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5話
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トットはポケットからハンカチを取り出すと、亀吉に手渡す。撮影中に役立つと思い、ウケ狙いの柄にした事を後悔しながら。
「ありがとうございます。」
ハンカチを受け取り、涙を拭う。
「不安を煽る様な言い方をして申し訳ありません。ただこのままトットさんの力が成長し続けると、世界中を巻き込む大変な事態になる事は明白です」
落ち着きを取り戻し亀吉が言う。
「確かに私もドンドン成長しているなぁとは思っていますが、世界を巻き込むだなんて、そんな、そんな大袈裟な」
ふふっと鼻から笑いが溢れる。
「最近じゃ配送の仕事したら儲かるんじゃないかって思ってる程度ですよ!予想してたより成長が早いなとは感じていますが…」
実際に次の企画では「「ベランダに直接荷物届けてみた」」を企画していた。
「やはりトットさん、今の現状を甘くお考えになられています。このまま成長を続けると4日後には1トンを超える重量でも持ち上げる事が可能になる筈です。」
1トン??想像も出来ない重量に頭の理解が追いつかない。実際ジジの軽自動車を持ち上げようとした事がある。その時はうんともすんとも言わず、いつか遠い未来で実現出来ればと思っていたくらいだ。それが4日後には実現可能だと言われ、心臓の鼓動が不規則に脈打つのを感じる。
「そうなんですか??でっでもそれが実際可能だったとして、凄いマジシャンが現れた程度の事でしょう?実際私の動画を見て下さっている方々も、半分以上がトリックだと思っていますよ!亀吉さんだって実際に見るまでは半信半疑だったでしょう!?」
心のモヤを晴らそうと語尾が強くなってしまう。実際トットの中で超能力者は憧れの対象であり、漫画やアニメの登場人物は、胸を熱くさせる存在だった。トットもいつか私もと夢に描いていた。
「ええ、確かに半信半疑でした。ただ最初に不安を覚えたのは、今回の企画です。」
真っ直ぐにトットを見つめる。
「今回の企画って、亀吉さんが考えたって言ってたじゃないですか!?何を言ってるんですか??」
不安に満たされた心のせいか、ドンドンと声が大きくなる。普段の温和な性格のトットらしからぬ口調だ。
「はい。確かに今回の企画の発案者は私です。
それにトットさんの現状を考慮し、なるべく早い実現に尽力しました。ですが早過ぎます。
私が企画書を提出した際も、上司は乗り気ではありませんでした。寧ろ胡散臭い企画だと笑われたくらいです。そんな上司の態度に焦り、その…普段は絶対にしないのですが、その…コネクションを使いました。」
コネを使った事が恥ずかしいのか俯きながら喋る。
「その、私ちょっとだけ出自が良くて…、職場の人間には伝えていないのですが」
考え込む様に俯く。話の続きを促そうと、どんな家柄の出なのか尋ねるが、有耶無耶にされてしまう。
「そんな事より、最初に違和感を感じたのは祖父に会いに行った時です。祖父は孫の私から見ても頑固者で、自分が気に入らない事は孫の頼みでも聞き入れてくれません。」
トットの脳内にて、和装に身を包み、年輪の様に刻まれた皺と、白く長く伸びた口髭に包まれた、厳格な顔立ちの祖父像を思い描く。
「それに流行りに疎く、インターネットや動画配信サービスも知らない程です。私は1から説明しようと資料を渡し、企画の事を話すと「「わかった」」と一言いって出掛けて行ってしまいました」
コートを羽織り、秘書を引き連れ何故か大正時代のお偉い様が乗りそうな車を想像する、的外れなトット。
「その数時間後には、上司より電話が入り、直ぐに先方と連絡を取る様にと言われました、それが昨夜の事です。企画書を出してから番組が放送されるまで24時間も経たない計算です。それもゴールデンタイムに特別番組で放送される生放送。トットさん以外に出演される方は、みな名も売れていないマジシャンの方ばかりです。」
まるで穴埋めするかの様に集められた人間。
取ってつけた様な特別番組。
異例の速さで通る企画書と番組。
「何もかもが異常な速さで動いています。これは祖父だけの力とは思えません。それに番組と協力して行うマジックは、一切禁止するよう通達があったそうです。」
テレビで放送される手品には、番組サイドと共同で行うマジックも数多くあった。
