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王宮での断罪①
しおりを挟む「マリアージェ・レネ=リズボーン! 性悪なおまえとの婚約をこの場で破棄する!!」
王宮の大広間で開催された、貴族学院卒業生の為の祝賀ダンスパーティーで、この国の第二王子であり、わたしの婚約者(仮)だった馬鹿が、一段高い所に駆けあがり大声で宣言した。
貴族学院卒業式後の祝賀ダンスパーティは、いつもは学院内の大講堂で開催されるのに、今回に限って会場が王宮となったのは、我が子可愛さで王妃様がごり押しした為らしい。
因みに三年前に第一王子とわたしの兄が卒業した時は、例年通り学院で行われたことからも偏愛丸わかりだ。
馬鹿王子の計画では、パーティの入場は身分が下位の者からがルールで第二王子が最後のはずだから、入場してすぐわたしに冒頭の台詞を突き付けるつもりだったらしい。
だけどわたしが遅れて入場したから、いないいないとキョロキョロウロウロしている様が間抜けだったわね。
それでやっと見つけた瞬間、喜悦を浮かべて壇上に駆け上がった訳。
取り残された側近たちが今ようやく壇上に登って来たけど、まあ何というか、無様ね。
わたしはマリアージェ・レネ=リズボーン。
アルステッド王国の準王族、筆頭公爵家の娘で、先ほど第二王子に婚約破棄を告げられた身。
笑いを堪えるのが辛いけど、せっかくない頭で考えたであろう奴らの三文芝居を、とりあえず鑑賞いたしましょうか。
壇上にいるのは第二王子ジェイソン=バスク・アルステッドを猿山の大将に五人。
その1、アルステッド王国第二王子のジェイソン=バスク。
美貌で知られる王妃様に似ていて、金髪碧眼の見た目だけは麗しい、勉強も努力も嫌いな自惚れ屋。
王妃に溺愛されてるのをいいことに、大変優秀な兄王子を差し置いて「次代の王は俺だ!」と思い込み、吹聴している頭の痛いヤツ。
同じ両親から生まれたのに教育の仕方でこうも優劣に差が出来るのかと実証された、と影で嗤われているのに気が付かないマザコン王子。
その2、宰相の次男でバカディ公爵家令息のシューサイ。
自分以外皆バカだと見下している、頭でっかちの傲慢男。
確かに学業では学年一位・二位を争っていた秀才だけれど、応用が利かずマニュアル通りにしか対応できない使えないヤツ。
因みに一位をわたしに奪われた時、「不正だっ!」と空騒ぎをしていたわ。
もちろんわたしはどこかの誰かと違って不正はしていないし、それもすぐさま証明された。
見た目はそれなりの美形なんだけど、顎のラインで切り揃えられた灰色の髪と水色の瞳が酷薄なイメージだ。
その3、騎士団長の次男でダイク侯爵家令息のノーキング。
体も脳ミソも筋肉で武装され、言葉も額面通りにしか理解しない単純バカ。
不適切発言連発することから家族に、「一呼吸置いて話す言葉を考えてから言え」と注意されたら、「一呼吸ってどのくらい?」とアホな問い返しに、「とりあえず5つ数えるくらいだ」と教えられたら最後のことしか覚えておらず、ぶつぶつ「1・2・3…」と数えている体たらく。
見た目は爽やかイケメンなので、実態を知らないお嬢様たちが「寡黙でステキ」とか言ってるらしい。目を覚ませ。
その4、魔法師団長の次男でアフォネン伯爵家令息のナルシス。
魔力量は多いけれど致命的にコントロールが悪く、魔法のセンスがないと評価を受けるも自身は、「稀代の大魔法使いに俺はなる!」とかよく分からない戯言を言う、自信過剰なナルシスト。
確かに白皙の美貌の持ち主ではあるけれど、長い銀髪を指で掻き上げては鏡に映る自分にうっとりしているのを、偶々目撃してしまったわたしの精神的苦痛を察して欲しい。
その5、ライアー男爵家の養女セシル。
二年生から編入してきた元平民で、現在その二年生。
マナーが悪く教養もないのに、高位貴族令息に媚を売る事だけは上手い。
ふわふわの金髪と小柄な体格とは逆に豊満な胸、ぱっちりとした青い瞳をうるうるさせて上目遣いに摺り寄る“あざとカワイイ女”だ。
貴族令嬢にあるまじきボディタッチだけに留まらず、男子と密室に二人きりで籠るなど、篭絡された令息は我が家調べで十人は下らないビッチ。
わたしはこの彼らを『四馬鹿次男ズwithビッチ』と呼んでいる。
もちろん心の中でね!
