波が覚えているから

橙と猩々

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灯台

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 よく晴れた週末。
 入り江の灯台は足場を組まれていた。
 埋め立てが進み防波堤がより沖へ建設された為、見慣れたこの灯台は不要になったのだ。
 梨花はウィアーと二人で灯台の前に座っていた。
 潮の香りと波音が気持ち良い。
 足元にはピンク色のペンキ缶が転がっている。
 灯台を惜しんだ実習生達が保全の為に塗り直してくれているのだ。
 白くなくなれば港口を知らせる役目はなくなる。
 ピンク色の灯台は海辺の恋人の聖地として流行る日が来るかもしれない、と梨花は思っている。
 隣を向けば、ウィアーが海の向こうを見つめていた。

「ここの海は穏やかです。でも深くて潮の流れが速い。やはり海は海ですね。
 私も海は見慣れて、なんとも思ったことはないのに。今は世界中こうやって繋がっていると思います」

 梨花は彼の横顔をただ見ていた。

「ここにはお金を貰いに来ました。私はもう国に帰ります。日本にはいられないから。
 最後に私達の相棒を見つけたかった」
 
 相棒というのは、実習生達が飼っていた九官鳥のことだ。
 籠から逃げ出した為、ウィアーは知り合いや店にポスターを渡して情報を集めていたらしい。あの九官鳥はよくここへ連れられて来ていたから、戻って来るかもしれないという一縷の望みをかけて灯台を残したいのだろうと梨花は思った。

「帰ってどうするの?」
「借金を払っても少しお金が残ります。
 船の免許を取って働きます」

 梨花は、彼が大型タンカーの船乗りになりたいと父に話していたのを知っていた。
 私が、あなたの夢を応援する。一生懸命勉強して、働いて、あなたの元に行く。そう言えたら良かった。いっそ何も無ければ良かった。でも、梨花にも決めている将来がある。だから、彼の気持ちが分かるのだ。
 梨花はただ潮騒にだけ耳を澄ます。

 ———すべてを掴めるほど大人じゃない。でも、未来を想像できないほど子供でもない。

 大人になって何でも手に入れられるようになったとしても、今日の事は忘れないでいよう。
 梨花はピンクの灯台を見てそう思った。
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