乗ってくる。
「おはよー」
「おはよう、神代さん。《カミシロ》昨日の宿題難しかったよな」
「うん、けっこう難しくていつもより時間かかっちゃった」
そんな何でもない会話を教室に着くまでの間、ずっと続けている。
辰巳くんにいつもと違う様子はない。昨日の、告白騒動についても何も触れない。
まあ私もその会話は避けたかったから、良かったけれど。
「神代さん、来週の水曜日の放課後って予定ある?」
「え? 来週の水曜日? ない、けど……」
今まで辰巳くんから放課後に予定があるかどうか、なんて確認をされたことがなかったので驚いてしまった。
私たちは、何となく朝のこの時間帯だけの関係だと思っていたから。もちろん、私から確認したこともない。
「じゃあ、たまにはさ遊びに行かない? 俺たち受験も終わってることだしさ」
「う、うん! 良いよ」
変にうかれたテンションにならないように、冷静に返事をした。
教室に入って、朝のホームルームが始まるまでの間に私は、カレンダーアプリを開いた。
そして、ようやく気が付いたのだ。来週の水曜日が、バレンタインの日だということに。
来週にバレインタインがあるのはもちろん知っていた。
二月に入ってからずっと、そわそわして落ち着かなかったのだから、当たり前だ。
だけど、十四日という数字だけを意識しすぎていて曜日まで覚えていなかった。そうか、来週の水曜日か。
辰巳くんは、その日がバレンタインだと知って誘ってきているのだろうか? それとも偶然?
辰巳くんの真意は分からないけれど、ひとまず自分から誘い出すという行為をしなくて済んだのは助かった。
だけど、放課後に遊びに行くことが決まったのなら、いよいよ覚悟を決めなければ。
ちゃんとバレンタインを渡して、想いを告げる。
そう言えば、昨日ハーバリウムを検索かけた時にハート形の瓶があったなぁ、と思い出した。
ハーバリウムをプレゼントする、というのも良いかもしれない。
よし、と小さく気合を入れた。
放課後、昨日の道のりを辿った。
複雑な場所ではなかったので、すぐに辿り着くことは出来たが、この中に入っていくには勇気がいる。高級な佇まいで、制服で入るのは何だか場違いな気がした。だけど、昨日辰巳くんも制服で入っていたし……。
ここまで来て入らないという選択肢はなかった。私は恐る恐るドアノブに手をかけた。
カランコロンとベルの音が響き、こちらへ向かって来る足音が聞こえた。
「いらっしゃいませ」
そう声をかけてくれたのは、今まで出会ったことのないくらいかっこいいお兄さんだった。
背はすらりとモデルみたに高くて体形は平均的、顔は小さくて瞳はまるで、黒曜石のように美しい。短い髪の毛は茶髪で下の方だけくるんと跳ねている。癖っ毛だろうか。
何だか、良い香りがする。花や植物の匂いとは別の何か……。
「当サロンへのご来店は初めてですか?」
「え!? あ、はい!」
ぼんやりとお兄さんを眺めていたら突然声をかけられて変な声が出てしまった。
「ご来店ありがとうございます。ご案内しますので、どうぞこちらへ」
「は、はい……」
緊張しながらもお兄さんの後を着いて行った。
店内は、まるで植物園のようだった。外から見えていた植物よりたくさんある。棚には、ハーバリウムが飾られていたり、他にもブーケや写真立てが飾られていた。とてもお洒落な空間で、ドキドキと心臓が高鳴っている。
「こちらにお座りください。ただいま、お飲み物をお持ちしますが、紅茶かコーヒーどちらが良いでしょうか?」
「え、えーっとそしたら紅茶でお願いします……」
「かしこまりました、少々お待ちください」
ぺこりとおじぎをして、お兄さんは一度奥へ引っ込んで行った。
私が通された場所は、一つのテーブル席だった。他には、四人掛けや三人掛けなどもあった。
外から見たら、中にこんな空間があるなんて想像も出来ない。植物園のような、カフェのような不思議な空間だ。だけど、私以外の人はいないようで貸し切り状態だ。
良く分からずに入ってしまったけれど、一体これから何が始まるのだろう……。サロンという場所に行ったことがないから、本当に何も分からない。
だけど、お兄さんは良い人そうだし、怪しい店ではなさそうだ。
「お待たせしました、紅茶です。お口に合うと良いのですが」
しばらくするとお兄さんが、お盆にティーカップを乗せて戻ってきた。私の前にそれを置いてから、お兄さんは前の席に腰をおろした。
「ありがとう、ございます」
目の前に置かれたティーカップは、家で使っているものと比べ物にならないくらい綺麗だった。
そっと、手に持ち紅茶をひと口飲んだ。
「美味しいです……!」
柔らかい味わいで、香りがとても良くてほっと心が温まる感じがした。
「お口にあって良かったです。……ご挨拶が遅れました。僕は、当サロンを運営しています月待風詩《ツキマチフウタ》と申します」
「あ、ご丁寧にありがとうございます……っ、わ、私は神代和《カミシロノドカ》です」
こんなにも丁寧な自己紹介など今までされたことがなかったので、慌ててティーカップを机に置き、おじぎをしながらワタワタしてしまった。
月待さんは、ふふと優しい顔で笑った。
「そんなに緊張しないでくださいね。サロンなんてのは名ばかりで大したことなんて何もしていない、趣味のような場所なので。ただ、訪れてくれた方が〝来て良かったな〟そう思ってくれたなら、僕は幸せなのです」
「……そう、なんですね。あの、ハーバリウムって書いてありましたけど、作れるんですか?」
「もちろん。材料も揃えていますし、作り方もお教えしますよ」
「そしたら、一つ作りたいんですけど……ハーバリウムのこと良く分かっていないのですが、それでも良いですか?」
「はい、歓迎しますよ。こちらへ来ていただけますか?」
こくりと頷き月待さんの後を着いて行った。
「こんなにたくさん種類があるんですね……!」
案内された場所には、棚の上にずらりと様々な形の瓶が置かれていた。
「瓶の形によっても印象が変わるんです。ただの入れ物に見えるかもしれませんが、ハーバリウム作りは、瓶選びから始まっているんですよ」
