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飛べない動物と武官
5 1と4、2と3の和 ②
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イベロメソルに着いてすぐ、駐屯地へ車を預けていた。勿論そこにいるのはエナンティオ兵だ。彼らは首都から派遣された治安部隊で、城門での警備を引き受けたりもしている。実際の所、最南の統治都市の不穏分子の見張りとして置かれているのだが、貧しい辺境のこの町はいたって平和の様だった。私が車を預けると、彼らはそわそわとして鍵を受け取った。首都の要人は愚か、選定書官ですら滅多に訪れることが無いのだろう。何かを期待するような顔で私を見つめて来る若い兵に、ウィラビィが入都していないか確認したが勿論記録には残っていなかった。彼女がそんなヘマをするとは思っていないので、子供達から収穫がないのも当然のことだ。
それにしても、早朝の兵士の様子だと文化庁長官の訪問は知らされていないようだった。お忍び?強行?どちらにしたってあの男なら平然とやってのけるだろう。気が付けば私の手が無意識に上着のポケットを探っている。
「!」
しかし、そこには硬質な重みしかない。
手紙が―――ない!
私は直ぐに来た道を引き返した。
じわじわと勾配が上がる煉瓦の道を駆け上がる。
奪われたとすればあの時だ。
私の腕を掴む小さな手。
意外と高台にあった郵務局前の広場には、大して時間が経ってもいないのにがらんとして誰もいなかった。
いや、遠くでぱたぱたと無数の軽い足音がする?
「おいかけっこか」
私は今度こそ盛大に溜息を吐くと、子供の一人を尾行することにした。
足元も横壁も茶色い町を進む。
周りの砂漠に溶け込むような風合いの家々が細い通路にぎっしりと並んでいた。
その扉にはそれぞれ字や模様が彫り込まれ、同じ様子のものは二つとない。
中心部には二階建ての建物が多かったが、少し進んだこの辺りは平屋ばかりだ。
振り返れば、下部が丸い円錐のような青い屋根が遠くに見えた。
幻想的な美しい町だ。
その視界に天に伸びる青い円柱状の建物が映る。
空よりも鮮やかな青。
遠目で見れば輝くようなその色は、近くで見ると微妙にグラデーションが掛かり、さらに幾何学模様や星が描かれたタイルであることを私は知っていた。
……以前来た時よりも増えているようだが。
それが何に使われるものか考えてうんざりしながら、町はずれの裏路地の段差を上がったり下がったりした。子供の足を追うのは何の苦労もない。
それにしても、塵どころか木の葉一枚落ちていない。この町の住人は綺麗好きなんだろう。決して先進的ではないが、清潔感のある街なのだ。
子供を追い越さないように気を付けながらしばらく進むと、建物はまばらになり、足元の舗装はただの砂に変わった。目の前には砂地が広がり、その真ん中にはポツンと正方形の建物が立っている。上部には丸いドーム状の屋根がついていて同じように煉瓦で造られているが、街中の家屋よりも一段濃い色が染み込み年月を感じさせている。
恐らくは古い霊廟。
何かを企てるには狭い。
せいぜい子供の遊び場か、とたいして注意を払わなかった。
私の手紙を持っているだろう少年は吸い込まれるように、その建物へ入っていった。
その様子を少しの間眺めて、私も後を追う。
透かし模様が入った木製の門戸を押すと、それは大して力を掛けず静かに開いた。
私は隠れることもなく内部に体を滑り込ませて目を凝らす。
薄暗い。
建物を形作る煉瓦の間から日差しが差し込んで、舞い上がる砂を輝かせている。
子供と、もうひとり誰かいるな。
驚いて私を見ている子供の後ろに、銅像の台座のようなものに座している人物がいる。
漏れ出る日差しを背にしているため暗いシルエットしか見えない。
私はすっ、と目を細める。
一瞬で暗がりに慣れた目の前には、小柄な人間の少女が座していた。
……あれは墓石の上にいるのか。
背高い黒光りする石が椅子にされているのを見て、不敬な事だとつい苦笑してしまう。
それが分かったのだろう。
少女は美しい容貌に似合わず不敵に口元を釣り上げた。
片手で薄い手紙を弄ぶ。
無造作にまかれたターバンから長い金髪がこぼれ落ちて顔にかかった。
その奥で暗がりの中でも透けるようなブルーアイが私を剣呑に見つめている。