厳しい淑女教育を受けてきたわたしは、心の中で罵詈雑言吐くしか鬱憤を晴らせないのよ。
慢性ストレス性胃炎だっつーの!
「おまえは清楚可憐なセシルに対し、嫉妬に駆られて足を掛けて転ばせたり! 教科書を破って捨てたり! 噴水に突き飛ばしてびしょ濡れにして風邪をひかせたり! さらには階段の踊り場から突き落として怪我をさせた!! 光魔法を使える聖女たるセシルへの非道な振る舞い、もはや看過できん!!」
おやおや、ちょっと意識を飛ばしている間に、第二王子がアホなこと言ってるわ。
『清楚・可憐』ってどういう事を言うのか分かってんのかね。
そもそも『清楚』で『可憐』な貴族令嬢は、胸の谷間が露わな、背中も大胆に空いているデザインの真っ赤なドレスなんて選びませんて!
ありゃ、スカート部分なんて太腿まで見える深いスリットが入ってるわ。
いやもうこんなドレスどこで売ってるのよ! 娼館か!?
まともなクチュールなら、こんな下品なドレスはプライドにかけて頼まれても作らないだろうし。
それにさぁ、男性の腕に胸を押し付けて絡みつく『清楚可憐』令嬢って!
だいたいセシルがいつ教会から『聖女』認定受けたのかしら。知らないわぁ。
イジメの内容も子供じみているわね。
わたくし、これでも筆頭公爵家令嬢でしてよ。やるなら男爵家ごと潰しますわ!
おーほっほっほっほっ。
――あら、これじゃあ本当に悪役令嬢だわね。
「貴女の悪行、全て調べは付いています! 観念なさい!」
あらタイムリー。
今度は、鬼の首を取ったかの如く、何かの紙束をばっさばっさと振っているシューサイがドヤってる。
調べたとか言ってるけど、ほとんどがセシルからの証言とビッチが篭絡した男子の証言しかないってことは、我が家の諜報員が調査済みよ。
でもまあ、一応聞いとくか?
「悪行だなんて、証拠はございますの? セシルさん本人やご友人以外の第三者からの証言と物的証拠がございましたら、この場で提示して頂けませんかしら?」
わたしからの切り返しに、セシルはすかさず悲し気な表情を作って第二王子にぎゅっと抱き着いたわ。
「言い逃れなんてぇヒドイですぅ! マリアージェ様にぃ、いっつもヒドイ言葉で罵られてぇ、セシル、悲しか「貴女に対して、マナーが悪いと注意したことはありますが、暴言を吐いたことはございませんわ。暴言と思えた内容を具体的に教えて頂けませんかしら」
間延びした喋り方にイライラして、ついぶった切ってしまったわ!
失敗失敗。
「ジェイさまぁ、こわぁい」
「ああ、セシル、大丈夫だよ。今からあの悪女を成敗するからね」
おおっ! ついに第二王子もセシルを抱きしめた!
壇上でひしと抱き締め合う男女。
何見せられてんだろうとウンザリしていたら、第二王子がわたしを睨んできたわ。
「貴様! 心優しいセシルを怖がらせるなど万死に値する!」
右手の人差し指をぴしっとわたしに突き付けて、鼻の穴おっぴろげてドヤ顔してるんだけどさぁ、罪状なによ?
“お花畑ビッチを怖がらせた罪”とか?
ある訳ないじゃん。
わたしが遠い目をしている間にも、馬鹿どもの戯言は続いている。
聞いててもしょうもない事ばっかり。
「セシルに謝れ」「セシルは傷ついている」「セシルは泣いていたんだぞ」とか。
あーはいはい。右から左にスルー。
わたしはセシルに物理的な攻撃は一切していない。ただの注意喚起のみ。
それも、令嬢の立場を慮って人目のない所で……なーんてするわきゃない。
人目をはばからずイチャイチャしている連中に配慮は必要なしということで、わざと大勢が注目している中で苦言を何度か呈していた。
それもおまえら全員にな!