「なるほど……」
棚に並べられている瓶の前には、瓶の名前が書かれたポップが貼ってあった。
円柱型、丸型、四角柱型、円錐型、涙型、電球型。どれも可愛らしい。
「あぁ、後今はバレンタイン時期なので期間限定でこんな形の瓶もありますよ」
そう言って、月待さんが手に取って見せてくれたのは、ネットでも見かけたハートの形をした瓶だった。
「わー! 可愛いですね。これが良いです……!」
ハートの形なんて直接的過ぎかもしれないけれど、はっきりしている方が良いだろう。
私たちは、今まで〝友達〟として関わっていたから、告白しても友達としての好き、と捉えられてしまう可能性だってある。だけど、ハートの形をした物をプレゼントすれば、ちゃんと伝わるだろう。
「承知しました。では、瓶はこちらで。後は、お花ですが……通常は、お客様に選んでいただくのですが今回は、先におすすめをお伝えしても良いでしょうか?」
「は、はい、是非お願いします」
花については本当に何も分からないから、好きに選んでくれと言われる方が困りそうだったので、少しほっとした。
「こちらの赤いバラ、なんていかがでしょうか? バレンタインにはぴったりのお花なんですよ」
赤色のバラの花言葉は、〝愛〟それから〝あなたを愛しています〟という意味があるそうだ。
「……素敵、ですけど重くないでしょうか?」
私は少し不安になってきてしまった。
既に付き合っている人ならば良いかもしれないけれど、告白もまだなのにそんな重い花言葉がある花を贈ってしまったら、相手は断りたくても断れないのではないか。
「大丈夫ですよ。花言葉は、興味がある人なら知っているけれど知らない人は知らないですし、わざわざ調べたりもしないでしょう。バラは、お花の中でもメジャーな種類です。選んだ理由としても知っているお花だったから、それだけで済みます。深い意味を持っているとは、パッとは分からないと思いますよ」
そう優しい声色で月待さんは言葉を紡いだ。
「……確かに、そうかも?」
「そうですよ。もし、相手が意味を知っていたならそれは、期待をしても良いと僕は思います」
「そう、ですよね。わかりました、赤いバラにします!」
私は、はっきりと答えた。
それから、他にも必要な材料を一式揃えてくれて先ほどの席へ戻った。
「それでは、早速作り始めましょうか」
目の前に並べられた材料をぼんやりと私は眺めていて、すぐにその言葉に返事が出来なかった。
勢いでここまできてしまったけれど、やっぱり迷惑なのではないだろうか。
「……男の人でも、ハーバリウムってもらったら嬉しいでしょうか?」
ハーバリウムサロンを営んでいる人に聞くことではない、とは分かっているけれど、聞かずにはいられなかった。
「それは、その人にしか分からないですけれど、大切な人から贈り物をされて嫌だと思う人はいないと思いますよ」
「大切な人……そう思っているのは私だけかもしれなくても?」
あぁ、私という人間はなんて面倒なのだろうと思う。こんなこと聞かされたって、月待さんも困ってしまう。
だけど、一度ネガティブモードに入ると私は、なかなかそこから抜け出せなくなってしまうのだ。
「……神代さん、もし良かったら今から作るハーバリウムを贈る相手のお話を聞かせてくださいませんか?」
優しく月待さんはそう言ってくれた。誰かにこの不安を聞いてもらいたかった私は小さく頷き、打ち明けた。
辰巳くんとの出会い、今までの関係性、辰巳くんがどんな人で、私がどんな性格なのかそれらを話した。
「辰巳くんは、こんなネガティブな私とは不釣り合いな明るい太陽みたい人なんです。本来、私となんて友達にすらなれない存在……なのに、こ、恋人になりたいなんて、図々しいにも程があります……」
「そんなことないですよ。誰かを好きになるのに不釣り合い、とか図々しいなんて思う必要はないです。人を好きになるのは自由です。ただ、もし告白をして断られたのに、相手のことをいつまでも追っかけたりするのは迷惑だとは思います。まだ、その段階ではないでしょう?」
月待さんは、ふふと笑った。
「……言われてみれば、そうかもしれません。でも、やっぱり自信が持てないです」
何で、私はこんなにも自信が持てないのかその理由ははっきりとは分かっていない。
告白だけでなく、何か大きなことをしようとするといつも尻込みしてしまう。私なんて、と思ってしまう。この気持ちは良くない気持ちだと分かっているのに。
「難しく、考えすぎなのだと思いますよ」
「難しい?」
「そうです。自信なんて別に持たなくて良いんですよ。想いを伝えたいから伝える。挑戦したいから挑戦する。その先のことは、一歩踏み出してから考えれば良いんです。まずは、始めてみないからにはどうしようもないですからね。何もやらずに後悔はして欲しくないのです」
月待さんは、そう言ってテーブルの横にある棚に置いてあったブーケを見つめた。
月待さんにも、私と同じような想いをした時があったのだろうか。
「あなたは、こんな怪しげな場所に勇気を持って入って来てくれた。その時の一歩踏み込んでみようと思った気持ちと同じで良いんです」
確かに最初は、ここに入るのにもとても緊張した。
だけど、今こうして入ることが出来て初対面の大人と普通に話せている。
「大丈夫です、きっとあなたの想いは伝わりますよ」
「……はい、何か大丈夫な気がしてきました」
不思議とさっきまで心の中を渦巻いていた色々な想いが、月待さんの言葉によって綺麗に洗い流されていた。
代わりに、きっと大丈夫だという想いが芽生えていた。
伝えたいから、伝える。私の三年間の想いを辰巳くんに知ってもらいたい。ただ、それだけ。
「では、ハーバリウム作りを始めましょうか」
「はい!」
私は、ここに来てから一番大きな声で返事をした。
それから、月待さんは丁寧にハーバリウムの作り方を教えてくれた。
このお花は、本物ではなくてだそうだ。ドライフラワーの赤いバラの茎を切っていき、細かくしていく。それらを消毒されたハートの形の瓶の中に詰めていく。そして、静かにオイルを注ぐ。