「私はどこからの指示か質問したところ「「上」」と一言だけ言われました。」
2人で同時に天井を見上げる、そこには丸型のライトと火災報知器があるだけだった。
ふうっと一息つく亀吉さんに、テーブルに置いてあったお茶を手渡す。お礼を言って受け取った亀吉だが、お茶には手を付けずに膝の上に置く。シンと静まり返る控え室に、エアコンの音だけが響く、膝を突き合わせる格好で向かい合う2人は、いつの間にか正座の体制に変わっていた。
ツーっと一粒、こめかみを通って流れ落ちる汗…
「でっでも、その…ほらっ!私が言うのも何ですが、凄い事じゃ無いですか!実際に超能力があるってあり得ない事でしょう??その上司の人だって、亀吉さんに言われて動画を見たのかもしれませんよ!それで心変わりして急いだとか…元々予定していた番組がタレントの不祥事とかで放送出来なくなったとか!!」
思い付いた事を口にする。冷静に見つめ返す亀吉の視線に、自信をなくし不安感が増す。
「確かにその可能性が無いとは言い切れません。ですが限り無く低い可能性です。実際緊急特番が決まった為、私たちは日も上がらない時間から企画会議をしていました。その企画会議に見学と称し2人見知らぬ方がいました。
将来テレビ局で働きたいと仰っていましたが、企画会議室に関係者以外が入室している事が異例。見学者にしては歳を重ね過ぎている事、ましてや急遽決まった朝の早い時間帯に、来ている事も、全てが異例なんです。でもそんな異質な状態でも、忙しなく働く他のスタッフ達は気にも留めませんでした。」
不確かだった自分の考えが、トットに説明しながら確固たる自信へと変わっていた。
「トットさん、貴方は既に上の何かに目を付けられています。」
再度上を見上げると、天井に貼られたボードの模様が、無数の目となり、怯えるトットを見下ろしていた。
最初にサイコキネシスに成功してから、トットは夢の様な毎日を送っていた。
超能力者に強い憧れを抱いていた幼少期、学校帰りに一人空に向かって手をかざし、当時流行っていた必殺技の名前を叫んだ事もあった。毎晩寝る前には自分が主人公の物語を想像しながら眠りに落ちた。それは大学を卒業し就職しても色褪せる事はなかった。
そんなある日、同じ様な趣味を持つ妻と出会い、結婚し、子供が生まれ、仕事の毎日に明け暮れながら泣き、歳を重ねながら笑いあい、些細な事で喜び合っていた。そんな日々を過ごすなか、段々と若い頃の様に非現実に思いを馳せる事も減り、現実と寄り添うように過ごす日々が続いた。
動画配信を始めたきっかけも、最初は【お金】であった。動画の内容を考えていたある日、忘れてかけていた憧れを思い出す。
亀吉さんと2人で話しあい、他のスタッフに呼ばれ番組の説明や注意事項を受ける。時折刺す様な視線を感じるが、複数の目がトットの方へと向いており、愛想のない笑顔で誤魔化す。
番組が始まり、サングラスを掛けた司会者が何かを喋っている。突然舞い降りたチャンスに新人マジシャン達は大小様々な笑いや驚きをスタジオに届けていた。
トットは悩んでいた、トットにとってもチャンスであるはずの番組に意識を向けようとするが、どうしても不安な気持ちが意識を引き戻してくる。
亀吉さんと話した内容を頭の中で反芻する。
最後の方は正直何を言っていたのか覚えていなかった。「大丈夫だから」とか「悪い方向にいくとは限らない」とか、そんな励ます様な内容だったと思う。
トットが意識も定まらずに、期待と不安をかき混ぜている間も番組は進んでいる。
司会者が手をスライドすると、場面が切り替わるように演者が入れ替わり、まるで録画された映像を次々と早送りする様に進んでいく。スタッフに肩を叩かれるまで、自分の名前を呼ばれている事にも気付けない程、トットは意識を奥深くへと沈めていた。
「小沢さん!小沢さんっ!!」
右肩に強い衝撃を感じ、意識を戻す。
「大丈夫ですか?」と聞かれ笑って誤魔化す。
どうやら次が出番の様だ。
「集中しなきゃ、集中しなきゃ…」
声に出して自分へと言い聞かせる。家ではカカさんとミーも番組を見ているはずだと。
「スーーーーーーっ、はぁ~~~~~~っ」
大きく深呼吸を繰り返す。
(色々と準備をしてきたんだ、毎日の動画配信でトークの自信だってある。最初は小物でみんなの心を掴んで、ちょっとした笑いもとって…そう、最後にはとっておきだってあるじゃないか!)
