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飛べない動物と武官

4 ノーニス④ その他現生生物とすべての共通の祖先を意味する。

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 「水道管が破裂して助かりましたね」 
 
 毛に覆われた長い耳を持つ女の給仕が私を見上げて言った。正午の日差しに目が細められる。その表情にはこれまでの憤りはなく純粋に私を心配しての言葉だった。

「この砂上の城はかつてはイベロメソルの町を守るための砦だったそうです。大切な書簡は失われてしまったし、すでに城塞としての役目はないけれど、私達はまだ守られている気がするの。都市警察に捕まって裁きを受けるとしても悔いはないわ」

 彼女は晴れやかにそう言うと迎えに来たクルロと警備兵と共に去っていった。
 私は玉座の間を見回す。ウィラビィとここで対峙したのは昨日ことだ。大量の水が彼女に向かって飛沫を上げた後――城の者は地中の水道管が破裂したんだろうと言っていた。あれだけの爆発と落雷に合えば起こり得ると――彼女の姿は、そこにはなかった。私はすぐにウィラビィを追おうとしたが、クルロに引き留められてしまった。城を襲った賊は全員広場に倒れていたが、私がいないと客人の不安が払拭できないと言われてしまったのだ。

「それに、この惨状を翌朝には到着するイベロメソルのお役人方にどう説明しろと言うのです。首都の選定書官様の言葉添えでもないと凌げませんよ」

 難色を示す私にクルロは必殺技を繰り出した。

「明日の昼には軍用の自動車も準備が出来ます。それに乗って、お連れ様を迎えに行くのがよろしいでしょう」

 ウィラビィの謀反を説明するつもりはなかった。彼には、ウィラビィは賊の残党を追って行ったとだけ伝えている。まんまと車を盗られてしまったので、ここで支給してもらえるのなら一泊するしかないと考えることにした。
 そして一晩たった今。玉座の間を少しでも修復しようと大勢の従業員が集まっていた。急いで城を立ち去ろうとする客人や城内を検分する役人達の喧噪を聞きながら、私も城を後にする。城門の警備員から車の鍵を受け取ると、珍しい右ハンドルの車に乗り込んだ。少ない荷物を助手席に放り投げる。その中にはクルロから差し出された蔵書が入っていた。私は思わず昨夜の事を思い出して顔を顰める。ウィラビィに奪われたものがもう一つある。部屋に入って気づいたのだが、私が地下室から持ち出した手記が無くなっていたのだ。
 それを朗読したウィラビィを思い出す。
 あの瞬間、彼女は何に気づいたのだろうか?
 彼女とこんなにも早く決別する何かが書かれてあったに違いない。
 私は軽く頭を振ってエンジンをかけた。
 彼女は恐らくイベロメソルに向かうだろう。奪われた車に詰まれた燃料は多くないし、仲間を失った以上物資も足りない筈だ。

 その後は砂漠のゲルに泊まり、そこに掛かって来た伝令を受けて遺跡でオストロムから重要書類を受け取った。運悪く迷子と盗賊に出会い、やっとここまで来た。車を走らせる砂状の大地は遥か先が赤く色づいている。その手前に茶色い壁が続いているのを見て、ほっと息を吐いた。日干し煉瓦の高い壁に覆われた都市、イベロメソルだ。
 土地の性質は4。
 司どる質は火。
 元はノーニスの質だと言われている。
 ノーニス、それは絶滅した竜甲類でも空を飛ぶ動物でも有鱗の生き物でもない――全ての生き物を指す。
 しばらく運転して門前に着くと、朝番の警備兵が立っていた。アトリの件を伝えると直ちに人をやってくれるようだ。ついでに郵務市局長の所へ登局するように伝えられる。それには曖昧に頷いて街へ入った。仮眠が先だと体が訴えている。私は適当な宿をとることにした。
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