選定書官リンネと飛べない動物たち

橙と猩々

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飛べない動物と武官

3 アベメタタリア① 体表を鱗で覆われた有羊膜類を意味する。

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 彼女に初めて会ったのはもうすぐ暑い季節が始まるといった頃だった。
 薄手のロングワンピースを着た彼女は、遠目から見ても、素晴らしいプロポーションの持ち主だと分かった。
 私は高台のオープンカフェで紅茶を飲む手を止めた。テーブルに置きっぱなしの新聞には、首都の政権がどうだとか、公的施設への放火だとか、いまいち興味が湧かない記事ばかりで、少々暇をしていたのだ。石畳を登る彼女は避暑地を散策するように軽やかで、しばらく様子を眺めて楽しむことにする。彼女とはずいぶん離れていたし、カフェにはテーブルが幾つも出ていて繁盛していたので、私の不躾な視線は気づかれないだろうと思っていた。
 海に面したその町は時折突風が吹く。その時もふいに風が吹き抜けて、彼女はつばの広い帽子を押さえた。そして、カフェに視線をやると優雅に微笑んで私に手を振った。
 
 気付かれた?
 
 私の鼓動はどきどきと早くなった。それは驚いたからだけではないと分かっていた。

「やっと貴女に会えた。
 首都エナンティオから派遣されたウィラビィです」

 彼女は一直線に私のテーブルへやって来ると、正面の席に座りながらそう名乗った。
 十七、八くらいの年齢の割に色香のある声だ。
 声だけじゃない。
 緩くウェーブの掛かった長い金髪。
 セクシーな目元に厚みのある唇。
 知的な眼差し。
 近くで見ると増々美しい女性だった。

「書類を確認していただけるかしら?」

 彼女は書類と一緒にペンダントトップを並べた。小さな琥珀のようなそれは私が持つ物と同じもの。中には四色の羽毛が閉じ込められている。私はペンダントとして首から下げているが、彼女は…。

「身に着けていないの?」
「ええ、勿論。役人の証を首につけるなんて自虐趣味はないの。何より、私のファッションに合わないでしょう?」

 彼女が言い放った。私は笑いながら書類に目を通す。配任書だ。彼女が私の専任の護衛武官に就任したと書かれてある。注目すべきはその日付だ。半年前になっている。

「随分貴女を探したのよ、リンネ。
 国は数の少ない選定書官を守るために必死なようだけど、貴女には護衛が迷惑なようね?」
「まさか。貴女のような美人を袖にする筈がない」

 本心だ。だが、護衛が付くのを避けていたのも本当だった。一人の方が気楽で良い。

「私達は良いパートナーになれるでしょうね?」

 強い意志を込めた瞳が私を見る。彼女も仕事を全うする義務があるだろう。私は観念することにした。何より美しい彼女との旅は楽しいものになるだろう。美人な上に腕も立つというのだから。
 私は上着から小さな手帳を取り出してぱらぱらめくった。

「勿論、頼りにさせてもらうよ。
 私の専任武官殿に言葉の祝福を贈っても良いかな?」

 彼女の濃い茶色の目が一瞬大きく見開かれて輝く。このプレゼントは喜んでもらえそうだ。私は得意になって詠んだ。

「  ‶自然のなすことに何ひとつ無駄がないのは何によるのか。
   またわれわれが世界にみるすべての秩序と美とはどこから生じるのか” 」

 詠み終えると、ウィラビィの体が真珠色に輝いた。彼女が自分の体を見回している。

「素晴らしい力ね、リンネ。
 言葉の祝福を戴いたことだし、私は貴女のパートナーとしては申し分ないはずよ」

 よろしくね、と言って手を差し出される。私がその手を握ると、彼女は優雅に口づけを落した。
 
 実際、ウィラビィは優秀な武官だった。
 数か月の間に一緒に死地を潜り抜けたのは一度や二度じゃない。
 彼女の質は3だった。元は地を這う有鱗の生き物の質。司る性質は水。
 彼女の力は戦闘に特化していた。
 1の性質の土地では悪漢の体を爆発で吹き飛ばし、2の性質の土地ではライフル銃の先を鉱質の刃に替えて夜盗を切り刻んだ。
 軍人とはこうも戦い慣れているものなのか。
 殺戮を目の前で繰り広げられても、ウィラビィの優美さに変わりはなかった。

 彼女と深い仲になるのに時間は掛からなかった。

 
 私がその仲を順調だと信じて疑わなかった一月前。ウィラビィが砂漠の中に立つ城のパーティーに招待されないかと言ってきた。

「かつて帝政がひかれていた頃の要塞があるのを知っている?今はエナンティオが管理していて、今後一般にも公開される予定よ」
「カラ城のこと?」
「そうよ、知っているのね?カラ城で、エナンティオから新しく派遣されてくる指定管理者の着任式が十日後に開かれるの」
「指定管理?」
 
 あの城塞は一番近い都市のイベロメソルの管轄ではなかっただろうか。私はホテルの部屋のソファに座ったまま、首を傾げる。ウィラビィが紅茶のカップを差し出しながら答えた。

「エナンティオの直轄になったのよ。国最南の砂漠にあるあの城塞以外は何も無い所でしょう?利用価値は無いけれど、放っておいたら夜盗の巣窟になってしまうからイベロメソルも手を焼いていたみたいなの」
「そこでエナンティオが名乗り出たって?あの政府が慈善活動を始めたとは思えないな。何を企んでいるんだか」

 私はカップを口へ運んだ。この辺りでコーヒーは高給で手に入りにくいが、紅茶や緑茶はいける。ウィラビィはコーヒー党なので朝食の度に溜息をついていた。ここでも、何か言いたそうに手元の紅茶を眺め、一口含むとすぐにサイドテーブルへ追いやった。

「でも民間企業への委託のようだし、観光地化でもして砂漠に人を呼び込もうとしているのかもしれないわ。イベロメソル自体、エナンティオの統治都市と言えなくもないでしょうしね」

 この国には自治都市が多数ある。首都のエナンティオから離れた最南の都市イベロメソルは首都の統治下にあるといえ、文化も生活水準も全く異なっていた。はっきり言うと貧しいのだ。観光化もあり得る話かもしれない。

「せっかくだから、着任式に私達も行きましょうよ。エナンティオからの使者として」

 彼女は招待状を二通、テーブルの上に広げた。どう話を通したのか私達の名前が記載されてある。ウィラビィは部屋のクローゼットから洋服も出して来きた。

「貴女はこれを着てちょうだい。エナンティオから取り寄せた新作なのよ」

 それはターコイズブルーのウールツイードのジャケットとそろいのスカートだった。一目で高級なものと分かる。彼女は色違いのフューシャで、他に違いと言えば、私がフレアスカートに対して彼女はタイトなロングスカートだった。背の高い彼女には良く似合うだろう。

「カラ城は古い建物なんでしょう?今まで限られた人にしか登城は許されていないし、良い書物があるかもしれないわよ」

 彼女は片目を瞑ってみせた。言葉の祝福の引用元になる古書を収集することも選定書官の仕事だ。私達は砂漠の城へ向かうことになった。



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                 引用文献

1 Isaac Newton 1704 Opticks or a treatise of the reflections, reflections, inflections and colours of light Warnock Library London

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