まずい、と直感的に思う。
対峙する人物はやばい奴だ。その上好戦的だと判断する。
この土地は4の性質で、私が使える力は8。
それは全く争いごとには向いていない力だ。
私は体を硬くしたが、少女は急に子供を見下ろすと口を開いた。
「誰がこんな小娘連れて来いっつったよ!?ああっ!?」
「………」
私は思わず、その言葉は誰が発したものか視線を彷徨わせて探してしまった。
勿論、目の前の美少女からだった。
くっきりとした目鼻だちの愛らしい顔からは想像つかない濁声だ。
いや、それ以上に荒っぽい口調が問題か。
面食らっていた私を他所に、男児は少女を仰いで頬を膨らませた。
「だって、お姉ちゃんが知らない人はみんな連れて来いって言ったんじゃないか。
何か分かるかと思って手紙を持って来たのに」
「俺は怪しい新顔を連れて来いって言ったぞ。こんなぼんやりした姉ちゃんに用事はねぇんだよ!」
少女が私を指さす。酷い言われようだが、戦闘は回避されたようでほっとする。子供が懐いている様子から、そんなに危険な人間ではないのかもしれない。
「お姉ちゃんは怒りんぼだな。チビのくせに……」
「なんだと、このガキ!!目上の人間に口の利き方を教えてやる。覚悟しろよッ…
…お前、その菓子」
少女の言葉が不自然に切れる。その視線の先に小さな子供の指にしっかりと握られた飴があった。
「後ろのやつから貰ったのか?」
男児がこくんと頭を振るよりも早く、再びきつい眼差しが私に向けられた。
「お前、文官か何かか」
それは質問ではない。飴から郵務局に出入りしたと推察されたようだ。
「郵便を受け取りに郵務局へ行ったが、それが?」
少女の射殺しそうな視線を受けるが、身元を話すつもりはない。選定書官という地位はとてもやっかいだ。その力を悪だくみに利用しようとする輩は多い。
私は自分の恰好を利用することにした。少し体を竦めると、意味ありげに顎で手紙を指す。
「……は、男からの手紙かよ」
少女が心底嫌そうに手紙を摘み上げた。ついでに裏返して差出人を確認している。
「確かに、役所勤めにしちゃ派手な格好だよな」
早々に興味が失せたのか私に向かって手紙が放り出された。ひらりと飛んで来たそれを掴んで手早く元のポケットへ突っ込む。必要なものは取り返せたのでさっそく退散しようと体を捻った瞬間、耳元で何かが羽ばたいた。大きな羽音は狭い霊廟の中を反響して下から上へと昇っていく。思わず顔を上げればドーム型の屋根と壁の境に十数羽のアヴァイラが止まっていた。こちらを覗き込むようにグレーの羽毛を持つ長い首を伸ばしている。
「鳩だよ」
男児も私と同じように見上げてそう教えて来る。様々な角度と凹凸で模様を描くように積まれた煉瓦の隙間から強まった外の日差しが差し込む。それは、視界の片隅で蝶が飛ぶように舞うものが、崩れ落ちる煉瓦の破片だと気づかせた。
「ぼろい建物だろ」
容姿に似つかわしくない低い声が霊廟に響く。
「千年は前の建物らしいぜ。土の中に埋まってたもんだから風化しなかったんだとよ。
誰を祭ったのかは知らねぇけど、ここは4の性質の土地だから、火?火の信仰?ってやつに使われてたんじゃね?」
「火の信仰?」
「あああ?俺に聞くんじゃねえよ!」
つい話に聞き入ったが何の意図があってのことか気になって来た。少女を注意深く見れば、その口角がにやりと上がった。それは妙に迫力がある。
「お前、この町に詳しくないだろ。旅行者か?」
「そうだ。待ち合わせをしているんだ。この手紙を受けとって指定の場所に会いに行く」
私はしれっと答えた。何ひとつ嘘はない。少女はそれを恋人との逢引だと思ったのだろう。整った顔を顰めると、手を払って私を追い払うようにする。
その機会を逃がさず踵を返した、その時。
しゅっ。
耳元で鋭い風が吹いた。
次の瞬間、黒髪が一房はらりと落ちていく。
視線だけ左側へ逸らすとライフルに着剣された刃が見える。
切り落とされたのか。
「二度とここには来るんじゃねえぞ」
背後から低い声が届いた。
それは相手に振り向くことすら許さない程威圧的だ。私は素直に建物を後にした。
正方形のそれから少し離れると強い日差しに照らされた。
腕を高く上げて顔に影を作る。煉瓦造りの霊廟を振り返ると、先ほどまでの遣り取りが嘘のように静かに佇んでいた。
「こんな田舎にあんなノーニスがいるなんてね」
エナンティオの軍人レベルじゃないか?