両掌でパチンっと顔を叩く、カカさんにもらった背中の景気付けを思い出す。
(そうだ、例え何かに目を付けられていたとしても、今日明日どうこうなる事はないだろう)
スタジオに拍手が沸いている。
「次に我々を驚かせてくれるのは、この方です!!」
そう言って舞台袖へと手を伸ばす司会者。隣にいる青年が、そっと背中を押しながら「お願いします!」と言っていた。
(それに私にはこの力があるじゃないか!ケンカに自信は無いけど、サイコキネシスを使えばどうにかなるだろう、私なら…私なら……
じゃカカさんやミーは……??)
スタジオの中央まで進む。トットは四方八方から浴びせられるライトに顔をしかめる。隣ではサングラスをした司会者が、トットのプロフィールを簡単に説明していた。顔は辛うじて笑顔を貼りつけている。
「どうぞ~!」の言葉に反応して、トットはポケットティッシュを取り出し、宙に浮かばせる。スタジオからはドッと歓声が起こる。
トットはティッシュを自由自在に操りながらスタジオを見回す。真剣な眼差しでカメラを向けるカメラマンや、忙しなく動くアシスタント。スーツを着た笑顔の集団の中に、1人不安そうな表情の亀吉を確認する。目が合うとつい会釈してしまう。その時亀吉の後方に黒いスーツを着た男女の2人組と目が合う。みな様々な表情をトットに向けていたが、その2人だけが無表情で見ていた。
2人を見ていると、身体の内側からゾワゾワとした虫が這い出てくる様な不安に襲われる。
「さあ!次はどんな事を見せてくれるのかな??」
司会者が肩に手を置きながら訪ねてくる。
「ぃ……。」 「はいっ??」
あまりの小さな声に司会者が聞き返す。
「以上です、ありがとうございました」
そう言って深く一礼する。ポカンと口を開ける司会者。一瞬の間を置き、拍手が起こるスタジオを背に、トットはスタジオをあとにした。
「ありがとうございます。」
ハンカチを受け取り、涙を拭う。
「不安を煽る様な言い方をして申し訳ありません。ただこのままトットさんの力が成長し続けると、世界中を巻き込む大変な事態になる事は明白です」
落ち着きを取り戻し亀吉が言う。
「確かに私もドンドン成長しているなぁとは思っていますが、世界を巻き込むだなんて、そんな、そんな大袈裟な」
ふふっと鼻から笑いが溢れる。
「最近じゃ配送の仕事したら儲かるんじゃないかって思ってる程度ですよ!予想してたより成長が早いなとは感じていますが…」
実際に次の企画では「「ベランダに直接荷物届けてみた」」を企画していた。
「やはりトットさん、今の現状を甘くお考えになられています。このまま成長を続けると4日後には1トンを超える重量でも持ち上げる事が可能になる筈です。」
1トン??想像も出来ない重量に頭の理解が追いつかない。実際ジジの軽自動車を持ち上げようとした事がある。その時はうんともすんとも言わず、いつか遠い未来で実現出来ればと思っていたくらいだ。それが4日後には実現可能だと言われ、心臓の鼓動が不規則に脈打つのを感じる。
「そうなんですか??でっでもそれが実際可能だったとして、凄いマジシャンが現れた程度の事でしょう?実際私の動画を見て下さっている方々も、半分以上がトリックだと思っていますよ!亀吉さんだって実際に見るまでは半信半疑だったでしょう!?」
心のモヤを晴らそうと語尾が強くなってしまう。実際トットの中で超能力者は憧れの対象であり、漫画やアニメの登場人物は、胸を熱くさせる存在だった。トットもいつか私もと夢に描いていた。
「ええ、確かに半信半疑でした。ただ最初に不安を覚えたのは、今回の企画です。」
真っ直ぐにトットを見つめる。
「今回の企画って、亀吉さんが考えたって言ってたじゃないですか!?何を言ってるんですか??」
不安に満たされた心のせいか、ドンドンと声が大きくなる。普段の温和な性格のトットらしからぬ口調だ。
「はい。確かに今回の企画の発案者は私です。
それにトットさんの現状を考慮し、なるべく早い実現に尽力しました。ですが早過ぎます。