「ここまで出来たら、後は数分間平な場所に置いて完成です。こちらに置いてください」
指示された場所に、そっと瓶を置いた。よくお店に置いてあるようなハーバリウムが目の前にあって、それが自分で作ったものだと思うと何だか不思議な感じがした。
「私、すごく不器用なんですよ。なのに、思っていたよりも簡単にできちゃって驚いています」
「そうでしょう? ハーバリウムは、手軽に作れるしお手入れもいらないから人気なんですよ。実際のお花を部屋に置いてみたくても、育てるのが大変ですからね」
「確かに……もっと作りたくなってしまいました。このお店の雰囲気も素敵ですし、また来たいです」
「是非、いつでもいらしてください。お友達もご一緒に」
「はい!」
それから、少しだけ月待さんと会話をした。
「あの、ずっと気になっていたのですが、あのブーケは月待さんが大切な人からもらったものですか?」
「そうです、よく分かりましたね」
「愛しそうにブーケを見つめられていたので……」
「……あのブーケは、亡くなった母が残してくれたものなんです」
「す、すみません」
「謝らないでください。母が亡くなったのはずっと昔なのでもう乗り越えていますよ。でも、僕は母に伝えたかったことを伝えられていないので、あなたに僕と同じ想いを抱いて欲しくなかったのです」
月待さんの声は、少し泣きそうだった。
「……そう、だったんですね。だけど、たぶんお母さまは月待さんのこと恨んだりはしていないと思いますよ」
今日知り合ったばかりで、この人のこと、ましてやお母さまのことなんて知りもしないけれど、それでもきっと恨んではいないだろうという確信はあった。だって、こんなにも素敵な大人に自分の息子が育ってくれていて、嬉しくない親なんていないはずだから。
「僕も、恨まれていないと良いなって思っています」
月待さんは、そう言って笑った。
ふと外を見ると、すっかり暗くなっている。
「そろそろ帰らないと……」
本当はもっといたかったけれど……あまりにも、この空間が心地よくて離れがたくなってしまっていた。
「今日は、勇気を出してお店に入ってくださりありがとうございました」
「いえ、私の方こそ悩み相談までしてもらって……あ、あのおいくらですか?」
紅茶も出たし、サロンなのだからいくらか取られるだろうと思っていた。サロンという名のつく店の相場を知らないけれど、とてつもなく高かったらどうしよう……と心配していた。財布にはいくら入っていただろうか。
「お代は結構ですよ」
「え?」
さらりと月待さんはとんでもないことを言い放った。
「いえ、そんな訳には……! こんなにも素敵なハーバリウムと時間を頂いたのに」
「その気持ちが何より僕は、嬉しいのですよ。初回サービスです」
「初回、サービス……」
そう言うのは聞いたことはあった。
月待さんがそれで良いと言うのなら、ありがたく受け取るべきだろうけれど、やっぱりこのままありがとうございました、と言って帰るのは気が引けた。
「また、来てください。後、出来たらSNSとかに写真を上げて宣伝をしてくださったら、それだけで十分です」
「……分かりました。私に拡散力があるかは不安ですけど、ここの魅力もっとたくさんの人に知ってもらいたいので、伝えますね」
「ありがとうございます。神代さんの想いが伝わることを祈ってますね」
まるで、花のように優しく美しい笑顔で月待さんは見送ってくれた。
「ありがとうございます!」
店の外に出て私は、手を振った。
店に入る前は色々な感情で、モヤモヤしていた心はとてもすっきりしていた。今ならどんなことでも出来そうな、そんな気さえしている。ただ、不思議な魅力を持った大人の男の人と素敵な空間で、お話をしながらハーバリウムを作っていただけなのに。それだけで、こんなにも店に入る前と後で気持ちが変わっている。
まるで、魔法にかかったような……そんな気持ち。
私は、紙袋に入ったハーバリウムを見つめながら、バレンタイン当日へと想いを馳せた。
――バレンタイン当日
「神代さんと放課後にお話しするのってなんか変な感じだね」
「うん、びっくりした」
「驚かせてごめんね。どうしても、今日伝えたいことがあって。でもそれは、最後に伝えたいから、それまでは高校生らしく遊びたい!」
そう言って辰巳くんは、子どもぽく笑った。
あぁ、やっぱりこの笑顔が好きだなぁと改めて思った。
「……分かった。でも、高校生らしい遊びって何だろう?」
「うーん、プリクラとか?」
私は、放課後に友達と遊ぶということをしてこなかったし辰巳くんもどうやらあまり詳しくはなさそうだ。
「俺、放課後ってすぐ家帰っちゃってたから分からないんだよね。プリクラって、友達同士でしないもの?」
「う、ううん。するよ! プリクラ撮りに行こう!」
男女二人でのプリクラ、その光景はたぶん他人から見ればカップルに見えるかもしれない。
悪いことをしている訳ではないのに、なんだか少しドキドキした。
女友達とだってプリクラを最後に撮ったのは、中学生に上がる前だというのに……。
だけど、不慣れな者同士でのプリクラは結構楽しかった。
ほとんど、目線はカメラから外れていたけれど、一枚だけ奇跡的に綺麗に撮れたのがあった。
「プリクラって、楽しいな」
「うん、私も久しぶりだったけど楽しかった! あ、次本屋さん行きたい。好きな作家さんの新刊が出てるんだ」
「りょーかい。俺も、何か新しい本買おうかなー。あ、神代さんのおすすめ教えてよ」
「私のおすすめで良いの?」
「うん、普段触れない本を読んでみたい気分なんだ」
「分かった!」
そんな会話をしながら、私たちは本屋さんへ向かった。
私は目的の本を手に取り、辰巳くんには、好きな作家さんのデビュー作をおすすめした。辰巳くんは、本当にその本を購入してくれて、嬉しかった。
それから、デパートの外へ出た。
「次が、今日の目的地なんだけど時間大丈夫?」
「うん、大丈夫!」
「良かった。どこに向かうかは着いてからのお楽しみってことで、今は秘密にしとくな」
「楽しみ!」
私たちは、渋谷の街を並んで歩いた。