なのにセシルだけが被害者かのように言ってるって……もしかして、わたしが『四馬鹿次男ズ』に苦情を言っていたの分かってもらえてなかったのか。
馬鹿か!? いや、バカだったわ。
それにしても、わたしや周辺の人々の冷ややかな目に気づかんかな。気づかないんだろうな。
他人の感情の機微を読み取れていたら、ハナからこんなバカをやらかさないだろう。
この三文芝居にうんざりしているのか、本日のエスコート役が隣からピリピリと不機嫌オーラを放出しだしているわ。
今や会場内の分布は、『四馬鹿次男ズwithビッチ』と、わたしを先頭とした令息令嬢たちという布陣。
おまえらの味方はいないようよ?
はぁ、もうそろそろいいかな。
ここからは、わたしのターン。
「――第二王子殿下、よろしいでしょうか」
壇上の第二王子に、わたしは微笑みを浮かべて見せた。
憐れみを添えて。
「むっ!? 今更謝罪しても遅いぞ! 貴様は貴族籍剥奪の上、国が「そんな事は出来ませんわ。殿下には権限がありませんもの」
おーまーえー!
言うに事かいて、「貴族籍剥奪」だの、「国外追放」とか言おうとしただろ!?
そういうのはな、国王陛下の権限だぞ!
“貴族議会”の裁判なしに、高位貴族を罪に問えないんだよ! バカめ!!
大体さぁ、わたし王族なんだけど。
「何を言うか! 俺様は未来の国王だぞ!!」
バカが言い切りやがったーっ!
王宮のど真ん中で、高位貴族がぞろぞろいる中での宣言。取り消しできないぞ。
逆上して麗しい顔を歪め、ビシビシとわたしに指を突き付けている。
指先から光線でも出てたら、わたしは重傷かもしれないわね。
でもヤツは王族なのにろくに魔法が使えないのよねぇ。訓練を面倒がってしないから。
シーンと静まり返ったこの会場の空気、どうしてくれる。
何をどう捉えているのか知らんけど、バカは胸を張ってドヤ顔しているわ。
もしかしたら、「俺様の威光に畏れをなしている」とでも思っているのかもね。
残念ながら、この会場にいるほとんどの者は、第二王子に未来がないことを知っている。
何も知らない、知らせてもらえない“裸の王子”ってか。
そんじゃまぁ、わたしが現実を教えてやるよ!
「いいえ? 未来の国王は第一王子のジェラルド殿下ですわ。
先日の貴族議会でジェラルド殿下の立太子が決議され、国王陛下の承認を得ました。
この決定は既に貴族家に周知されているはずですのに……ご存じなかったのかしら」
わたしは頬に指を添えて小首を傾げ、少し眉尻を下げて見せる。
可哀想なものを見るような仕草に、バカは案の定逆上したね。
「ウソだ!! デタラメを言うな! 婚約破棄されたからって「ええ~!? ジェイさまったら王様になれないのぉ?」
おお、セシル、つぇぇ。
喚いているバカの言葉にかぶせて、肩を掴んでがくがく揺さぶってるよ。
「なれません。何故なら第二王子の王位継承権は剥奪されました。現在は何の権限もない、第二王子という身分だけの存在ですわ。それに従って「ウソだウソだっ!! 嘘だぁぁぁ!!」
わたしの言葉を遮って、大きな声を出せば覆せるとでも思ってんの? もう遅いんだよ!
耳を塞いで喚く第二王子の後ろにいる『取り巻き次男ズ』も唖然としているわね。
予定通り、彼らにも情報は遮断されていた――ていうか、ノーキングは聞いても分からなかっただろうし、ナルシスは他人事に興味がないし。
あんたら、家にも帰らず、都内に購入した隠れ家に入り浸っていたから、情報が入ってこなかったんでしょうが!
「嘘ではございません。この会場にいる他の卒業生たちは知っておりますわ。だから第二王子に追従する者がおりませんの。むしろ、当事者が何故知らないのかと怪訝な顔をしておりますでしょう?」
そうしてわたしは誘導するかのように、ぐるりと周囲へと目線を投げかける。
「バカだバカだとは思っていたけど、ここまでバカだったとは」、なんて思ってるような表情が多いわね。
「そんな重要な話、父上から聞いていません! そうだ、貴女が我々を陥れようと捏造したんだろう!?」
「お黙りなさい、愚か者! 王族の一員であり王位継承権第三位のわたくしを罵るとは何様のつもりですの!?」
顔色を青くしたシューサイが往生際悪いセリフを吐いた。
捏造だなんて、全くどの口がそれを言うんだか!