私が企画書を提出した際も、上司は乗り気ではありませんでした。寧ろ胡散臭い企画だと笑われたくらいです。そんな上司の態度に焦り、その…普段は絶対にしないのですが、その…コネクションを使いました。」
コネを使った事が恥ずかしいのか俯きながら喋る。
「その、私ちょっとだけ出自が良くて…、職場の人間には伝えていないのですが」
考え込む様に俯く。話の続きを促そうと、どんな家柄の出なのか尋ねるが、有耶無耶にされてしまう。
「そんな事より、最初に違和感を感じたのは祖父に会いに行った時です。祖父は孫の私から見ても頑固者で、自分が気に入らない事は孫の頼みでも聞き入れてくれません。」
トットの脳内にて、和装に身を包み、年輪の様に刻まれた皺と、白く長く伸びた口髭に包まれた、厳格な顔立ちの祖父像を思い描く。
「それに流行りに疎く、インターネットや動画配信サービスも知らない程です。私は1から説明しようと資料を渡し、企画の事を話すと「「わかった」」と一言いって出掛けて行ってしまいました」
コートを羽織り、秘書を引き連れ何故か大正時代のお偉い様が乗りそうな車を想像する、的外れなトット。
「その数時間後には、上司より電話が入り、直ぐに先方と連絡を取る様にと言われました、それが昨夜の事です。企画書を出してから番組が放送されるまで24時間も経たない計算です。それもゴールデンタイムに特別番組で放送される生放送。トットさん以外に出演される方は、みな名も売れていないマジシャンの方ばかりです。」
まるで穴埋めするかの様に集められた人間。
取ってつけた様な特別番組。
異例の速さで通る企画書と番組。
「何もかもが異常な速さで動いています。これは祖父だけの力とは思えません。それに番組と協力して行うマジックは、一切禁止するよう通達があったそうです。」
テレビで放送される手品には、番組サイドと共同で行うマジックも数多くあった。
「私はどこからの指示か質問したところ「「上」」と一言だけ言われました。」
2人で同時に天井を見上げる、そこには丸型のライトと火災報知器があるだけだった。
ふうっと一息つく亀吉さんに、テーブルに置いてあったお茶を手渡す。お礼を言って受け取った亀吉だが、お茶には手を付けずに膝の上に置く。シンと静まり返る控え室に、エアコンの音だけが響く、膝を突き合わせる格好で向かい合う2人は、いつの間にか正座の体制に変わっていた。
ツーっと一粒、こめかみを通って流れ落ちる汗…
「でっでも、その…ほらっ!私が言うのも何ですが、凄い事じゃ無いですか!実際に超能力があるってあり得ない事でしょう??その上司の人だって、亀吉さんに言われて動画を見たのかもしれませんよ!それで心変わりして急いだとか…元々予定していた番組がタレントの不祥事とかで放送出来なくなったとか!!」
思い付いた事を口にする。冷静に見つめ返す亀吉の視線に、自信をなくし不安感が増す。
「確かにその可能性が無いとは言い切れません。ですが限り無く低い可能性です。実際緊急特番が決まった為、私たちは日も上がらない時間から企画会議をしていました。その企画会議に見学と称し2人見知らぬ方がいました。
将来テレビ局で働きたいと仰っていましたが、企画会議室に関係者以外が入室している事が異例。見学者にしては歳を重ね過ぎている事、ましてや急遽決まった朝の早い時間帯に、来ている事も、全てが異例なんです。でもそんな異質な状態でも、忙しなく働く他のスタッフ達は気にも留めませんでした。」
不確かだった自分の考えが、トットに説明しながら確固たる自信へと変わっていた。
「トットさん、貴方は既に上の何かに目を付けられています。」
再度上を見上げると、天井に貼られたボードの模様が、無数の目となり、怯えるトットを見下ろしていた。
最初にサイコキネシスに成功してから、トットは夢の様な毎日を送っていた。
超能力者に強い憧れを抱いていた幼少期、学校帰りに一人空に向かって手をかざし、当時流行っていた必殺技の名前を叫んだ事もあった。毎晩寝る前には自分が主人公の物語を想像しながら眠りに落ちた。それは大学を卒業し就職しても色褪せる事はなかった。