冷たい硬質な光を思い出す。
磨かれた刃は決して髪に触れてはいないはずだった。
なかなかの力の使い手のようだ。
誰を探しているのか知らないがあんな奴には係らない方が良いだろう。
私は足早に自分のホテルを目指す。妙に鼓動が早いことには気づかない振りをする。
砂っぽいはずの空気が乾いた風によって、体をさらりと滑っていった。
それにしても、早朝の兵士の様子だと文化庁長官の訪問は知らされていないようだった。お忍び?強行?どちらにしたってあの男なら平然とやってのけるだろう。気が付けば私の手が無意識に上着のポケットを探っている。
「!」
しかし、そこには硬質な重みしかない。
手紙が―――ない!
私は直ぐに来た道を引き返した。
じわじわと勾配が上がる煉瓦の道を駆け上がる。
奪われたとすればあの時だ。
私の腕を掴む小さな手。
意外と高台にあった郵務局前の広場には、大して時間が経ってもいないのにがらんとして誰もいなかった。
いや、遠くでぱたぱたと無数の軽い足音がする?
「おいかけっこか」
私は今度こそ盛大に溜息を吐くと、子供の一人を尾行することにした。
足元も横壁も茶色い町を進む。
周りの砂漠に溶け込むような風合いの家々が細い通路にぎっしりと並んでいた。
その扉にはそれぞれ字や模様が彫り込まれ、同じ様子のものは二つとない。
中心部には二階建ての建物が多かったが、少し進んだこの辺りは平屋ばかりだ。
振り返れば、下部が丸い円錐のような青い屋根が遠くに見えた。
幻想的な美しい町だ。
その視界に天に伸びる青い円柱状の建物が映る。
空よりも鮮やかな青。
遠目で見れば輝くようなその色は、近くで見ると微妙にグラデーションが掛かり、さらに幾何学模様や星が描かれたタイルであることを私は知っていた。
……以前来た時よりも増えているようだが。
それが何に使われるものか考えてうんざりしながら、町はずれの裏路地の段差を上がったり下がったりした。子供の足を追うのは何の苦労もない。
それにしても、塵どころか木の葉一枚落ちていない。この町の住人は綺麗好きなんだろう。決して先進的ではないが、清潔感のある街なのだ。
子供を追い越さないように気を付けながらしばらく進むと、建物はまばらになり、足元の舗装はただの砂に変わった。目の前には砂地が広がり、その真ん中にはポツンと正方形の建物が立っている。上部には丸いドーム状の屋根がついていて同じように煉瓦で造られているが、街中の家屋よりも一段濃い色が染み込み年月を感じさせている。
恐らくは古い霊廟。
何かを企てるには狭い。
せいぜい子供の遊び場か、とたいして注意を払わなかった。
私の手紙を持っているだろう少年は吸い込まれるように、その建物へ入っていった。
その様子を少しの間眺めて、私も後を追う。
透かし模様が入った木製の門戸を押すと、それは大して力を掛けず静かに開いた。
私は隠れることもなく内部に体を滑り込ませて目を凝らす。
薄暗い。
建物を形作る煉瓦の間から日差しが差し込んで、舞い上がる砂を輝かせている。
子供と、もうひとり誰かいるな。
驚いて私を見ている子供の後ろに、銅像の台座のようなものに座している人物がいる。
漏れ出る日差しを背にしているため暗いシルエットしか見えない。
私はすっ、と目を細める。
一瞬で暗がりに慣れた目の前には、小柄な人間の少女が座していた。
……あれは墓石の上にいるのか。
背高い黒光りする石が椅子にされているのを見て、不敬な事だとつい苦笑してしまう。
それが分かったのだろう。
少女は美しい容貌に似合わず不敵に口元を釣り上げた。
片手で薄い手紙を弄ぶ。
無造作にまかれたターバンから長い金髪がこぼれ落ちて顔にかかった。
その奥で暗がりの中でも透けるようなブルーアイが私を剣呑に見つめている。
まずい、と直感的に思う。
対峙する人物はやばい奴だ。その上好戦的だと判断する。
この土地は4の性質で、私が使える力は8。
それは全く争いごとには向いていない力だ。
私は体を硬くしたが、少女は急に子供を見下ろすと口を開いた。
「誰がこんな小娘連れて来いっつったよ!?ああっ!?」
「………」
私は思わず、その言葉は誰が発したものか視線を彷徨わせて探してしまった。
勿論、目の前の美少女からだった。
くっきりとした目鼻だちの愛らしい顔からは想像つかない濁声だ。