わたしは眉を跳ね上げ、シューサイをキっと睨みつける。
傍目には怒りを顕わにした凛とした淑女を装ってるけど、内心心臓バクバク。
わたしも何様なのよぉ。ああ、胃が痛い。
「え……王族……王位継承権……」
呆然と呟くシューサイと、顔色を青くした以下三名。
えーと、待ってぇ。まさかそこから!? 知らない? 知らないっていうか、忘れてた?
おいおいおいおい。
シューサイ、おまえ本当に宰相の息子か!? 高位貴族ならふつー知ってて当たり前の事だろ。
え、そうだよね?
「まさかお忘れとは思いませんが、リズボーン筆頭公爵家は準王族ですわ。
それに我らが母、リズボーン公爵夫人は国王陛下の妹、王妹です。ご存じの通り、我が国では女性にも王位継承権がありますわ。
母は降嫁後子を設けたことで継承権を失いましたが、わたくしと兄には王位継承権がございます。
国王陛下には他に男兄弟はおりませんし、第二王子の継承権剥奪に伴い順位が変動、我が兄が王位継承権第二位、わたくしが第三位と繰り上がりましたの」
あと他に、先王陛下の弟君が臣籍降下して公爵となり、ご子息が二人とお孫様が五人いらっしゃるけど、わたしたちより継承順位は低いのよ。
シューサイんとこのバカディ公爵家も、数代前に王女が降嫁してるから遠いけど王家の血は引いてはいる。すっごく薄まってるけどね。
対してリズボーン公爵家は、度々王子の婿入りとか王女が降嫁しているし、王家に嫁いでもいる。
で、お父様の祖母様は王女で、妻も王女。第二の王家と呼ばれる準王族。
だからわたしたち兄妹は血が濃いーんだ。
そうですよねーと隣に立つ長身を見上げたら、ものすっごい不機嫌全開の微笑みを浮かべたお兄様が腕を組んで、人差し指を苛立たし気にトントンと叩いていた。
こえぇよ。
三つ年上のお兄様――レオナルド・ジル・リズボーンは大変貴族らしい貴族で、身分に厳格なので、下位の者と馴れ合う事はしない上、平民は歯牙にもかけない。
身内には少々甘く、他人にはちょー厳しい。
『冷血公子』などと陰口を叩かれて恐れられているし、わたしも「血の色ミドリなんじゃね?」と思う事がある。
幼少の頃から、一を聞けば十を知る――なんて家庭教師に言わしめた天才さま。
作り物めいたゾッとする美貌に、程よく鍛え上げられた長身。紫色の光沢を持つ黒髪にアメジストの瞳は王家の色彩。
全く甘くなく、優しくない性格を以てしても、ご令嬢やご婦人たちに人気があるんである。
滅多にないけど、効果を狙って浮かべる艶然とした微笑み――それにコロっとやられるらしい。
わたしから見たら、すげー胡散臭い顔なんだけどねぇ。
やっぱ見た目か。“イケメンに限る”とかいうやつ。
因みに国王陛下と第一王子、母とわたしも髪と瞳は同じく王家の色彩を持つ。
第二王子だけが王妃様譲りの金髪碧眼だから、それもコンプレックスだったかもしれないわね。
優秀な兄を持つ肩身の狭さというのは、わたしにも分かる。
分かるよ? 分かるんだけどぉ、おまえぇ、バカ過ぎだろ!
『神輿は軽い方がいい』って、傀儡政治狙いの第二王子派(あるいは王妃派)の貴族にも馬鹿過ぎて何をしでかすか分からんと匙を投げられたんだよ。
馬鹿な言動以外の理由も決め手となって、貴族議会で九割がたの貴族が、第一王子の立太子と第二王子の王位継承権剥奪に賛成したっていうんだから。
そして、その第二王子を主に選んだ側近どもよ。
おまえたちの兄も優秀だと評判だ。次男ズはコンプレックス集団なのかもね。
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○○○○○○○○○○
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