人通りが多いこの街では、自然と距離が近くなる。まだ、友達同士なのにまるでカップルみたいな、そんな気持ちになってしまう。
辰巳くんが連れてきてくれたのは、ビルの屋上だった。
噂には聞いたことはあったけれど、実際に来るのは初めての場所だ。緑豊かで落ち着いた空間。
「ここ、ずっと来たかったんだ。でも、来る時は絶対に特別な時にしたいって思ってて……」
そう言いながら、辰巳くんはスクランブル交差点が一望できる位置へと移動した。
「すごい、景色……」
見下ろせば、いつも歩いている渋谷の街が辺り一面に広がっていた。
知っている景色なはずなのに、何だか違う場所のように見える。人が多くてごちゃごちゃしているこの街を綺麗だ、なんて思ったことはなかったけど今初めて思えた。
「でしょ? 好きな人にこの景色を見せたかった」
「え?」
私の聞き間違えだろうか。しっかりと聞こえてはいたけど、聞こえなかったフリをして聞き返した。
「神代和さん、俺はあなたのことが好きです」
「う、そ……」
「本当だよ。その証拠に、この贈り物を受け取ってくれるかな?」
そう言って、辰巳くんがカバンから取り出した箱を受け取った。
「開けて良い?」
「もちろん」
私は、ゆっくりと丁寧に箱を開けた。
中から出てきたのは、私のカバンに入っているのと同じ〝ハートの形の瓶のハーバリウム〟だった。
「え、これ……わ、私も同じもの……!」
「え!?」
「辰巳くんに、今日渡そうと思ってたの。わ、私も辰巳くんのことがずっと好きで……っ!」
そう言って、同じ箱に入った物を辰巳くんへと渡した。
辰巳くんは、ありがとうと言ってから、箱を開けて中身を見て笑った。
「ははっ、ほんとに同じ物だ。こんなことあるか? 俺たち付き合う前から相性良すぎ! え、じゃあ、つまり返事はオーケーってことで良いんだよな?」
「あ、う、うん。もちろんっ! 私も、辰巳くんのことが好きです」
予想してなかった展開に動揺していたら、思っていたよりもはっきりと想いを伝えられて驚いた。
「よっしゃー! まさか、両想いだったなんて思わなかったからすごく嬉しい。え、いつから俺のこと好きだった?」
「正確には覚えてないけど、一緒に朝話すにようになって少し経ってからかな」
「えー俺もなんだけど! じゃあ、俺たちこの三年間ずっと両片想いしてたってわけか……っ!」
「そ、そうなるね……」
お互いに驚きすぎてしばらく、無言になってしまったけれど落ち着いてきた頃、ベンチに座って、ぽつ、ぽつ、と好きになったきっかけの話しや、ハーバリウムサロンの話をした。
辰巳くんは、中学生の頃に両親を交通事故で失くし、それからおばあちゃんとおじいちゃんの家に引き取られたと教えてくれた。朝早かったのは、自然と早寝早起きが習慣になっていたからだそうだ。部活に入らないのも家のことをしないといけないからだった、という理由を知った。
「正直、始めの頃はしんどかったよ。だけど、そんな時に神代さんと出会って、話すようになって、神代さんと一緒にいる時間がすごく心地よくていつの間にか好きになってたんだ」
「そう、だったんだね……。私、何も知らなかった」
「俺たち、あまりお互いの話しとかしなかったから仕方ないよ。けど、これからはたくさんしていこう。俺も、もっと神代さん……いや、和のこと知っていきたいから」
「うん、私もひ、ひびき……のこと知っていきたい。これから、よろしくね」
初めての名前呼びは、とても緊張した。
「こちらこそ。あぁ、そうだ。月待さんに今度お礼しにいかないとな」
「だね。というか、月待さん私たちのこと知ってたってことだよね? よく私に響生のこと話さないでいられたな。すごいなぁ、私なら絶対ポロッと言っちゃいそう」
「俺も絶対話しちゃうだろうな。すごく、魅力的な人だったよな。あのサロンも不思議な空間で良かった」
「うん。響生はあのサロンのことどこで知ったの?」
「バレンタイン特集記事見てたら偶然ハーバリウムのハートの瓶を見つけて。良いなって思ってさ、近くにないか探してみたら見つけたんだ……まさか、和がつけて来ているとは思わなかった」
「そうだったんだね。ごめんね、気になっちゃって」
「気にしてないよ。最終的に最高な結果になったし! このハーバリウム大切にするな」
「私も、大切にする」
帰り道、私たちは手を繋いで歩いた。
了
「好きです! 付き合ってください!」
教室がざわついた。
クラスで一番人気の男子で私が密かに想いを寄せる男友達の辰巳響生《タツミヒビキ》が、クラスで一番人気な女子に告白をされていた。誰が見てもお似合いの二人に、おおお! と拍手が沸き起こる。しかし、辰巳くんが発した言葉は、皆が想像していたのと違った。
「ごめん」
たった一言、そう告げると急いでいるからと言って教室を出て行った。
泣き崩れる女子と慰めるクラスメイトを見ていられなくて、私は静かに教室を出た。
下駄箱に向かって歩きながら、ほっとしている自分がいて嫌になってしまった。
例え、仲の良い人でなかったとしても、その人の不幸を喜ぶなんて最低だ。
だけど、私も辰巳くんのことが好きだから……
好きだけど、自信がなくて今の関係を壊したくなくて、ずっと告白出来ずにいる。
私が、高校一年生の頃からずっと好きな辰巳くんとは、毎朝同じ時間に同じ車両に乗っていたことがきっかけで少しずつ話すようになった。今ではもうすっかり、仲の良い男友達だ。
だけど、彼は私と違って明るくて元気で人気者。
同学年だけでなくて、後輩にも告白をされている所を見たことがある。運動も出来るし、頭も良い。
だから、色んな部活から勧誘を受けていたそうだけど、結局三年間帰宅部だ。帰宅部なのに、朝は早い。
それは、まあ私も同じなのだけど。私は、単純に朝の通勤ラッシュが嫌だし、早起きは得意だから早めの行動をしているだけだ。他に理由はない。
でも、皆とワイワイ一緒に登校してきそうな辰巳くんが一人早い時間帯に来ているのは、ずっと不思議に思っている。
後、辰巳くんは読書好きということもあって、私と趣味が同じなのだ。私たちの話題のほとんどは、本に関することばかり。だから、互いについて深くはあまり知らない。