いや、それ以上に荒っぽい口調が問題か。
面食らっていた私を他所に、男児は少女を仰いで頬を膨らませた。
「だって、お姉ちゃんが知らない人はみんな連れて来いって言ったんじゃないか。
何か分かるかと思って手紙を持って来たのに」
「俺は怪しい新顔を連れて来いって言ったぞ。こんなぼんやりした姉ちゃんに用事はねぇんだよ!」
少女が私を指さす。酷い言われようだが、戦闘は回避されたようでほっとする。子供が懐いている様子から、そんなに危険な人間ではないのかもしれない。
「お姉ちゃんは怒りんぼだな。チビのくせに……」
「なんだと、このガキ!!目上の人間に口の利き方を教えてやる。覚悟しろよッ…
…お前、その菓子」
少女の言葉が不自然に切れる。その視線の先に小さな子供の指にしっかりと握られた飴があった。
「後ろのやつから貰ったのか?」
男児がこくんと頭を振るよりも早く、再びきつい眼差しが私に向けられた。
「お前、文官か何かか」
それは質問ではない。飴から郵務局に出入りしたと推察されたようだ。
「郵便を受け取りに郵務局へ行ったが、それが?」
少女の射殺しそうな視線を受けるが、身元を話すつもりはない。選定書官という地位はとてもやっかいだ。その力を悪だくみに利用しようとする輩は多い。
私は自分の恰好を利用することにした。少し体を竦めると、意味ありげに顎で手紙を指す。
「……は、男からの手紙かよ」
少女が心底嫌そうに手紙を摘み上げた。ついでに裏返して差出人を確認している。
「確かに、役所勤めにしちゃ派手な格好だよな」
早々に興味が失せたのか私に向かって手紙が放り出された。ひらりと飛んで来たそれを掴んで手早く元のポケットへ突っ込む。必要なものは取り返せたのでさっそく退散しようと体を捻った瞬間、耳元で何かが羽ばたいた。大きな羽音は狭い霊廟の中を反響して下から上へと昇っていく。思わず顔を上げればドーム型の屋根と壁の境に十数羽のアヴァイラが止まっていた。こちらを覗き込むようにグレーの羽毛を持つ長い首を伸ばしている。
「鳩だよ」
男児も私と同じように見上げてそう教えて来る。様々な角度と凹凸で模様を描くように積まれた煉瓦の隙間から強まった外の日差しが差し込む。それは、視界の片隅で蝶が飛ぶように舞うものが、崩れ落ちる煉瓦の破片だと気づかせた。
「ぼろい建物だろ」
容姿に似つかわしくない低い声が霊廟に響く。
「千年は前の建物らしいぜ。土の中に埋まってたもんだから風化しなかったんだとよ。
誰を祭ったのかは知らねぇけど、ここは4の性質の土地だから、火?火の信仰?ってやつに使われてたんじゃね?」
「火の信仰?」
「あああ?俺に聞くんじゃねえよ!」
つい話に聞き入ったが何の意図があってのことか気になって来た。少女を注意深く見れば、その口角がにやりと上がった。それは妙に迫力がある。
「お前、この町に詳しくないだろ。旅行者か?」
「そうだ。待ち合わせをしているんだ。この手紙を受けとって指定の場所に会いに行く」
私はしれっと答えた。何ひとつ嘘はない。少女はそれを恋人との逢引だと思ったのだろう。整った顔を顰めると、手を払って私を追い払うようにする。
その機会を逃がさず踵を返した、その時。
しゅっ。
耳元で鋭い風が吹いた。
次の瞬間、黒髪が一房はらりと落ちていく。
視線だけ左側へ逸らすとライフルに着剣された刃が見える。
切り落とされたのか。
「二度とここには来るんじゃねえぞ」
背後から低い声が届いた。
それは相手に振り向くことすら許さない程威圧的だ。私は素直に建物を後にした。
正方形のそれから少し離れると強い日差しに照らされた。
腕を高く上げて顔に影を作る。煉瓦造りの霊廟を振り返ると、先ほどまでの遣り取りが嘘のように静かに佇んでいた。
「こんな田舎にあんなノーニスがいるなんてね」
エナンティオの軍人レベルじゃないか?
冷たい硬質な光を思い出す。
磨かれた刃は決して髪に触れてはいないはずだった。
なかなかの力の使い手のようだ。
誰を探しているのか知らないがあんな奴には係らない方が良いだろう。
私は足早に自分のホテルを目指す。妙に鼓動が早いことには気づかない振りをする。
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