そんなある日、同じ様な趣味を持つ妻と出会い、結婚し、子供が生まれ、仕事の毎日に明け暮れながら泣き、歳を重ねながら笑いあい、些細な事で喜び合っていた。そんな日々を過ごすなか、段々と若い頃の様に非現実に思いを馳せる事も減り、現実と寄り添うように過ごす日々が続いた。
動画配信を始めたきっかけも、最初は【お金】であった。動画の内容を考えていたある日、忘れてかけていた憧れを思い出す。
亀吉さんと2人で話しあい、他のスタッフに呼ばれ番組の説明や注意事項を受ける。時折刺す様な視線を感じるが、複数の目がトットの方へと向いており、愛想のない笑顔で誤魔化す。
番組が始まり、サングラスを掛けた司会者が何かを喋っている。突然舞い降りたチャンスに新人マジシャン達は大小様々な笑いや驚きをスタジオに届けていた。
トットは悩んでいた、トットにとってもチャンスであるはずの番組に意識を向けようとするが、どうしても不安な気持ちが意識を引き戻してくる。
亀吉さんと話した内容を頭の中で反芻する。
最後の方は正直何を言っていたのか覚えていなかった。「大丈夫だから」とか「悪い方向にいくとは限らない」とか、そんな励ます様な内容だったと思う。
トットが意識も定まらずに、期待と不安をかき混ぜている間も番組は進んでいる。
司会者が手をスライドすると、場面が切り替わるように演者が入れ替わり、まるで録画された映像を次々と早送りする様に進んでいく。スタッフに肩を叩かれるまで、自分の名前を呼ばれている事にも気付けない程、トットは意識を奥深くへと沈めていた。
「小沢さん!小沢さんっ!!」
右肩に強い衝撃を感じ、意識を戻す。
「大丈夫ですか?」と聞かれ笑って誤魔化す。
どうやら次が出番の様だ。
「集中しなきゃ、集中しなきゃ…」
声に出して自分へと言い聞かせる。家ではカカさんとミーも番組を見ているはずだと。
「スーーーーーーっ、はぁ~~~~~~っ」
大きく深呼吸を繰り返す。
(色々と準備をしてきたんだ、毎日の動画配信でトークの自信だってある。最初は小物でみんなの心を掴んで、ちょっとした笑いもとって…そう、最後にはとっておきだってあるじゃないか!)
両掌でパチンっと顔を叩く、カカさんにもらった背中の景気付けを思い出す。
(そうだ、例え何かに目を付けられていたとしても、今日明日どうこうなる事はないだろう)
スタジオに拍手が沸いている。
「次に我々を驚かせてくれるのは、この方です!!」
そう言って舞台袖へと手を伸ばす司会者。隣にいる青年が、そっと背中を押しながら「お願いします!」と言っていた。
(それに私にはこの力があるじゃないか!ケンカに自信は無いけど、サイコキネシスを使えばどうにかなるだろう、私なら…私なら……
じゃカカさんやミーは……??)
スタジオの中央まで進む。トットは四方八方から浴びせられるライトに顔をしかめる。隣ではサングラスをした司会者が、トットのプロフィールを簡単に説明していた。顔は辛うじて笑顔を貼りつけている。
「どうぞ~!」の言葉に反応して、トットはポケットティッシュを取り出し、宙に浮かばせる。スタジオからはドッと歓声が起こる。
トットはティッシュを自由自在に操りながらスタジオを見回す。真剣な眼差しでカメラを向けるカメラマンや、忙しなく動くアシスタント。スーツを着た笑顔の集団の中に、1人不安そうな表情の亀吉を確認する。目が合うとつい会釈してしまう。その時亀吉の後方に黒いスーツを着た男女の2人組と目が合う。みな様々な表情をトットに向けていたが、その2人だけが無表情で見ていた。
2人を見ていると、身体の内側からゾワゾワとした虫が這い出てくる様な不安に襲われる。
「さあ!次はどんな事を見せてくれるのかな??」
司会者が肩に手を置きながら訪ねてくる。
「ぃ……。」 「はいっ??」
あまりの小さな声に司会者が聞き返す。
「以上です、ありがとうございました」
そう言って深く一礼する。ポカンと口を開ける司会者。一瞬の間を置き、拍手が起こるスタジオを背に、トットはスタジオをあとにした。
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