それでも、一緒に過ごすうちに辰巳くんの色んな表情を知って、もっともっと辰巳くんのことが知りたい、と思ってその想いが次第に〝好き〟という気持ちに変化していった。
たぶん、女子の中で一番辰巳くんと仲が良いのは私だと思う。
クラス内ではあまり話さないようにしているけど……。辰巳くんが、他の女子と親しく話している姿はあまり見ない。それでも私は、どうしても自分に自信が持てなかった。私は一般的な容姿だし、特別光るものはない。
特技もない。唯一自慢できるのは成績が良いことくらい。だけど、そんなものは恋愛にはあまり関係ないだろう。
私たちの高校生活は残り僅か。最大の告白イベントであるバレンタインも残り一回。それは、来週に迫ってきていた。バレンタインの日に告白して、もし上手く行けば卒業までの少しの間、私たちは恋人同士として高校生活を送ることが出来る。私も、辰巳くんも大学入試は早々に終わらせた。
今はもう、卒業式を待つだけだから心置きなくデートが出来るのだろうなぁ、なんて夢だけは立派に描いている。
「はぁ……」
深くため息をついて学校を出た。校門前にいる人たちは皆楽しそうだ。
私も学校帰りに辰巳くんと遊びに行ってみたい。私たちは朝しか関わり合いがなくて、それが少し寂しい。
辰巳くんは忙しそうで、私から誘うなんてことは出来なかった。
学校を出てしばらく経つと、私よりも早く出たはずの辰巳くんがスマホを見ながら何かを探しているようだった。急ぎの用事があると言って出て行ったはずなのに、こんな所で何をしているのだろうか。
こっちは最寄り駅とは別方向だ。良くない行動だと分かっていても、気になって仕方ない。
こっそりと後を着けてみることにした。
五分くらい経って、辰巳くんは探しものがある方を見つけたのか足早に先へ進んだ。
私も、見失わないように少し駆け足で後を追った。
辰巳くんは、しばらく真っすぐ歩いていたが、大通りの交差点に差し掛かると交差点は渡らずに端にある裏路地に入っていった。
そして、ガラス張りの建物の前で立ち止まった。
このままここにいては、中に入った時に見つかってしまう。慌てて脇に反れた。
五分くらい経ってから、再び私はガラス張りの建物に近づいた。
「すごい……」
ついそんな言葉を呟いてしまうくらい、そこには素敵な光景が広がっていたのだ。
ガラス張りの建物から見えたのは、植物で覆われた店内だった。こんな所が学校の近くにあったなんて……。
何のお店なのか、それともお店ではないのか気になり看板はないか探してみると、階段を登った所に小さく店名が出ていた。
そこに記載されていたのは、『ハーバリウムサロンリポジーノ』という名前。
「ハーバリウムってお花が瓶に入ってる物だよね?」
私はあまり、流行り物とか映え狙いみたいな物に興味がなくてそういう類の知識は疎かった。
何となく、頭の中には浮かぶけど正確にいったいどんな物なのかまでは分からない。
店名をスマホにメモをして、ひとまずその場を去った。
ぼんやりと駅までの道を歩きながら、辰巳くんがどうしてあの店を訪れているのか気になったし、辰巳くんが訪れた場所がどんな場所なのか、ハーバリウムとは何なのかが気になってしまった。
電車に乗りながらハーバリウムについて検索をしてみた。
ハーバリウムとは、植物標本という意味だそうだ。
元々は植物研究の為に長期保存をする方法として生まれた言葉。ドライフラワーなどを瓶にいれて専用のオイルに浸して作られる。ハーバリウムは水やりなどの手入れも不要で、置くだけで植物を飾ることが出来るのが特徴。
現在は、インテリアとして人気になっている。
検索結果の画像蘭を見て見れば瓶の形も色々あるみたいだった。
これは、確かに映えそうだなぁ、なんて柄にもないことを思った。それから、お店の名前も検索をかけてみたがあのお店は出てこなかった。出来たばかりなのか、ホームページなどがないのか……
出て来ないのなら明日、辰巳くんに直接聞いてみようかなぁ。いや、でも後をつけていたことがバレてしまう。
上手く嘘をついてそれとなく話題に出来たら良いけれど、私にそんな高度な技は使えそうになかった。
私は、嘘をついたり誤魔化そうとすると声が裏返ってしまって、すぐにバレてしまうのだ。
バレンタイン前に辰巳くんと気まずい雰囲気になるのも嫌だったので、明日直接お店に行ってみようと決めた。
次の日、いつも通りの時間に辰巳くんが電車に乗ってきた。
私の方が先に乗っていて、辰巳くんは一つ先の駅から乗ってくる。
「おはよー」
「おはよう、神代さん。《カミシロ》昨日の宿題難しかったよな」
「うん、けっこう難しくていつもより時間かかっちゃった」
そんな何でもない会話を教室に着くまでの間、ずっと続けている。
辰巳くんにいつもと違う様子はない。昨日の、告白騒動についても何も触れない。
まあ私もその会話は避けたかったから、良かったけれど。
「神代さん、来週の水曜日の放課後って予定ある?」
「え? 来週の水曜日? ない、けど……」
今まで辰巳くんから放課後に予定があるかどうか、なんて確認をされたことがなかったので驚いてしまった。
私たちは、何となく朝のこの時間帯だけの関係だと思っていたから。もちろん、私から確認したこともない。
「じゃあ、たまにはさ遊びに行かない? 俺たち受験も終わってることだしさ」
「う、うん! 良いよ」
変にうかれたテンションにならないように、冷静に返事をした。
教室に入って、朝のホームルームが始まるまでの間に私は、カレンダーアプリを開いた。
そして、ようやく気が付いたのだ。来週の水曜日が、バレンタインの日だということに。
来週にバレインタインがあるのはもちろん知っていた。
二月に入ってからずっと、そわそわして落ち着かなかったのだから、当たり前だ。
だけど、十四日という数字だけを意識しすぎていて曜日まで覚えていなかった。そうか、来週の水曜日か。
辰巳くんは、その日がバレンタインだと知って誘ってきているのだろうか? それとも偶然?
