狼達のデスゲーム(仮)

チーター飼いたい

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第1章 初めてのデスゲーム

第3話 遭遇

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「あーだめだ、ここも開かないなぁ。」

 作業着の男の独り言が耳に入ってくる。
 男の方へと目を向けると、全てが強めのオレンジ色に塗られた、ド派手な色をしたテーブルの引き出しに手をかけているところだった。
 引き出しには鍵がかかっているらしく、ガタガタと揺らして開かないことを確かめている。
 男とは反対側の方へと目を向けると、女子高生が小さめのタンスを調べているのが見えた。
 三段しかないミニチェストといったものだが、やはり全体が強めのオレンジ色に塗られている。
 普通ならばその色味の奇抜さが気になって仕方ないところだろうが、この建物では家具自体にそこまで注意がいかないのである。
 なぜなら、今いるこの部屋自体がすべて眩いばかりのオレンジに統一されているからだ。

「……ほんと、変な建物ですよねぇ。この色使いといい。」

 思わずしみじみと口に出してしまう。
 この統一感に溢れたカラーリングは今いるこの部屋に限ったものではなく、建物内のすべての部屋で見られる光景だった。
 赤や青、黄色など、それぞれの部屋に別々の色が割り振られており、色が被っていた部屋はおそらく無かったはずだ。

「そうだねぇ。スーツの彼が言ってたけど、本当にゲームのためだけに作られてるって感じなのかな。他にこの建物をどうやって使えばいいか、私には思いつかないよ。」

 そう答えながら、作業着の男は部屋の出入り口に立つ雅史の方へ歩みよってきた。
 女子高生の方も、タンスは空振りだったのか手ぶらで戻ってくる。

「ここは外れですかね?じゃあ、次の部屋に行きますか。」

 雅史の言葉に、2人が頷く。
 今、雅史と行動を共にしているのはこの2人だけだった。
 スーツの青年とギャル系女子は、こちらの3人とは逆回りで反対側の部屋から調べていっているはずだ。
 チーム分けをする際、身体能力に自信があるらしいスーツの青年が、男1人のチームを買って出た。
 チンピラが万が一実力行使に出てきた時に、男1人でも抵抗する必要があるかも知れないからだ。
 運動不足を自負する雅史としては、この人選に全く異論はなかった。
 むしろ、貧弱系男子の雅史と典型的中年太りの作業着の男では、男2人でもこちらのほうが心配かもしれない。

「全然鍵、見つからないねぇ。」
「うーん、向こうのチームが進展あるといいんですけどねぇ。」

 ふた手に別れてからここまで、調べた部屋の数は今のオレンジ色の部屋で2つ目だが、未だに脱出への手がかりはゼロだった。
 タンスやテーブルの引き出しは手当り次第調べているが、鍵がかかっていたり空っぽだったりで、今の所何も見つかっていない。
 最初の部屋で見つかった鍵はもう一方のチームが持っているので、こちらのチームは別の鍵でも見つからなければ何も進展しようがないのだ。

「お、次の部屋は、これまた凄い色だよね~。」

 作業着の男の声に顔をあげると、目に映ったのは全てがド派手な赤色に覆い尽くされた部屋だった。

「うーん、流石にこのセンスは、ちょっとヤバいですよね。」

 1度建物を歩き回った時にも目にしてはいるが、改めて見直すと、全てが真っ赤に染められた部屋というのはなかなかの衝撃だった。
 目に痛いほどの赤の洪水は、見ているだけでなんだか心をかき乱されるような気になってくる。
 こんな部屋に長居はしたくない。さっさと作業を終わらせていまいたかった。
 そんなことを考えていると、同じ思いだったのか女子高生の方が先に部屋へと続く通路に入っていってしまった。
 廊下と各所の小部屋は、短い通路で繋がっている。
 なかには、小部屋同士が通路で繋がっているような場所もあった。

「あ、今度は僕が中に入りますね。」
「お、そうかい?それじゃよろしく。」

 作業着の男に断ると、雅史は女子高生に続いて部屋に入った。
 あまりキッチリと決めたわけではないのだが、部屋を調べるときは1人が入り口で見張りをするという、ゆるいルール決めが出来ていた。
 あのチンピラ風の男が何かしてくるかも知れないと考えると、自然とそういう流れになったのだった。

(っと、ここの家具は1個だけか……。)

 この目に優しくない真っ赤な部屋には、小さめのテーブルが1つあるだけで後は何もなくガランとしていた。
 出入り口も今入ってきた通路が1つだけで、他に見るべきものはなさそうだった。
 その唯一の家具も女子高生が既に調べ始めているので、雅史はやることが無く手持ち無沙汰になってしまった。

(なんか……落ち着かないな……。)

 やることもなく漫然と女子高生の方を眺めていると、妙な雰囲気漂う部屋にうら若い女子と2人でいることが気恥ずかしくなってきて、雅史は妙にそわそわし始めてしまった。
 女性に免疫のない雅史には、この沈黙の時間はつらいものがあった。
 逃げるように入り口に目を向けると、廊下と部屋を結ぶ短い通路の先に作業着の男が立っているのが見えた。
 こちらから全身が見える位置で、廊下側を警戒している様子が分かる。

(しかし、このチーム分けで良かったな。)