辰巳くんの真意は分からないけれど、ひとまず自分から誘い出すという行為をしなくて済んだのは助かった。
だけど、放課後に遊びに行くことが決まったのなら、いよいよ覚悟を決めなければ。
ちゃんとバレンタインを渡して、想いを告げる。
そう言えば、昨日ハーバリウムを検索かけた時にハート形の瓶があったなぁ、と思い出した。
ハーバリウムをプレゼントする、というのも良いかもしれない。
よし、と小さく気合を入れた。
放課後、昨日の道のりを辿った。
複雑な場所ではなかったので、すぐに辿り着くことは出来たが、この中に入っていくには勇気がいる。高級な佇まいで、制服で入るのは何だか場違いな気がした。だけど、昨日辰巳くんも制服で入っていたし……。
ここまで来て入らないという選択肢はなかった。私は恐る恐るドアノブに手をかけた。
カランコロンとベルの音が響き、こちらへ向かって来る足音が聞こえた。
「いらっしゃいませ」
そう声をかけてくれたのは、今まで出会ったことのないくらいかっこいいお兄さんだった。
背はすらりとモデルみたに高くて体形は平均的、顔は小さくて瞳はまるで、黒曜石のように美しい。短い髪の毛は茶髪で下の方だけくるんと跳ねている。癖っ毛だろうか。
何だか、良い香りがする。花や植物の匂いとは別の何か……。
「当サロンへのご来店は初めてですか?」
「え!? あ、はい!」
ぼんやりとお兄さんを眺めていたら突然声をかけられて変な声が出てしまった。
「ご来店ありがとうございます。ご案内しますので、どうぞこちらへ」
「は、はい……」
緊張しながらもお兄さんの後を着いて行った。
店内は、まるで植物園のようだった。外から見えていた植物よりたくさんある。棚には、ハーバリウムが飾られていたり、他にもブーケや写真立てが飾られていた。とてもお洒落な空間で、ドキドキと心臓が高鳴っている。
「こちらにお座りください。ただいま、お飲み物をお持ちしますが、紅茶かコーヒーどちらが良いでしょうか?」
「え、えーっとそしたら紅茶でお願いします……」
「かしこまりました、少々お待ちください」
ぺこりとおじぎをして、お兄さんは一度奥へ引っ込んで行った。
私が通された場所は、一つのテーブル席だった。他には、四人掛けや三人掛けなどもあった。
外から見たら、中にこんな空間があるなんて想像も出来ない。植物園のような、カフェのような不思議な空間だ。だけど、私以外の人はいないようで貸し切り状態だ。
良く分からずに入ってしまったけれど、一体これから何が始まるのだろう……。サロンという場所に行ったことがないから、本当に何も分からない。
だけど、お兄さんは良い人そうだし、怪しい店ではなさそうだ。
「お待たせしました、紅茶です。お口に合うと良いのですが」
しばらくするとお兄さんが、お盆にティーカップを乗せて戻ってきた。私の前にそれを置いてから、お兄さんは前の席に腰をおろした。
「ありがとう、ございます」
目の前に置かれたティーカップは、家で使っているものと比べ物にならないくらい綺麗だった。
そっと、手に持ち紅茶をひと口飲んだ。
「美味しいです……!」
柔らかい味わいで、香りがとても良くてほっと心が温まる感じがした。
「お口にあって良かったです。……ご挨拶が遅れました。僕は、当サロンを運営しています月待風詩《ツキマチフウタ》と申します」
「あ、ご丁寧にありがとうございます……っ、わ、私は神代和《カミシロノドカ》です」
こんなにも丁寧な自己紹介など今までされたことがなかったので、慌ててティーカップを机に置き、おじぎをしながらワタワタしてしまった。
月待さんは、ふふと優しい顔で笑った。
「そんなに緊張しないでくださいね。サロンなんてのは名ばかりで大したことなんて何もしていない、趣味のような場所なので。ただ、訪れてくれた方が〝来て良かったな〟そう思ってくれたなら、僕は幸せなのです」
「……そう、なんですね。あの、ハーバリウムって書いてありましたけど、作れるんですか?」
「もちろん。材料も揃えていますし、作り方もお教えしますよ」
「そしたら、一つ作りたいんですけど……ハーバリウムのこと良く分かっていないのですが、それでも良いですか?」
「はい、歓迎しますよ。こちらへ来ていただけますか?」
こくりと頷き月待さんの後を着いて行った。
「こんなにたくさん種類があるんですね……!」
案内された場所には、棚の上にずらりと様々な形の瓶が置かれていた。
「瓶の形によっても印象が変わるんです。ただの入れ物に見えるかもしれませんが、ハーバリウム作りは、瓶選びから始まっているんですよ」
「なるほど……」
棚に並べられている瓶の前には、瓶の名前が書かれたポップが貼ってあった。
円柱型、丸型、四角柱型、円錐型、涙型、電球型。どれも可愛らしい。
「あぁ、後今はバレンタイン時期なので期間限定でこんな形の瓶もありますよ」
そう言って、月待さんが手に取って見せてくれたのは、ネットでも見かけたハートの形をした瓶だった。
「わー! 可愛いですね。これが良いです……!」
ハートの形なんて直接的過ぎかもしれないけれど、はっきりしている方が良いだろう。
私たちは、今まで〝友達〟として関わっていたから、告白しても友達としての好き、と捉えられてしまう可能性だってある。だけど、ハートの形をした物をプレゼントすれば、ちゃんと伝わるだろう。
「承知しました。では、瓶はこちらで。後は、お花ですが……通常は、お客様に選んでいただくのですが今回は、先におすすめをお伝えしても良いでしょうか?」
「は、はい、是非お願いします」
花については本当に何も分からないから、好きに選んでくれと言われる方が困りそうだったので、少しほっとした。
「こちらの赤いバラ、なんていかがでしょうか? バレンタインにはぴったりのお花なんですよ」
赤色のバラの花言葉は、〝愛〟それから〝あなたを愛しています〟という意味があるそうだ。
「……素敵、ですけど重くないでしょうか?」
私は少し不安になってきてしまった。
既に付き合っている人ならば良いかもしれないけれど、告白もまだなのにそんな重い花言葉がある花を贈ってしまったら、相手は断りたくても断れないのではないか。
「大丈夫ですよ。花言葉は、興味がある人なら知っているけれど知らない人は知らないですし、わざわざ調べたりもしないでしょう。バラは、お花の中でもメジャーな種類です。選んだ理由としても知っているお花だったから、それだけで済みます。深い意味を持っているとは、パッとは分からないと思いますよ」
そう優しい声色で月待さんは言葉を紡いだ。
「……確かに、そうかも?」
「そうですよ。もし、相手が意味を知っていたならそれは、期待をしても良いと僕は思います」
「そう、ですよね。わかりました、赤いバラにします!」
私は、はっきりと答えた。
それから、他にも必要な材料を一式揃えてくれて先ほどの席へ戻った。
「それでは、早速作り始めましょうか」
目の前に並べられた材料をぼんやりと私は眺めていて、すぐにその言葉に返事が出来なかった。
勢いでここまできてしまったけれど、やっぱり迷惑なのではないだろうか。
「……男の人でも、ハーバリウムってもらったら嬉しいでしょうか?」
ハーバリウムサロンを営んでいる人に聞くことではない、とは分かっているけれど、聞かずにはいられなかった。
「それは、その人にしか分からないですけれど、大切な人から贈り物をされて嫌だと思う人はいないと思いますよ」
「大切な人……そう思っているのは私だけかもしれなくても?」
あぁ、私という人間はなんて面倒なのだろうと思う。こんなこと聞かされたって、月待さんも困ってしまう。
だけど、一度ネガティブモードに入ると私は、なかなかそこから抜け出せなくなってしまうのだ。
「……神代さん、もし良かったら今から作るハーバリウムを贈る相手のお話を聞かせてくださいませんか?」
優しく月待さんはそう言ってくれた。誰かにこの不安を聞いてもらいたかった私は小さく頷き、打ち明けた。
辰巳くんとの出会い、今までの関係性、辰巳くんがどんな人で、私がどんな性格なのかそれらを話した。
「辰巳くんは、こんなネガティブな私とは不釣り合いな明るい太陽みたい人なんです。本来、私となんて友達にすらなれない存在……なのに、こ、恋人になりたいなんて、図々しいにも程があります……」
「そんなことないですよ。誰かを好きになるのに不釣り合い、とか図々しいなんて思う必要はないです。人を好きになるのは自由です。ただ、もし告白をして断られたのに、相手のことをいつまでも追っかけたりするのは迷惑だとは思います。まだ、その段階ではないでしょう?」
月待さんは、ふふと笑った。
「……言われてみれば、そうかもしれません。でも、やっぱり自信が持てないです」
何で、私はこんなにも自信が持てないのかその理由ははっきりとは分かっていない。
告白だけでなく、何か大きなことをしようとするといつも尻込みしてしまう。私なんて、と思ってしまう。この気持ちは良くない気持ちだと分かっているのに。
「難しく、考えすぎなのだと思いますよ」
「難しい?」
「そうです。自信なんて別に持たなくて良いんですよ。想いを伝えたいから伝える。挑戦したいから挑戦する。その先のことは、一歩踏み出してから考えれば良いんです。まずは、始めてみないからにはどうしようもないですからね。何もやらずに後悔はして欲しくないのです」
月待さんは、そう言ってテーブルの横にある棚に置いてあったブーケを見つめた。
月待さんにも、私と同じような想いをした時があったのだろうか。
「あなたは、こんな怪しげな場所に勇気を持って入って来てくれた。その時の一歩踏み込んでみようと思った気持ちと同じで良いんです」
確かに最初は、ここに入るのにもとても緊張した。
だけど、今こうして入ることが出来て初対面の大人と普通に話せている。
「大丈夫です、きっとあなたの想いは伝わりますよ」
「……はい、何か大丈夫な気がしてきました」
不思議とさっきまで心の中を渦巻いていた色々な想いが、月待さんの言葉によって綺麗に洗い流されていた。
代わりに、きっと大丈夫だという想いが芽生えていた。
伝えたいから、伝える。私の三年間の想いを辰巳くんに知ってもらいたい。ただ、それだけ。
「では、ハーバリウム作りを始めましょうか」
「はい!」
私は、ここに来てから一番大きな声で返事をした。
それから、月待さんは丁寧にハーバリウムの作り方を教えてくれた。
このお花は、本物ではなくてだそうだ。ドライフラワーの赤いバラの茎を切っていき、細かくしていく。それらを消毒されたハートの形の瓶の中に詰めていく。そして、静かにオイルを注ぐ。
「ここまで出来たら、後は数分間平な場所に置いて完成です。こちらに置いてください」
指示された場所に、そっと瓶を置いた。よくお店に置いてあるようなハーバリウムが目の前にあって、それが自分で作ったものだと思うと何だか不思議な感じがした。
「私、すごく不器用なんですよ。なのに、思っていたよりも簡単にできちゃって驚いています」
「そうでしょう? ハーバリウムは、手軽に作れるしお手入れもいらないから人気なんですよ。実際のお花を部屋に置いてみたくても、育てるのが大変ですからね」
「確かに……もっと作りたくなってしまいました。このお店の雰囲気も素敵ですし、また来たいです」
「是非、いつでもいらしてください。お友達もご一緒に」
「はい!」
それから、少しだけ月待さんと会話をした。
「あの、ずっと気になっていたのですが、あのブーケは月待さんが大切な人からもらったものですか?」
「そうです、よく分かりましたね」
「愛しそうにブーケを見つめられていたので……」
「……あのブーケは、亡くなった母が残してくれたものなんです」
「す、すみません」
「謝らないでください。母が亡くなったのはずっと昔なのでもう乗り越えていますよ。でも、僕は母に伝えたかったことを伝えられていないので、あなたに僕と同じ想いを抱いて欲しくなかったのです」
月待さんの声は、少し泣きそうだった。
「……そう、だったんですね。だけど、たぶんお母さまは月待さんのこと恨んだりはしていないと思いますよ」
今日知り合ったばかりで、この人のこと、ましてやお母さまのことなんて知りもしないけれど、それでもきっと恨んではいないだろうという確信はあった。だって、こんなにも素敵な大人に自分の息子が育ってくれていて、嬉しくない親なんていないはずだから。
「僕も、恨まれていないと良いなって思っています」
月待さんは、そう言って笑った。
ふと外を見ると、すっかり暗くなっている。
「そろそろ帰らないと……」
本当はもっといたかったけれど……あまりにも、この空間が心地よくて離れがたくなってしまっていた。
「今日は、勇気を出してお店に入ってくださりありがとうございました」
「いえ、私の方こそ悩み相談までしてもらって……あ、あのおいくらですか?」
紅茶も出たし、サロンなのだからいくらか取られるだろうと思っていた。サロンという名のつく店の相場を知らないけれど、とてつもなく高かったらどうしよう……と心配していた。財布にはいくら入っていただろうか。
「お代は結構ですよ」
「え?」
さらりと月待さんはとんでもないことを言い放った。
「いえ、そんな訳には……! こんなにも素敵なハーバリウムと時間を頂いたのに」
「その気持ちが何より僕は、嬉しいのですよ。初回サービスです」
「初回、サービス……」
そう言うのは聞いたことはあった。
月待さんがそれで良いと言うのなら、ありがたく受け取るべきだろうけれど、やっぱりこのままありがとうございました、と言って帰るのは気が引けた。
「また、来てください。後、出来たらSNSとかに写真を上げて宣伝をしてくださったら、それだけで十分です」
「……分かりました。私に拡散力があるかは不安ですけど、ここの魅力もっとたくさんの人に知ってもらいたいので、伝えますね」
「ありがとうございます。神代さんの想いが伝わることを祈ってますね」
まるで、花のように優しく美しい笑顔で月待さんは見送ってくれた。
「ありがとうございます!」
店の外に出て私は、手を振った。