 作業着の男は、とても気さくで話しやすいタイプなので助かった。
 一方の女子高生とは、ほぼ一言も話していない気がするが、住む世界が違いすぎるギャルと話すことを強いられるよりはよっぽど気楽だ。
 バリバリ営業マンな感じのスーツの青年もだが、ああいった陽キャ達と同じ空間にいることを強いられる時間は、陰キャの雅史には辛すぎてキョドりにキョドってしまうのが目に見えていた。
 そんなことを考えて勝手にへこんでいると、テーブルを調べ終わったらしい女子高生が、怪訝な顔で雅史を見ていた。

「あ、お、終わった?な、何もなかった?」

 声を裏返させながら尋ねると、女子高生は小さく一つ頷いた。

「そ、そっか、残念。じゃあ、次の部屋に向かおうか。」

 目も合わせられず、虚空を見ながら言葉を絞り出す。
 年下相手に情けないとまたへこみながら、通路の先で待つ作業着の男の方へ振り向こうとしたその時。
 ゴトン、と、何か重いものが地面に落ちる音が耳に入ってきた。
 音が聞こえたのは、部屋の入り口側だ。
 作業着の男が、何か落としでもしたのだろうか。
 そう思いながら振り向くと、部屋から見える位置にいたはずの男の姿が見当たらなかった。

「あれ、いない?」

 1人でどこかに行ってしまったのだろうか。
 訝しく思い、女子高生の方を見ると、彼女は何もわからないというように首を左右に振るだけだった。
 真っ先に頭に浮かんだのは、あのチンピラ風の男のことだ。
 “狼”と疑われるあの男が現れて、作業着の男に何かしたのかもしれない。
 だが、周囲を警戒していたはずの男に対して、悲鳴を上げることすら許さず連れ去ることなど可能なのだろうか。
 それではまるで、どこかの伝説の傭兵か忍者のようではないか。

(そ、そんなわけ、無いよな……?)

 心臓の鼓動が、少しずつペースを上げていくのが分かる。
 ありえないとは思いつつ、最悪の事態をどうしても想像してしまう。
 もう1度女子高生の方へ顔を向けると、思い詰めたようにして震えているのが見て取れた。
 自分より怯えている彼女に頼ることなど、当然出来ない。
 自分でなんとかするしか無い。
 諦めに近い心地で腹を据えると、雅史は待っているよう女子高生に手で合図を送り、通路の出口へと足を踏み出していった。

「あ、あの~、なんか姿が見えなくなっちゃってますけど、何かありましたか~?」

 名前も聞いていないのでなんと声をかけていいか分からず、曖昧な呼びかけをしてみる。
 しかし返事はない。
 下手に声をかけないほうが良かっただろうか。
 軽率な行動を後悔しながら、ゆっくりと歩みを進める。
 すると、通路の出口の左隅に白いものが落ちているのが見えた。

(こ、これって……。)

 それは、白い靴のつま先だった。
 おそらく、作業着の男が履いていた白い作業靴に違いない。
 やはり、彼の身に何かあったのかもしれない。
 心臓の鼓動がさらに跳ね上がる。
 警戒を強めながらようやく廊下の手前までたどり着くと、雅史の視界には、作業着の男の足部分が現れていた。

(全然動かない……。だ、大丈夫なのか?やっぱりあのチンピラに……?)

 一旦作業着の男から視線を外し、壁に張り付いて深呼吸を1つする。
 心臓はさっきから早鐘を打ち続けている。
 今すぐこの場から逃げ出してしまいたい。
 だが、倒れている男を放っておくわけにもいかないし、どのみち背後の部屋は袋小路で逃げ場はない。
 覚悟を決めて息を止めると、廊下に顔を出して素早くあたりを見回した。
 幸運なことに、周囲に人影はなさそうだった。

(近くには誰もいない……か?)

 一応の安全は確認できたと思い、作業着の男の方へと足を踏み出すと、靴の下でベチャッという、水溜りに踏み込んでしまったような音がした。

「うえっ、なんだこの水……。」

 水溜りなんてさっき来た時は無かったはず。
 訝しみながら視線を落とした雅史の目に映ったのは、うつぶせに倒れ込んだ男の身体と、それを囲むように広がる赤い液体だった。

「えっ。なん……え?」

 雅史は、目の前に広がる光景をうまく認識することが出来なかった。
 頭の中が真っ白になり、血の気が引いて天地がひっくり返ったような感覚に陥っていた。
 何だ、これは?
 自問してみるが、思考が空回りして答えがまるで浮かばない。
 脳が考えることを拒否しているかのようだった。
 だが、頭のどこかでは理解していた。
 床に広がっているのは、男の血だ。
 大量の血液が、男の体から流れ出しているのだ。
 男は、死んでいる。
 その事実を明確にしているのは、男の身体のさらに奥に見えたものだ。
 それは、頭だった。
 男の胴体と別れて、少し離れた場所にポツンと転がっている。
 横たわる身体には、首から上がなかった。
 頭部だけが、別個の存在であるかのようにそこにあった。
 わずかに覗く虚ろな目は宙を見つめたままで、しかし何も映してはいなかった。

「うっ、うわあああああああああああ!」

 建物に満ちていた静寂を、雅史の絶叫が引き裂いていった。
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