店に入る前は色々な感情で、モヤモヤしていた心はとてもすっきりしていた。今ならどんなことでも出来そうな、そんな気さえしている。ただ、不思議な魅力を持った大人の男の人と素敵な空間で、お話をしながらハーバリウムを作っていただけなのに。それだけで、こんなにも店に入る前と後で気持ちが変わっている。
まるで、魔法にかかったような……そんな気持ち。
私は、紙袋に入ったハーバリウムを見つめながら、バレンタイン当日へと想いを馳せた。
――バレンタイン当日
「神代さんと放課後にお話しするのってなんか変な感じだね」
「うん、びっくりした」
「驚かせてごめんね。どうしても、今日伝えたいことがあって。でもそれは、最後に伝えたいから、それまでは高校生らしく遊びたい!」
そう言って辰巳くんは、子どもぽく笑った。
あぁ、やっぱりこの笑顔が好きだなぁと改めて思った。
「……分かった。でも、高校生らしい遊びって何だろう?」
「うーん、プリクラとか?」
私は、放課後に友達と遊ぶということをしてこなかったし辰巳くんもどうやらあまり詳しくはなさそうだ。
「俺、放課後ってすぐ家帰っちゃってたから分からないんだよね。プリクラって、友達同士でしないもの?」
「う、ううん。するよ! プリクラ撮りに行こう!」
男女二人でのプリクラ、その光景はたぶん他人から見ればカップルに見えるかもしれない。
悪いことをしている訳ではないのに、なんだか少しドキドキした。
女友達とだってプリクラを最後に撮ったのは、中学生に上がる前だというのに……。
だけど、不慣れな者同士でのプリクラは結構楽しかった。
ほとんど、目線はカメラから外れていたけれど、一枚だけ奇跡的に綺麗に撮れたのがあった。
「プリクラって、楽しいな」
「うん、私も久しぶりだったけど楽しかった! あ、次本屋さん行きたい。好きな作家さんの新刊が出てるんだ」
「りょーかい。俺も、何か新しい本買おうかなー。あ、神代さんのおすすめ教えてよ」
「私のおすすめで良いの?」
「うん、普段触れない本を読んでみたい気分なんだ」
「分かった!」
そんな会話をしながら、私たちは本屋さんへ向かった。
私は目的の本を手に取り、辰巳くんには、好きな作家さんのデビュー作をおすすめした。辰巳くんは、本当にその本を購入してくれて、嬉しかった。
それから、デパートの外へ出た。
「次が、今日の目的地なんだけど時間大丈夫?」
「うん、大丈夫!」
「良かった。どこに向かうかは着いてからのお楽しみってことで、今は秘密にしとくな」
「楽しみ!」
私たちは、渋谷の街を並んで歩いた。
人通りが多いこの街では、自然と距離が近くなる。まだ、友達同士なのにまるでカップルみたいな、そんな気持ちになってしまう。
辰巳くんが連れてきてくれたのは、ビルの屋上だった。
噂には聞いたことはあったけれど、実際に来るのは初めての場所だ。緑豊かで落ち着いた空間。
「ここ、ずっと来たかったんだ。でも、来る時は絶対に特別な時にしたいって思ってて……」
そう言いながら、辰巳くんはスクランブル交差点が一望できる位置へと移動した。
「すごい、景色……」
見下ろせば、いつも歩いている渋谷の街が辺り一面に広がっていた。
知っている景色なはずなのに、何だか違う場所のように見える。人が多くてごちゃごちゃしているこの街を綺麗だ、なんて思ったことはなかったけど今初めて思えた。
「でしょ? 好きな人にこの景色を見せたかった」
「え?」
私の聞き間違えだろうか。しっかりと聞こえてはいたけど、聞こえなかったフリをして聞き返した。
「神代和さん、俺はあなたのことが好きです」
「う、そ……」
「本当だよ。その証拠に、この贈り物を受け取ってくれるかな?」
そう言って、辰巳くんがカバンから取り出した箱を受け取った。
「開けて良い?」
「もちろん」
私は、ゆっくりと丁寧に箱を開けた。
中から出てきたのは、私のカバンに入っているのと同じ〝ハートの形の瓶のハーバリウム〟だった。
「え、これ……わ、私も同じもの……!」
「え!?」
「辰巳くんに、今日渡そうと思ってたの。わ、私も辰巳くんのことがずっと好きで……っ!」
そう言って、同じ箱に入った物を辰巳くんへと渡した。
辰巳くんは、ありがとうと言ってから、箱を開けて中身を見て笑った。
「ははっ、ほんとに同じ物だ。こんなことあるか? 俺たち付き合う前から相性良すぎ! え、じゃあ、つまり返事はオーケーってことで良いんだよな?」
「あ、う、うん。もちろんっ! 私も、辰巳くんのことが好きです」
予想してなかった展開に動揺していたら、思っていたよりもはっきりと想いを伝えられて驚いた。
「よっしゃー! まさか、両想いだったなんて思わなかったからすごく嬉しい。え、いつから俺のこと好きだった?」
「正確には覚えてないけど、一緒に朝話すにようになって少し経ってからかな」
「えー俺もなんだけど! じゃあ、俺たちこの三年間ずっと両片想いしてたってわけか……っ!」
「そ、そうなるね……」
お互いに驚きすぎてしばらく、無言になってしまったけれど落ち着いてきた頃、ベンチに座って、ぽつ、ぽつ、と好きになったきっかけの話しや、ハーバリウムサロンの話をした。
辰巳くんは、中学生の頃に両親を交通事故で失くし、それからおばあちゃんとおじいちゃんの家に引き取られたと教えてくれた。朝早かったのは、自然と早寝早起きが習慣になっていたからだそうだ。部活に入らないのも家のことをしないといけないからだった、という理由を知った。
「正直、始めの頃はしんどかったよ。だけど、そんな時に神代さんと出会って、話すようになって、神代さんと一緒にいる時間がすごく心地よくていつの間にか好きになってたんだ」
「そう、だったんだね……。私、何も知らなかった」
「俺たち、あまりお互いの話しとかしなかったから仕方ないよ。けど、これからはたくさんしていこう。俺も、もっと神代さん……いや、和のこと知っていきたいから」
「うん、私もひ、ひびき……のこと知っていきたい。これから、よろしくね」
初めての名前呼びは、とても緊張した。
「こちらこそ。あぁ、そうだ。月待さんに今度お礼しにいかないとな」
「だね。というか、月待さん私たちのこと知ってたってことだよね? よく私に響生のこと話さないでいられたな。すごいなぁ、私なら絶対ポロッと言っちゃいそう」
「俺も絶対話しちゃうだろうな。すごく、魅力的な人だったよな。あのサロンも不思議な空間で良かった」
「うん。響生はあのサロンのことどこで知ったの?」
「バレンタイン特集記事見てたら偶然ハーバリウムのハートの瓶を見つけて。良いなって思ってさ、近くにないか探してみたら見つけたんだ……まさか、和がつけて来ているとは思わなかった」
「そうだったんだね。ごめんね、気になっちゃって」
「気にしてないよ。最終的に最高な結果になったし! このハーバリウム大切にするな」
「私も、大切にする」
帰り道、私たちは手を繋いで歩いた。
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